第81話 サンドボックストレーニング
「コマンドポストよりフロントライン、ポイントB4から機甲歩兵小隊。至急迎撃せよ」
『フロントライン、了解』
背の高い草に覆われた草原に、乾いた銃声が木霊する。
視界は悪いものの、対して遮蔽物は非常に少ない環境だ。まばらに見える岩や背の高い木、探せば僅かな窪地がある程度。
そんな中でのかくれんぼに、敵機はしびれを切らしたのだろう。1機のヴァミリオンが、草の壁を突っ切って現れる。
が、そいつは姿を見せた途端、低い位置から伸びてきた刃に串刺しにされていた。
――うーん、やり方が原始的だな。
モニターの中でステルス幕を翻す黒鋼に、僕は組んだ腕を指で叩く。
待ち伏せが悪いとは言わないが、敵機は釣り堀の魚ではないのだ。後続が同じ場所の餌には引っかからなくなるのは道理であり、さりとて彼女らは他のポイントへ素早くシフトできるほど地の利を持っていない。
何より大きな問題は、数に勝る敵に接近する猶予を与えてしまった、という点だろう。
ここからどうするのかと眺めていれば、黒鋼からは案の定といった反応が飛び出した。
『ッ! 左抜けられた!? ファティマ!』
目に頼りすぎている。現代文明で戦ってきたマオリィネにとっては、仕方のないことかもしれないが。
黒鋼が振り向いた時には、既に敵機は高草の影に隠れつつ後方へ突撃しており、かといってそちらを援護しようと姿勢を上げれば、肩装甲に火花が散って動けない。
残る希望は、遊撃として配置されたファティマだったが、連携が思った通りに進まないのは世の常でもある。
『えー!? 間に合いませんってば! アポロニア、自力で何とか――』
『キャーン!?』
無線は悲鳴によってかき消され、モニター上には赤色の文字が浮かび上がった。
「アポロニア機被弾、行動不能判定」
「だろうねぇ」
オペレーターをしているシューニャの短い報告に、僕はこめかみを押さえた。
接近されれば甲鉄は弱い。低い運動性は分厚い装甲でカバーできるものではなく、砲撃や火力支援に特化した取り回しの悪い武装のおかげで、まともに殴り合いもできはしない。
その上、その高い火力は敵としても脅威であり、真っ先に潰したい対象とされるのは自明の理。アポロニアが悲鳴を上げるくらいしかできなかったのもむべなるかな。
機体の扱い方についても、知識部分の重点教育が必要そうだ。
一方、残された2人はというと。
『真っ先に飛び道具がやられたんですけど、どうするんですかこれ』
ファティマはどうにかマオリィネと合流できたらしい。対機甲軍刀と突撃銃を両手に握りしめる尖晶が、盾と突撃銃というシンプルな黒鋼と背中合わせに周囲を警戒していた。
マオリィネは深く深く息を吐く。表情こそ見えないが、実戦さながらの緊張感をもってくれているようだ。
『どうって言ったって、まだ来るわよ――ねぇッ!』
盾の表面をプラズマの光が走る。
レーザー減衰被膜は完全に溶け落ちただろうが、それでも銃剣刺突1回分は防ぎきる。おかげで、ガラ空きとなったヴァミリオンの胴体に、彼女はしっかりと突撃銃の先端に銃剣を突き立てた。
――流石は騎士様、やるなぁ。
咄嗟の反応と機転、戦い方の多彩さ。
この辺りはガーラット・チェサピークに師事し、騎士となるべく積み上げてきた技量によるものだろう。現代の剣豪、侮りがたしと言ったところか。
ただ、それはあくまで個人の技量である。
『左右から同時に来てます! 左任せました!』
『え゛っ!? ちょっ、1人で突撃するのは無謀よ!』
ピクリと耳を震わせたファティマは、言うが早いかジャンプブースターも使わず地面を蹴って跳び上がる。
身体の使い方は癖そのもの。第三世代型の高い追従性を生かした彼女らしい機動であり、機甲歩兵としてみればかなりトリッキーな動きだが。
『とぉーッ! あ゛ニ゛ャッ』
空中で翻った瞬間、機体にしっかり穴が開いた。
「ファティ被弾。頭部貫通。多分、死んでる?」
「……感覚頼りで教えすぎたかなぁ」
ポリポリと頬を掻く。
人間を遥かに上回る身体能力に頼った飛ぶような戦い方は、敵を翻弄して反応を遅らせることに十分な意味を持っていた。
問題は、相手が近接戦以外の方法を選べない場合でなければ意味が無いことだろう。
銃火器を構える敵3体の中に飛び込めば、集中砲火を浴びるのは必然。となれば、癖を修正する必要がある訳だが、ファティマの飛び道具に対する忌避感を考えると容易ではない気がしてならない。
さて、残る希望はマオリィネのみだが、彼女は今をどう切り抜けるのか。
『だ、ダメよマオリィネ、破れかぶれになってはダメ……! 私ならできる、きっと状況を打開する方法がまだ――へっ?』
岩陰でそう呟いた彼女が、盾と突撃銃を構えながらチラリと敵の様子を覗き見たまでは良かった。
多分、目が合ったのだろう。目鼻先まで迫った敵機の群れと。
そして当然のことながら、姿が見えれば攻撃してくるのは道理である。あっという間に暴風のような弾幕に晒された。
『むむむむ無理無理無理無理無理!! 敵の数全然減ってないじゃない! 私1人で4体も倒せるわけなあひゃああああああ!?』
冷静の切れ目こそ、彼女にとって最大の敵かも知れない。
どうにか距離をとろうとジャンプブースターを吹かして後退したが、障害物の無い地形で突撃銃の有効射程から逃れられるはずもなく、あっという間にハチの巣にされた。
「マオリィネ機、被弾多数。爆発した判定」
「マオらしいというかなんと言うか……あんまりにも予想通りな最後だったよ」
被弾状況が誰より酷い辺りも含め、何とも無残な最期である。背面装甲に損傷を作らなかったのは最後の矜持かもしれないが。
■
訓練結果を片手に仮想空間訓練の控室へと踏み入れば、椅子とテーブルに垂れる3人の姿が目に入る。
ただ、今日の訓練による疲労は肉体的よりも、精神的なものの方が大きいだろう。テーブルに頬をペットリ乗せてキョトンとした顔をこちらに向けるファティマだけは、どうにも感情が読み取れなかったが。
「まずは初めての中等訓練、お疲れ様。よく頑張った」
携帯端末でトンと肩を叩く。無意識だったが、このポーズはどことなく教師になったかのような気分になる。
ただ、労いの言葉は響かなかったらしい。うっそりと動いた2つの頭からは、実に恨めし気な視線を向けられた。
「気休めはいいッス……」
「この際だからハッキリ言ってちょうだい。私達、どういう評価かしら」
元々忖度も贔屓もするつもりはなかったが、敢えて釘を刺してくれたのだから遠慮は要るまい。
携帯端末に表示された項目を1回分スワイプして自動評価とメモを表示させ、改めて目を通してから1つ頷く。
「うん、戦力外だね」
「「うぐっ」」
苦い表情を浮かべ、あからさまに凹むアポロニアとマオリィネ。気休めは不要と言っても、事実に耐えられる訳ではなかったらしい。
そんな2人の苦しむ様など露知らずと言った様子で、ファティマは尻尾先をゆらゆらと遊ばせていた。
「まぁそうでしょうね。ボク、ほとんど何にも分からないまま死んでましたし」
「悲観する必要はないよ。少なくとも今回は、ビーチでの基礎訓練と昨日までの初等訓練における、各々の進捗を測るのが目的だ。シューニャ」
「ん」
後ろに控えていた彼女は、言うが早いかそれぞれの前に纏められた書類を並べていく。
大した厚さもないそれをマオリィネは手に取ると、訝し気に目を細めた。
「これは……何かの予定かしら」
「明日からの個人訓練計画だ。以前からタヱちゃんと検討していた内容に、今日時点での技量を踏まえて調整してある。質問は?」
ファティマは、ほぉと言いはしたが、ちらと書面を一瞥したきり内容を読み込むことは早速諦めたらしい。一方のマオリィネも、暫く書類を睨んでいたが、単純に疑問点が浮かばなかったのか内容に理解が及ばなかったのか、特にないと首を横に振った。
書面を見せられたところで、目にしたこともない訓練内容を想像するのは難しいだろう。故にこういう反応はむしろ想定内だったのだが、では解散と言いかけた所でつと挙がる手が目に入った。
「じゃあ、自分いいッスか?」
「ああ」
「見間違いじゃなければ、自分の分だけ滅茶苦茶分厚い気がするんスけど」
「そりゃあそうだ。君には覚えてもらわないといけないことが沢山ある」
梅干しのような顔がこちらへ向けられる。
実際、アポロニアに渡した書類の束は、ファティマとマオリィネに手渡したものと比べて5倍は分厚い。
「あ、あのぉご主人? ご主人に自分がどう見えてるのか分からないッスけど、自分物覚えがいい方じゃないッスよ? 町に転がってるキメラリアと比べて、ちょっとだけ読み書きできて、お金の計算をちょっとだけ覚えてるっていう程度で」
冷や汗が滲む顔に、ぎこちない笑みが浮かぶ。何かの冗談では、と言いたげに。
無論、こちらとしてはそんなつもりなど更々ない為、爽やかな笑顔で応答する。
「謙遜しなくていい。今日まで色々教えてきたが、アポロは十分賢いよ」
「いやだから、それが買い被りなんですってばぁ! いっつも必死にやってるだけでぇ!」
「努力を継続できることも才能だ。それから、内容の多さは期待の大きさだと思ってくれていい」
バンバンと机を叩く彼女だったが、僕が一切動じないと悟るやガックリと肩を落とす。
アポロニアは現代人たちの中でも、800年前の武器によく慣れている上、操縦が難儀な甲鉄の扱いも日々向上している。となれば前衛は2人に任せ、扱いに知識が必要な重火器や火砲の扱いを覚えてもらった方がいい。
そして期待という言葉の通り、アポロニアならば扱えるようになるだろうという意見は、自分も少尉も一致している。
「あら、よかったじゃないアポロニア」
「羨ましーですね」
「こ、こいつら、他人事だと……だーっ! 後で落胆したって責任取らないッスからね!」
頭を抱えて叫ぶ彼女を、パチパチと手を叩いて称える2人。
少なくとも僕は、書類の分厚さと訓練の厳しさが等しいなどとは一言も言っていないのだが、敢えて訂正する必要もないかと切り替える。
「シューニャ」
「ん?」
「引き続き仮想訓練のオペレーターを頼みたい。僕は見れないことも多いから、訓練内容は都度タヱちゃんに確認してくれ」
「いいの?」
きらりと輝く翠玉の瞳に、ああと小さく頷く。
初等訓練はほとんど井筒少尉に投げっぱなしだったため、彼女がオペレーターを務めているのを見たのは今日が初めてだった。
結果は見てのとおりである。
「訓練の難易度設定はほぼ完璧だったからね。操作方法はタヱちゃんから?」
「ポラリスが教えてくれた。ちょっと前から色々試していたのだけれど、今日みたいに作戦が上手く行ったら、快感?」
ゾワリと背中を冷たいものが走る。
こういうシミュレーションゲーム感覚の作業が、シューニャに向いているであろうことは前々から想定していた。ただ、何か良くない扉を開こうとしてはいないか。
今更タンマとも言えないで苦笑を浮かべていたら、何やらファティマが金色の目を大きく瞬いた。
「えっ? 今日の敵ってシューニャが準備してたんですか?」
「そう。戦場の形とか条件とかを設定して、敵側のまきなに作戦を伝えていた」
「おー……? よくわかりませんけど、流石シューニャです」
パチパチと手を叩くファティマ。アポロニアを煽った時とは違い、今回は純粋な賞賛に思える。
一方、腕を組んで微妙な顔を浮かべる者が1人。
「……なんでかしらね。貴女に戦いで負けたと思うと、物凄く悔しいのだけれど」
「――快感」
「ぎいいいい! そういう所よそういう所! 勝ち誇った顔してくれちゃってえ!」
シューニャの表情が変わったようには見えないが、それに慣れた身内にとってはふんすと鳴った鼻息だけで十分だったらしい。多分だが、本人もそういうつもりでやっているから全く動じない。
そんなじゃれ合いを仲いいなぁ、なんて微笑まし気に眺めていれば、開いたままになっていたドアが小さくノックされた。
「中隊長、いいかしら?」
癖のように小さな敬礼をしていながら、しかし井筒少尉は部屋に入ってこようとはしない。
となると、何らかの呼び出しであろう。今度こそ解散と残し、僕は彼女の背中を追った。




