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漏洩の加護  作者: なつみかん
第九章 エルフの森
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第三十六話 ダークエルフの隠れ里  

エルリーフのエルフ側関所で門前払いを食らった翌日、フミタロウたちは町の中央事務所を訪れていた。


 東へ進むためには、できればあの森を通りたい。正規の通行証さえ手に入れば、昨日のエルフ兵に文句を言われることもないはずだった。


 窓口の職員へ事情を説明すると、男は手元の書類から顔を上げた。


「東へ旅をしてるんやけど、この森を通りたいねん。通行証って、どうやったらもらえるん?」


「通行証?」


 職員は少し考えたあと、あっさりと言った。


「国の特使クラスでもなきゃ無理だな」


「……そんな大層なもんなん?」


「普通の旅人にはまず出ない。あとは、エルフ側から正式な紹介状があれば別だが」


 フミタロウはサンキチを見る。


「むりげーやん」


「いきなり詰みましたね……」


 クリフトスが窓口へ身を乗り出す。


「つまり、国や公的組織から身元を保証されるか、エルフ側から招待される必要があるということですね」


「そういうことだ」


「冒険者証では?」


「昨日も言われただろう? 冒険者であることと、エルフ領へ入れていい人物かどうかは別だ」


 正論ではある。


 正論ではあるが、だからといって困らないわけではない。


 建物を出たフミタロウは、通りの真ん中で腕を組んだ。


「じゃあ、森の迂回ルート探すか」


「危なくないですか?」


 ミルキーが心配そうに尋ねる。


「安全な道ではなさそうですね」


 クリフトスが言う。


「でも他に手はなさそうです」


 サンキチも肩を落とした。


「まあ、一か所聞いただけや。ほかでも聞いてみよ」


 それから四人は、町の商人や宿の主人、旅人相手の案内所などを回ってみた。


 だが、返ってくる答えはどこも似たようなものだった。


「エルフ領の通行証? 無理ですね」


「早っ」


「普通の旅人には出ないよ。国の使いになるか、エルフに保証してもらうしかない」


「やっぱそれなんや……」


 さらに別の店では、サンキチが小声で妙なことを言い出した。


「偽造とか……」


「やめとけ。ばれたら投獄じゃ済まんぞ」


 店主に即座に止められた。


「誰も偽造するなんて言ってません」


「今、考えましたけどね」


「考えんな」


 結局、残った選択肢は二つしかない。


 国の特使になる。


 あるいは、エルフから正式に招待してもらう。


「どっちも無理やな」


「むりげーですね」


「その言葉、気に入ったんですか?」


 ミルキーが笑う。


 フミタロウはため息をついた。


「しゃあない。森を大きく迂回しよ」


          *


 その日の夜。


 宿の食堂で地図を広げると、クリフトスが森林地帯の外側へ指を滑らせた。


「大きく迂回するなら、この道です」


 エルフ領の大森林を避けるように、南側を弧を描いて東へ向かう細い道が記されている。


「だいぶ遠回りやな」


「街道じゃないですね」


 サンキチが地図を覗き込む。


「ほとんど獣道に近いそうです」


「危険ではないんですか?」


 ミルキーが聞く。


「かなり」


 クリフトスは即答した。


「即答やな」


「この辺りは人の往来が少ないので、オークやオーガ、場合によってはトロールも出るそうです」


「急に物騒になりましたね」


「エルフを避けたら魔物まみれかい」


 フミタロウは地図を眺めながら、しばらく黙った。


 北へ回る道もあるにはあるが、そちらは険しい山道を越える必要がある。南側の道の方がまだ現実的だった。


「まあ、他に道ないしな。行くしかないやろ」


「ですよね」


 サンキチがうなずく。


「では、明朝出発しましょう」


「気をつけて行きましょう」


 ミルキーの言葉に全員が同意した。


          *


 翌朝。


 エルリーフの門を出た四人は、東へ向かう正規街道から外れ、森林地帯の外縁へ続く細い道へ入った。


「結局、予定してたルートには進めませんでしたね」


 サンキチが振り返る。


「エルフが悪い」


 フミタロウはむすっとした顔で、前を向いた。


「根性悪いエルフの国か魔物まみれの道か、どっちもどっちやな」


 道はすぐに細くなった。


 町から離れるにつれて人の気配も消え、周囲を覆う木々が少しずつ深くなっていく。


「こっち、本当に道なんですか?」


 サンキチが足元を見る。


「まあ……一応そうらしいな」


 踏み固められている場所もあるが、ところどころ草が伸び、枝が道へ張り出していた。


「急に人の気配がなくなりましたね」


 ミルキーが辺りを見回す。


「街道を外れましたから」


 クリフトスは落ち着いている。


「ここから先は、本当に魔物が出る前提で進んだ方がいいでしょう」


「せやな」


 その言葉通り、ほどなくして妙な跡が見つかった。


 サンキチが足元へしゃがみ込む。


「これ……人の足跡じゃないですよね」


 地面には、大きな裸足のような跡が残っていた。


 フミタロウも隣へしゃがむ。


「でかすぎるな」


「かなり新しいですね」


 クリフトスも跡を確かめた。


「近くにいるんでしょうか」


「嫌なこと言うなあ」


 少し先へ進むと、今度は木の幹に大きな傷が見つかった。さらに先には、焚き火の跡や踏み荒らされた地面がある。


「この辺、だいぶ荒れてんな」


 フミタロウが折れた枝を触る。


「通っただけって感じじゃないですね」


 サンキチが言う。


 クリフトスは周囲を調べ、表情をわずかに曇らせた。


「野営跡です。数も一体や二体ではありません」


「集団か」


 フミタロウが立ち上がった、その時だった。


 森の奥から、枝を踏み折る音がした。


「……今、何かいましたよね」


「おったな」


「来ます」


 木々の間から現れたのは、二体のオークだった。


 豚に似た顔に大きな牙。粗末な革鎧を身につけ、一体は斧、もう一体は棍棒を持っている。


「オーク……」


「みたいやな」


 フミタロウは左腕を前へ出した。


「二匹だけか」


 二体はフミタロウたちを見つけると、雄叫びを上げて突っ込んできた。


「きます!」


 サンキチが杖を構える。


 火球が一体へ直撃し、体勢を崩したところへフミタロウが踏み込んだ。


 もう一体の斧を避け、懐へ入る。


 拳を叩き込み、横へ回り込んだところへミルキーの風刃が走った。


 クリフトスの雷も加わり、二体のオークはほどなく地面へ倒れた。


「終わりましたね」


「……しかし」


 クリフトスが周囲へ目を向ける。


 フミタロウも同じことを考えていた。


「いや、おかしいな」


「何がです?」


「あの野営跡、二匹分ちゃうやろ」


 フミタロウは地面へ目を向けた。


「他にいてるはずやけど……どこや?」


 少し離れた場所に、別の足跡が残っていた。


「他にもいるはずですね」


 サンキチが言う。


「どこや?」


 四人は周囲を探しながら、足跡を追い始めた。


 しばらく進むと、足跡はまだ続いている。


「オークのやつですかね?」


「たぶんな」


 さらに進む。


 やがて、別の細い足跡が混じり始めた。


「……人の足跡?」


「オークとは違いますね」


 クリフトスがしゃがむ。


「数人分あります。しかも、歩き方が不自然です」


「連れていかれてる?」


「その可能性があります」


 フミタロウは顔を上げた。


「急ご」


          *


 茂みをかき分けて進んだ先で、一行はようやく相手を見つけた。


「いました……」


 サンキチが声を落とす。


 オークが七匹。


 その間を、縄で縛られた数人の女性が歩かされている。


 褐色の肌。


 長い白銀の髪。


 尖った耳。


「エルフ?」


「ダークエルフでしょう」


 クリフトスが答えた。


 だが、フミタロウの視線は、そのさらに後ろで止まった。


「……でかっ」


 オークたちの後方に、ひときわ巨大な魔物が歩いている。


 人間の倍近い身長。


 丸太のような腕。


 手には巨大な棍棒。


「トロールです!」


「やっぱり出るんやな……」


 フミタロウは額を押さえたくなった。


「残り七匹か」


「捕まっている人がいます」


 ミルキーが言う。


「手早く助けるで」


「はい」


「私が捕虜を安全な場所へ移します」


 クリフトスがすぐに役割を決める。


「三人は前線をお願いします」


「了解」


 フミタロウはトロールを見た。


 まともに棍棒を食らえば、それだけで終わる。


「いくぞ」


          *


 サンキチがマギアスロットへ魔石を差し込んだ。


「僕が動きを止めます!」


「頼む!」


「ファイアーボール!」


 火球が飛び、オークの隊列が乱れる。


 フミタロウが一気に前へ出た。


 その瞬間、トロールが棍棒を振り上げる。


「あれまともに食らったら終わるぞ!」


「ですよね!」


 巨大な棍棒が地面へ叩きつけられた。


 土と石が弾ける。


「うわっ!」


 フミタロウは横へ飛んでかわした。


「洒落ならんて!」


 トロールはすぐに追撃してくる。


 見た目ほど遅くない。


 棍棒の軌道をぎりぎりで避けながら、フミタロウは懐へ潜り込む。


「今や!」


 左前腕をトロールの腹へ押し当てた。


 蒸気が唸る。


「フ式――」


 杭が撃ち出される。


 鈍い衝撃音とともに、トロールの身体が大きく揺れた。


「効いた!」


 サンキチが声を上げる。


 だが、トロールは倒れない。


 巨体がゆっくりとこちらを向く。


「……一発で終わらんのかい」


 トロールが唸り、腕を振る。


 フミタロウは慌てて離れた。


「くそ、だめか」


「いえ、効いています!」


 クリフトスの声が飛んだ。


 捕虜の縄を解きながらも、戦況を見ていたらしい。


「もう一度いきましょう!」


「もう一発?」


「ミルキー様は足へ。サンキチさんは頭へ。私はフミタロウさんへ打撃強化をかけます」


「了解」


「はい!」


「分かった!」


 ミルキーの風刃がトロールの膝上へ食い込んだ。


 巨体がぐらつく。


 そこへサンキチの火球が顔面へ炸裂した。


「グオオオッ!」


「効いています! 今なら体勢が崩れています!」


 クリフトスの魔法がフミタロウを包む。


「打撃強化をかけます!」


「おう!」


 身体へ力が流れ込む。


 フミタロウは地面を蹴った。


 トロールが膝をつく。


 今度こそ、胸元へ左腕を押し当てる。


「フ式――」


 装置内部で蒸気が唸った。


「パイルバンカー!! 二発目ー!!」


 杭が炸裂した。


 トロールの巨体が大きくのけぞり、そのまま地面へ倒れ込む。


「……倒れる!」


「やった……!」


 だが、周囲ではまだオークが動いている。


「まだ来ます!」


 サンキチが叫んだ。


「フミタロウさんが戻るまで、前衛が必要です」


「ミルキーさん!?」


「私が前に出ます!」


 ミルキーが杖を構える。


 風が集まり、杖の周囲で鋭い刃の形を作った。


「風よ――」


 白く輝く風が長く伸びる。


「ウインドハルバード……いきます!」


 ミルキーが杖を振る。


 風刃がオークをまとめて押し返した。


「すご……!」


 サンキチが思わず声を上げる。


「前は任せましょう」


 クリフトスは、救出したダークエルフたちを森の奥へ誘導する。


「こちらへ。今のうちに離れてください」


「話はあとです。今は安全な場所へ」


「……人間が、私たちを?」


「今のうちです」


 その間にもオークは押し寄せてくる。


「ミルキーが前出てんのか!」


 フミタロウが戻ってきた。


「交代や!」


「フミタロウさん!」


「前は俺がやる!」


「お願いします!」


 フミタロウがオークの武器を受け流し、ミルキーが横から風刃を叩き込む。


 サンキチは後方から火球で援護。


「ファイアーボール!」


 さらにクリフトスが状況を確認しながら、必要な場所へ支援を飛ばす。


「負傷者を先に!」


「急いで!」


「こっちは任せてください!」


 役割が噛み合い始めると、残ったオークたちは次々と数を減らしていった。


「あと少しや!」


「はい!」


 最後の一体をミルキーの風刃が薙ぎ払う。


 森に静けさが戻った。


「……終わったか?」


 フミタロウが息を整える。


「動いている敵はいません」


 クリフトスが周囲を確認する。


「はあ……つかれた。でも休んでる場合ちゃうな」


 フミタロウはその場へ座り込みそうになりながら、捕らえられていたダークエルフたちへ目を向けた。


          *


「……助かった。礼を言う」


 救出されたダークエルフの女性が頭を下げた。


「無事そうでよかったわ」


 フミタロウが言う。


 ミルキーはすぐに負傷者の治療を始めていた。


「怪我してる人、います?」


「治療します」


 落ち着いたところで、フミタロウは女性へ尋ねた。


「けど、なんで捕まってたんや?」


 女性は森の奥を見ながら答えた。


「オークどもが、最近この辺りに砦を築いた」


「砦?」


「私たちは村の外で採集をしていた。そこを斥候に見つかった」


「斥候……」


 サンキチの表情が変わる。


「村の場所を聞き出すつもりだったわけですね」


 クリフトスが言った。


「ああ。まだ村の場所までは知られていないはずだ」


 女性は険しい表情のまま続ける。


「だが、私たちを連れ帰れば話は別だ」


「人質にもできるしな」


 フミタロウが言う。


 女性はうなずいた。


「しかも、今日の斥候は九匹だった」


「九?」


 サンキチが聞き返す。


「ここに七匹。じゃあ、最初の二匹が……」


「あの二体は、私たちを助けに来る者を待っていたのだと思う」


「待ってた?」


「私たちが戻らなければ、村から誰かが探しに来る。その者も捕らえるつもりだったのだろう」


 フミタロウはしばらく黙った。


「……最初のあいつら、ただの見張りちゃうかったんか」


「罠ですね」


 サンキチが低い声で言う。


「助けに来た仲間まで捕まえるつもりだったってことですか」


「ああ」


「いやらしいな」


 フミタロウは顔をしかめた。


 ただ数が多いだけではない。


 オークたちは、ちゃんと相手の行動を読んで動いている。


「他にも斥候がいるかもしれない」


 ダークエルフの女性は言った。


「このままでは、村が危ない」


「状況を確認しましょう」


 クリフトスが言う。


「村まで案内してもらえますか?」


 女性はフミタロウたちを見た。


 少し迷ったあと、うなずく。


「分かった。ついてきてくれ」


          *


 ダークエルフの後を追って森の奥へ入ると、道らしい道はすぐに消えた。


「こっから先、ほんまに道なん?」


「目印がある」


「どれ?」


「教えられない」


「そらそうか」


 フミタロウは苦笑した。


 森は進むほど深くなり、周囲の景色も似たものばかりになっていく。


 何度も曲がり、谷を越え、細い獣道を進む。


「もうすぐだ」


「ようやくか」


 やがて、木々の向こうに灯りが見え始めた。


「あ……」


 ミルキーが声を漏らす。


「見えてきました」


 そこには、巨大な樹木と崖を利用して築かれた集落があった。


 巨木の根元には家。


 太い枝の上にも住居。


 木々の間には吊り橋が張り巡らされ、見張り台や小さな灯りが森の中に溶け込んでいる。


「……ほんまに隠れ里やな」


 フミタロウが呟いた。


 だが、村へ近づいた途端、複数の弓がこちらを向いた。


「止まれ!」


 ダークエルフの戦士たちが姿を現す。


「人間を村へ入れるのか?」


「この者たちは私たちを助けてくれた!」


 救出された女性が前へ出た。


「オークの斥候に捕まった。この者たちが倒してくれたんだ」


 村の者たちの間にざわめきが広がる。


「……ちょっと空気変わりましたね」


 サンキチが小声で言った。


「そらまあ、いきなり信用は無理やろ」


 しばらくして、年長の戦士らしきダークエルフが前へ出た。


「話は聞いた。族長がお会いになる」


「ありがとうございます」


「こちらだ」


          *


 村の奥にある集会所へ通されると、一行は族長と向き合った。


 褐色の肌に長い白髪。表情は厳しく、落ち着いている。


「仲間を助けてくれたそうだな」


「まあ、たまたま遭遇しただけやけどな」


「それでも礼を言う」


 クリフトスが一歩前へ出た。


「それより、オークの砦について教えていただけますか」


 族長は地図を広げた。


「森の奥に、連中の砦がある」


「どれくらい?」


「おそらく百以上いる」


「百……!?」


 サンキチが思わず声を上げた。


「このまま迂回ルート進むのは無理やな」


 フミタロウは腕を組む。


「我々にも戦士はいる。だが、村を守る者まで全員集めても、正面攻撃では勝てない」


「うーん……」


 フミタロウは地図を見ながら考え込んだ。


 百以上。


 しかも斥候を使い、罠まで張る程度には統率されている。


 ただ数の多い野良オークの集団ではない。


 族長は地図の一点を指した。


「遠くからなら、砦を見ることができる」


          *


 森の外縁にある高台まで案内されると、その意味がよく分かった。


 眼下には、木柵と見張り台に囲まれた巨大な砦があった。


 門。


 櫓。


 粗末だが数多く建てられた小屋。


 その中を何十ものオークが歩き回っている。


 さらに奥にも人影がある。


「……村やん、もう」


 フミタロウが呟く。


「数はおそらく百以上だ」


 族長の言葉に、誰も反論できなかった。


 フミタロウはしばらく砦を見つめた。


 人数で負けている。


 正面から戦えば、いずれ押し潰される。


 ならば、真正面から戦う必要はない。


「人数で勝てへんなら……まともに門から行くんは無理やな」


 誰も否定しなかった。


pixivで『漏洩の加護』の漫画版も公開しています。


フミタロウたちが、実際にどんな顔でアホな会話をしているのか気になる方は、ぜひどうぞ(笑)




『漏洩の加護』漫画版はこちら


https://www.pixiv.net/user/53789775/series/356479

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