第二十七話 ドワーフの厄介なお願い
「そのモンスターを、何とかしないといけないってことか」
「んだ」
オッゾは大きくうなずいた。
フミタロウとルミアが案内されたのは、断崖の内部に造られた小さな部屋だった。机の上には薬草や鉱石が置かれ、壁には工具やランプが並んでいる。
外から見れば、ただの断崖。
だが、その内部には思っていた以上に広い生活空間があるらしい。
「ここはな」
オッゾが古びた地図を机の上へ広げた。
「ミルドカンドから伸びた坑道の中でも、一番端っこの方なんだべ」
「ミルドカンドって、あの鉱山国家?」
「そうだ」
南の大陸にある、ドワーフたちの国。
地下へ広がる巨大な坑道網を利用し、鉱石を掘りながら各地に小さな拠点を作っているという。
ここも、その一つだった。
村と呼ぶには小さいが、何十人かのドワーフが暮らしながら働いている。
「採れる鉱石の量は、そんなに多くねえけどな」
オッゾは机の上に鉱石を置いた。
「銀も採れる」
「へえ」
「ミスリルも、ちょっとは出る」
「おお」
フミタロウが身を乗り出す。
「ミスリルって、ほんまにあるんやな」
「何言ってんだ?」
「いや、こっちの話」
「それに」
オッゾは、崖側へ開いた小さな窓のような場所を指した。
「月影草も育つ」
「ああ」
あの絶壁は日陰が多く、岩場には湿気もある。
月影草にとっては、かなり条件のいい環境なのだろう。
「いい作業場なんだべ」
そう言ってから、オッゾの表情が曇った。
「だったんだけどな」
「何があった?」
「ある日、ミルドカンドへ続く坑道にモンスターが入り込んだ」
地図上の一本の道を指す。
「それで通れなくなったと」
「んだ」
フミタロウは地図を眺めた。
「でもさ」
「ん?」
「トンネル通れないなら、地上を歩けばええんちゃう?」
素朴な疑問だった。
オッゾは首を横に振る。
「無理だべ」
「何で?」
「ここから地上へ出られる坑道はねえ」
「……あ」
「今から掘ったところで」
オッゾは分厚い岩壁を指した。
「地上まで出る前に、みんな腹ペコで死んじまう」
「そんなに深いん?」
「深い」
さらに、外へ直接出られる場所は、フミタロウたちが入ってきた断崖だけだという。
「でも、あそこから下りたら海やろ?」
「んだ」
「船使えば?」
オッゾは露骨に嫌そうな顔をした。
「おら達は水が怖い」
「ドワーフって、水怖いん?」
「怖い」
「知らんかった……」
すべてのドワーフがそうなのかは分からない。
だが少なくとも、この集落の者たちにとって、海へ降りるという選択肢はないらしい。
フミタロウは腕を組んだ。
問題は一つだった。
「そのモンスターが、俺らで何とかできる相手かどうかやな」
ルミアを見る。
「ルミアちゃん」
「うん?」
「ひとっ飛びして、ミルキーちゃんたち呼んできてくれる?」
「分かった!」
ルミアは勢いよく立ち上がり、入口へ向かって走っていった。
*
「こちらが、ドワーフのオッゾさん」
しばらくして。
ミルキー、サンキチ、クリフトス、それにニックスたちも崖の中へ降りてきた。
「俺らが協力したら、月影草を分けてくれるそうです」
「ドワーフ……」
ミルキーの目が輝いている。
「本当にドワーフなんですね……!」
「ひげ、すご……」
サンキチまで興味津々だった。
「……」
フミタロウは二人を見る。
「こいつら全然聞いてへんな」
「ふふ」
クリフトスだけが小さく笑いながら、きちんと話を聞いていた。
「なるほど」
真剣にうなずく。
フミタロウは心の中で感謝した。
クリフトスさん。
ほんま仲間にいてくれてありがとう。
「それで」
クリフトスがオッゾへ尋ねる。
「そのモンスターというのは、どのようなものですか?」
オッゾの顔が歪んだ。
思い出すだけでも嫌らしい。
「キャッスルアントだべ」
「キャッスルアント?」
フミタロウが聞き返す。
「ってことは、蟻?」
「ええ」
クリフトスが答える。
「ただし、普通の蟻とは違います」
その表情が少し険しくなった。
「南の大陸に生息する固有種です」
キャッスルアント。
別名、侵略蟻。
体長は、およそ一メートル。
「一メートル?」
フミタロウの顔が引きつる。
「でかない?」
「かなり大きいですね」
普通の蟻と同じように、女王蟻を中心としたコロニーを作る。
自分たちで地下へ穴を掘ることもできるが、それ以上に厄介な性質があるという。
「こいつらの厄介なところは」
クリフトスが続けた。
「基本的に、他種族の洞窟や坑道を奪って巣にすることです」
「侵略ってそういう意味か」
「ええ」
ゴブリンの洞窟。
オークの巣穴。
そして、ドワーフの坑道。
地下で暮らす種族にとっては、最悪の相手だった。
「しかも非常に凶暴です」
「どれくらい?」
「頭だけになっても攻撃を止めない、と言われています」
「嫌やな、それ」
「そして一番厄介なのは――」
「数?」
「その通りです」
一匹ではない。
十匹でもない。
巣が近くにあれば、突然大量に現れる。
地下で生活する者たちから、キャッスルアントは悪魔のように恐れられているらしい。
「いや~」
フミタロウは頭を掻いた。
「これは厄介そうやな」
ふと隣を見る。
「……ミルキーちゃん?」
「……」
「顔色悪いけど」
「私……」
ミルキーは少し震えていた。
「虫が、ちょっと……」
「ああ」
フミタロウは納得した。
「そういうことね」
一メートルの蟻。
虫嫌いには地獄だろう。
「俺も得意ちゃうけどな」
サンキチも微妙な顔をしている。
「僕も、実物はあんまり想像したくないです」
「まあ、一メートルの蟻が集団でおると思ったら」
フミタロウも想像してみた。
「……俺も嫌やな」
*
「ところで」
サンキチが尋ねる。
「今は襲って来ないんですか?」
「今んところは大丈夫だ」
オッゾが答えた。
「大慌てでバリケード作った」
「バリケード?」
「こっちだ」
オッゾに案内され、一行は坑道の奥へ進んだ。
しばらくすると、道の先に明らかに急造された木製の壁が見えてくる。
板や柱を何重にも組み、縄と補強材で無理やり固定したような造りだった。
「すごいやっつけ仕事感あるな」
「急いで作ったからな」
オッゾが腕を組む。
「今のところは大丈夫だけんど」
その時。
壁の向こうから、かすかな音が聞こえた。
何かが床を這うような音だった。
最初は一つ。
やがて二つ、三つと重なり、細かな足音が断続的に続く。
「……」
ミルキーの顔がさらに青くなった。
「もう嫌な予感しかしませんね」
「俺も」
フミタロウはバリケードへ近づいた。
「とりあえず、実物見てみる?」
オッゾが言った。
「今はこっちが見えてねえから、おとなしい」
「見えてない?」
「ちょっと待ってろ」
オッゾがバリケードの内側に取り付けられた板を一枚外した。
その奥には鉄格子がある。
さらに向こうには、薄暗い坑道が続いていた。
壁には一定間隔で魔石らしき照明が設置され、ぼんやりとした光が床を照らしている。
その中を、何かが歩いていた。
「……」
フミタロウは黙った。
黒い身体。
六本の太い脚。
鋭く大きな顎。
長い触角。
人間の腰近くまで届きそうな巨大な蟻が、坑道の中を歩いている。
「うわ」
一匹。
その後ろにもう一匹。
さらに奥にもいる。
「実物見ると、想像以上に気持ち悪いな」
「……」
ミルキーは完全に固まっていた。
「まあ」
フミタロウは何とか前向きに考える。
「まだゴキブリじゃなくて、蟻でよかったと思おう」
「やめてください!」
「想像させないでくださいよ!」
ミルキーとサンキチが同時に抗議した。
「ごめん」
*
「でも」
サンキチは鉄格子を眺めた。
「ここから攻撃したら安全なんじゃないですか?」
「ん?」
「蟻は格子を通れませんよね」
オッゾは何とも言えない顔をした。
「一回やってみるといいべ」
「いいんですか?」
「おら達はもう試した」
どうぞ。
そんな感じで手を差し出す。
「じゃあ」
サンキチは杖を構えた。
「試してみます」
鉄格子の向こうにいる一匹へ狙いを定める。
「ファイアーボール!」
火球が坑道を走った。
直撃する。
炎が一気にキャッスルアントの身体を包み込んだ。
「お」
フミタロウが身を乗り出す。
「効いた?」
普通の生き物なら、それで動きを止めてもおかしくない。
だが。
「……え?」
燃えたまま、キャッスルアントがこちらへ走り出した。
「うわっ!」
そのまま鉄格子へ激突する。
大きな顎が鉄へ噛みついた。
何度も。
何度も。
体表は黒く焦げ、脚の一本もまともに動いていない。
それでも止まらない。
顎を開き、ひたすら格子へ噛みつき続けている。
「まだ動くんか……」
フミタロウの声が低くなった。
「頭だけになっても攻撃するって」
「本当だったみたいですね……」
クリフトスも表情を険しくした。
だが、本当に恐ろしかったのはそのあとだった。
「……ん?」
坑道の奥。
暗がりの中で、細かな足音が増えた。
また一匹。
その後ろから、さらに一匹。
やがて黒い影が次々と現れる。
「ちょっと待て」
五匹。
十匹。
そこから先は、数える意味すらなくなった。
「うそやろ……」
坑道の奥から押し寄せてきたキャッスルアントの群れが、床を黒く埋め尽くしていく。
その数は、目で追えるようなものではなかった。
「え……」
サンキチの顔が引きつる。
こちらへ気づいた蟻たちが、一斉に鉄格子へ走り出した。
次々と巨体が格子へぶつかる。
無数の大顎が鉄へ食らいつき、激しい金属音が坑道に響き始めた。
燃えている個体もいる。
傷ついている個体もいる。
それでも止まらない。
ただ目の前にいる獲物へ向かって、ひたすら押し寄せてくる。
「……」
誰も声を出せなかった。
オッゾだけが慣れた様子で、先ほど外した板を元へ戻した。
視界が塞がれる。
巨大な蟻の姿は見えなくなった。
それでも、板の向こうからは細かな足音と、鉄を噛む不快な音が絶えず聞こえている。
「どんなモンスターか」
オッゾが振り返った。
「分かったべ?」
「……十分」
フミタロウは答えた。
ミルキーは無言。
サンキチも無言。
クリフトスも何かを考え込んでいる。
「これは……」
フミタロウは腕を組んだ。
「思ってたより、ずっと厄介やな」
月影草を手に入れるために、少しだけ手伝えばいい。
そんな話ではなかった。
この坑道の向こうには、数すら分からないほどの巨大な蟻の群れがいる。
そして、その群れをどうにかしなければ。
ここで暮らすドワーフたちは、ミルドカンドへ戻ることすらできないのである。




