第三十話 おっさんドワーフの国へ行く
キャッスルアントの横穴を塞ぎ、坑道の安全を取り戻したフミタロウたちは、いったん崖の集落へ戻った。
オッゾたちから約束どおり月影草を分けてもらい、それを受け取ったルミアは、何度も何度も頭を下げた。
「本当に……ありがとう!」
「よかったな」
フミタロウは笑った。
「これで、お母さんも助かるんやろ?」
「うん!」
ルミアは月影草を大事そうに抱えた。あれだけ危険な目に遭いながら探していた薬草が、ようやく手に入ったのだ。
ミルキーも嬉しそうに微笑む。
「早くお母さんのところへ帰ってあげてね」
「うん。絶対すぐ帰る!」
その横では、ニックスが腕を組みながらこちらを見ていた。
「それで、お前らはこのままミルドカンドへ行くんだな?」
「ああ」
フミタロウが答える。
「リースさんから預かってる荷物も届けなあかんしな」
「じゃあ、ここで一旦お別れだな」
「せやな」
そう言われると、少しだけ寂しい。
ナハルを出てからの船旅を思い返せば、サンキチは船酔いで死にかけ、ハーピーには襲われ、挙げ句の果てにはルミアがワイバーンの姿で甲板をぶち抜いた。ろくでもない出来事ばかりだった気もするが、不思議と嫌な思い出にはなっていなかった。
「何か言ったか?」
ニックスが怪訝そうな顔をする。
「いや、何でもない」
「北の大陸へ戻る時はどうするんだ?」
「ヌマタで船を探すつもり」
「なら」
ルミアがぱっと顔を上げた。
「その時は、うちに遊びに来て!」
「ええの?」
「うん! お母さんにも紹介したい!」
「それは楽しみやな」
ミルキーも笑う。
「絶対行くから、また会おうね」
「はい!」
ニックスも豪快に笑った。
「その時、俺の船がヌマタにいたら乗せてやるよ」
「ほんま?」
「ああ。ついでに、また一緒に飲もうぜ」
「それは約束やな」
二人は軽く拳を合わせた。
ルミアも大きく手を振る。
「またねー!」
「またなー!」
こうして、ルミアとニックスとは一旦別れることになった。
フミタロウたちは、オッゾたちと共にミルドカンドへ向かう坑道へ入った。
*
「しかし」
坑道を歩きながら、サンキチが辺りを見回す。
「本当にずっと地下なんですね」
「まあ、ドワーフの国やからな」
「偏見じゃないですか?」
「いや、だいたい合ってるやろ」
「だいたいで言わないでください」
そんな話をしているうちに、前方へ大きなバリケードが見えてきた。
これまで見てきた急造のものとは違い、分厚い木材と金属板を何重にも組み合わせ、太い支柱で補強されたかなり頑丈な造りになっている。
「これ何?」
フミタロウが尋ねる。
「あっち側からキャッスルアントが来ねえようにしてる防壁だ」
オッゾが答えた。
「向こう側も警戒してたんやな」
「んだ」
バリケードへ近づくと、その向こうから何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「開けるぞ!」
「ゆっくりだ!」
「まだ来るかもしれん!」
「ん?」
フミタロウたちが立ち止まる。
やがて、向こう側からバリケードが開かれた。
その先にいたのは、完全武装したドワーフたちだった。
分厚い鎧を着込み、盾や斧、槌を手にした者たちが、坑道を埋めるように何十人も並んでいる。
「おお……」
「オッゾ!」
先頭にいた大柄なドワーフが声を上げた。
「無事だったか!」
「おお!」
オッゾも手を上げる。
「助かっただ!」
「こっちも連絡が途絶えて心配してたんだぞ!」
話を聞いてみると、彼らは救出隊らしい。
キャッスルアントによって坑道が塞がれたあと、孤立した集落を助けるために編成されたものの、蟻の数が多すぎて進むことができず、ここで足止めされていたという。
「……」
サンキチが何とも言えない顔をした。
「どうした?」
フミタロウが尋ねる。
「いや」
サンキチは少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「もう少し待ってたら、向こうから助けに来てくれたんじゃ……」
「言うな」
フミタロウはがっくりと肩を落とした。
あの岩みたいな重装備を着込み、命懸けでだるまさんがころんだをやり、巨大な蟻に頭を噛まれて持ち上げられ、削岩用水晶を投げ、最後には熱水まで噴き出させたのである。
それを思い返すと、一瞬すべてが無駄だったような気分になる。
「いやいや!」
救出隊のドワーフが慌てて首を振った。
「違うぞ!」
「え?」
「俺たちも進もうとはしてたんだ。だが、キャッスルアントが多すぎて前へ出られなかった」
オッゾもうなずく。
「フミタロウたちが横穴を塞いだから、増援が止まったんだべ」
「じゃあ」
「お前らがやったことは無駄じゃねえ」
救出隊の隊長が力強く言った。
「むしろ、お前らの活躍がなかったら俺たちもまだここで足止めされてただろうな」
「……そう?」
「そうだ!」
「よかった」
フミタロウは心底ほっとした。
「ほんまに無駄やったら泣くとこやったわ」
*
集落を救った恩人として紹介されたフミタロウたちは、そのままドワーフたちの歓迎を受けることになった。
始まった宴会は、想像していた以上に豪快だった。
長い卓の上には、焼いた肉や煮込み料理、太いウインナーが所狭しと並べられ、酒樽まで次々と運び込まれてくる。
「……多ない?」
フミタロウが思わず呟いた。
「これ全部食うん?」
「食うぞ!」
救出隊長が当然のように答える。
「今日は祝いだ!」
「酒持ってこい!」
「肉もっと焼け!」
「肉ばっかりですね……」
サンキチも呆れていた。
「これが、ドワーフなんやろな」
ミルキーが一本のウインナーを口へ運び、ひと噛みしたところで目を丸くした。
「……おいしい!」
「ほんま?」
フミタロウも一本取って食べてみる。
ぱりっと皮が弾け、中から肉汁が溢れた。
「うまっ」
「ですよね!」
サンキチもすぐに手を伸ばした。
「僕、これ好きです」
「お前ら分かってるな!」
救出隊長が嬉しそうに笑った。
「俺も肉よりこっちの方が好きなんだ」
「肉より?」
「肉もうまいが、これは特別だ!」
「確かに、これは納得やな」
そんなやり取りをしているうちに酒も進み、宴会場はどんどん賑やかになっていった。
「お前、その笛吹けるのか?」
一人のドワーフがクリフトスのフルートを指した。
「ええ、まあ」
「なら一曲やってくれ!」
「宴会だ!」
「演奏だ!」
「では少しだけ」
クリフトスがフルートを構える。
柔らかな音色が広がると、先ほどまで騒いでいたドワーフたちも少しだけ静かになった。
「おお……」
「いい音だな」
しばらく演奏したところで、クリフトスがミルキーを見る。
「ミルキー様も、いかがですか?」
「え、私もですか?」
「ぜひ」
ミルキーは少し恥ずかしそうにしながらも、天使の笛を取り出した。
二人の音が重なると、今度は宴会場全体から大きな歓声が上がる。
「おおおお!」
「いいぞ!」
「もっとやれ!」
手拍子と笑い声が重なり、酒の杯が次々と持ち上がる。
フミタロウはその様子を眺めながら、ゆっくりと杯を傾けた。
「平和やなあ」
「ですね」
隣のサンキチもうなずく。
その時だった。
「いい頃合だな!」
一人のドワーフが突然立ち上がった。
「どうだ!俺の筋肉を見ろ!」
そう叫ぶなり、上半身の服を脱ぎ捨てる。
「……ん?」
太い腕に盛り上がった胸、岩のような腹筋。
「何始まった?」
フミタロウが呟く。
「いやいや!」
今度は別のドワーフまで立ち上がった。
「俺の方がすごい!」
こちらも服を脱ぐ。
「お前らまだまだだ!」
さらに一人、また一人と続き、気づけば宴会場の一角に上半身裸のドワーフたちがずらりと並んでいた。
「筋肉自慢大会?」
サンキチが呆然とする。
「そうみたいやな」
「止めなくていいんですか?」
「誰が?」
周囲を見ても、いつもの事らしく止める気配はない。
むしろ、
「おお!」
「前よりもでかくなったんじゃねーか?」
「肩すげえ!」
と盛り上がっている。
救出隊長まで酒を飲みながら笑っていた。
「まあ」
フミタロウも腕を組む。
「確かにすごいな」
採掘に鍛冶、重い鉱石の運搬。
毎日の仕事そのものが鍛錬になっているのだろう。
「俺たちは魔法がうまくないからな!」
一人のドワーフが胸を張る。
「魔法より筋肉だ!」
「潔いな」
しばらく眺めているうちに、フミタロウは昔テレビで見たものを思い出した。
「……ちょっと待って」
「何です?」
サンキチが見る。
「こういうポーズ、見たことあるわ」
「何の話です?」
フミタロウは立ち上がると、筋肉自慢をしていたドワーフたちの前へ出た。
「ちょっとやってみ」
「何だ?」
「まず、こうやって腕を上げて。ほんで、ここに力入れて」
「こうか?」
「違う違う。もうちょい肘を」
「こう?」
「そうそう」
ドワーフが形を作った。
「……おお?」
周囲がざわつく。
「筋肉が見やすいぞ!」
「ほんとだ!」
「俺もやる!」
「いや俺が先だ!」
あっという間に食いついた。
フミタロウが覚えている範囲でいくつかポーズを教えると、ドワーフたちは我先にと真似し始める。
「そこ、胸張って!」
「こうか!」
「もっと!」
「おおお!」
「すげえ!」
最終的には六人ほどのドワーフが横一列に並び、揃って見事なポーズを決めていた。
宴会場から歓声が上がる。
「おおおおお!」
「格好いいぞ!」
「もう一回!」
フミタロウは腕を組み、満足そうにうなずいた。
「うん。ええ感じや」
隣でサンキチが呆れた顔をしている。
「フミタロウさんって」
「ん?」
「どこでも生きていけそうですね」
「たまたまや」
*
宴会がひと段落した頃。
「さて」
オッゾが立ち上がった。
「そろそろミルドカンドへ向かうべ」
「おお」
フミタロウも立ち上がる。
「結構歩くん?」
「歩く?」
オッゾが不思議そうな顔をした。
「ん?」
「何で歩くんだ?」
「何でって……坑道やろ?」
「こっちだ」
オッゾについてしばらく歩いた先で、フミタロウは足を止めた。
「……え?」
坑道の床にはレールが敷かれていた。
そして、その上には黒い金属製の車両が停まっている。
前方には煙突が立ち、車体の側面には配管や弁、圧力計のようなものが所狭しと取り付けられていた。さらに後方には、いくつものトロッコが連結されている。
「……機関車?」
「魔導制御式蒸気機関トロッコ列車だべ」
「長っ」
オッゾは気にせず車両の横へ立った。
「燃料用魔石で水を沸かして、その蒸気で走る」
「ほんまに蒸気機関なん?」
「そうだ」
「でも魔石使ってるんやろ?」
「燃料と制御にな」
その言葉を聞いた瞬間、フミタロウの目が変わった。
「ちょっと待って。この魔石、何してんの?」
「こっちは燃料用だ」
「じゃあ、こっちは?」
「制御用」
「何を制御してんの?」
「蒸気圧と温度。それから燃料魔石の出力」
「自動で?」
「ある程度はな」
フミタロウはすぐに車体へ顔を近づけた。
「この圧力計は?」
「ボイラーの中だ」
「こっちのレバーは?」
「蒸気を送る量を調整する」
「この配管、どこにつながってんの?」
オッゾが笑った。
「お前、急に元気になったな」
「いや、こういうの気になるやん」
見慣れない装置ではあるが、説明を聞けば何となく役割が想像できる。
配管のつながりを追い、弁の位置を確かめ、魔石がどこに組み込まれているのかを覗き込んでいるうちに、フミタロウはすっかり夢中になっていた。
「さっきまで宴会で死にそうな顔してませんでした?」
サンキチが後ろから言う。
「これは別や」
「何が別なんですか」
「機械は見てたら元気出る」
「意味分かりません」
ミルキーが笑う。
「でも、楽しそうですね」
「楽しいで」
「ほんまに?」
「めちゃくちゃ」
オッゾも、聞かれるのが嫌ではないらしい。
「ここはな」
車体側面の配管を指差す。
「蒸気が高くなりすぎた時に逃がす」
「安全弁?」
「そういうもんだ」
「なるほどなあ」
しばらく質問を続けたところで、オッゾが呆れたように言った。
「もう乗らねえか?」
「あ、はい」
完全に時間を忘れていた。
*
「出すぞ!」
運転席に座ったドワーフがレバーを動かす。
蒸気が勢いよく吐き出され、車輪がゆっくりと回り始めた。
「おお」
トロッコ列車は少しずつ速度を上げながら、坑道の奥へ進んでいく。
「楽しいですね」
ミルキーが車外を眺める。
「せやな」
フミタロウも身を乗り出した。
坑道の壁には一定間隔で灯りが並び、その光が走る車両の上を次々と流れていく。途中にはいくつもの分岐があり、別の坑道へ伸びる線路や、鉱石や資材を積んだトロッコも見えた。
ところどころでは作業中のドワーフたちが手を止め、走り抜ける列車へ軽く手を上げている。
「思ってたより、ずっと規模でかいな」
「ミルドカンドの坑道網は広いですからね」
クリフトスが答える。
「私も実際に見るのは初めてですが」
「俺もや」
「当たり前ですよ」
サンキチがすぐに突っ込む。
列車はさらに奥へ進んでいった。
暗い坑道に、車輪がレールを叩く規則的な音と、蒸気の吐き出される音が長く響く。
やがて、前方が少しずつ明るくなってきた。




