第三話 おっさん戦力外通告される
第三話 おっさん戦力外通告される
装備はそろった。
代わりに、所持金はなくなった。
それでも何も持たずに城下町へ出てきた昨日よりは、少しだけ前へ進んだ気がする。
フミタロウは両腕の防具を確かめながら、通りの先へ目を向けた。
「とりあえず、町の外に出てみるか」
昨日まで会社員だった四十歳が、いきなり魔王を倒せと言われても何から始めればいいのか分からない。
ならば、まずは弱い魔物でも探してみる。
倒せる相手がいれば経験にもなるし、何かしら金になるものも手に入るかもしれない。
少なくとも。
「アーリアン饅頭が買えるくらいは稼ぎたいな」
「まだ気にしてるんですか?」
隣を歩いていたミルキーが笑った。
「そら気にするやろ。目の前にうまそうなんあったのに、所持金ゼロやぞ」
そんな話をしながら歩き出そうとした時だった。
少し離れた広場に、昨日一緒に召喚された者たちが集まっているのが見えた。
タカを中心に、何やら相談している。
「どうしたんでしょう?」
ミルキーが首を傾げる。
「さあ。探索場所でも決めてるんちゃう?」
そこへ、同じく昨日召喚されたサンキチもやって来た。
三人で広場へ近づいていくと、話の内容が聞こえてきた。
「じゃあ、俺たちはこの五人でパーティーを組む」
タカがそう宣言した。
彼の周囲には、拾得、算盤、光陰、古文書の加護を持つ四人がいる。闇夜の加護を持つタカを合わせて五人。
残るのは――。
フミタロウは、なんとなく嫌な予感がした。
「えっ。私も参加させてよ」
輪の外からミルキーが声をかける。
「そうしたら六人と二人になるだろ」
「別にいいじゃん。全員同じ人数に分けなきゃいけないわけじゃないし」
「人数の問題じゃない」
タカは腕を組んだ。
「魔王を倒しに行くんだ。戦力になる奴だけで組んだ方がいい」
言っていること自体は間違っていなかった。
これから向かうのは、遊びの冒険ではない。命がかかっているのなら、少しでも役に立つ能力を持つ者を選びたいと考えるのは当然だ。
ただし。
選ぶ側にとって正しい判断でも、選ばれない側が同じ気持ちで受け止められるとは限らない。
フミタロウは隣を見る。
ミルキーは昨日買った長い杖を抱えたまま、少し不安そうな顔をしていた。
サンキチも黙って視線を落としている。
魚釣り。
音感。
そして漏洩。
名前だけを並べれば、確かに魔王討伐の主力として期待されそうな加護ではない。
「残った人には悪いけど」
タカは続けた。
「危険な旅に、戦力になりそうにない奴を連れていく気はない。俺たちが魔王を倒すから、それまで適当に仕事でもして食いつないでくれ」
「……」
ずいぶん思い切ったことを言う。
まだ高校生くらいにしか見えないのに、外資系企業の管理職みたいな切り捨て方をする少年だった。
フミタロウは少し感心した。
もちろん、褒めてはいない。
「行こうぜ」
タカたちは、それ以上話すこともなく広場を離れていった。
あとに残されたのは三人。
フミタロウ。
ミルキー。
サンキチ。
誰が決めたわけでもない。
ただ、選ばれなかった者同士がそこに残った。
しばらく、妙な沈黙が続いた。
「まあ……」
フミタロウは頭を掻いた。
「きれいに余ったな、俺ら」
ミルキーが困ったように笑った。
だが、サンキチは笑わなかった。
「僕の加護が、魚釣りじゃなかったら……」
「加護だけの問題でもないやろ」
「でも、魔法使いなのに黒属性も使えないかもしれないし」
まだ何一つ試していないのに、サンキチはすでに自分を低く評価している。
ミルキーも似たようなものだった。
「私も、戦闘には向いてないと思います。回復魔法は使えるみたいですけど……足を引っ張るかもしれません」
どうやら二人とも、「戦力外」と判断されたことが思っていた以上に堪えているらしい。
フミタロウには、その気持ちが少し分かった。
若い頃なら、自分には何か特別なものがあると信じたい。
ましてや突然異世界へ召喚され、魔王を倒してくれと言われたのだ。自分にも何かすごい力があるのではないかと期待してしまうのも無理はない。
その直後に「お前はいらない」と言われれば、そりゃ傷つく。
四十歳になると、そこまで大きな期待を自分へ抱かなくなる。
期待していない分、落胆も小さい。
少し寂しい話ではあるが。
「それじゃ、改めて」
フミタロウは二人へ向き直った。
「フミタロウです。四十歳。無理したら翌日にやる気なくなるタイプです」
二人が顔を上げる。
「でもまあ、死にたくはないんで、できる範囲では頑張ります。よろしく」
ミルキーは少し戸惑ったあと、頭を下げた。
「ミルキーです。戦闘は怖いですけど、私もできることは頑張ります。よろしくお願いします」
「サンキチです」
サンキチも小さく頭を下げる。
「スポーツとか全然得意じゃないです。どうしたらいいかも、まだ分からないですけど……よろしくお願いします」
「よし」
フミタロウは二人の肩を軽く叩いた。
「とりあえず三人で助け合って、生き残ろう」
「生き残る、ですか?」
「魔王倒すより、まずそっちやろ」
いきなり世界を救おうとするから、話が大きくなる。
まず今日の食事をどうするか。
今夜どこで寝るのか。
町の外へ出て、魔物に殺されず帰ってこられるのか。
考えるなら、その辺りからだった。
「頑張ってたら、何かの間違いで魔王も倒せるかもしれへんし」
「何かの間違いで、ですか」
ミルキーが少し笑った。
「でも、そうですね。これからどうなるかなんて、まだ誰にも分かりませんよね」
「僕も……頑張ります」
サンキチの声にも、少しだけ力が戻っていた。
こうして三人は、その場でパーティーを組むことになった。
選抜された強者たちではない。
選ばれなかった者同士が成り行きで集まった、戦力外パーティーだった。
*
町の外れには、冒険者や兵士が訓練に使う広場があった。
踏み固められた地面には木製の人形や的、使い古された樽などが並んでいる。遠くにはアーリアンの城壁が見え、その向こうには城下町の屋根が連なっていた。
三人は人の少ない一角を選び、水の入った古い樽を練習用の標的にすることにした。
「基本の形は、たぶんシンプルや」
フミタロウは樽の前で、二人へ説明した。
「俺が一応、戦闘職やから前に出る」
自分で言いながら、どうしても「一応」が外せない。
「ミルキーちゃんは、俺が囲まれんように杖で牽制。サンキチくんは後ろから魔法」
「分かりました」
「はい」
「何かおかしかったら、その都度考えよう。俺も分かって言うてるわけちゃうから」
サンキチが不安そうな顔をした。
「それ、作戦なんですか?」
「作戦っぽい相談やな」
「余計不安になりました」
「俺もや」
とはいえ、何もせず町の外へ出るよりはましだった。
まず、自分たちに何ができるのかを知る必要がある。
「んじゃ、この樽を敵やと思って、順番に攻撃してみよう」
最初はフミタロウだった。
拳を握り、樽の前に立つ。
格闘技を習った経験など一度もない。どう構えればいいのかも知らない。
ところが、いざ樽を殴ろうと意識すると、体が勝手に動いた。
左足が自然に前へ出て、腰がわずかに沈む。肩から余計な力が抜け、拳を出すと腕がまっすぐ前へ伸びた。
鈍い音が響き、樽の側面が大きくへこんだ。
「おお……」
フミタロウは、自分の拳を見た。
力任せに殴った感じではない。
何度も繰り返してきた動作を、体だけが思い出したような妙な感覚だった。
長くスポーツや格闘技を続けてきた人間が、頭で考えるより先に正しい動きをする。
たぶん、それに近い。
「職業選んだ時点で、基本的な動きは体に入ってるみたいやな」
「すごいです」
ミルキーが感心している。
「いや、自分でもびっくりしてる」
少なくとも、武闘家というのは名前だけの肩書ではなさそうだった。
「次、ミルキーちゃん」
「はい」
ミルキーは昨日買ったばかりの長い杖を構えた。
中央の筒状になった部分を前の手で持ち、もう一方の手を杖の後方へ添える。
武器屋の老人から教えられた構えだ。
一度息を整えてから、後ろの手で杖を押し出す。
筒状の握りが滑り、杖の先端が一気に前へ伸びた。
鋭い音とともに、樽へ小さな穴が開く。
中の水が細く噴き出した。
「おお、格好ええやん」
「ちゃんと当たりました」
ミルキー自身も驚いたようだった。
「僧侶いうより槍使いやな」
「杖です」
「分かってる」
それでも、ミルキーの表情は少し嬉しそうだった。
「じゃあ、次は僕が」
サンキチが一歩前へ出る。
片手には杖。
もう片方には、小さな本を持っていた。
「それ何の本?」
「『初めての魔法使い』です」
「そのまんまやな」
「装備と一緒に勧められました。僕、ゲームでも説明書読んでから始めるタイプなんで」
「おお。頼りになりそうやな」
少なくとも、説明書を読まないフミタロウよりは確実に頼りになる。
サンキチが本を開く。
そこには、この世界の魔法について基本的な説明が書かれていた。
魔法は頭の中で描いたイメージを魔力へ変換して発動する。
呪文は、そのイメージを安定させるための補助であり、必ずしも決められた言葉である必要はないらしい。
「まず火属性を試します」
サンキチが杖を樽へ向ける。
その先端へ、赤い光が集まり始めた。
「ファイア!」
小さな火球が飛び出した。
樽へ命中すると、乾いた木材が一気に燃え上がる。
「うおっ!」
近くに立っていたフミタロウの腕へ熱気が押し寄せた。
「あっつ! 熱い熱い!」
「す、すみません!」
サンキチが慌てて杖を下げる。
「大丈夫ですか?」
「こんがり焼けかけたけど、大丈夫や!」
昨日買った腕防具のおかげで火傷はしなかった。
とはいえ、魔法というものを少し甘く見ていたらしい。
「すごいな、魔法って」
「僕も、こんなに出るとは思いませんでした」
「他にも使えるん?」
サンキチは本をめくった。
「基本属性は、火、水、雷、風、白、黒の六種類だそうです」
「白と黒だけ色なんやな」
「白は回復や防御。黒は弱体化とか呪いに関係する魔法が多いみたいです」
魔法使いであるサンキチが使える可能性があるのは、火、雷、黒。ただし適性によって、使えない属性もあるらしい。
実際にいくつか試してみると、火魔法は安定していた。
雷も出せたが、杖の先から細い光が走って樽の表面を少し焦がす程度。
黒魔法は、何度試しても何も起こらなかった。
「火が一番向いてるみたいやな」
「そうみたいです」
「魚釣りの加護で火属性ってことは、やっぱり焼き魚――」
「その話はもう終わりました」
返事が早かった。
昨日から相当気にしているらしい。
今度はミルキーが魔法を試す。
使えたのは白属性の治癒魔法と、風の魔法だった。
杖へ意識を集中すると淡い緑色の光が集まり、弱い風が彼女の髪や服を揺らす。
「ミルキーちゃんは風と回復か」
「僧侶なので、回復はちゃんと使えるみたいです」
「ええなぁ」
フミタロウは素直に羨ましく思った。
手をかざして炎や風を出す。
どう考えても、拳で殴るより異世界らしい。
自分にも何かできないものだろうか。
「武闘家でも、気くらい飛ばせるんちゃう?」
「気、ですか?」
「気功波みたいなん」
フミタロウは樽へ向けて右手を突き出した。
掌に意識を集中する。
体の奥にある力を集め、それを前へ押し出すイメージ。
すると。
「あ」
掌に、小さな光が生まれた。
「出た!」
本人が驚くより早く、光の球がふらふらと前へ飛んでいく。
樽へ当たり――。
ぽふっ、と情けない音を立てて消えた。
樽には傷一つない。
三人はしばらく無言で見つめた。
「……使えねえ」
威力はない。
速度もない。
そのうえ一度出しただけなのに、全身へ鉛を詰め込まれたような疲労が押し寄せてきた。
フミタロウは膝へ手をつき、息を整える。
「めちゃくちゃ疲れた。二度と使わん」
「でも、魔法みたいなものは出ましたね」
「出ただけやな」
期待した分だけ、がっかりした。
どうやら武闘家は、素直に拳で殴っていろということらしい。
*
しばらく練習を続けるうちに、魔法について一つ面白いことが分かった。
「同じ火の玉でも、ファイアでもフレイムでも、名前は何でもいいみたいです」
サンキチが説明書を読みながら言った。
「頭の中で同じものをイメージできれば、『火の玉』でも『メラメラ』でも発動するそうです」
「へえ」
「この世界では、名前よりイメージの方が大事なんですね」
ミルキーも感心している。
フミタロウは腕を組んだ。
魔法使いは自分の技へ好きな名前を付けられる。
炎を出しながら格好いい技名を叫んでもいい。
ところが武闘家の場合、回し蹴りをするのに「回し蹴り!」と叫ぶ必要はない。
普通に蹴ればいいだけだ。
「……なんか不公平やな」
「何がですか?」
「俺も一個くらい、格好いい技ほしいやん」
「技名ですか?」
「せっかく異世界来たんやから」
頭の中でいくつか考えてみる。
拳から衝撃波。
高速の連続攻撃。
気をまとった蹴り。
どれも、今の自分にできそうな気がしない。
もっと単純で。
分かりやすく。
誰もが一度くらい憧れたことのある技。
「あ」
思いついた。
「これは技名叫ぶ価値あるで」
フミタロウが真剣な顔で言うと、ミルキーとサンキチも期待するようにこちらを見た。
「何するんです?」
「見といて」
大きく足を開く。
右拳を腰へ引き、左腕を前へ伸ばした。
呼吸を整え。
自分の拳が腕ごと飛び、敵を打ち倒す姿を強くイメージする。
「うおおおお!」
全身へ力を込めた。
「ロケットパーンチ!」
右拳を勢いよく突き出す。
腕は普通に伸びた。
もちろん、肩から外れることもなかった。
静かな風が三人の間を通り過ぎる。
「……あれ?」
フミタロウは突き出した拳を見た。
何も起きていない。
念のため腕を軽く振ってみる。
ちゃんと付いている。
サンキチが吹き出した。
「ギャハハハ!」
そのまま腹を抱えて笑い始める。
「さすがに腕は飛ばないですよ!」
「いや、イメージが大事や言うたやん!」
「イメージにも限度がありますよ!」
ミルキーは口元を押さえ、下を向いている。
肩が震えていた。
「ミルキーちゃんも笑ってるやろ」
「わ、笑ってません」
「絶対笑ってる」
「む、無理だとは思いますけど……」
とうとうミルキーも小さく吹き出した。
「でも、その想像力はすごいと思います」
「それ褒めてる?」
「はい。たぶん」
「たぶん付いてるやん」
真剣にやっただけに、かなり恥ずかしい。
それでも、二人が笑っているのを見ると悪い気はしなかった。
少し前まで、戦力外と言われて落ち込んでいた二人が笑っている。
フミタロウ自身も、いつの間にか気持ちが軽くなっていた。
「まあ、ロケットパンチは今後の課題やな」
「諦めてください」
サンキチが即答する。
「成長したら出るかもしれへんやろ」
「出たら怖いですよ」
「腕、戻ってくるんですか?」
ミルキーの疑問はもっともだった。
戻ってこないなら、仮に成功しても一度しか使えない。
「……そこまで考えてなかった」
また三人で笑った。
*
日が傾き始めるまで、三人は練習を続けた。
フミタロウは基本的な突きと蹴りを繰り返し、ミルキーは杖による牽制と風魔法を試した。サンキチも、火球の大きさや飛ばす方向を少しずつ調整している。
まだ、どれも実戦で通用するかは分からない。
それでも、何もできないと思っていた朝よりは少し前へ進んだ。
フミタロウは腕を組み、二人の様子を見る。
ミルキーは自分を戦闘向きではないと言っていたが、杖の扱いは思ったより悪くない。回復魔法が使えるだけでも、この三人にとっては大きな力になるだろう。
サンキチは運動こそ苦手らしいが、魔法について調べ、実際に試し、うまくいかなければすぐ修正する。
二人とも、自分で思っているほど役に立たないわけではなさそうだった。
「どうですか?」
サンキチが尋ねた。
「何が?」
「僕たちでも……何とかなりそうですか?」
フミタロウはすぐには答えなかった。
町の外には、本物の魔物がいる。
水樽は襲ってこないし、こちらの攻撃を避けもしない。実戦へ出れば、今日の練習通りにいかないことの方が多いだろう。
だからといって、今それを二人へ並べ立てても仕方がない。
「まあ、悩んでてもしゃあないな」
フミタロウは右手の親指を立てた。
「次は実際に動いてみるか」
「探索へ行くんですか?」
「町の近くからな。危なくなったら逃げる」
「はい」
ミルキーが笑顔で頷く。
「行ってみましょう」
サンキチも杖を握り直した。
三人は訓練場をあとにし、町へ戻る道を並んで歩き始めた。
二人が楽しそうに話しているのを見て、フミタロウは少し安心する。
問題があるとすれば、自分だった。
ミルキーには、回復と風の魔法。
サンキチには、火の魔法。
それに対してフミタロウにあるのは、拳と、樽一つ傷つけられなかった小さな光。
そして。
いまだに何の役に立つのか分からない、漏洩の加護。
練習を終えてみれば、三人の中で一番頼りないのは自分なのではないか。
そんな疑いが、頭の片隅に残った。
もちろん、二人には言わなかった。
年長者としての面目が、まだ少しくらいは残っていた。
---




