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漏洩の加護  作者: なつみかん
第三章 落ちこぼれパーティーの特訓
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第十二話 おっさんの必殺カマイタチ  

宿へ戻ったフミタロウは、部屋の椅子に座ったまま腕を組んでいた。


 卓上には紙が一枚置かれている。


 丸っこいポヨンくんらしき絵。その横には拳や矢印、本人にしか意味の分からない線が何本も引かれていた。


 見た目は落書きに近い。


 だが、フミタロウ本人はいたって真剣だった。


 どうすれば、打撃に強いポヨンくんへ傷を与えられるのか。


 拳で殴れば、衝撃は柔らかな体へ逃げてしまう。蹴って吹き飛ばしても、地面で跳ねて何事もなかったように起き上がる。


 それなのにバサルスは、右拳の一撃だけでポヨンくんを内側から破裂させた。


 あの一撃と自分の拳に、何の違いがあったのか。


 考えれば考えるほど、分からなくなる。


「ただいま戻りました」


 扉が開き、サンキチが部屋へ入ってきた。


 椅子に座ったまま難しい顔をしているフミタロウを見ると、少し首を傾げる。


「今日は先に戻ってたんですね」


「おう」


「どうしたんですか?」


 サンキチは心配そうに顔を覗き込んだ。


「お腹でも痛いんですか?」


「何でやねん」


 フミタロウは腕を解いた。


「子供ちゃうんやから。考え事してんの」


「そうなんですか」


「このシリアスなナイスミドル感が見えへん?」


 サンキチは一度、じっくりとフミタロウを見た。


「まったく」


「即答すんな」


 あまりに迷いのない返事だったため、フミタロウは思わず笑った。


 朝からずっと考え続け、凝り固まっていた頭が少しだけ軽くなる。


「まあ、ええわ」


 卓上の紙を指した。


「今日の特訓、全然分からんかったんよ」


「ポヨンくんですか?」


「そう」


 しばらくすると、ミルキーとクリフトスも戻ってきた。


 四人は卓を囲み、フミタロウから今日の訓練について話を聞くことになった。


          *


「打撃が効かないゴーレムを、打撃で倒せってことですか」


 サンキチが紙に描かれた丸いポヨンくんを見る。


「何だか、すごく深い修行みたいですね」


「深いかどうかは知らんけど、俺にはさっぱりや」


 フミタロウは拳を握った。


「普通に殴っても、全部ぽよんって逃げる。蹴って飛ばしても壊れへん」


「バサルスさんは、どうやって倒したんですか?」


 ミルキーが尋ねる。


「普通に一発」


「普通に?」


「そう見えた」


 大きく振りかぶったわけでも、助走をつけたわけでもない。


 右拳がポヨンくんへ触れ、その直後に体の内側から弾けるように砕けた。


「ものすごく速かったのでしょうか」


「いや、それがな」


 フミタロウは首をひねる。


「見えへんほど速かった感じでもないんよ」


「そうですか」


 四人で紙を眺める。


 最初に口を開いたのはクリフトスだった。


「単純な打撃の強さだけではないのでしょうね」


「ほかの要素を足すってこと?」


「おそらくは。たとえば魔力を拳へ乗せる、あるいは衝撃とは違う性質の力に変える、といった方法も考えられます」


「魔力は無理やと思う」


 フミタロウは以前、掌から小さな光を出した時のことを思い出した。


 たった一度使っただけで、ひどく疲れた。


「俺、魔法の才能ないみたいやし」


「では、攻撃そのものの当て方を変える必要があるのかもしれません」


「当て方?」


「私は格闘術の専門家ではありませんが、同じ力でも広くぶつける場合と、一か所へ集中させる場合では結果が変わるでしょう」


「もっと速く殴るとか?」


「それも一つではあると思います」


 だが、フミタロウの記憶にあるバサルスの拳は、特別速かったわけではない。


 速さだけではない。


「そもそもさ」


 フミタロウは自分の拳を見る。


「拳と剣って、何が違うんやろ」


「拳と剣ですか?」


「拳は叩いて壊すやろ。剣は切る」


 拳で物を壊そうとすれば、基本的には衝撃をぶつける。


 剣なら、刃を食い込ませて切る。


「俺の拳が、めっちゃ薄くなって剣みたいになったら――」


「怖いですね」


 サンキチが言った。


「例え話や!」


「だって想像したら怖かったので」


「想像せんでええねん」


 笑いながらも、フミタロウは紙に一本の線を引いた。


「でも、拳そのものを細くする必要はないんちゃうかな」


「と言いますと?」


「拳全部をぶつけんでも、一部分だけ当てたらええとか」


「それなら」


 ミルキーが右手を立てた。


「正面からぶつけるんじゃなくて、端だけをかすらせるように当てて、そのまま横へ抜くのはどうですか?」


 空中を切るように、手を滑らせる。


「刃物みたいに?」


「はい。叩くんじゃなくて、切るようなイメージで」


「なるほど」


 サンキチも頷く。


「ポヨンくんが衝撃を全体に逃がすなら、押し込むより表面を裂く方がいいのかもしれませんね」


「それやったら、いけるかもしれんな」


 少しだけ道が見えた気がした。


 殴るのではない。


 拳を刃のように使う。


 フミタロウは紙に何本か線を書き足した。


「で」


 顔を上げる。


「具体的に、どうやるん?」


 誰も答えなかった。


 しばらく沈黙が続く。


「明日、いろいろ試すしかないですね」


 サンキチが言った。


「せやな」


 結局のところ、体を動かして確かめるしかなかった。


          *


 翌朝。


 訓練場には、すっかり元の姿へ戻ったポヨンくんが立っていた。


 青く透き通った体が朝日に照らされ、ゆっくりと揺れている。


「そろそろ始めるか」


 バサルスがポヨンくんの横へ立った。


「その才能のなさそうな顔を見る限り、今日も無理だと思うが」


「顔は才能と関係ないやろ!」


 フミタロウが睨む。


「うるさいわ、エロじじい!」


 バサルスは何も答えず、背を向けた。


「聞けや!」


「夕方に戻る」


「また放置かい」


「自分で考えろ」


 そのまま訓練場を出ていく。


 残されたのは、フミタロウとポヨンくんだけだった。


 丸い目がこちらを見ている。


「まあ、やってみるか」


 フミタロウは拳を構えた。


 昨夜、仲間たちと考えた方法。


 拳全体を押しつけない。


 表面をかすらせ、そのまま横へ抜く。


 殴るのではなく、切る。


「まずは軽く」


 ポヨンくんの腹へ、拳の外側をなぞるように当てた。


 ぽよん。


「違うな」


 もう一度。


 今度は少し速く。


 ぽよん。


「これも違う」


 角度を浅くしてみる。腕だけではなく腰から回してみる。拳の握り方や手首の角度も少しずつ変え、拳頭ではなく小指側を当ててみる。


 何を試しても、ポヨンくんは柔らかく揺れるだけだった。


 昼を過ぎる頃には、腕が重くなっていた。


 拳も熱を持ち始めている。


 それでもポヨンくんには傷一つない。


「やっぱり、考え方から間違ってんのかな」


 フミタロウは息を整えながら、昨日見たバサルスの一撃を思い出す。


 力を込めたようには見えなかった。


 大きな動きもなかった。


 拳が触れた瞬間、ポヨンくんの表面へ衝撃が逃げず、その奥へ何かが抜けた。


「表面を押すんちゃう……」


 フミタロウは小さく呟いた。


「奥へ通す……いや」


 今日は、バサルスと同じことをする必要はない。


 自分たちが考えたのは、切る方法だ。


 剣を振る時も、ただ刃を叩きつけるだけではないはずだ。


 刃を滑らせる。


 ならば拳も同じように使えないか。


 もう一度、ポヨンくんの前へ立つ。


 拳を強く握りすぎない。


 肩から余計な力を抜き、腕だけを振るのではなく腰から体を回す。


 そして触れた瞬間に、拳を横へ走らせる。


「はっ!」


 ぽよん。


「違う」


 もう一度。


 ぽよん。


 失敗。


 少し角度を浅くする。


 また失敗。


「くそ」


 正解なのかどうかさえ分からない。


 それでも、力任せに殴っていた昨日とは、ごくわずかに感触が違う時があった。


 いつもなら拳が沈んだ場所から大きく波打つ。


 だが、たまに表面だけへ細い筋のような跡が残る。


「……今のや」


 その感触を逃さないよう、同じ動きを繰り返した。


 何十回。


 何百回。


 やがて疲労で腕の力が抜け、無駄に拳を握り込むこともできなくなってきた。


 それが逆によかった。


 当たる直前まで力を抜き、触れた瞬間だけ鋭く横へ抜く。


「うおりゃあ!」


 拳がポヨンくんの腹をかすめた。


 ばしゅっ。


 これまでとは違う音が響いた。


「え?」


 透明な体の表面へ、一本の白い線が走る。


 その線は一瞬で横へ伸びた。


 次の瞬間、ポヨンくんの上半身が、まるで切り分けられたようにずれた。


 ぼんっ。


 青い体が弾け、無数の透明な欠片となって周囲へ飛び散る。


 フミタロウは拳を振り抜いた姿勢のまま固まった。


「……できた」


 地面を見る。


 ポヨンくんが、本当に砕けている。


「できた!」


 思わず拳を高く上げた。


「成功や!」


 押し潰した感触ではなかった。


 拳が触れた瞬間、力が細く横へ走った。


 まだ説明できるほど理解しているわけではない。


 だが、昨日までとは明らかに違う攻撃だった。


          *


 夕方。


 訓練場へ戻ってきたバサルスは、地面へ散ったポヨンくんの欠片を見た。


「ほう」


 少しだけ眉を上げる。


「できたか」


「どうよ、じいさん」


 フミタロウは得意げに右拳を見せた。


「俺様の新必殺技」


「必殺技?」


「名付けて――」


 大げさに腕を構える。


「カマイタチ!」


 バサルスはしばらく無言でフミタロウを見た。


「何とか物になりそうだな」


「もうちょっと驚いてもええんちゃう?」


「相手や状況によって、攻撃を使い分ける」


 バサルスは足元の透明な欠片を拾った。


「今回、お前が覚えたのはそういうことだ」


「使い分け?」


「硬い物を砕く攻撃と、柔らかい物を切る攻撃は違う」


 相手が硬いのか、柔らかいのか。


 鎧を着ているのか。


 衝撃を逃がすのか。


 魔物はどれも同じ体をしているわけではない。


「拳一つでも、当て方を変えなきゃ通用しねえ」


「なるほどな」


 フミタロウは自分の右拳を見る。


 殴るしかできないと思っていた。


 だが同じ拳でも、使い方はいくつもあるらしい。


「まあ」


 バサルスの口元が少し緩む。


「爪武器を装備すりゃ、似たようなことは誰でもできるがな」


「は?」


「拳の先に刃がありゃ、そりゃ切れる」


「何やねん、それ!」


 フミタロウは両手を広げた。


「ほな、この特訓の意味ないやん!」


「意味はある」


「どこに?」


「自分で考えろ」


「またそれか!」


「そのうち分かる」


 バサルスは背を向けた。


「まあ、お前は馬鹿だから、ずっと分からんかもしれんが」


「二言多いねん!」


「ああ、それとな」


 訓練場の入口で、バサルスが足を止めた。


「何?」


「明日からは、大量増殖版だ」


「何の?」


 バサルスが右手の指を鳴らした。


 訓練場の奥から、何かが弾む音が聞こえてくる。


 ぽよん。


 ぽよん。


「……ん?」


 青い影が一体、姿を現した。


 その後ろからもう一体。


 さらに、その後ろから何体も続いてくる。


 十体どころではない。


 同じ顔をしたポヨンくんが、次々と訓練場へ入ってきた。


「ポヨンくん大量増殖版」


 バサルスが平然と言った。


「さらに頑張れ」


「いやいやいや」


 フミタロウは数えようとして、途中で諦めた。


「多すぎるやろ!」


「明日、また来い」


 バサルスは手を振り、そのまま帰っていった。


「くそじじい!」


 叫んでも振り返らない。


 フミタロウの周囲を、無数のポヨンくんが取り囲んでいた。


 ぽよん。


 ぽよん。


 ぽよん。


「一体倒したら終わりちゃうんか……」


 そのうちの一体が、すぐ隣へ寄ってきた。


 丸い目で、じっとこちらを見ている。


「かわいい顔して、ほんま腹立つな」


 ぽよん。


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