第三十二話 おっさん工房に通う
「変わったもんが色々置いてある」
オッゾにそう言われて連れてこられた道具屋は、フミタロウが期待していた以上に雑然とした店だった。
壁には槌やつるはし、鋸といった採掘道具が隙間なく並び、その間には用途の分からない金属製の器具がいくつも吊るされている。床にも大型の機械や分解途中らしい部品が置かれ、店の奥からは油と鉄、それに何かを熱したような匂いが漂っていた。
「ええな、ここ」
店へ入った瞬間から、フミタロウの目は忙しく動いている。
「まだ何も見てないでしょう」
サンキチが呆れたように言う。
「こういう店は入った瞬間からおもろいねん」
「分かるような、分からないような……」
ミルキーが苦笑する横で、クリフトスも興味深そうに棚を眺めていた。
店内を少し進んだところで、フミタロウは作業台の上に置かれていた奇妙な装置の前で足を止めた。
「……何これ」
太い金属製の筒の中に杭のようなものが収められ、その周囲には細い配管や魔石を取り付けるためらしい器具が組み込まれている。片手で扱うには明らかに大きく、どちらかといえば小型の掘削機械に近かった。
「採掘用の杭打ち機だ」
店の奥から、道具屋の主人が顔を出した。
「魔石で水を熱して蒸気を作る。その圧力で、中の杭を岩へ叩き込む」
「へえ……」
フミタロウが身を乗り出す。
「これ、動くん?」
「動くには動く。ただ、まだ試作品だ」
主人は装置を持ち上げ、フミタロウたちへ見せた。
「大きすぎるし重すぎる。おまけに杭を打ち出した時の反動も強い。採掘場で使うにしても、今のままじゃ扱いにくくてな」
「ちょっと持ってええ?」
「落とすなよ」
受け取った瞬間、フミタロウの腕が沈んだ。
「重っ」
「だから言っただろ」
それでもすぐには返さず、筒の中に収まった杭を覗き込み、側面の配管や魔石の位置まで確かめる。
「でも、これ……」
「何だ?」
「もっと小さくできへん?」
主人が眉を上げた。
「小さく?」
「多少威力落ちてもええねん。これをもっと軽くして、腕につけられるくらいにしたら使えへんかな」
「腕に?」
「そう」
フミタロウは自分の左腕を差し出した。
「拳は普通に使いたいから、ここ」
左前腕の外側を指す。
「この辺につける感じで」
主人はフミタロウの腕と杭打ち機を見比べた。
「……何に使うつもりだ?」
「殴るやろ?」
「うん」
「ほんで、ここぞって時だけ杭が出る」
「……」
「ドンッて」
フミタロウが拳を突き出す真似をすると、サンキチが横から口を挟んだ。
「そんなこと、よく思いつきますね」
「なんかピンときた」
「発想は分かりますけど、できるんですか、そんなこと?」
道具屋の主人はしばらく黙っていたが、やがて面白そうに笑った。
「小さくするだけなら、できるかもしれんな」
「ほんま?」
「ただし、威力と反動がどうなるかは分からん。そもそも人が腕につけて使う前提で作ってねえからな」
「そこは試しながらやな」
「お前、やる気だな」
「そらもう」
フミタロウの返事が早すぎて、サンキチがため息をついた。
「完全に欲しくなってるじゃないですか」
「いや、まだ欲しいとは言ってへん」
「顔が言ってますよ」
主人は試作品を作業台へ戻すと、いくつかの部品を外しながら考え始めた。
「今日はすぐには無理だ。寸法から見直さねえと」
「また来てええ?」
「ああ。どうせなら、お前の腕に合わせた方が早い」
「ほな、また来るわ」
「もう決定なんですね」
「決定や」
サンキチの言葉にも、フミタロウは迷わなかった。
*
道具屋を出たあと、一行は工房街の奥へ向かった。
「次はゴードンのところだ」
オッゾが先を歩きながら言う。
「ゴードンって、リースさんの荷物を渡す相手やんな?」
「んだ。ミルドカンドでも金属や魔道具の解析じゃ一番詳しい」
「ようやく本来の用事やな」
「寄り道したのはお前らだべ」
「案内したんオッゾさんやん」
「楽しかっただろ」
「それは否定せえへん」
工房街へ入ると、王城前とは空気が一変した。
あちこちから槌を振るう音が響き、大きな炉の前では真っ赤に焼けた金属が何度も打ち延ばされている。頭上を走る太い配管から時折蒸気が噴き出し、荷車には見たことのない鉱石や金属塊が積まれていた。
その中でも一際大きな工房の前で、オッゾが足を止める。
「ここだ」
中へ入ると、奥の作業台に一人のドワーフが座っていた。
フミタロウがリースの名を出すと、ゴードンは作業の手を止めた。
「リースから?」
「ああ。これを調べてほしいって」
フミタロウは荷物から一本の剣を取り出した。
ダンジョンで見つかった、魔族らしき石像の胸に刺さっていたという剣だ。
ゴードンは受け取るなり、まず両手で重さを確かめた。次に刃を光へかざし、表面を指でなぞる。
「……何だ、こりゃ」
「やっぱ変なん?」
「見た目の割に重さがおかしい。それに、この金属……」
今度は小さな拡大鏡のような道具を使って刃を覗き込み、鍔の近くへ刻まれた古い術式にも目を向けた。
「何か分かる?」
「すぐには分からん」
ゴードンは首を横へ振った。
「材質も妙だし、この魔術式もかなり古い。表面だけ見て答えを出すのは無理だな」
「どれくらいかかる?」
「数日は欲しい」
「数日か」
「急ぐのか?」
「いや、俺らもしばらく街におる予定やし」
「なら預かる。分かったら呼ばせる」
「お願いします」
剣をゴードンへ預け、ひとまず大きな用事の一つは片付いた。
*
その日の夜。
宿へ戻ったフミタロウたちは、食事を終えたあともテーブルを囲んでいた。中央には、オッゾが用意してくれた南大陸の地図が大きく広げられている。
「ミルドカンドは、ここだべ」
オッゾが指したのは、大陸の中央を南北に貫くように描かれた山岳地帯だった。
よく見ると、そこには大小いくつもの山が連なり、その間を細い坑道や道が縫うように走っている。
「この辺一帯はドワーフが多い。鉱山も多いし、地下の坑道もあちこちにつながってる」
「ミルドカンドだけが特別なんやないんやな」
「んだ。小さな集落や鉱山町なら、いくらでもあるべ」
フミタロウは地図の上へ視線を動かした。
「ヌマタは?」
「こっちだ」
オッゾの指が山岳地帯から北へ滑る。
そこには広い平野があり、その一部には複雑に入り組んだ川や沼地が描かれていた。
「北は水が多い。湿地も広いし、ワイバーンやリザードマンも珍しくねえ」
「ルミアちゃんが住んでる辺りですね」
ミルキーが地図を覗き込む。
「そうだべ。ヌマタはこの辺じゃ大きな港町だ」
「帰りはそこに寄る約束やったな」
フミタロウはルミアとニックスのことを思い出した。月影草を持って帰った少女の母親がどうなったのかも気になるし、北大陸へ戻る時にはニックスの船を探すつもりでもいる。
もっとも、それはまだ先の話だった。
「で、俺らが次に行きたいんはヤーナマトやねんけど」
「ヤーナマトなら、こっちだな」
オッゾの指は今度はミルドカンドから東へ向かった。
「まず山を抜ける。そこまでは俺も道が分かるだ」
「そこまでは?」
サンキチが聞き返す。
「山を越えた先は、エルフの領域だ」
「エルフ!」
サンキチとミルキーが同時に身を乗り出した。
「ほんまにおるんやな」
「ドワーフがいてるなら、エルフがいてもおかしくないでしょう」
「いや、そうやねんけどな。なんかエルフって、異世界感あるやん」
「今さらですか?」
「ちょっとワクワクします」
フミタロウは地図に描かれた広大な森林を眺めた。
山岳地帯の東側を覆うその森は、地図の上でもかなりの広さがある。
「この森、全部エルフの土地なん?」
「だいたいな」
そう答えたオッゾの顔が、わずかに渋くなった。
「ただ、あいつらとは昔から仲が悪い」
「何で?」
「木を切るからだ」
「……ああ」
フミタロウは一瞬で納得した。
「めちゃくちゃ揉めそうやな」
「揉めるぞ」
「交易とかはせえへんの?」
「する」
「仲悪いんちゃうん?」
「悪い」
即答だった。
「でも交易はするんや」
「必要なもんは必要だからな。向こうも金属や道具は欲しがるし、こっちも森で採れるもんは使う」
「なんか妙に現実的やな……」
嫌いだから何もかも断絶するというほど単純ではないらしい。
互いに文句を言いながら、それでも必要なものは売り買いする。
どうやらドワーフとエルフは、そういう面倒な付き合いを長いこと続けてきたようだった。
「森までは道は分かるだ」
オッゾが言った。
「その先はエルフに聞け」
「仲悪いんちゃうん?」
「悪い」
「二回目やで」
サンキチが吹き出した。
地図をさらに東へ追っていくと、やがて森林が途切れ、その先に広大な平野が現れた。西側にはまだ緑が多いが、東へ向かうほど色が薄くなり、乾いた土地が広がっているように描かれている。
「ここは?」
「草原と乾燥地帯だな。雨の少ない場所も多い。馬や羊を追って暮らしてる連中が多いべ」
オッゾは平原の中に描かれたいくつかの印を指した。
「人間の騎馬王国もあるし、ノームの集落もある。獣人の部族も、あっちこっちに暮らしてるな」
「騎馬王国?」
「馬で移動する連中だ。放牧が盛んで、戦う時も馬に乗る」
「へえ……」
フミタロウは地図へ顔を近づけた。
これまで歩いてきた北大陸とは、ずいぶん雰囲気が違う。
山の中で鍛冶を続けるドワーフ。
大森林で暮らすエルフ。
その先には馬とともに生きる人間たちがいて、ノームや獣人まで、それぞれ別の土地で暮らしている。
同じ南大陸にいるというだけで、これほど多くの種族や文化があるとは思っていなかった。
「ノームって、ドワーフとは違うんですか?」
サンキチが尋ねる。
「全然違うべ。あいつらも物作りは好きだけんど、俺らみたいに鉱山掘って鉄を叩くやつばっかじゃねえ」
「へえ。どんな物作るん?」
「それは会って見た方が早い」
「なんや、気になる言い方するなあ」
フミタロウが笑うと、オッゾも少し得意そうに髭を撫でた。
「獣人っていうのも、いろんな人がいるんですか?」
今度はミルキーが聞いた。
「いるぞ。ひとまとめに獣人って呼んでるだけで、暮らし方も見た目も全然違う。町で人間と一緒に暮らしてる連中もいるし、自分たちだけで暮らしてる部族もある」
「ほんまに、いろんな人がおるんやな」
北大陸では人間の国を渡り歩くことが多かった。
もちろんミルムやナハルのように国ごとの違いはあったが、南大陸ではそれよりもさらに、土地そのものが変わるたびに暮らす者まで変わっていくらしい。
フミタロウは少しずつ、その旅を想像し始めていた。
「で、ここまで行ったら?」
地図の東端に描かれた海岸線を指す。
「東海岸だ。大きな港まで出れば、船を探せる」
「また船ですか……」
サンキチの声が露骨に沈んだ。
「なんや、その顔」
「別に」
「また船酔いする気やな」
「したくてしてるんじゃないですよ!」
「魚釣りの加護あるのにな」
「関係ないって、もう分かったでしょう!」
ミルキーがくすくす笑う。
オッゾはそんな二人を気にすることもなく、地図のさらに東へ指を伸ばした。
「海を渡って、この辺だ」
大陸から離れた場所に、一つの島国が描かれていた。
「ヤーナマト」
その名を聞いた瞬間、フミタロウたちの表情が少し変わった。
賢者リースから教えられた、かつて太陽の魔法を使っていた国。
大洪水によって滅びたと伝えられている古い国の名を受け継ぐ者たちが、今もその島にいるという。
「結構遠いな」
「遠いぞ」
オッゾは簡単に答えた。
フミタロウは改めて地図全体を見渡した。
ミルドカンドから山岳地帯を東へ抜け、エルフの森を越える。その先の乾燥平野を進み、騎馬王国やノーム、獣人たちが暮らす土地を横断して東海岸へ出る。
そこからさらに船で海を渡って、ようやくヤーナマトへ辿り着く。
線にしてしまえば一本の道だが、実際にはどれだけの土地を通ることになるのか分からない。
「これ……次の町行くとかいう距離ちゃうな」
「南大陸を横断することになりますね」
クリフトスが言った。
「せやな」
口に出してみると、急に実感が湧いてきた。
次に待っているのは、一つの町や、一つの国ではない。
山を越え、森を抜け、知らない種族の暮らす平原を歩き、その先でまた海を渡る。
フミタロウは地図の上に伸びる長い道筋を、もう一度ゆっくりと目で追った。
「……おもろそうやん」
「ですね」
サンキチも少し笑った。
旅に出た頃なら、これほど先の見えない道のりを聞けば不安の方が先に立っていたかもしれない。だが今は、その途中にどんな町があり、どんな人間がいて、何が待っているのかという方が気になっていた。
クリフトスは地図を見ながら、現実的な問題へ話を戻す。
「ただし、ゴードンさんの解析が終わるまでは出発できませんね」
「せやな」
「その間に装備の整備と、必要な物資を揃えておくのが良さそうです」
「それで行こか」
話がまとまり、地図を畳み始めたところで、サンキチがフミタロウを見る。
「ところで」
「ん?」
「最後の方、全然地図見てませんでしたよね?」
「見てたで」
「途中からずっと道具屋の方角見てましたけど」
「気のせいや」
「絶対、明日また行く気でしょう」
「……まあな」
フミタロウは悪びれもせず答えた。
*
翌朝。
「なあ」
まだ全員が朝食を食べている途中で、フミタロウが口を開いた。
「もう道具屋開いてるかな」
サンキチがパンを持ったまま顔を上げる。
「昨日行ったばっかりですよね?」
「昨日は見ただけやん」
「十分長いこと見てましたけど」
「試作品の話しただけや。今日はちゃんと作る方」
「もう作ることになってる……」
ミルキーが笑いながら言う。
「フミタロウさん、朝ごはんまだ残ってますよ」
「これ食べたら行く」
「ほんとに待ちきれないんですね」
「昨日から気になってしゃあないねん」
そこへオッゾが入ってきた。
「何の話だ?」
「道具屋、もう開いてる?」
「朝は早えから、とっくに開いてると思うべ」
「ほな行こ」
フミタロウが立ち上がる。
「まだ食べてるでしょう!」
「持っていったらあかん?」
「座って食べてください!」
「はい」
結局、ミルキーに止められて朝食を最後まで食べてから出発することになった。
*
「来たか」
道具屋へ着くと、主人はすでに作業台の上へ昨日の杭打ち機を広げていた。
「待ってたで」
「それはこっちの台詞だ」
昨日話した通り、まずは装置そのものを小型化するところから始めた。
元の採掘機は、岩盤へ杭を深く打ち込むため威力を最優先に作られている。しかしフミタロウが欲しいのは、一撃で岩山を砕く道具ではない。
「多少威力落ちてもええから、とにかく軽くしたい」
「なら蒸気室を小さくできる。杭も短くするか」
「その方がええな」
「ただ、短くしすぎると今度は威力が落ちるぞ」
「そこは実際撃ってみて考えよ」
その日は寸法を決めるだけでかなりの時間を使った。
翌日も、その次の日も、フミタロウは工房へ通った。
腕へ固定する位置を変え、重すぎる部品を削り、杭の長さを調整する。最初は拳の近くに機構を置いてみたが、それでは手首が動かしにくく、武闘家として本来使えるはずの拳まで邪魔してしまう。
「やっぱここやな」
フミタロウは左前腕の外側を叩いた。
「拳と手首は普通に使えるようにしたい」
「なら本体を外側へ逃がすか」
「あと、むき出しやと壊れへん?」
「それもそうだな」
主人は装置を囲うように金属板を取り付けた。
結果として左前腕の外側に、盾のような頑丈な外装を持つ装置が固定される形になった。
「だいぶそれっぽくなってきたな」
「形だけはな」
「何その言い方」
「問題が残ってる」
主人が装置の後ろ側を指した。
そこには、反動を処理するための長いシリンダーが大きく飛び出していた。
「これだ」
「やっぱ邪魔?」
「採掘場なら問題ねえ。だが、お前はこれ着けて戦うんだろ?」
「そのつもり」
「だったら危ねえな。後ろに誰かいたらぶつけるし、狭い場所じゃ壁にも当たる」
「うーん……」
小型化しても、反動そのものが消えるわけではない。杭を前へ撃ち出す以上、同じだけの力が後ろへ返ってくる。
「反動を何かで吸収できたらええんやけどな」
「それができりゃ苦労しねえ」
「衝撃を吸収する魔石とかないん?」
「衝撃?」
主人が首を傾げた。
「そんな都合ええもんないか」
「衝撃そのものはな……」
そう言いながら棚を見ていた主人の動きが止まった。
「待てよ」
「ん?」
「熱なら吸える」
「熱?」
主人は棚から一つの魔石を取り出した。
「高温になる装置で使う熱吸収用の魔石だ。余分な熱をこいつへ逃がして、機械を守る」
「それが使えるん?」
「反動をそのまま吸うわけじゃねえ。ただ、圧縮する時に生じる熱をこいつへ逃がせば、今より機構を短くできるかもしれん」
「……やってみよ」
「即決だな」
「こういうのは試した方が早い」
「お前、ほんとに職人みたいなこと言うな」
そこからさらに改造が続いた。
熱吸収用魔石を組み込み、圧力を調整し、後方のシリンダーを少しずつ短くしていく。完全に反動が消えるわけではなかったが、腕で受け止められる範囲まで減らすことには成功した。
「これならいけるか?」
「撃ってみな分からんな」
工房の試射場へ、大きな岩が運び込まれた。
フミタロウは完成間近の装置を左前腕へ固定する。
「重さは?」
「前よりだいぶマシ」
「拳は?」
何度か握ってみる。
「普通に使える」
「なら試すぞ」
「おう」
岩の前へ立ち、左拳を構えた。
「普通に殴る感じでいい。ただし、杭を出す時はしっかり腕を固めろ」
「了解」
フミタロウは一歩踏み込み、岩へ拳を叩きつけると、その瞬間に装置を作動させた。
鋭い音とともに左前腕から杭が飛び出し、岩へ深く食い込む。直後、杭を中心に大きな亀裂が走った。
「おおっ!」
思わず声が出た。
腕には確かな反動が返ってきたが、耐えられないほどではない。むしろ、殴った瞬間にもう一発別の衝撃が叩き込まれるような感覚は、想像していた以上に使えそうだった。
「いける!」
主人もすぐに装置を確認する。
「反動は?」
「ある。でもこれくらいなら全然いける」
「よし」
もう一度細かな調整を行い、ようやく主人が工具を置いた。
「これで完成だ」
フミタロウは左腕を持ち上げた。
拳や手首の動きを邪魔しないよう外側へ固定された金属製の装置は、盾のような外装の内側に蒸気機構を収め、必要な時だけ杭を撃ち出せるようになっている。
「ええやん」
「名前どうする?」
「名前?」
「せっかくお前用に作ったんだ。何か付けるだろ」
主人は少し考えたあと、ぽんと手を叩いた。
「フ式パイルバンカー」
「フ式?」
「フミタロウのフ」
「そのまんまやな」
「嫌か?」
フミタロウは左腕の装置を眺めた。
少し古臭いし、名前だけ聞けば工場の機械みたいでもある。だが、余計な飾りもなく、何をするための道具なのかが分かるその無骨さは、妙に気に入った。
「……いや。ええんちゃう」
*
一方その頃、サンキチもオッゾの工房にいた。
「魔石を交換できるようにしたいんです」
以前から使っていた杖を渡すと、オッゾはまず全体を確認し、それから妙な顔をした。
「これ、ずっと使ってたのか?」
「はい。召喚された時に買った初心者用です」
「ちょっと待て」
オッゾが杖の外装を外し、内部の芯を確かめる。
「……やっぱりな」
「何です?」
「ヒビ入ってるぞ」
「え?」
見せられた芯には、細かな亀裂がいくつも走っていた。
「こんなになってたんですか?」
「今のおめえの魔力だと、もうこの杖は持たない」
サンキチは少し驚いたように、自分の古い杖を見る。
「最初はこれで十分だったんだけどな」
「じゃあ、僕の魔力が増えたってことですか?」
「そういうことだべ」
本人には、それほど実感がなかった。
旅を始めた頃は、大きな魔法を一発撃つだけで倒れていた。それでも戦いを重ね、何度も魔力を使っているうちに、初心者用の杖では耐えられないところまで来ていたらしい。
「スロットを付けるだけじゃ駄目だな」
オッゾが言う。
「せっかくだ。杖そのものを作り直すべ」
「お願いします」
新しい杖は、以前より丈夫な芯を使い、先端近くへ交換式の魔石スロットを組み込むことになった。予備の魔石を持っておけば、魔力が尽きかけた時に差し替えて補うことができる。
「できたぞ」
完成した杖を受け取ったサンキチは、嬉しそうに何度か持ち替えた。
「おお……いいですね」
「名前でも付けるか?」
「名前ですか?」
サンキチは先端のスロットを眺め、少し考えた。
「じゃあ……マギアスロットで」
「マギアスロット?」
「魔力を入れ替える場所なんで」
「なるほどな」
オッゾが感心したようにうなずいた。
そこへ工房の扉が開いた。
「サンキチくん!」
入ってきたのはフミタロウだった。
「見てこれ! ついに完成したで」
「おお」
サンキチも近づく。
「これが昨日言ってたやつですか?」
「せや。フ式パイルバンカー」
「……」
サンキチが黙った。
「何その顔」
「……ださ。」
「は?」
「いやいや、名前ですよ」
「どこがや!」
「フ式って何ですか。急に昭和の兵器みたいじゃないですか」
「この武骨な名前がええんや、わからんかな~」
「全然わかりませんね!」
「ほな、お前の杖は何て名前やねん」
サンキチが新しい杖を見せる。
「マギアスロットです」
「……ださ。」
「いやいや、フ式パイルバンカーの方が百倍ださいですけどね!」
「何でや! こっちは名前聞いただけで何する武器か分かるやろ!」
「フ式の意味が全然分かりません!」
「俺のフや!」
「そこが一番ださいって言ってるんですよ!」
言い合う二人を見ながら、オッゾは呆れたように髭を撫でた。
「どっちでもいいべ……」
「よくない!」
「よくないです!」
「息ぴったりだな、お前ら」
*
新しい装備を手に入れた二人は、まだ言い合いながら工房街を歩いていた。
「マギアスロットって、なんか格好つけすぎやねん」
「フ式より百倍ましです」
「フ式は実用一点張りや」
「名前に実用も何もないでしょう」
「分かってへんなあ」
そこへ、向こうから歩いてきたドワーフの職人が二人を見つけた。
「おーい!」
「ん?」
「フミタロウとサンキチだったか?」
「そうやけど」
「ゴードンが呼んでるぞ」
二人の足が止まった。
「ゴードン?」
「剣の解析が終わったみたいだ」
フミタロウはサンキチを見る。さっきまで装備の名前で言い争っていたサンキチも、すぐに表情を変えた。
「終わったんですね」
「みたいやな」
フミタロウは左腕の新しい装備を軽く確かめると、工房街の奥へ目を向けた。
「ほな、行こか」
「はい」
二人はゴードンの工房へ向かって歩き出した。
リースから預かった、石像に刺さっていた謎の剣。
その正体を知る時が、ようやく来た。




