第三十六話 ダークエルフの隠れ里
エルリーフのエルフ側関所で門前払いを食らった翌日、フミタロウたちは町の中央事務所を訪れていた。
東へ進むためには、できればあの森を通りたい。正規の通行証さえ手に入れば、昨日のエルフ兵に文句を言われることもないはずだった。
窓口の職員へ事情を説明すると、男は手元の書類から顔を上げた。
「東へ旅をしてるんやけど、この森を通りたいねん。通行証って、どうやったらもらえるん?」
「通行証?」
職員は少し考えたあと、あっさりと言った。
「国の特使クラスでもなきゃ無理だな」
「……そんな大層なもんなん?」
「普通の旅人にはまず出ない。あとは、エルフ側から正式な紹介状があれば別だが」
フミタロウはサンキチを見る。
「むりげーやん」
「いきなり詰みましたね……」
クリフトスが窓口へ身を乗り出す。
「つまり、国や公的組織から身元を保証されるか、エルフ側から招待される必要があるということですね」
「そういうことだ」
「冒険者証では?」
「昨日も言われただろう? 冒険者であることと、エルフ領へ入れていい人物かどうかは別だ」
正論ではある。
正論ではあるが、だからといって困らないわけではない。
建物を出たフミタロウは、通りの真ん中で腕を組んだ。
「じゃあ、森の迂回ルート探すか」
「危なくないですか?」
ミルキーが心配そうに尋ねる。
「安全な道ではなさそうですね」
クリフトスが言う。
「でも他に手はなさそうです」
サンキチも肩を落とした。
「まあ、一か所聞いただけや。ほかでも聞いてみよ」
それから四人は、町の商人や宿の主人、旅人相手の案内所などを回ってみた。
だが、返ってくる答えはどこも似たようなものだった。
「エルフ領の通行証? 無理ですね」
「早っ」
「普通の旅人には出ないよ。国の使いになるか、エルフに保証してもらうしかない」
「やっぱそれなんや……」
さらに別の店では、サンキチが小声で妙なことを言い出した。
「偽造とか……」
「やめとけ。ばれたら投獄じゃ済まんぞ」
店主に即座に止められた。
「誰も偽造するなんて言ってません」
「今、考えましたけどね」
「考えんな」
結局、残った選択肢は二つしかない。
国の特使になる。
あるいは、エルフから正式に招待してもらう。
「どっちも無理やな」
「むりげーですね」
「その言葉、気に入ったんですか?」
ミルキーが笑う。
フミタロウはため息をついた。
「しゃあない。森を大きく迂回しよ」
*
その日の夜。
宿の食堂で地図を広げると、クリフトスが森林地帯の外側へ指を滑らせた。
「大きく迂回するなら、この道です」
エルフ領の大森林を避けるように、南側を弧を描いて東へ向かう細い道が記されている。
「だいぶ遠回りやな」
「街道じゃないですね」
サンキチが地図を覗き込む。
「ほとんど獣道に近いそうです」
「危険ではないんですか?」
ミルキーが聞く。
「かなり」
クリフトスは即答した。
「即答やな」
「この辺りは人の往来が少ないので、オークやオーガ、場合によってはトロールも出るそうです」
「急に物騒になりましたね」
「エルフを避けたら魔物まみれかい」
フミタロウは地図を眺めながら、しばらく黙った。
北へ回る道もあるにはあるが、そちらは険しい山道を越える必要がある。南側の道の方がまだ現実的だった。
「まあ、他に道ないしな。行くしかないやろ」
「ですよね」
サンキチがうなずく。
「では、明朝出発しましょう」
「気をつけて行きましょう」
ミルキーの言葉に全員が同意した。
*
翌朝。
エルリーフの門を出た四人は、東へ向かう正規街道から外れ、森林地帯の外縁へ続く細い道へ入った。
「結局、予定してたルートには進めませんでしたね」
サンキチが振り返る。
「エルフが悪い」
フミタロウはむすっとした顔で、前を向いた。
「根性悪いエルフの国か魔物まみれの道か、どっちもどっちやな」
道はすぐに細くなった。
町から離れるにつれて人の気配も消え、周囲を覆う木々が少しずつ深くなっていく。
「こっち、本当に道なんですか?」
サンキチが足元を見る。
「まあ……一応そうらしいな」
踏み固められている場所もあるが、ところどころ草が伸び、枝が道へ張り出していた。
「急に人の気配がなくなりましたね」
ミルキーが辺りを見回す。
「街道を外れましたから」
クリフトスは落ち着いている。
「ここから先は、本当に魔物が出る前提で進んだ方がいいでしょう」
「せやな」
その言葉通り、ほどなくして妙な跡が見つかった。
サンキチが足元へしゃがみ込む。
「これ……人の足跡じゃないですよね」
地面には、大きな裸足のような跡が残っていた。
フミタロウも隣へしゃがむ。
「でかすぎるな」
「かなり新しいですね」
クリフトスも跡を確かめた。
「近くにいるんでしょうか」
「嫌なこと言うなあ」
少し先へ進むと、今度は木の幹に大きな傷が見つかった。さらに先には、焚き火の跡や踏み荒らされた地面がある。
「この辺、だいぶ荒れてんな」
フミタロウが折れた枝を触る。
「通っただけって感じじゃないですね」
サンキチが言う。
クリフトスは周囲を調べ、表情をわずかに曇らせた。
「野営跡です。数も一体や二体ではありません」
「集団か」
フミタロウが立ち上がった、その時だった。
森の奥から、枝を踏み折る音がした。
「……今、何かいましたよね」
「おったな」
「来ます」
木々の間から現れたのは、二体のオークだった。
豚に似た顔に大きな牙。粗末な革鎧を身につけ、一体は斧、もう一体は棍棒を持っている。
「オーク……」
「みたいやな」
フミタロウは左腕を前へ出した。
「二匹だけか」
二体はフミタロウたちを見つけると、雄叫びを上げて突っ込んできた。
「きます!」
サンキチが杖を構える。
火球が一体へ直撃し、体勢を崩したところへフミタロウが踏み込んだ。
もう一体の斧を避け、懐へ入る。
拳を叩き込み、横へ回り込んだところへミルキーの風刃が走った。
クリフトスの雷も加わり、二体のオークはほどなく地面へ倒れた。
「終わりましたね」
「……しかし」
クリフトスが周囲へ目を向ける。
フミタロウも同じことを考えていた。
「いや、おかしいな」
「何がです?」
「あの野営跡、二匹分ちゃうやろ」
フミタロウは地面へ目を向けた。
「他にいてるはずやけど……どこや?」
少し離れた場所に、別の足跡が残っていた。
「他にもいるはずですね」
サンキチが言う。
「どこや?」
四人は周囲を探しながら、足跡を追い始めた。
しばらく進むと、足跡はまだ続いている。
「オークのやつですかね?」
「たぶんな」
さらに進む。
やがて、別の細い足跡が混じり始めた。
「……人の足跡?」
「オークとは違いますね」
クリフトスがしゃがむ。
「数人分あります。しかも、歩き方が不自然です」
「連れていかれてる?」
「その可能性があります」
フミタロウは顔を上げた。
「急ご」
*
茂みをかき分けて進んだ先で、一行はようやく相手を見つけた。
「いました……」
サンキチが声を落とす。
オークが七匹。
その間を、縄で縛られた数人の女性が歩かされている。
褐色の肌。
長い白銀の髪。
尖った耳。
「エルフ?」
「ダークエルフでしょう」
クリフトスが答えた。
だが、フミタロウの視線は、そのさらに後ろで止まった。
「……でかっ」
オークたちの後方に、ひときわ巨大な魔物が歩いている。
人間の倍近い身長。
丸太のような腕。
手には巨大な棍棒。
「トロールです!」
「やっぱり出るんやな……」
フミタロウは額を押さえたくなった。
「残り七匹か」
「捕まっている人がいます」
ミルキーが言う。
「手早く助けるで」
「はい」
「私が捕虜を安全な場所へ移します」
クリフトスがすぐに役割を決める。
「三人は前線をお願いします」
「了解」
フミタロウはトロールを見た。
まともに棍棒を食らえば、それだけで終わる。
「いくぞ」
*
サンキチがマギアスロットへ魔石を差し込んだ。
「僕が動きを止めます!」
「頼む!」
「ファイアーボール!」
火球が飛び、オークの隊列が乱れる。
フミタロウが一気に前へ出た。
その瞬間、トロールが棍棒を振り上げる。
「あれまともに食らったら終わるぞ!」
「ですよね!」
巨大な棍棒が地面へ叩きつけられた。
土と石が弾ける。
「うわっ!」
フミタロウは横へ飛んでかわした。
「洒落ならんて!」
トロールはすぐに追撃してくる。
見た目ほど遅くない。
棍棒の軌道をぎりぎりで避けながら、フミタロウは懐へ潜り込む。
「今や!」
左前腕をトロールの腹へ押し当てた。
蒸気が唸る。
「フ式――」
杭が撃ち出される。
鈍い衝撃音とともに、トロールの身体が大きく揺れた。
「効いた!」
サンキチが声を上げる。
だが、トロールは倒れない。
巨体がゆっくりとこちらを向く。
「……一発で終わらんのかい」
トロールが唸り、腕を振る。
フミタロウは慌てて離れた。
「くそ、だめか」
「いえ、効いています!」
クリフトスの声が飛んだ。
捕虜の縄を解きながらも、戦況を見ていたらしい。
「もう一度いきましょう!」
「もう一発?」
「ミルキー様は足へ。サンキチさんは頭へ。私はフミタロウさんへ打撃強化をかけます」
「了解」
「はい!」
「分かった!」
ミルキーの風刃がトロールの膝上へ食い込んだ。
巨体がぐらつく。
そこへサンキチの火球が顔面へ炸裂した。
「グオオオッ!」
「効いています! 今なら体勢が崩れています!」
クリフトスの魔法がフミタロウを包む。
「打撃強化をかけます!」
「おう!」
身体へ力が流れ込む。
フミタロウは地面を蹴った。
トロールが膝をつく。
今度こそ、胸元へ左腕を押し当てる。
「フ式――」
装置内部で蒸気が唸った。
「パイルバンカー!! 二発目ー!!」
杭が炸裂した。
トロールの巨体が大きくのけぞり、そのまま地面へ倒れ込む。
「……倒れる!」
「やった……!」
だが、周囲ではまだオークが動いている。
「まだ来ます!」
サンキチが叫んだ。
「フミタロウさんが戻るまで、前衛が必要です」
「ミルキーさん!?」
「私が前に出ます!」
ミルキーが杖を構える。
風が集まり、杖の周囲で鋭い刃の形を作った。
「風よ――」
白く輝く風が長く伸びる。
「ウインドハルバード……いきます!」
ミルキーが杖を振る。
風刃がオークをまとめて押し返した。
「すご……!」
サンキチが思わず声を上げる。
「前は任せましょう」
クリフトスは、救出したダークエルフたちを森の奥へ誘導する。
「こちらへ。今のうちに離れてください」
「話はあとです。今は安全な場所へ」
「……人間が、私たちを?」
「今のうちです」
その間にもオークは押し寄せてくる。
「ミルキーが前出てんのか!」
フミタロウが戻ってきた。
「交代や!」
「フミタロウさん!」
「前は俺がやる!」
「お願いします!」
フミタロウがオークの武器を受け流し、ミルキーが横から風刃を叩き込む。
サンキチは後方から火球で援護。
「ファイアーボール!」
さらにクリフトスが状況を確認しながら、必要な場所へ支援を飛ばす。
「負傷者を先に!」
「急いで!」
「こっちは任せてください!」
役割が噛み合い始めると、残ったオークたちは次々と数を減らしていった。
「あと少しや!」
「はい!」
最後の一体をミルキーの風刃が薙ぎ払う。
森に静けさが戻った。
「……終わったか?」
フミタロウが息を整える。
「動いている敵はいません」
クリフトスが周囲を確認する。
「はあ……つかれた。でも休んでる場合ちゃうな」
フミタロウはその場へ座り込みそうになりながら、捕らえられていたダークエルフたちへ目を向けた。
*
「……助かった。礼を言う」
救出されたダークエルフの女性が頭を下げた。
「無事そうでよかったわ」
フミタロウが言う。
ミルキーはすぐに負傷者の治療を始めていた。
「怪我してる人、います?」
「治療します」
落ち着いたところで、フミタロウは女性へ尋ねた。
「けど、なんで捕まってたんや?」
女性は森の奥を見ながら答えた。
「オークどもが、最近この辺りに砦を築いた」
「砦?」
「私たちは村の外で採集をしていた。そこを斥候に見つかった」
「斥候……」
サンキチの表情が変わる。
「村の場所を聞き出すつもりだったわけですね」
クリフトスが言った。
「ああ。まだ村の場所までは知られていないはずだ」
女性は険しい表情のまま続ける。
「だが、私たちを連れ帰れば話は別だ」
「人質にもできるしな」
フミタロウが言う。
女性はうなずいた。
「しかも、今日の斥候は九匹だった」
「九?」
サンキチが聞き返す。
「ここに七匹。じゃあ、最初の二匹が……」
「あの二体は、私たちを助けに来る者を待っていたのだと思う」
「待ってた?」
「私たちが戻らなければ、村から誰かが探しに来る。その者も捕らえるつもりだったのだろう」
フミタロウはしばらく黙った。
「……最初のあいつら、ただの見張りちゃうかったんか」
「罠ですね」
サンキチが低い声で言う。
「助けに来た仲間まで捕まえるつもりだったってことですか」
「ああ」
「いやらしいな」
フミタロウは顔をしかめた。
ただ数が多いだけではない。
オークたちは、ちゃんと相手の行動を読んで動いている。
「他にも斥候がいるかもしれない」
ダークエルフの女性は言った。
「このままでは、村が危ない」
「状況を確認しましょう」
クリフトスが言う。
「村まで案内してもらえますか?」
女性はフミタロウたちを見た。
少し迷ったあと、うなずく。
「分かった。ついてきてくれ」
*
ダークエルフの後を追って森の奥へ入ると、道らしい道はすぐに消えた。
「こっから先、ほんまに道なん?」
「目印がある」
「どれ?」
「教えられない」
「そらそうか」
フミタロウは苦笑した。
森は進むほど深くなり、周囲の景色も似たものばかりになっていく。
何度も曲がり、谷を越え、細い獣道を進む。
「もうすぐだ」
「ようやくか」
やがて、木々の向こうに灯りが見え始めた。
「あ……」
ミルキーが声を漏らす。
「見えてきました」
そこには、巨大な樹木と崖を利用して築かれた集落があった。
巨木の根元には家。
太い枝の上にも住居。
木々の間には吊り橋が張り巡らされ、見張り台や小さな灯りが森の中に溶け込んでいる。
「……ほんまに隠れ里やな」
フミタロウが呟いた。
だが、村へ近づいた途端、複数の弓がこちらを向いた。
「止まれ!」
ダークエルフの戦士たちが姿を現す。
「人間を村へ入れるのか?」
「この者たちは私たちを助けてくれた!」
救出された女性が前へ出た。
「オークの斥候に捕まった。この者たちが倒してくれたんだ」
村の者たちの間にざわめきが広がる。
「……ちょっと空気変わりましたね」
サンキチが小声で言った。
「そらまあ、いきなり信用は無理やろ」
しばらくして、年長の戦士らしきダークエルフが前へ出た。
「話は聞いた。族長がお会いになる」
「ありがとうございます」
「こちらだ」
*
村の奥にある集会所へ通されると、一行は族長と向き合った。
褐色の肌に長い白髪。表情は厳しく、落ち着いている。
「仲間を助けてくれたそうだな」
「まあ、たまたま遭遇しただけやけどな」
「それでも礼を言う」
クリフトスが一歩前へ出た。
「それより、オークの砦について教えていただけますか」
族長は地図を広げた。
「森の奥に、連中の砦がある」
「どれくらい?」
「おそらく百以上いる」
「百……!?」
サンキチが思わず声を上げた。
「このまま迂回ルート進むのは無理やな」
フミタロウは腕を組む。
「我々にも戦士はいる。だが、村を守る者まで全員集めても、正面攻撃では勝てない」
「うーん……」
フミタロウは地図を見ながら考え込んだ。
百以上。
しかも斥候を使い、罠まで張る程度には統率されている。
ただ数の多い野良オークの集団ではない。
族長は地図の一点を指した。
「遠くからなら、砦を見ることができる」
*
森の外縁にある高台まで案内されると、その意味がよく分かった。
眼下には、木柵と見張り台に囲まれた巨大な砦があった。
門。
櫓。
粗末だが数多く建てられた小屋。
その中を何十ものオークが歩き回っている。
さらに奥にも人影がある。
「……村やん、もう」
フミタロウが呟く。
「数はおそらく百以上だ」
族長の言葉に、誰も反論できなかった。
フミタロウはしばらく砦を見つめた。
人数で負けている。
正面から戦えば、いずれ押し潰される。
ならば、真正面から戦う必要はない。
「人数で勝てへんなら……まともに門から行くんは無理やな」
誰も否定しなかった。
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