マーチング・サンクトゥス 聖女が下街にやってくる。
朝日が昇り、灯取りの窓から祭壇を照らす。光を浴びて祭壇燭台が輝き始めた。礼拝堂の空気さえも清々しい感じになっていきます。
息をすると体の隅々に行き渡っていくように思えるの。
この瞬間が私は好きなんです。一日が始まると体が認識します。目が覚めるのですね。
私は手で印を結び、
「フォセレ・ヴェレ」
主へ乞い願う。
そして、跪き、祈願する。
『クァエソ<アッケンデ・カンデラス>』
どうか、蝋燭らに火を灯していただけますか。
主に願いが届き、祭壇に置かれている蝋燭に次々と火が灯っていく。
外から差し込む光はキラキラと、
火の灯る蝋燭の灯りはユラユラと、
辺りを照らしていきます。
私は深く祈ります。深く、深く、
「パクス・ウォビスクム」
皆様方が平和でありますように
「サルス・オムニブス・シト」
すべての方々の安寧を祈ります。
主と、主より啓示受けし大聖女へ奏上し思いを伝えるのです。
今日はミサが行われます。先日の騒動で壊れた部分の修理が続いているんでパラス教会の礼拝堂が使えません。
だから,教会のテラスを利用して、青空の下、屋外ミサを執り行なうことになりました。
しかも、ウリエル様を始め,ルイ様や他の王族の方々がお見えになるとの事。ただ事ではありません。
皆様、どんな出立ちで参拝するのでしょう。正装で来るのでしょうか。
できたら、市井の姿を真似てお忍びでこられると良いのですが。
さてと、皆様が参拝する準備を始めないといけません。キッチンに行き、アンバー色のハビットの上にエプロンを着ます。
エプロンですよ。エプロン。私がパラス教会に派遣されたばかりなんて、なかったんですよ。お金がなくて。いろんな方々からご寄付を頂いて、揃える事ができたんです。
これも主のお導きかしら。感謝を捧げないといけません。
テーブルには冷やしておいたローフ・ケーキを乗せます。数は四つ。初めは二つ作ったんですけど、王族の方々が来られると言う事を思い出しまして追加して作りました。
何人の方が来られるのでしょうか。王様とウリエル様の間には、お子様が五人。確か、一番上の王太子様は既にご結婚されているとか、街の方にうかがいました。
すると王太子妃も来られるのかな。三番目の王子は、ご婚約されているとか。その下に皇女様がお一人。そしてルイ様もいます。
まあ、王族の方のお話は街の皆さまから色々と伝わってきますね。お噂は予々です。
ローフ・ケーキは本日!参拝される方々にお分けするホスティアとなります。足りるといいと思うのですが、心配です。
あっ、いけない。考えていたら手が止まってしまいました。ローフ・ケーキを切り分けてと………、
「お、おはようございます」
キッチンのドアが開いて、寝巻きがわりの貫頭衣を着た赤毛の獣人浪族の女の子が目を擦りながら入ってきました。
「シュリンちゃん。おはよう。昨日は眠れたかな」
「どうかなぁ。あまり寝た気がしないの。起きてもすぐ瞼がくっついちゃうの。また、寝ちゃうの」
「ハハハッ。なんか夜更かしでもしたのかな」
「そんな事してないの。すぐ寝たもん。でもね、眠たいの」
「シュリンちゃん。口を濯いで,お外に出て、お日様を見てみて。シャッキリして目が覚めるよ」
「うん、そうする」
と,ドアを開けて外へ向かいます。
ては、作業再開とケーキにナイフをつけて………、あれ? なんの音?
シャン,シャン,シャン,シャン
と,微かにベルの音が聞こえてきました。この音は,スレイベル、棒に鈴なりのベルがついている楽器です。
私も使っているのですね。段々と近づいてきているような気がします。
ガチャ。
扉が勢いよく開きます。
「トゥーリィお姉ちゃん。沢山の女の人がこっちに向かってるよ。一番前の人って私、見た事があるの」
シュリンちゃんが駆け込んで来ました。
シャン,シャン,シャン,シャン
ドアを開けた所為でしょうか。はっきりと聞こえて来ます。
シャン、シャシャン。シャン、シャシャン
このスレイベルのメロディを私は覚えている。確か、スレイベルを頭上へ掲げ、
シャン
そこから円を描くようにスレイベルを下ろして二度鳴らす
シャシャン。
そしてもう一度、最初から。
幾度となく練習をしたリズムなんです。このメロディが聞こえると言うことは………、もしかして。
私はローフ・ケーキを切ることをそっちのけで、キッチンを出ます。廊下を走り、玄関を開けます。シュリンちゃんも後ろについて来ました。
キラッ、キラキラ
反射した陽の光が私の目に入ってきました。教会に続く道の奥が煌めいているのです。スレイベルが朝の光を浴び瞬いています。
目を凝らして見ると、五色の帯がついたスレイベルを持った六人の乙女が舞っている。色違いの肩衣のスカブラリオを白くトゥニカの上に羽織っているのか見えます。聖教会の儀典用の正装なんです。
スレイベルを掲げ,五色の帯を靡かせています。そしてベルを鳴らしながら、するりと一回り。膝を軽く曲げながら体を逸らしてくるりと回る。手首を返すようにしてベルはシャンシャンと鳴ります。
主へ捧げる神楽舞と言われます。スレイベルは本来、この舞の時に使う楽器なんです。舞いながら厳かに進んでいくのです。
私がまだ、聖女になるべく教育を受けていた頃、練習して練習して、更に練習していた舞。皆様に見てもらいたかった舞。
でも、いきなり、ここのパラス教会へ派遣されることになって披露することのなくなった舞なんです。しっかりとメロディが頭の中に残っているんです。
私も舞いたかったと、羨ましいとか残念な気持ちが胸の奥から滲み出してきます。
舞い踊る乙女たちの後ろには、白い毛並みを持った馬が四頭。パルーシユと呼ばれる屋根のない装飾で飾られた儀典用の馬車を引いています。
高包ハットを被りモール紐で飾られた肩章エポレットのついた儀典服を着た護衛騎士が一人、御者を勤めています。馬車の後ろにも一人護衛騎士が立っています。
更に、馬車の左右には白い馬に跨って剣を腰に刺した護衛騎士が寄り添うように進んでいます。
四人の護衛騎士に守られたキャビンには金色の刺繍に飾られた藍色の衣装が見えます。沿道に向かって手を振っているようにも見えます。
私が着ているアンバーの色は聖女見習いになるのですけど、藍色を纏えるのは正聖女様なんですね。
この行列はマーチング・セントゥス。聖女道中と言われます。パレードなんです。
普段、聖教会の奥で主へ祈りを捧げている正聖女様が外へお出になる時のものなんです。
しかも、これだけの大人数が動くと言うことになれば、馬車にお乗りになっているのは、今の聖教会の筆頭、大聖女様じゃないかしら。
並み居る聖女様を束ねる要の大聖女様。大聖堂で、この世の平和と安寧を祈り、災厄から私たちを守る役目を持つ大聖女様。
その方が城砦都市を出て、他の街へ行幸するわけでなく、こんな辺鄙なところへ来られるなんてどう言うことなんでしょう。
白いバルーシユの後ろに,もう一台、大型の屋根付ステート・コーチーが付き、行進してくるのです。更に、その後ろから導かれるように大勢の方が道いっぱいに広がって歩いてくるではありませんか。
スレイベルが鳴り,乙女が舞踊る。何事かと皆様は外に出るのでしょう。
そして、そこには大聖女様がいらっしゃる。驚きますよね。突然に聖女が来訪するなんて何事かとついてきてきるのでしょうね。さて、どれくらいの人たちがいるのでしょう。数えるのが怖い。
「シュリンちゃん。タダイ神父を呼んできて。大聖女様が来たって」
「大聖女様⁈ わっ、わかった。呼んでくる」
傍で唖然とするシュリンちゃんに頼んでから、私は踵を返して、こちらに向かってくるマーチング・セントゥスの列に駆け寄ります。
先頭で舞っているのは、私と聖教会で一緒に学んだアナスタシアでした。隣で舞うはアグネス。年上の子達が先頭に。教会教導部で席を並べた仲間たち。
カタリナもいる、セシールもいる。アガペやルチアまで。皆んな,頬を紅潮させ、笑顔を振りまいて踊っている。
良かったな。皆んな、練習を重ねた舞をお披露目できたんだね。見事だよ。心の中で拍手喝采です。なんか誇らしくもあり、嬉しくなります。
舞を続けている彼女達の横を邪魔にならないように横によけて馬車へと向かう。足並みを揃えて歩く白馬を思わず見取れてしまいます。
こんな近くて見ることなんて少ないのです。皮の下で筋肉が躍動してる。
あっ、いけない。大聖女様にお話をしないと。何故、パラス教会まで、お出でになったのかを。
白馬が目の前を過ぎます。さあ,今! 一歩、通りへ出ます。
「何奴?」
早速,白馬に跨る護衛騎士の叱責が飛んできます。
「パラス教会、聖女見習いのトゥーリィです。何卒,大聖女様にお眼通りをお願い申し上げます」
「大聖女様はパラス教会へ向かわれている途中。歩みを遮るとは何ごとか? 教会のものであれは、急ぎ戻り出迎えの準備をされよ。それからで宜しかろ」
「ですが、何卒?」
「ならぬ!」
成り行きで言い合いになってしまいました。辺りが静かになりピンと空気が緊張します。
でも、大聖女様がお見えになるなんて聞いていません。先振れさえなかったのですよ。訳ぐらい聞かせて欲しいのです。
「戻れ!」
強い言葉が耳に刺さります。と、
「サー・ガラハット。教導部のステューデントだったトゥーリィですよ。覚えていませんか。彼女の頼みです。聞いてあげましょうよ」
「ですが」
聞いていてホンワカとしてしまう優しい声色が耳をくすぐる。辺りの空気の緊張感が解れていきます。
この声は久しぶりに聞く今代の大聖女アイリスさまのお声。
私を名前で呼んでくれた。見習いである私のことを覚えていてくれたんだ。
今代の大聖女アイリス・スブレンディオ様。
藍色の冠ミトラの下、輝くような金色で長い髪を藍色の肩衣へ流し、朗らかに微笑む、笑顔の眩しいお方。
城砦都市の守護を任され四方へ配される聖女達を束ねる要の大聖女様。
「まあ、いいから。いいから。ねぇ、トゥーリィ」
「はぁ」
すいません。緊張感が抜け、気の抜けた返事をしてしまいました。
「お久しぶり。元気してた?」
「はい。大聖女様もお元気にあられるようで」
私は馬車に寄り添うように歩いていきます。傍にいるように護衛騎士の厳しい視線が刺さること、刺さること。でも怖気付いてなんていられません。
「お陰様でね。トゥーリィの方も、その仮面の具合はどう?」
「はい。この仮面を大聖女様から頂いたお陰で助かっています。痛みも引きますし」
私が痣をを隠すためにしている仮面は、大聖女様から頂いたものなんです。話によると神器ではないかと聞きました。
「そう良かったわ。大事に使ってね」
「はい。ありがとうございます」
顔の痣が疼くことがあるんです。仮面のおかげで痛みが和らぐの。
「ところで、トゥーリィ。私のことは名前で呼んでくれる?」
「えっ?。そんな、畏れ多い」
「いいのよ。貴女に大聖女なんて言われたら、距離を感じると言うか寂しいのよ。最近まで、一緒に教会のお勤めもしているし、同じ所でご飯も食べてる。生活を共にしていたのよ」
「ですが、気安く呼ぼうものなら、周りになんと言われるか」
「なんて言われようて別に構わないわ。アイリスって呼んで」
「でもぅ」
「貴女も何れは聖女と呼ばれる身。私たちは同じ同胞なんですよ。だからお願い………」
大聖女様は小首を傾け、手を合わせて私を拝んできます。笑顔までつけて。
可愛すぎる!
こんなんじゃ,断るに断れないではないですか。私は辺りを見渡します。
こんなの見られたら、何か誤解されてしまう。
でも、馬車は緩やかに進みます。喧騒が膨らむこともない。胸を撫で下ろします。
コホン
私は息を整えて、
「では、アイリス様」
「様?」
「せめて、敬称だけでもつけさせてください。私の心臓が持ちません」
「フフフッ。それで宜しくてよ」
大聖女様はフワッと笑われました。途端に私の体がスゥッとします。
体の内側から清められたような。淀みというか穢れが祓われたような感じがするんです。
辺りもざわついています。地面から、建物の壁から黒い煤のようなものが滲み出して燃え尽きるように消えていく。
流石は大聖女様というしかありません。笑顔一つで辺り一面が清められているのですから。これが大聖女様の持つお力の片鱗なんですね。
「では、アイリス様。本日は何故に,此方までお越しなったのですか?」
「トゥーリィ。硬い、まだまだ硬い。肩がこっちゃうわよ」
話の筋がポキポキ折られてしまう。先に進めない。
「では、改めて………」
「うん?」
「今日はなんで此方に来たんですか? アイリス様は本部の大聖堂でミサをやるはずじゃあ」
「そうなのよね」
アイリス様は顔を傾げて頬に手を当てます。ああもう、仕草が可愛過ぎます。私なんかが真似できるものじゃない。
「私は丁度いなかったのだけど、先日、聖教会本部が壊されたでしょう」
「はぁ」
そうなんですよね。本部に魔族や魔人やらに入り込まれて好き勝手されたんです。
「なんか、その時に大聖堂も被害を受けてね」
「そうだったですね」
「そうだったって。ねぇ、トゥーリィ。貴女もいたんでしょう。その時」
「はい。被服部へ行ってました」
確かに居ました。本部へ自分の新しい教会服を貰うために行きました。なんか、私が原因で魔族に侵入を許したみたいなんです。 私、奴らとグルじゃないですよ。知らないうちに利用されたんですって。信じてください。
「マザーテレジアから大変だっだって聞いてるわ。貴女は無事だったの?」
「なんとか」
実際には、侵入した魔人に体の力というか魂まで半分近く吸われたみたいなんですが。
なんとか事なき得たんですが、王妹のウリエル様の御子、ルイ様が瀕死に。私とシュリンちゃんのレスレクティの願いが主に通じて復活されたんです。
「良かったわ」
アイリス様は微笑んでくれるんですけど、どこまで、ご存知なのかしら。
「だからね。大聖堂は修理中。ミサも暫くは出来なくなりました」
「それで、なんで辺境都市にあるパラス教会に?」
「それがね。ここでミサをやるって小耳に挟んだの。それも屋外で青空ミサをすると。さるお方が教えてくれたのよ」
出所はウリエル様かしら。
「パラス教会なら、聖教会本部から、そんなに遠くないし、貴女もいるから一度来たかったし、いい機会だと思ったの」
出来たら、他の機会にして欲しかった。先に知っていれば,お迎えの準備もしっかり出来たのに。
「ては、今日のミサはアイリス様が行われると思っていいですか?」
大人数のマーチング・サンクゥトゥスで来られるなんて、聖教会本部の総出で来られたと思っていいはず。なら、ミサは本部の方達で行われると考えていいはず。
「何,言ってるの。貴女とタダイ神父が行うに決まっているわ」
「私達がですか? なして?」
「だって、パラス教会に貴女は聖女として赴任しているのでしょう」
「見習いとしてですけど」
「なら、貴女達が行うのが道理よ。私たちは参列させていただくわ。貴女達が担当する教会ですもの」
「えぇ!」
そんな、畏れ多い事を言わないでください。パラス教会はタダイ神父に私,シュリンちゃんとセリアンの四人しか居ない。小ぢんまりとした教会なんですよ。
「じゃあ。お願いね」
アイリス様はウインクを添えて仰います。
うっ、やはり可愛いです。
「・・・・」
ああ、言葉が出なくなりました。呆然と立ちすくむ私の横をアイリス様の乗る白い馬車は進んで行きます。続いてステート・コーチまで進みます。
窓の中に聖教会の総責任者マザーテレジアのお顔も見えます。こっちを見てるし。
ああ、聖教会のトップが揃って来てるんです。
どうしましょう。
一大事です。
場末の小さな教会の慎ましいはずのミサが一大事に………




