第三十一話 ミルドカンド
トロッコ列車を降りたフミタロウたちは、そのままオッゾの案内でミルドカンドの街を歩くことになった。
列車の中から見た時にも巨大な都市だとは思ったが、実際に中へ入ってみると印象はまた違う。
岩壁を削って造られた石造りの建物。その間を縫うように太い配管が走り、あちこちの工房からは槌を打つ音が絶えず響いていた。古びた鍛冶場のすぐ隣では魔石を組み込んだ機械が動き、煙突から噴き出した白い蒸気が頭上を流れていく。
近代的な工業都市というより、昔からあるドワーフの街へ便利な機械を一つずつ継ぎ足していったような景観だった。
「なんか不思議な街やな」
フミタロウは辺りを見回した。
「新しいんか古いんか、よう分からん」
「昔からある街に、便利なもんをどんどん足していったんだべ」
オッゾが笑う。
「壊れてねえもんは、そのまま使う」
「なるほど。めっちゃドワーフっぽい」
「どういう意味だ?」
「褒めてる」
「ほんとか?」
石畳の通りには、鉱石を積んだ荷車や大きな木箱を運ぶドワーフたちが行き交っている。
歩いていると、軒先に大量のハムやウインナーを吊るした店が目に入った。
「お」
フミタロウが足を止める。
「昨日食ったやつや」
「この辺じゃ有名な店だべ」
オッゾが店先を指した。
「ウインナーとハムなら、ここが一番だ」
「また食べるんですか?」
サンキチが呆れた顔をする。
「昨日あれだけ食べたのに」
「見るだけや」
「ほんとですか?」
「……一本くらいなら」
「やっぱり食べるんじゃないですか」
結局、四人とも一本ずつ買うことになった。
焼きたてのウインナーをかじりながら通りを進んでいると、その先で巨大な機械が動いているのが見えた。
「……なんや、あれ」
山肌に沿うように太いレールが斜め上へ伸び、その上を巨大な床がゆっくりと移動している。
人だけではない。鉱石を満載した荷車や木箱まで一緒に載せていた。
「上へ行くぞ」
オッゾがその床を指す。
「これに乗る」
「これ?」
「資材運搬用の斜行リフトだべ」
フミタロウたちも荷物と一緒に乗り込むと、係員のドワーフが大きなレバーを操作した。
どこかで蒸気が抜ける音が響き、巨大な床がゆっくりと動き始める。
「おお」
山肌に沿って斜めに上昇するにつれ、今まで建物に隠れていた街並みが少しずつ姿を現した。
橋の上を走るトロッコ。岩壁に張りつくように建てられた工房。上下の区画を結ぶ別のリフト。その間を無数の配管が走っている。
「これ、ええなあ」
サンキチが手すりから身を乗り出した。
「ん?」
フミタロウが振り向く。
サンキチは珍しく目を輝かせていた。
「蒸気ってのがしびれますよね」
「そこ?」
「なんか、こう……ちゃんと機械が動いてるって感じするじゃないですか」
「分からんでもない」
フミタロウも笑った。
昨日のトロッコ列車では自分の方が夢中になっていたが、どうやらサンキチもこういう機械は嫌いではないらしい。
「男の子ですねえ」
ミルキーが微笑む。
「いや、ミルキーさんも楽しそうじゃないですか」
「私は景色が楽しいんです」
「俺らは機械か」
「そういうことですね」
クリフトスが苦笑した。
斜行リフトは何度か蒸気を吐きながら上昇し、やがて街の上層へ到着した。
*
「こっちだ」
オッゾに連れられて通りを抜けると、その先で突然視界が大きく開けた。
「うわ……」
フミタロウは思わず足を止める。
そこは王城前の展望広場だった。
巨大な岩山の内部に築かれたミルドカンドだが、上層部には山肌が大きく外へ開いた場所があり、その向こうには青空が広がっていた。
風に流される白い蒸気の下には、石造りの街が幾重にも重なっている。工房や橋、斜行リフトが高低差のある街を結び、その間を太い配管とレールが複雑に走っていた。
昨日は街の中へいきなり放り込まれたような感覚だったが、こうして高い場所から見渡すと、ミルドカンドという都市の大きさがよく分かる。
「すごいですね……」
ミルキーが小さく呟いた。
「ほんとやな」
サンキチもしばらく景色から目を離さない。
「王城はあれだ」
オッゾが広場の向こうを指した。
そこには、周囲の建物とは比べものにならないほど巨大な石造建築がそびえていた。
「あれが王城か」
「んだ」
「でかいな」
「ドワーフ王が住んでる」
「会う予定は?」
「ない」
「そらそうか」
国王に用があるわけではない。
フミタロウたちがミルドカンドへ来た本来の目的は別にあるが、オッゾはせっかく来たのだからと、そのまま広場を案内してくれた。
しばらく歩いたところで、ミルキーがふと足を止める。
「……あれ」
「どうした?」
「楽器ですか?」
広場の一角に、巨大な金属製の装置が設置されていた。
何本もの太いパイプが縦に並び、その下には鍵盤がある。
「蒸気式のパイプオルガンだ」
オッゾが答えた。
「街の名物みたいなもんだべ」
「蒸気で鳴らすんですか?」
「そうだ。裏で圧力をかけて、パイプへ風を送る」
ミルキーの表情がぱっと明るくなる。
「弾いてみてもいいですか?」
「弾けるならな」
「少しだけ」
ミルキーは鍵盤の前へ座ると、まず何度か軽く指を置いて感触を確かめた。
やがて最初の鍵盤を押す。
低く、深い音が広場へ響いた。
「おお」
フミタロウが振り返る。
ミルキーはもう一度鍵盤を押し、今度は少し高い音を鳴らした。
音の違いを確かめるように何度か指を動かしたあと、やがてそれは一つの旋律へ変わっていった。
巨大なパイプから響く音は、笛とはまるで違っている。
重く豊かで、それでいて不思議なほど澄んでいた。
王城前の広場から放たれた旋律は、石造りの街へ静かに広がっていく。
工房で槌を振るっていた者が手を止め、荷物を運んでいた者が振り返る。屋台で食事をしていたドワーフたちも、何事かと広場の方へ顔を向けた。
「綺麗な曲だな」
「久しぶりに、いい音出てるな」
最初は数人だった。
だが演奏が続くうちに、一人、また一人と広場へ人が集まってくる。
「なんか」
サンキチが周囲を見回した。
「すごいことになってません?」
「本人、気づいてへんやろな」
ミルキーは完全に演奏へ集中している。
そして、その横ではクリフトスが誰よりも満足そうな顔をしていた。
最後の和音が広場へ響き、その余韻がゆっくりと消えていく。
一瞬の静寂。
次の瞬間、大きな声が飛んだ。
「ブラボー!」
それを合図にしたように、広場いっぱいに拍手が広がる。
「よかったぞ!」
「もう一曲!」
「姉ちゃん、上手いな!」
「え?」
そこで初めて、ミルキーが周囲の人だかりに気づいた。
「こんなに……」
慌てて立ち上がり、何度も頭を下げる。
「ありがとうございました!」
拍手はしばらく止まなかった。
「さすがは、ミルキー様」
クリフトスが胸へ手を当てる。
「素晴らしい曲でした」
「ありがとうございます」
ミルキーが照れたように笑った。
その二人を見ながら、フミタロウはサンキチへ小声で言う。
「クリフトスさん、あいかわらずやな」
「もはや信者ですね」
「聞こえていますよ」
「聞こえてたん?」
「当然です」
*
「次はどこ行く?」
広場を離れたあと、フミタロウが尋ねた。
「魔石を扱ってる店がこの先にある」
オッゾが答える。
「せっかくだから見てくか?」
「行きたいです」
即答したのはサンキチだった。
「早いな」
「魔石ですよ?」
「いや、魔法使いやから普通か」
店へ入ると、フミタロウたちはすぐに足を止めた。
「……いっぱいあるな」
壁際の棚には大小さまざまな魔石が並び、色も形も違っている。
ランプの中へ組み込まれたものや、小型の熱源装置に使われているもの。さらには複雑な機械の制御部に取り付けるものまであり、この街では魔石が単なる魔法の触媒ではなく、生活や産業を支える部品として利用されているらしい。
「灯りに、熱に、機械の制御……」
フミタロウは感心して棚を眺めた。
「ほんま、何でも使うんやな」
「使えるもんは使うだ」
オッゾは当然のように答えた。
「魔石は便利だからな」
「これ」
サンキチが、小さな魔石を一つ手に取った。
「何用ですか?」
「魔力を貯めておける」
「貯める?」
「使う時に中の魔力を引き出すんだ」
「へえ……」
サンキチの顔つきが変わった。
手の中の魔石をしばらく眺めたあと、ぽつりと言う。
「これ、予備で何個か持ち歩けば……魔力切れ、かなり防げるんじゃないですか?」
「できるだろうな」
オッゾが答える。
サンキチは今度は自分の杖を見た。
「この杖に、魔石を差し替えられる場所って作れませんか?」
「杖に?」
「はい。使い切ったら抜いて、新しい魔石に交換できるように」
オッゾが腕を組んだ。
「交換できるようにするのか……」
少し考えたあと、にやりと笑う。
「面白いこと考えるだな」
「できそうです?」
「やってみねえと分からんが、できそうではある」
「おお」
サンキチの顔が明るくなる。
その横で、フミタロウが不満そうな声を出した。
「えー」
「何ですか」
「一発芸のピクきちくん、できなくなるやん」
「一発芸じゃないですよ!」
「口から泡吹いて倒れるやつ」
「好きでやってるんじゃないですからね!」
「見られなくなると思うと寂しいわ」
「僕は全然寂しくないです!」
「そら本人やからな」
「当たり前でしょう!」
ミルキーが横で笑っている。
そんな二人のやり取りから少し離れたところで、今度はクリフトスが足を止めていた。
「……これは」
珍しく、その声に興奮が混じっている。
「どうしたん?」
フミタロウたちも近づく。
クリフトスが見つめていたのは、棚の奥へ置かれた一つの魔石だった。
「音を記憶する魔石だ」
店主が言う。
「声でも演奏でも残せる」
「録音?」
フミタロウが聞き返す。
「そんな感じやな」
クリフトスは魔石から目を離さない。
「噂には聞いていましたが、実物を見るのは初めてです」
完全に食いついていた。
「どれくらい記録できるんですか?」
「この大きさなら二十分ほどだ」
「繰り返し聞くことは?」
「できる」
「音質はどの程度でしょう?」
「楽器の細かい音まで残るぞ」
「本当ですか?」
いつも落ち着いているクリフトスにしては珍しく、質問が次々と出てくる。
「クリフトスさん、めっちゃ食いついてるな」
サンキチが小声で言った。
「音楽の人やからな」
しばらく店主へ質問していたクリフトスだったが、ふと値札へ目をやった。
「……」
動きが止まる。
「どうしました?」
サンキチも覗き込んだ。
「高っ」
思わず声が出た。
かなりの高級品だった。
「でも」
サンキチが少し考える。
「月影草を少し売れば、買えなくはないんじゃないですか?」
確かに、買えない金額ではない。
月影草は高価な薬草だ。手元にある分の一部を売れば、この録音魔石を買うだけの余裕はある。
クリフトスはしばらく無言で魔石を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……やめておきます」
そして、そっと棚へ戻した。
「え、買わないんですか?」
「買えなくはありません」
クリフトスは少し名残惜しそうに魔石を見る。
「ですが、旅の途中で必要になるかもしれない大切な資金です」
「まあ、それはそうですけど」
「趣味に使うには、少し高すぎますね」
「めっちゃ欲しそうやけど」
フミタロウが笑った。
「欲しくないとは言っていません」
「正直やな」
「いつか余裕ができた時に」
そう言いながら、クリフトスはもう一度だけ録音魔石を見てから、名残惜しそうに棚を離れた。
フミタロウはその様子を見て笑いながら、店の外へ目を向ける。
「次、どこ行く?」
オッゾは少し考えてから答えた。
「面白い道具屋があるだ」
「道具屋?」
「変わったもんが色々置いてある」
「……行こう」
「即決ですね」
サンキチが呆れた。
蒸気と魔石の街ミルドカンド。
まだ歩き始めたばかりだというのに、見たことのないものが次から次へと現れる。
フミタロウたちの街歩きは、まだ終わりそうになかった。




