第三十七話 オーク砦攻略作戦
ダークエルフの隠れ里へ案内されたフミタロウたちは、族長の住まいで改めて旅の目的を説明していた。
東へ向かい、その先にあるヤーナマトを目指していること。途中でエルフ領を通ろうとしたものの、正式な通行証がなければ森へ入れないと言われたこと。その結果、森を大きく迂回する道を選び、そこでオークの斥候と遭遇したこと。
族長は黙って話を聞いたあと、ゆっくりとうなずいた。
「なるほどな。北の大陸で魔王が現れたという話は、こちらにも届いている」
「南まで話来てるんやな」
「まったく無関係とは言えぬ。だが、この辺りでは北ほど切迫してはいない」
そう言ってから、族長は少し険しい顔になった。
「しかし、森を迂回して東へ進むというなら話は別だ」
「やっぱ危ない?」
「危険だ。森を避けるということは、エルフの力が及ばぬ土地を進むということでもある」
フミタロウは腕を組んだ。
「そんなに違うん?」
「かなりな。街道を外れれば魔物も多い。場所によっては寝ている間も警戒を解けぬ。食事の時も、用を足す時ですら同じだ」
「用足す時までかい……」
フミタロウが嫌そうな顔をすると、サンキチも苦笑した。
「それはちょっと嫌ですね」
「ちょっとどころちゃうやろ。落ち着かへんやん」
「そこを一番気にするんですね」
「大事やろ」
族長はそんな二人をしばらく見たあと、ふっと息を吐いた。
「だが、お主らは恩人だ」
「え?」
「効力があるかどうかは分からぬが、わしが通行証を書いてやろう」
フミタロウが目を丸くする。
「ほんまに?」
「ああ。この里の名と、わしの名を記す。エルフ側がそれをどう扱うかまでは保証できぬが、何も持たずに門へ行くよりはましだろう」
「助かるわ」
「準備ができるまで、この村で客人として過ごすがよい」
「そこまでしてもらってええん?」
「仲間を助けてもらった礼だ」
話がまとまりかけたところで、フミタロウは少し迷ってから口を開いた。
「なあ、もう一個だけええ?」
「何だ」
「オークの砦、どうするんや?」
族長の表情がわずかに変わった。
「それは、お主らには関係のない話だ」
「いや、でもすぐ近くやろ」
「だからこそだ。これ以上、お主らを巻き込むつもりはない」
「……そうか」
「立ち去るがよい。通行証のことだけ考えればよい」
族長の声は静かだったが、そこには明確な線引きがあった。
フミタロウも、それ以上は押さなかった。
*
通行証ができるまでの間、四人は里で待つことになった。
最初のうちは、どこへ行っても視線を感じた。
人間が珍しいのだろう。
特に子どもたちは分かりやすかった。
建物の影から顔を出し、フミタロウたちを見る。目が合うと慌てて隠れ、しばらくするとまた別の場所から覗いている。
「めっちゃ見られてますね」
サンキチが小声で言う。
「そら人間なんか珍しいんやろ」
フミタロウが答える。
「動物園の逆みたいな感じやな」
「その例え、どうなんですかね」
そんな中、ミルキーが子どもたちへ笑いかけた。
「みんな、音楽は好き?」
返事はない。
だが、逃げる者もいなかった。
ミルキーは少し考えてから、荷物の中から横笛を取り出した。
「少しだけ吹いてもいいですか?」
誰に尋ねるでもなくそう言うと、静かに息を吸う。
やがて、柔らかな音色が里の中へ広がった。
最初は遠巻きに見ていた子どもたちも、少しずつ近づいてくる。
一人。
二人。
さらに増える。
ミルキーが明るい曲へ変えると、子どもたちの表情も次第に緩んでいった。
「すごーい!」
「きれいな音!」
誰かがそう言ったのをきっかけに、空気が一気に変わった。
気がつけば、ミルキーの周りは子どもたちでいっぱいになっていた。
笑い声が広がる。
手を叩く者。
曲に合わせて身体を揺らす者。
もっと近くで見ようと背伸びする者。
「さすがですね、ミルキー様」
クリフトスが満足そうに言う。
「もう完全に人気者やな」
フミタロウも少し笑った。
「さっきまで警戒してたのに」
「子どもは正直やからな」
ミルキー自身も楽しそうに演奏を続けている。
その様子を眺めていたフミタロウは、やがて少しだけ表情を変えた。
「……こんなん見せられたら、放っとかれへんな」
サンキチも子どもたちを見る。
「僕も、そう思います」
「せやろ」
曲が終わると、ミルキーの周囲から一斉に歓声が上がった。
「すごーい!」
「もう一回!」
ミルキーは笑いながら頭を下げ、それからフミタロウたちの方へ戻ってきた。
「フミタロウさん」
「ん?」
「オークの砦、なんとかするのを手伝いましょう」
フミタロウは一瞬だけ黙り、すぐに苦笑した。
「やっぱ言うと思った」
「私も同感です」
クリフトスが即答する。
「せやな」
「クリフトスさん、そこはもうちょっと考えるとかないん?」
「ミルキー様がお決めになったことですから」
「やっぱり信者やな」
「聞こえていますよ」
「知ってる」
サンキチが笑った。
「じゃあ、族長さんのところ戻ります?」
「そうしよか」
*
再び族長のもとを訪れると、相手は少し意外そうな顔をした。
「通行証はまだできておらぬぞ」
「それは分かってる」
「では何だ」
フミタロウは少し頭をかいた。
「オークの砦のことなんやけど」
族長の目が細くなる。
「先ほど言ったはずだ。お主らには関係のない話だ」
「まあ、それはそうなんやけど」
「通行証も書いてやる。準備ができればここを出ればよい。なぜそこまでしようとする」
真正面から聞かれて、フミタロウは少し困った。
助けたいから。
そんなふうに言うのは、どうにも照れくさい。
「いや、正直な話な」
「うむ」
「通行証だけあっても、この先ちょっと不安なんよ」
「……?」
「オーク片付けたあと、誰か道案内してくれへん?」
サンキチが横から勢いよく振り返った。
「そこなんですか!?」
「大事やろ」
「もっと他にあるでしょう!」
「まあ、それもあるけど」
フミタロウは少し視線を逸らしたあと、外から聞こえてくる子どもたちの笑い声に耳を向けた。
「あの子ら見たあとに、知らん顔して行くんも無理やしな」
族長は黙ってフミタロウを見た。
「そういうことなら」
しばらくして、静かにうなずく。
「ともにオークを打ち払おう」
「よし」
「ただし、簡単ではないぞ」
「それは見たら分かる」
*
集会所の中央に大きな地図が広げられた。
フミタロウたち四人と族長、それに何人かのダークエルフの戦士がその周囲を囲む。
地図の中央には、森の外縁に築かれたオーク砦が描かれていた。
「さて……問題は、百以上おるオークをどうするかやな」
フミタロウが腕を組む。
「正面から戦うのは、さすがに無理ですよね」
サンキチが言う。
「数の差を埋める方法が必要ですね」
クリフトスも地図へ目を落とした。
フミタロウはしばらく考えていたが、ふと思い出したように顔を上げた。
「こういう時に、あの色男がおったら助かるんやけどな」
「色男?」
サンキチが首を傾げる。
「ユリウスさんのことですか?」
「そうそう」
「魔導騎士団の?」
「うん」
フミタロウはサンキチを見る。
「よし、サンキチくん」
「何です?」
「召喚魔術や」
「はあ!?」
サンキチが目を見開いた。
「そんなご都合主義な魔法ありませんよ!」
「無理?」
「無理です!」
「今回もサンキチくんのせいで、素晴らしい作戦は無理と」
「そんな思いつきだけの作戦、素晴らしくもなんともないです!」
クリフトスが小さくため息をついた。
「かの魔導騎士団を、そんな扱いで語る方は初めて見ました」
「本人おらんからええやろ」
「そういう問題ではありません」
少しだけ空気が緩んだところで、サンキチが改めて地図を見る。
「じゃあ、夜襲はどうですか?」
族長はすぐに首を振った。
「難しいな。見張り台が多い。それにオークは夜目も利く」
「こっちが暗闇を使えると思ったんですけど」
「むしろ向こうが有利になる可能性もある」
「却下か」
今度はクリフトスが口を開く。
「補給路を断つという方法もあります」
「兵糧攻め?」
「ええ。外から食料が入らなければ、いずれ砦を維持できなくなるでしょう」
フミタロウは地図の周囲を見た。
「でも、それするには砦を囲まなあかんやろ」
「そうなります」
「人数足らんな」
族長もうなずいた。
「我らだけでは、すべての道を塞ぐのは無理だ」
「じゃあ、罠を張って待ち伏せとか?」
サンキチが言う。
「それも、相手が出てきてくれれば有効です」
クリフトスは地図の砦を指した。
「問題は、砦から出る必要がなければ待ち伏せそのものが成立しないことです」
「弓で遠くから削るんは?」
「こちらの得意分野ではある」
族長が答える。
「だが、敵が柵の中へ籠もれば撃てる場所は限られる」
いくつ案を出しても、最後は同じところへ戻ってくる。
オークたちが砦の中にいる限り、数の差をひっくり返すのは難しい。
「要するに」
フミタロウが地図を見た。
「まず外へ出さなあかんのか」
「そうですね」
サンキチもうなずく。
「外に出てきてくれれば、弓と魔法でかなり数を減らせると思います」
「問題は、どうやって追い出すかですね」
クリフトスが言った。
そこで族長が、静かに口を開いた。
「煙ならどうだ」
「煙?」
「この森には、目や喉を強く刺激する薬草がある」
族長は近くに置かれていた乾燥薬草の束を示した。
「燃やせば強い煙が出る。長くその場に留まることはできぬ」
「それ、いっぱい作れる?」
「量は確保できる」
フミタロウは地図へ身を乗り出した。
「矢につけて、砦の中へ撃ち込めへん?」
「できる」
「それなら、かなり使えるんちゃう?」
サンキチもすぐに食いついた。
「中に居続けられなくなれば、外へ出てきますよね」
「出てきたところを弓と魔法で叩く」
クリフトスが続ける。
「数を減らしてから近接組が入る」
作戦の形が、少しずつ見え始めた。
だが、フミタロウは地図を見ながら眉をひそめた。
「……でも一個、問題あるやろ」
「何です?」
「一回外へ出てきても、また門閉められたら終わりや」
サンキチが「あ」と声を漏らす。
「確かに」
「最初に門だけ潰せたら、かなり楽になるんやけどな」
フミタロウは指先で地図上の正門を叩いた。
「門を壊すって、どうやってです?」
「そこやな」
少し考えてから、族長を見る。
「なあ。この辺に火薬……いや、一気に燃えて爆発するようなもんってないん?」
「爆発するもの?」
族長は眉を寄せた。
「ふむ……なくはない」
フミタロウの目がわずかに細くなる。
「ほんま?」
「ああ。ただ、扱いを誤れば自分も吹き飛ぶぞ」
「それで十分や」
「十分なんですか?」
サンキチが不安そうな声を出す。
族長はフミタロウをじっと見た。
「で、それをどうするつもりだ?」
フミタロウは地図の上に描かれた正門を見つめたまま、少しだけ口元を上げた。
「まあ……ちょっと考えがある。」
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フミタロウたちが、実際にどんな顔でアホな会話をしているのか気になる方は、ぜひどうぞ(笑)
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