第三十三話 おっさん解析結果を聞く
ゴードンから呼び出しがあったのは、フミタロウたちが新しい装備を受け取った、その日の午後だった。
工房街の奥にあるゴードンの仕事場へ向かうと、すでにオッゾも来ていた。作業台の上には、リースから預かってきた一本の剣と、細かな文字や図形の書き込まれた数枚の紙が並べられている。
「来たか。ちょうど調べ終わったところだ」
ゴードンはそう言って、フミタロウたちを作業台の前へ招いた。
「なんか分かった?」
「ああ。分かったことはある。ただ、分からねえことも増えた」
「嫌な言い方ですね……」
サンキチが小さくつぶやく。
「まず、この剣そのものだ」
ゴードンは作業台の上に置かれていた剣を持ち上げた。
「切れ味も硬さも、それほど大したもんじゃねえ。普通の剣より多少丈夫なくらいで、武器として特別優れてるわけじゃない」
「そうなん?」
フミタロウは少し意外に思った。
ダンジョンの奥深くにあった、魔族らしき石像へ突き刺さっていた剣である。もっと途方もない力を秘めた武器なのではないかと、どこかで思っていた。
「ミスリルが使われてる。ただし、それだけじゃねえ」
ゴードンは刃を光へかざした。
「何か別の金属を混ぜた合金だ。そっちがどうにも見覚えがなくてな。古い文献まで引っ張り出して調べた」
「それで?」
「たぶんだが、不朽鋼ってやつだ」
「不朽鋼?」
サンキチが聞き返す。
「名前だけ聞くと、すごく強そうですね」
「残念ながら、そういう金属じゃねえ」
ゴードンは首を振った。
「武器を強くするための素材じゃない。腐食や劣化を極端に抑えるためのもんだ。昔は儀式に使う道具なんかに混ぜられてたらしい。何十年、何百年経っても、できるだけ同じ状態を保つためにな」
「錆びにくいってこと?」
「それだけじゃねえ。金属そのものが変質しにくくなる」
ゴードンは剣を作業台へ戻した。
「この剣、相当古いぞ。それなのに表面の劣化がほとんど進んでない。普通なら、いくら大事に保管しててもこうはならねえ」
フミタロウは改めて剣を見た。
確かに古びた印象はある。それでも、何百年も昔のものだと言われて想像するような腐食や傷みは見当たらない。
「でも、剣を長持ちさせたいだけなら、そんな珍しいもん使う必要ある?」
ミルキーが首を傾げる。
「俺もそこが気になった」
ゴードンは今度は剣身の根元を指した。
「それで、こっちも調べた。刻まれてる術式だ」
薄い線で刻まれた古い文字と幾何学模様が、鍔の近くから剣身へ伸びている。
「攻撃魔法でもねえし、刃を強化する術式でもない。細かいところまでは読み切れなかったが、方向性は分かった」
「どんな?」
「対象の変化を抑える。固定して、安定させる。そんな術式に見える」
クリフトスが剣へ目を向けた。
「不朽鋼と同じですね」
「そういうことだ」
ゴードンはうなずく。
「剣の素材は腐食や劣化を抑える。術式は対象の変化を抑えて固定する。どっちも同じ方向を向いてやがる」
「変化させない……」
フミタロウは腕を組んだ。
「なんで剣にそんなもん仕込むんや?」
「それを考えるために、もう一つ調べた」
ゴードンは作業台の隅から小さな包みを取り出した。
布を開くと、中から灰色の欠片が現れた。親指の先ほどの大きさしかなく、見た目だけならどこにでもある石の破片にしか見えない。
「石像の欠片だ」
フミタロウはそれを見つめた。
リースが剣を回収した際、刃の根元にわずかに残っていたものらしい。石像そのものを持ってきたわけではないが、剣と一緒に調べてもらうには十分だった。
「見た目は石だ」
ゴードンは欠片をつまみ上げた。
「だが、成分が合わねえ」
「石じゃないんですか?」
サンキチが身を乗り出す。
「少なくとも、普通の鉱物じゃねえ。似たもんがないかいくつか調べたが、どれとも一致しなかった」
「じゃあ何なん?」
「そこが妙なんだ」
ゴードンは一枚の記録紙を手に取った。
「詳しく調べたら、有機物に近い反応が出た」
「有機物……」
クリフトスが低くつぶやく。
「生き物に近いってことですか?」
ミルキーが尋ねる。
「断定はできねえ。だが、少なくとも俺には、こいつが最初から石だったようには見えねえ」
ゴードンは欠片を作業台へ戻した。
「何かが、石みてえな状態になった。そう考えた方が筋が通る」
工房の中が、少しだけ静かになった。
外では槌を振るう音や蒸気の抜ける音が変わらず響いている。それなのに、作業台の周りだけ空気が重くなったように感じた。
「つまり……」
クリフトスがゆっくりと言葉を選ぶ。
「剣の素材は、劣化を抑える不朽鋼。剣に刻まれた術式は、対象の変化を抑えて固定する。そして、その剣が刺さっていた石像は、普通の石ではなく、有機物に近い」
「ああ」
「だとすれば、この剣は……石像を長期間、その状態に保つためのものだった可能性がある、と?」
「そう考えるのが自然だな」
ゴードンは腕を組んだ。
その言葉を聞いた瞬間、フミタロウの中で、それまでばらばらだったものがつながった。
剣が特別強いわけではない。剣そのものを保存する意味も薄い。それなのに、変化を抑える素材と術式が使われている。そして刺さっていた相手は、最初から石だったとは限らない。
「……これ、抜いたらあかんやつやったんちゃう?」
ゴードンはすぐには答えなかった。
しばらく剣を眺めたあと、ゆっくりとうなずく。
「可能性はある」
「やっぱり?」
「俺なら、同じものを見つけてももう抜かねえ」
「うわあ……」
サンキチが嫌そうな顔をした。
「でも、剣を抜いた石像って、そのままダンジョンに残ってるんですよね?」
「いや」
フミタロウが答えた。
「持って帰ってるやつ、おるで」
「え?」
サンキチが振り返る。
「珍しい古代の石像やからって、収集されてるって話あったやろ」
クリフトスも表情を曇らせた。
「貴族の屋敷などに飾られている、という話は聞きましたね」
「そういえば王城でも、なんとなく見かけたような記憶が」
ゴードンが目を見開いた。
「……待て」
全員の視線が集まる。
「剣を抜いた石像を、わざわざ持ち帰って飾ってるのか?」
「そうみたいやな」
「馬鹿なのか?」
「まあ……」
フミタロウは少し考えた。
「しかも、金持ちほど持ってる」
ゴードンは額を押さえた。
「何で一番やべえ可能性があるもんを、わざわざ人の多いところへ運ぶんだよ」
「珍しいからでしょうね……」
サンキチが答える。
「珍しいほど価値が上がるんやろな」
「今まで何も起きてないんですよね?」
ミルキーが不安そうに尋ねる。
「少なくとも、俺たちが聞いた範囲ではな」
フミタロウが答えると、クリフトスが静かに続けた。
「ですが、今まで何も起きなかったからといって、安全とは限りません」
誰も反論できなかった。
もしゴードンの推測が正しければ、問題なのは剣ではない。剣を抜かれたあとも、あちこちへ運ばれている石像の方だ。
「……もう何本抜かれてんねやろな」
フミタロウが漏らした。
「分からん」
ゴードンは首を振る。
「だが、こういうもんは一度価値がつくと広まるのが早い。冒険者が見つけて売って、商人が運んで、金持ちが買う。珍品ならなおさらだ」
「嫌な流通経路やな……」
「とりあえず、リースさんに報告ですね」
サンキチが言った。
「せやな」
フミタロウもうなずく。
「王城の石像も気になるけど、俺らがいきなり『危ないかもしれません』って言うても、どこまで信じてもらえるか分からんし」
「リース様なら、今回の解析結果を見て判断してくださるでしょう」
クリフトスの言葉に、全員が同意した。
「剣は持って帰れ」
ゴードンは鞘へ収めた剣をフミタロウへ差し出した。
「俺の仕事はここまでだ。ただし、同じような石像を見つけても、剣は抜かねえ方がいい。それと、すでに抜かれてる石像には気をつけろ」
「分かった」
フミタロウは剣を受け取った。
持った感触は、預ける前と何も変わらない。
だが、今ではこの一本がまるで別の物に思えた。
*
その日の夜、宿の部屋ではサンキチが机に向かっていた。
前には便箋が広げられ、その横にはゴードンから聞いた内容をまとめたメモが並んでいる。フミタロウたちも周囲に集まり、書き漏らしがないか確認していた。
「これで全部ですかね」
サンキチが筆を止める。
「不朽鋼のこと書いた?」
「書きました。腐食や劣化を抑える性質があることも」
「術式は?」
「対象の変化を抑えて、長期間固定するものらしい、と。でも、術式についてはリースさんなら気づいてそうですけどね」
「石像の欠片が普通の石じゃないってのも大事ですよね」
ミルキーが言う。
「それも入ってます。有機物に近い反応が出たことも」
クリフトスが便箋を確認する。
「断定は避けた方がいいでしょう。石像が何であるかは、まだ分かっていません」
「そこはゴードンさんも断定してませんでしたから、推測って書いてます」
「あと、剣は抜かん方がええって強めに書いといて」
「もう書いてますよ」
「抜いた後の石像も注意って」
「それも書いてます」
「王城にも――」
「それはリースさんも知ってるでしょう」
「……せやな」
サンキチが呆れたように笑った。
「ちゃんとまとめてますから、任せてください」
「さすがやな」
「こういう時だけ信用するのやめてもらえます?」
「普段も信用してるで」
「うさんくさいのは気のせいですか?」
最後にもう一度内容を確認し、サンキチは手紙を封筒へ入れた。
翌朝まで待つこともできたが、オッゾによればミルドカンドには夜でも出発する配送便があるという。
「急ぎなら、今日中に出せるべ」
「ほな、頼もか」
手紙には解析結果だけでなく、同様の石像を発見した場合には剣を抜かない方がいいこと、すでに剣を抜かれた石像には注意が必要であることも書き添えた。
リースなら、この情報をどう扱うべきか判断してくれるはずだ。
フミタロウたちは宿を出ると、その日のうちに手紙を配送窓口へ持ち込んだ。
「リース様宛てですね」
「急ぎで頼むわ」
「承知しました」
封をされた手紙が係員の手へ渡る。
それを見届けて、フミタロウはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
これで、自分たちにできることはした。
*
翌朝。
数日を過ごしたミルドカンドの街を、フミタロウたちは旅装を整えて歩いていた。
大きな荷物を背負うサンキチの手には新しくなった杖があり、フミタロウの左前腕にはフ式パイルバンカーが固定されている。ミルキーとクリフトスも必要な物資を買い足し、いつでも街を出られる準備を整えていた。
「もう行くんだな」
見送りに来たオッゾが言った。
「ゴードンの用事も終わったしな」
「山を抜けるまでは、昨日教えた道で行けば大丈夫だ。森林地帯が近づいたら、街道を外れるなよ」
「エルフの森やな」
「んだ」
フミタロウは東へ続く道を見た。
ミルドカンドを出れば、まず山岳地帯を越える。その先にはエルフの大森林があり、さらに東へ進めば騎馬王国やノーム、獣人たちの暮らす広大な平原が待っている。
そのさらに先、東海岸から海を渡った場所に、目的地ヤーナマトがある。
太陽の魔法。
賢者リースから聞いた、滅びた国の末裔。
まだ見たこともない土地が、これからいくつも待っている。
「ほな、行こか」
「はい」
ミルキーが笑い、サンキチが新しい杖を肩に担ぐ。
「今度は森ですか」
「エルフがおるらしいで」
「それ昨日聞きました」
「ほんまにおるか確認せな」
「プライド高そうな気がしますよね。嫌な奴だったらショックです」
後ろからクリフトスの穏やかな笑い声が聞こえた。
いつもの調子で言葉を交わしながら、四人は東へ向かう街道を歩き始める。
山の中へ築かれた巨大な都市ミルドカンドが、少しずつ背後へ遠ざかっていった。
フミタロウたちは、まだ知らなかった。
自分たちが石像に刺さっていた剣の意味をようやく疑い始めた頃、遠く離れたどこかでは、人間たちが珍品として持ち帰り、長いあいだ飾り続けてきた石像の一つが、すでにその瞳で人間たちを見ていたことを。




