第二十三話 戦い終わって
夜が明けた。
一晩中戦火に包まれていたナハルの街にも、ようやく朝の光が差し込んでいた。
港のあちこちには折れた槍や壊れた荷車が残り、石畳には戦いの痕が生々しく刻まれている。焼け落ちた建物からはまだ細い煙が上がり、負傷者を運ぶ人々の声が途切れることなく続いていた。
「何とか魔族は倒したけど……」
フミタロウは、瓦礫の残る通りを見渡した。
「結構ひどい有り様やな」
「侵入した魔物の数が相当多かったんでしょうね」
サンキチも疲れた顔で周囲を見る。
「シザースさんが言ってましたよ。この街は魔王軍との戦闘地域からかなり離れてるから、完全に油断してたって」
「そら、あんなん急に来たら無理やわ」
デロスを倒して戦いそのものは終わった。
だからといって、すべてが元通りになるわけではない。
壊れた街も、傷ついた人も残っている。
フミタロウ自身も、できることなら今すぐ宿へ戻ってベッドに倒れ込みたかった。
だが。
「とにかく、まだ怪我をしている人が街中にいるはずです」
ミルキーはそう言うと、すでに次の負傷者のもとへ向かっていた。
「助けられる人から助けましょう」
「元気やなあ……」
「元気なわけではないと思いますよ」
クリフトスが苦笑する。
「ミルキー様も、相当にお疲れのはずです」
「せやろな」
それでも彼女は止まらなかった。
座り込んでいる負傷者の前に膝をつき、優しく声をかけてから傷口へ手を添える。淡い光が広がり、痛みに歪んでいた男の表情が少しずつ和らいでいった。
フミタロウは、その様子をしばらく眺めていた。
「ミルキーちゃんって、ほんまこういう時は迷わんな」
何気なく口にすると、ミルキーが治療を続けながら振り返った。
「私、高校を卒業したら看護学校に進むつもりだったんです」
「看護学校?」
「はい。母が看護師なんです」
ミルキーは少し照れたように笑った。
「ずっと母の働く姿を見て育ったので、私も人を助ける仕事がしたいなって」
「ああ……」
フミタロウは妙に納得した。
「そら、人助ける時に迷わへんわけや」
「そんな、大したことじゃないですよ」
「いや、大したことやと思うで」
「ご立派です、ミルキー様」
隣にいたクリフトスが、やけに真剣な顔でうなずいていた。
「あなたのような方にお仕えできることを、改めて誇りに思います」
「クリフトスさん、そんな大げさな……」
ミルキーが困ったように笑う。
フミタロウは隣のサンキチを見る。
「どうよ、サンキチくん」
「何ですか?」
「ミルキーちゃん見てたら、『疲れたから寝かせてほしい』とか思ってる自分が恥ずかしくならへん?」
「それ言ってたのフミタロウさんでしょ!」
「俺はサンキチくんの心の声を代弁しただけや」
「汚い大人ですね」
「処世術と言ってくれ」
「そんな処世術いりませんよ」
二人が言い合っていると、後ろから声が飛んできた。
「やあ。探しましたよ」
振り返る。
「街を救った功労者さんたち」
爽やかな笑顔を浮かべながら歩いてきたのは、魔導騎士団のユリウスだった。
昨夜あれだけ激しく戦ったというのに、白銀の鎧はすでに最低限の汚れを落とされ、本人にも疲れた様子がほとんど見えない。
フミタロウは思わず顔をしかめた。
「あの戦いのあとで、その爽やかさ」
「ん?」
「あんた、ただもんちゃうな」
ユリウスは一瞬きょとんとした後、声を上げて笑った。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「前向きやな」
「それくらいでなければ、騎士団の隊長なんて務まりませんよ」
その答えまで爽やかだった。
少し腹が立つ。
「ところで」
ユリウスが四人を順番に見る。
「確認したかったことがあるんです」
「何を?」
「賢者リースから道を示された召喚者。ミルムで天使の笛を受け継いだ召喚者。そして、タイタン狩りのバサルスから直接修行を受けた召喚者」
フミタロウは眉を上げた。
「……それ全部、俺らのことやな」
「やはり」
ユリウスは嬉しそうに笑った。
「噂は聞いていたんです。一体どんな方たちなのかと思っていましたが、まさかナハルで会えるとは」
「どこで聞いたん?」
「少し前に、リース様のもとへ立ち寄る機会がありましてね」
「リースさんか」
「あなた方のことを、少しだけ」
「少しだけ?」
「ええ。あの方が人のことを話す時点で、私にはかなり珍しく感じましたが」
「……なんか怖いな」
「なぜです?」
「やたら自然に人を持ち上げる奴って、たまにおるやろ」
ユリウスが目を瞬かせる。
「警戒されてます?」
「一応な」
「フミタロウさん、失礼ですよ」
ミルキーが小声で注意した。
「いや、人生経験や」
ユリウスは気を悪くした様子もなく、むしろ面白そうに笑っていた。
「では、警戒されないように気をつけます」
「そういう返しがまた怪しいねん」
「難しいですね」
そう言ってから、ユリウスはサンキチへ目を向けた。
「そうそう。君の魔法も見事でしたよ」
「僕ですか?」
「最後の場面です。あそこでファイアウォールを使ってスケルトンメイジを分断した判断は良かった」
「いやあ、そんなことないですよ」
言葉とは裏腹に、サンキチの口元は明らかに緩んでいる。
「面で動きを止める魔法を、ああいう使い方で通路を作るとは思いませんでした」
「いやいや、それほどでも」
サンキチは完全に嬉しそうだった。
フミタロウは黙ってその横顔を見る。
チョロいな、サンキチくん。
「それに」
ユリウスは続けた。
「最後の一撃は私が入れましたが、あそこまで追い込んだのは皆さんです。私一人では、まず勝てなかったでしょう」
「いや~、ユリウスさんの最後の攻撃、めちゃくちゃ格好よかったですよ」
「ありがとうございます」
「僕、ちょっと憧れました」
「おいサンキチくん」
「何です?」
「しっぽ見えてるで」
「生えてませんよ!」
ユリウスがまた笑った。
「本当に面白いパーティですね」
「褒めてる?」
「もちろん」
そしてユリウスはミルキーを見る。
「特に、最後の笛には助けられました」
「天使の笛ですか?」
「あれがなければ、デロスを逃がしていたでしょう」
「私も、あんなに効くとは思っていませんでした」
「街がこんな状態でなければ、戦勝の宴でも開きたいところです」
ユリウスは微笑む。
「その時はぜひ、聖女様と一曲踊らせていただきたいですね」
「せ、聖女だなんて……」
ミルキーの頬が少し赤くなった。
フミタロウは、それを見て妙な気分になる。
何やろ。
この、娘を嫁に出す父親みたいな気分。
改めてユリウスを見る。
顔はいい。
実力もある。
礼儀もある。
性格も今のところ悪くなさそうだ。
「……欠点ないやん」
「何がですか?」
サンキチが尋ねる。
「何でもない」
余計腹立つな。
「ところで」
ユリウスが話題を変えた。
「君たちは、このあと南の大陸へ向かうんですよね?」
「なんでそれまで知ってんねん」
「リース様から聞きました」
「あの人、結構しゃべってるやん」
「あなた方が思っているよりは、気にかけておられるようですよ」
「そうなんかな」
「出発はすぐですか?」
「船次第やな」
フミタロウは肩を回した。
「個人的には、今晩くらいは何も考えずに寝たい」
「それには同感です」
サンキチが即答する。
「お前、さっき恥ずかしいって言われてたぞ」
「言ったのフミタロウさんです!」
ユリウスは笑いながら二人を見ていたが、やがて表情を少しだけ引き締めた。
「私たちは、今日中にナハルを発ちます」
「今日?」
「えらい急やな」
「少し気になることがありまして」
ユリウスは視線を港の外へ向けた。
「デロスが言っていたことです」
「何やったっけ」
フミタロウが首をかしげる。
「彼は、デへロスのダンジョンを自分の居城だと言っていました」
「ああ」
「長い間眠っていて、魔王リリスの復活によって目覚めたとも」
「それが?」
フミタロウが尋ねた時、サンキチの表情が変わった。
「あ……」
「どうしたん?」
「もしかして」
サンキチがユリウスを見る。
「デへロスのダンジョンが元々デロスの城だったなら……」
少し考えてから続ける。
「他のダンジョンにも、同じように魔族が眠ってるかもしれないってことですか?」
ユリウスが笑った。
「ご明察」
「マジか」
フミタロウは思わず声を漏らした。
「もちろん、すべてのダンジョンがそうだとは考えていません」
ユリウスの表情は真剣だった。
「ですが、古代から残る巨大なダンジョンの中には、かつて魔族が使っていた城や施設が混じっている可能性がある」
昨夜までただの巨大迷宮だと思われていた場所から、伝説上の魔族が現れた。
ならば同じことが、別の場所でも起きないとは限らない。
「つまり」
フミタロウは顔をしかめた。
「デロスみたいなんが、あっちこっちから出てくる可能性あるってことやろ?」
「否定はできません」
「……それはヤバいな」
昨夜の戦いを思い出す。
一体でも、あれだけの被害が出た。
同じような存在が複数の場所で一斉に目覚めたら。
想像するだけで嫌になる。
「そら急ぐわ」
「ええ」
「魔導騎士団で調べるん?」
「まずは各地へ情報を回します。古い巨大ダンジョンについても確認が必要でしょう」
ユリウスは小さく息を吐いた。
「本当なら、もう少し皆さんと話をしていたいんですが」
「忙しい仕事やな」
「そういう役目ですから」
そして、いつもの爽やかな笑顔に戻った。
「南の大陸で目的を達成できることを祈っています」
「ああ」
フミタロウも手を上げる。
「あんたも元気でな」
「ありがとうございます」
ユリウスは馬へ乗ると、軽く手を上げて応えた。
そのまま魔導騎士団の仲間たちのもとへ戻っていく。
やがて隊列が整い、騎士団はナハルの街を後にした。
朝日の中を、白銀の鎧を輝かせながら走り去っていく。
フミタロウはその背中を見送りながら呟いた。
「何をさせても絵になる野郎やな」
「格好いいですよねえ」
サンキチが素直にうなずく。
「お前、ほんま好きになったな」
「いいじゃないですか」
「まあええけど」
騎士団の姿が見えなくなったところで、フミタロウは大きく伸びをした。
身体のあちこちが痛む。
「さて」
ナハルまで来た目的は、まだ果たしていない。
ここは旅の終着点ではなく、次の旅への玄関口だ。
海の向こうには、フミタロウたちがまだ一度も足を踏み入れたことのない南の大陸がある。
「次は、南か」
フミタロウは港の向こうに広がる海を見た。
朝の光を受けた水面が、遠くまで輝いていた。




