第82話 懸念すべき点
「新設計の完全無人型、ですか」
整備用ハンガーにぶら下げられた土偶を前に、僕は唸りながら腕を組む。
その隣では、禿頭が映る携帯端末を乗せたアイロンが、真似をするかのようにギッチョンと体を揺らしていた。
『系統としてはロシェンナ・タイプに近しいが、同じ血筋とは言い難いくらい離れておる。むしろ、マキナという型枠からはみ出した存在と言っても良かろう』
「ロシェンナ……ということは共和国軍の機体で間違いないのでしょうが、教授は何の情報もご存じないのですか?」
改めて可動域の狭そうな機体の残骸を見上げながら、井筒少尉はどことなく訝し気に首を捻る。
カール・ローマン・リッゲンバッハと言えば、カラーフラ・インダストリにおけるマキナ開発の第一人者だ。戦争途中で企業連合側に亡命したとはいえ、マキナ開発の内情なら知っていそうだとでも考えたのだろう。
だが教授は珍しく、心底不服そうにフンと鼻を鳴らした。
『ワシならこんなもんに許可を出しとらん。思想の段階で蹴っとるわ。そも、物量戦を前提とした無人兵器というコンセプトならば、マキナに準ずる必要などあるまい』
「汎用機甲歩兵論ですか」
懐かしいタイトルに苦笑が浮かぶ。
マキナとは生身の兵士が到達しえない能力を与える物。機械の骨であり筋肉であり皮膚である。歩兵と同じ器用さを持ちながら、単体で戦車と戦える火力と装甲を有し、歩兵のみにてあらゆる戦闘様式を完結できることを目指さねばならない。
第三世代型マキナが、その極致に至ったと言えるかは定かでないが、この土偶は教授の目指した先とは正反対の思想から産まれた存在なのだろう。
『人体構造を無視したフレームに関節稼働域、内蔵式の固定武装、飛行を前提とした簡易脚。最早歩兵と呼ぶには無理があろう。その上、戦闘映像を見た限りでは、処理能力にさほど優れた点があるとも思えん』
「考えられるとすれば、人員不足への対応、かしら」
『人口減少は2大国共通の課題じゃったしの。でなければ、玉泉重工とてアホ程金を食うシンク・マキナの開発になど手を出させなんだはずじゃ』
久しい名前に小さく顔が引き攣った。
正直、ここまで戦ってきた中で、シンク・マキナ程厳しい相手は居なかった。陽電子砲を背負っていた時の鈍重さならばまだしも、重装備を解除してからの格闘戦能力は人間の身体能力限界を確実に超えており、人工知能の処理能力も桁違い。
「アレが量産化されていたらと思うとぞっとしますよ。二度と会いたくない敵だ」
『安心したまえ、シンク・マキナはそもそも量産に適しとらん。無人機運用における大きな利点を1つ、完全に殺しておるからの』
「というと?」
『無人機は機体の開発と製造費用さえ払えば、完成と同時に基礎訓練を終えた兵士とほぼ同等の能力を発揮できることにある。じゃが、シンク・マキナのような特注機ではその製造費用が高すぎて話にならんのじゃ』
「兵士の訓練にかかる時間とコストを足してもなお、ですか」
以前、ダマルがシンク・マキナについて、発電所を背負っているのではと疑った言葉が思い出される。アレはもしかすると、冗談ではなく事実だったのかもしれない。
大量生産に移行すればその分コストは下がる。それでもまだ採用に足らないとなると、自分が破壊したあの機体は、一体どれほどの金額だったのだろう。
『そもそもだ。無人化のメリットという言葉すら、実際は机上の空論に過ぎん。企業連合にせよ共和国にせよ、試験こそ幾度も行っとったが、結局量産化まで漕ぎつけた人型無人兵器は存在せんのじゃ』
「疑わしい話ね。無人機の戦闘システムが隊長を倒せるほど優秀なら、人員不足に苦しんでいた軍部が大喜びで飛びつくはずでしょう。コストの問題にしたって、量産型マキナに移植できるよう改良すれば解決しそうな話ですし」
『玉泉の首脳部発表を信じるなら、企業利益には繋がらんと判断したから、だそうじゃ』
胡散臭そうな少尉の目に対し、教授はモニターの中で禿頭をパチンと叩く。
如何に玉泉重工の重役だった教授と言えど、政治家に近しい取締役会が何を考えていたかまでは知らされていないらしい。
とはいえ、ただの士官に過ぎなかった自分からすれば遥か空の彼方の話だ。元々興味もなければ今は当事者が誰も生き残っていないであろう時代に、真相を考えたところで妄想以上の何物でもないため、僕は件の無人機へと改めて視線を向けた。
「共和国側も同じだったとすれば、こいつらは試験部隊の生き残りか何か、ということですか」
「襲撃の理由がただの偶然なら、別に怖がる理由はないわね」
軽く腕を組んだ少尉に、自分も小さく頷き返す。
どこかの誰かが遺跡の壁をぶち抜いたり、災害によって建物が崩壊するだけでも、眠っていた兵器が目覚めるきっかけにはなり得るのだ。全てに明確な原因や何者かの意図が絡んでいると考えるのは、少々病的とも言えよう。
しかし、教授は楽観視するつもりはないらしく、画面の中で微妙な表情を浮かべていた。
『気楽じゃな。確証がある訳ではないが、懸念すべき点はあろうに』
「と仰いますと?」
『記録映像にある機体動作と、鹵獲機の装備から想定される性能に乖離が見られる。カタログスペックが不明である以上、あくまでワシの想像にはなるが――』
手元の端末にポップアップが表示される。
想定される機体の強度、エーテル機関の定格出力、空戦用ブースターの推進力、装甲圧に全体重量。
少尉と目が合った。この場にダマルとバグナル軍曹が居たとしても、あるいは兵器に関わったことのある者ならば、同じ結論に辿り着いただろう。
『こやつ、全力を出しておらなんだのではないか?』
■
「遺跡ぃ?」
玉座にふんぞり返る割に、どうしてか妙なチンピラ臭の漂う男は、俺の質問に対してとんでもなく怪訝そうな表情を浮かべた。
尤も、その理由を知らぬ俺ではない。多少立派な毛皮のマントを背負った所で、そうそう中身まで変わりはしないのだ。
「アンタなら知ってるかと思ってよ。元々そういう仕事だろ? エフレイム王」
兜の奥でカタカタと顎を叩けば、王と呼ばれた男は心底嫌そうに表情を歪めた。
「だーからやめろっつってんだろそんな形式だけの名前。ただでさえ、毎日やりたくもねぇ諸問題とにらめっこしてんのに」
「カカッ、だろうな。まるで似合ってねぇぜヘンメ。その格好も含めてよ」
過去に彼と働いた者がこの場に居たならば、目をひん剥いて驚いたことだろう。
元コレクタリーダーである無頼漢のヘンメだが、その本名はフランコ・エフレイム=カサドール。詳細こそ不明瞭だが某妖怪老婆曰く、カサドール帝国建国の祖、エンシア・カサドールの時代にその働きから皇帝血族の末席に加えられた血族の末裔だとか。
その皇帝血族という正当性に目をつけた先の戦勝国、ユライア王国及びリロイストン首長国によって、旧帝国系傀儡国家であふネッサ自由国の初代王というハズレくじを引かされることとなって至る現在。
それも俺や同じく身内達、なんなら隣に立つジークルーンにしたって今更の話でしかないが。
「自覚がおありだったのですね閣下」
項垂れるヘンメに、容赦なく切り込む宰相のようなモブ面。
その平凡さと勤勉さが高じてか、あるいはエリネラという危険物のベビーシッターを任された経験故か。いつしか目立つようになってしまった元騎士補セクストンの痛言に、王の拳が肘掛けを叩いた。
「うるせぇ! 一応にも相応しい格好ってのがあんの! くそっ、だからあんだけ断ったってのに……」
「お話を受けられたのは、閣下ご自身だったでしょうに」
「男にはなぁ!? どうしたって譲れねぇもんがあったんだよ!」
ガァと吠えるヘンメ。その必死さの源が、隣で口元を隠す王妃にあるのは周知の事実である。
「貴方、お客人の前ですわ。旧知とはいえ、弁えてくださいまし」
「うぐっ……そう、だな」
マリベル妃にピシャリと言われれば返す言葉もなく、ヘンメはぐんにゃりと体を曲げる。
その姿には自然とため息が出た。
「だろうと思ってたが、キッチリ尻に敷かれてんなぁお前」
「言っただろう。譲れないものが俺にもある。で何だ? 遺跡の話だったか?」
早くも疲れた目の王様だが、一応にもこちらの要件は覚えていてくれたらしい。わざわざ謁見を申し込んだ甲斐があったというものだ。
「あぁ。近場でどっか耳寄りなの知らねぇか?」
「うーむ……知ってるなら教えてやりてえが、そういう話を聞く余裕が今のウチにはない。国の復興と旧帝国人の保護にかかりきりだ」
顎を撫でる王の疲れ顔に、俺は小さく顎を鳴らす。
「想像はしてたが、ひでぇのか?」
「無い無い尽しさ。人も金も時間も。治安維持はエリとロンゲンが走り回ってくれてるおかげでどうにかなってるが、難民やら旧軍の敗残兵やらの流入は減る気配もなし。今のウチは帝国の悪いとこだけ残してるような飢えた国だ」
強権は失せた。しかしそれだけで、今この瞬間に国が豊かになるはずもなく、復興の為には物も金も労力も輪をかけて必要なのだ。
民の苦しみを理解出来ぬヘンメではない。だからこその疲弊だろうが、それでもとその背を押す声は凛としていた。
「人々は今、立ち上がろうとしております。武器を持っていた手に農具を握り、荒れ乾いた大地を耕し種を撒いて」
「軍役が無くなった分、若い労働力は帰ってきた、かァ」
マリベル王妃は小さく頷く。
「ネッサ自由国は周囲を宗主国に囲まれております。故に武力は必要最低限、それ以上を望めば怪しまれるだけでしょう」
「そもそも今のこの国は、今日明日飢えない程度に飯が食え、屋根のある場所で寝られるかって致命的な重大事を抱えてる。それで有事に引っ張り出されるなら、チンピラ崩れみてえな装備の兵隊ぶら下げて、王自ら肉壁に志願するしかねえのさ」
弱小故、あるいは事実上植民地国家状態であるが故に、その特権を今は使わせてもらおうと。野心的にも卑屈にもとれる言い方だ。
これが冗談なら多少笑えたかもしれないが、なんて小さく肩を竦める。
「切羽詰まってんなぁ。そりゃ遺跡なんざ知るわけもねぇや」
「お前らこそどうなんだ。遺跡探してるってこたあ、夜光協会も仕事に困ってんのか?」
「そういう訳じゃねぇよ。いやまぁ、仕事らしい仕事はしてねぇんだが」
心にガラスの刃が突き刺さった気がした。
事実を鑑みると、俺たちの組織は現状のところほぼほぼ有名無実。砂漠で跋扈している帝国残党ミクスチャの退治よりこの方、本来の役目とはとんと縁がない。
「じゃなんだってそんな?」
顎を撫でる元無頼漢。
とはいえ、俺の行動が為に変な想像をされても困る。ヘンメがそんな奴でない事はわかっているし、夜光協会の武力に陰を落とすこともないだろうが、それはそれとして組織の信用問題になり兼ねない言動は避けるべきだろう。
「個人的な話さ。急いでるわけでもねぇし、まぁ何か面白ぇあったら教えてくれ」
なんて軽くはぐらかして今日の所はお暇するかと思った矢先、ヘンメは細い視線をチラリと隣へ流した。
「……お前に意味があるかは分からんが、気になる情報なら。マリベル」
「必要でしょうか?」
ここへ来て初めて明確に、マリベル妃の表情が揺れた様に感じた。
俺の知る限り、彼女はバックサイドサークルの元娼婦。その特殊な仕事によって鍛えられたポーカーフェイスなのか、更に辿ってボルドゥ・グランマ・リロイストンの下で何かの訓練を受けていたからなのかは分からないが、彼女はここへ至るまであまりにも自然な、それでいて確実に作り物だと分かる表情を崩さなかったのだ。
触れない方がいいのではないか、なんて。内容も分からない癖に、ヘンメを止めるべきではと本気で迷った。少なくとも俺は、友人の幸福に亀裂を走らせてまで、得体のしれない何かに手を突っ込みたいとは思えないのだから。
しかし、問いを返した王妃に対し、ヘンメは仄暗く眼光を煌めかせた。
「それを決めるのは俺だマリベル。たとえお前が、あるいはお前の上が嫌がろうと、ここにおいて王は他にない。違うか」
人とは分からないものだ。鉄腕鉄足の無頼漢から迸ったのは、それこそ王威と呼んで差し支えないものだった。
普段の奴はきっと尻に敷かれるがままなのだろう。それは当のマリベル妃が、彼から滲み出た圧力に小さく肩を強張らせている様子からも察せられる。
――なんだ、やれんじゃねぇかよ。
嫌々で王冠を被せられたというには、勿体ない建国の父かもしれない。おかげで余計なお節介を焼く理由はなくなった。
「……そうですね」
「なんだよ。訳ありか?」
ため息のように呟くマリベルに、俺は何も理解していないフリでわざとらしく肩を竦める。
向こうにもこちらの意志は伝わった事だろう。少々の呆れ笑いを向けられはしたが、そのくらいなら安いものだ。
「旧オン・ダ・ノーラ神国領についてです。独立した諸都市がそれぞれで都市国家を宣言し、軍閥化したカサドール帝国軍残党の事もあって、地域情勢が不安定化していることは、そちらもご存知でしょう?」




