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漏洩の加護  作者: なつみかん
第七章 ドワーフの坑道
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第二十七話 ドワーフの厄介なお願い

「そのモンスターを、何とかしないといけないってことか」


「んだ」


 オッゾは大きくうなずいた。


 フミタロウとルミアが案内されたのは、断崖の内部に造られた小さな部屋だった。机の上には薬草や鉱石が置かれ、壁には工具やランプが並んでいる。


 外から見れば、ただの断崖。


 だが、その内部には思っていた以上に広い生活空間があるらしい。


「ここはな」


 オッゾが古びた地図を机の上へ広げた。


「ミルドカンドから伸びた坑道の中でも、一番端っこの方なんだべ」


「ミルドカンドって、あの鉱山国家?」


「そうだ」


 南の大陸にある、ドワーフたちの国。


 地下へ広がる巨大な坑道網を利用し、鉱石を掘りながら各地に小さな拠点を作っているという。


 ここも、その一つだった。


 村と呼ぶには小さいが、何十人かのドワーフが暮らしながら働いている。


「採れる鉱石の量は、そんなに多くねえけどな」


 オッゾは机の上に鉱石を置いた。


「銀も採れる」


「へえ」


「ミスリルも、ちょっとは出る」


「おお」


 フミタロウが身を乗り出す。


「ミスリルって、ほんまにあるんやな」


「何言ってんだ?」


「いや、こっちの話」


「それに」


 オッゾは、崖側へ開いた小さな窓のような場所を指した。


「月影草も育つ」


「ああ」


 あの絶壁は日陰が多く、岩場には湿気もある。


 月影草にとっては、かなり条件のいい環境なのだろう。


「いい作業場なんだべ」


 そう言ってから、オッゾの表情が曇った。


「だったんだけどな」


「何があった?」


「ある日、ミルドカンドへ続く坑道にモンスターが入り込んだ」


 地図上の一本の道を指す。


「それで通れなくなったと」


「んだ」


 フミタロウは地図を眺めた。


「でもさ」


「ん?」


「トンネル通れないなら、地上を歩けばええんちゃう?」


 素朴な疑問だった。


 オッゾは首を横に振る。


「無理だべ」


「何で?」


「ここから地上へ出られる坑道はねえ」


「……あ」


「今から掘ったところで」


 オッゾは分厚い岩壁を指した。


「地上まで出る前に、みんな腹ペコで死んじまう」


「そんなに深いん?」


「深い」


 さらに、外へ直接出られる場所は、フミタロウたちが入ってきた断崖だけだという。


「でも、あそこから下りたら海やろ?」


「んだ」


「船使えば?」


 オッゾは露骨に嫌そうな顔をした。


「おら達は水が怖い」


「ドワーフって、水怖いん?」


「怖い」


「知らんかった……」


 すべてのドワーフがそうなのかは分からない。


 だが少なくとも、この集落の者たちにとって、海へ降りるという選択肢はないらしい。


 フミタロウは腕を組んだ。


 問題は一つだった。


「そのモンスターが、俺らで何とかできる相手かどうかやな」


 ルミアを見る。


「ルミアちゃん」


「うん?」


「ひとっ飛びして、ミルキーちゃんたち呼んできてくれる?」


「分かった!」


 ルミアは勢いよく立ち上がり、入口へ向かって走っていった。


          *


「こちらが、ドワーフのオッゾさん」


 しばらくして。


 ミルキー、サンキチ、クリフトス、それにニックスたちも崖の中へ降りてきた。


「俺らが協力したら、月影草を分けてくれるそうです」


「ドワーフ……」


 ミルキーの目が輝いている。


「本当にドワーフなんですね……!」


「ひげ、すご……」


 サンキチまで興味津々だった。


「……」


 フミタロウは二人を見る。


「こいつら全然聞いてへんな」


「ふふ」


 クリフトスだけが小さく笑いながら、きちんと話を聞いていた。


「なるほど」


 真剣にうなずく。


 フミタロウは心の中で感謝した。


 クリフトスさん。


 ほんま仲間にいてくれてありがとう。


「それで」


 クリフトスがオッゾへ尋ねる。


「そのモンスターというのは、どのようなものですか?」


 オッゾの顔が歪んだ。


 思い出すだけでも嫌らしい。


「キャッスルアントだべ」


「キャッスルアント?」


 フミタロウが聞き返す。


「ってことは、蟻?」


「ええ」


 クリフトスが答える。


「ただし、普通の蟻とは違います」


 その表情が少し険しくなった。


「南の大陸に生息する固有種です」


 キャッスルアント。


 別名、侵略蟻。


 体長は、およそ一メートル。


「一メートル?」


 フミタロウの顔が引きつる。


「でかない?」


「かなり大きいですね」


 普通の蟻と同じように、女王蟻を中心としたコロニーを作る。


 自分たちで地下へ穴を掘ることもできるが、それ以上に厄介な性質があるという。


「こいつらの厄介なところは」


 クリフトスが続けた。


「基本的に、他種族の洞窟や坑道を奪って巣にすることです」


「侵略ってそういう意味か」


「ええ」


 ゴブリンの洞窟。


 オークの巣穴。


 そして、ドワーフの坑道。


 地下で暮らす種族にとっては、最悪の相手だった。


「しかも非常に凶暴です」


「どれくらい?」


「頭だけになっても攻撃を止めない、と言われています」


「嫌やな、それ」


「そして一番厄介なのは――」


「数?」


「その通りです」


 一匹ではない。


 十匹でもない。


 巣が近くにあれば、突然大量に現れる。


 地下で生活する者たちから、キャッスルアントは悪魔のように恐れられているらしい。


「いや~」


 フミタロウは頭を掻いた。


「これは厄介そうやな」


 ふと隣を見る。


「……ミルキーちゃん?」


「……」


「顔色悪いけど」


「私……」


 ミルキーは少し震えていた。


「虫が、ちょっと……」


「ああ」


 フミタロウは納得した。


「そういうことね」


 一メートルの蟻。


 虫嫌いには地獄だろう。


「俺も得意ちゃうけどな」


 サンキチも微妙な顔をしている。


「僕も、実物はあんまり想像したくないです」


「まあ、一メートルの蟻が集団でおると思ったら」


 フミタロウも想像してみた。


「……俺も嫌やな」


          *


「ところで」


 サンキチが尋ねる。


「今は襲って来ないんですか?」


「今んところは大丈夫だ」


 オッゾが答えた。


「大慌てでバリケード作った」


「バリケード?」


「こっちだ」


 オッゾに案内され、一行は坑道の奥へ進んだ。


 しばらくすると、道の先に明らかに急造された木製の壁が見えてくる。


 板や柱を何重にも組み、縄と補強材で無理やり固定したような造りだった。


「すごいやっつけ仕事感あるな」


「急いで作ったからな」


 オッゾが腕を組む。


「今のところは大丈夫だけんど」


 その時。


 壁の向こうから、かすかな音が聞こえた。


 何かが床を這うような音だった。


 最初は一つ。


 やがて二つ、三つと重なり、細かな足音が断続的に続く。


「……」


 ミルキーの顔がさらに青くなった。


「もう嫌な予感しかしませんね」


「俺も」


 フミタロウはバリケードへ近づいた。


「とりあえず、実物見てみる?」


 オッゾが言った。


「今はこっちが見えてねえから、おとなしい」


「見えてない?」


「ちょっと待ってろ」


 オッゾがバリケードの内側に取り付けられた板を一枚外した。


 その奥には鉄格子がある。


 さらに向こうには、薄暗い坑道が続いていた。


 壁には一定間隔で魔石らしき照明が設置され、ぼんやりとした光が床を照らしている。


 その中を、何かが歩いていた。


「……」


 フミタロウは黙った。


 黒い身体。


 六本の太い脚。


 鋭く大きな顎。


 長い触角。


 人間の腰近くまで届きそうな巨大な蟻が、坑道の中を歩いている。


「うわ」


 一匹。


 その後ろにもう一匹。


 さらに奥にもいる。


「実物見ると、想像以上に気持ち悪いな」


「……」


 ミルキーは完全に固まっていた。


「まあ」


 フミタロウは何とか前向きに考える。


「まだゴキブリじゃなくて、蟻でよかったと思おう」


「やめてください!」


「想像させないでくださいよ!」


 ミルキーとサンキチが同時に抗議した。


「ごめん」


          *


「でも」


 サンキチは鉄格子を眺めた。


「ここから攻撃したら安全なんじゃないですか?」


「ん?」


「蟻は格子を通れませんよね」


 オッゾは何とも言えない顔をした。


「一回やってみるといいべ」


「いいんですか?」


「おら達はもう試した」


 どうぞ。


 そんな感じで手を差し出す。


「じゃあ」


 サンキチは杖を構えた。


「試してみます」


 鉄格子の向こうにいる一匹へ狙いを定める。


「ファイアーボール!」


 火球が坑道を走った。


 直撃する。


 炎が一気にキャッスルアントの身体を包み込んだ。


「お」


 フミタロウが身を乗り出す。


「効いた?」


 普通の生き物なら、それで動きを止めてもおかしくない。


 だが。


「……え?」


 燃えたまま、キャッスルアントがこちらへ走り出した。


「うわっ!」


 そのまま鉄格子へ激突する。


 大きな顎が鉄へ噛みついた。


 何度も。


 何度も。


 体表は黒く焦げ、脚の一本もまともに動いていない。


 それでも止まらない。


 顎を開き、ひたすら格子へ噛みつき続けている。


「まだ動くんか……」


 フミタロウの声が低くなった。


「頭だけになっても攻撃するって」


「本当だったみたいですね……」


 クリフトスも表情を険しくした。


 だが、本当に恐ろしかったのはそのあとだった。


「……ん?」


 坑道の奥。


 暗がりの中で、細かな足音が増えた。


 また一匹。


 その後ろから、さらに一匹。


 やがて黒い影が次々と現れる。


「ちょっと待て」


 五匹。


 十匹。


 そこから先は、数える意味すらなくなった。


「うそやろ……」


 坑道の奥から押し寄せてきたキャッスルアントの群れが、床を黒く埋め尽くしていく。


 その数は、目で追えるようなものではなかった。


「え……」


 サンキチの顔が引きつる。


 こちらへ気づいた蟻たちが、一斉に鉄格子へ走り出した。


 次々と巨体が格子へぶつかる。


 無数の大顎が鉄へ食らいつき、激しい金属音が坑道に響き始めた。


 燃えている個体もいる。


 傷ついている個体もいる。


 それでも止まらない。


 ただ目の前にいる獲物へ向かって、ひたすら押し寄せてくる。


「……」


 誰も声を出せなかった。


 オッゾだけが慣れた様子で、先ほど外した板を元へ戻した。


 視界が塞がれる。


 巨大な蟻の姿は見えなくなった。


 それでも、板の向こうからは細かな足音と、鉄を噛む不快な音が絶えず聞こえている。


「どんなモンスターか」


 オッゾが振り返った。


「分かったべ?」


「……十分」


 フミタロウは答えた。


 ミルキーは無言。


 サンキチも無言。


 クリフトスも何かを考え込んでいる。


「これは……」


 フミタロウは腕を組んだ。


「思ってたより、ずっと厄介やな」


 月影草を手に入れるために、少しだけ手伝えばいい。


 そんな話ではなかった。


 この坑道の向こうには、数すら分からないほどの巨大な蟻の群れがいる。


 そして、その群れをどうにかしなければ。


 ここで暮らすドワーフたちは、ミルドカンドへ戻ることすらできないのである。


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