厨房にて
木製のボウルにバターを一塊入れます。粉屋のミュラーさんのところから分けてもらいました。
重さは大麦一袋分。大体7000粒ぐらい入っているそうです。数える人も大変でしたでしょうね。
ヘラでもって細かくしていきます。それをひと方向にぐるぐると回し撹拌してクリーム状にします。
そして取り出すは木のヒゴで作った泡立て器。シャカシャカと音を立てながら混ぜていきます。
「なかなか、便利なものがあるねえ」
私の側から声がかけられました。
「でしょ。ニーナがお菓子を作るのを見てて、こんなのがあれば良いかって考えていたんですよ」
ニーナさんは聖教会本部の厨房にいるパティシエなんです。私も厨房の手伝いをしながら、色々と教えて貰いました。
以前、作ったビスキィロールはニーナに教えてもらったんですよ。
「ウチでも使ってみたいから、作り方を教えてくれるかい」
「お安いご用です」
彼女、ニーナ・エルメは褐色の肌の色をした異国の女性。銀色の髪を短く切り詰めています。意志の強さがわかる太い眉、くりっとしたアーモンド型の目をしていて、笑うと大きく形も色も良い唇が開いてチャーミングな女性なんです。
「バターも程よく解れたみたいさね。卵をいれるさぁ」
「はい」
既に卵を割って卵白だけにしたものをボールに少しづつ注ぎ込みます。なんと十二個分も入れるんですよ。
今、作っているのは、今度行われるミサでホスティアとして皆さんにお分けするローフ・ケーキになんです。
私がニーナにお願いをして、作り方を教えてもらってわけ。
聖教会本部に私が行くと言ったんですけど、わざわざ、ここパラス教会に来てくれました。お城の外まで御足労いただきありがとうございます。
「次は、小麦を入れる」
「はい」
既に振ってある小麦を投入。こうなると粘りが強くなって先の部分がしなってしまい,泡立て器が使えません。大きめのスプーンで捏ねます。
いつもはアンバーのハビットを着ているんだけど,ホスティアを作るということで,料理をするときに使う白い綿のワンピースに腰巻きサロンエプロンをしています。
そして、なんと、仮面は着けていません。彼女は私の顔の痣のことも知っているのですが、気にすること無いさねと笑い飛ばしてくれました。優しい方なんですね。嬉しいことを言ってくれます。
「後、砂糖ね」
「はい」
小皿に取り分けて置いた砂糖を入れていきます。分量は小麦やバターと同じだけ。
ビーツから作られた、甘い砂糖。実は聖教会で作られています。頼み込んで少し分けてもらいました。
だって、今度のミサには王妹のウリエル様や、お子さんのルイ様や、他のご家族の方が揃ってお見えになるんです。生半可ものをお出しするわけにはいけません。無理を承知でお願いしました。
そこのところを汲んでくれたのが,ニーナが持ってきてくれました。
「最後に、これを入れるさ」
「なんですか?」
「干した果物を、香り酒に漬けたものさ。中々、オツだよ」
「へぇ、そうなんですね」
ニーナの持つ小皿には小さく砕かれた赤や緑、青やオレンジいろの小粒が山になっています。私はニーナから小皿を受け取り、ボールに少しづつ入れていきます。
スプーンで混ぜていくと重いんです。生地を切るようにしたり、ボールの底をさらうようにして、良く混ざるようにしなければいけません。
「ニーナ。中々、力が入りますね。交代してもらってもいいですか」
「何言ってるの。貴女がやるんのよ。修行、修行。一刻は混ぜないとあかんで」
「ひぇ〜」
ボールいっぱいの生地をひと刻もするんですか。そんなにしていたら、私の腕が粉屋のミュラーさんみたいに太くなってしまいますよぉ。
心の中で涙を流しなら、捏ねて、捏ねて、又、捏ねていきます。
もう、腕がパンパンです。そろそろ腕がネを上げてしまう。
「いい塩梅さね。型に入れるよぅ」
「ハヒィ」
もう、疲労困憊です。まだ、一日も始まったばかり。最初から、こんなんじゃ、先が思いやられます。
プルプルと震える腕に鞭打って、バターを内側に塗った型へ生地を流し込みました。型は二つ。足りるとは思うんだけど…………、
「ふう。きつかったあ。ねえ,ニーナ。貴女,いつも,こんな力仕事をしてるの」
「まあ、そうさね。ウチじゃあ,作る分量が多いからなあ」
「腕を見せてもらっていい?」
「ああ、いいさぁ」
私はニーナの服の袖を二の腕まで捲り上げました。
あれ,そんなに筋肉バキバキじゃない。皮膚は滑らかで,少しも贅肉の無い、褐色の肌が綺麗な曲線を描いています。
細腕の馬鹿力とは言いますが、羨ましい限りです。私じゃ,目も当てられない醜態を晒してしまうでしょう。男と間違われるんじゃないかしら。
「じゃあ,トゥーリィ。型をオープンに入れてくれるさね。一刻も焼けば良い焼き入れが付いて美味しく出来上がるからさ」
「はぁ〜い」
私は言われた通り、オープンへ容器を入れます。王妹ウリエル様から賜ったアースオーブン。既に火入れも終わり、中の墨も緋色になって良い暑さになっています。
炭を左右に避けて真ん中に容器を入れます。オープンの入り口に蓋をして,でキ上がりを楽しみに待つんです。
ふと,見るとニーナがバターを小鍋に入れて火にかけています。
「ニーナ、何を作ってるの」
「これかい。まあ,見てて」
しばらくすると中のバターが溶けて、薄茶色に変わっていく。そして別の鍋を用意してあるミルクを入れて火にかけています。
「ここでバニラエッセンスを入れるさぁ」
「バニラって香り付の」
「そう,ウチの厨房から,ちぃーとばかしくすねて来た」
「え〜⁈ いいの?」
「少しぐらいなら,どうってことないさ。内緒にしてさぁ」
「うん、黙っとく」
物凄く甘い香りがするんだよね。食べても,一風変わった甘味ではある。高級品なんです。流石、聖教会本部のパティシエ、良いものをお持ちで。
ニーナは火を強くに調整して混ぜていきます。しばらく続けると鍋が噴いて沸騰しました。そして火から避けて冷まします。
その間に、ニーナは別のボールに二つの袋に入った小麦粉と砂糖を投入。小麦粉は粘りが二つとも違うんだって。
「トゥーリィ、さっきの泡立て器貸してくれるかい」
「はい」
ニーナは受け取った泡立て器でしゃかシャカシャカと撹拌していきます。混ざったところで香りの良いミルクを入れかき混ぜ、粉類を入れてかき混ぜて、
「卵の黄身が余ってるっしょ。それを入れてさ」
オーブンで焼きに入っているローフケーキは卵の白身を使うので、黄身が余ってしまう。
それを使ってくれるみたい。助かります。残った黄身をどうしようか考えあぐねていたんです。
「この泡立て器,中々使い勝手がいいね。良いもん考えたね」
「へへ」
ニーナは卵の黄身をボールに入れて、更にかき混ぜていきます。
「最後にサトウキビから作った酒を入れるんだ」
えっ、お酒を入れる?
「味も香りも一段と良くなるってね」
ニーナは,泡立て器をヘラに持ち替えて優しく混ぜていきました。
はぁ、中々贅沢なものを作っているようです。サトウキビから作るお酒も高級品。場末の教会では、ほとんど手には入りません。羨ましい限りですね。
程よく混ざったところでニーナは別の荒く編んだ布を掛けたボールに注ぎ込みます。濾しているんですね。
「後は,一晩寝かせて小さいカップに分けてオーブンで焼くさぁ。いい焼き色がついたら出来上がりって分けだ」
「へぇ〜」
お見頃とな、お手前でした。
「ここに置いていくから、明日、焼いてたべるさ」
「えっ、いいの?」
「ここのみんなで味わってみるさ。マザー・テレジアも好物だって聞いてる」
マザー・テレジアは聖教会本部の責任者。聖女を除けば,一番上の方なんです。
「ウリエル様も、偶に食すって言ってたさ」
「そうなんですか? 明日、お出ししてみます」
「そうするさね。喜ぶと思うよ」
「教えてくれてありがとうね」
「ふふっ」
これは,いいことを聴きました。このパラス教会では,ほとんど出せないお菓子ですからウリエル様も喜んでくれるに違いありません。
「じゃあ、アタイは、そろそろお暇させてもらうさ」
「えっ〜、もう帰るんですか? お茶も出してないのに」
「ウチの仕込みをしなきゃいけないさ。戻らないとな」
ニーナは壁に掛けてあるマントを取り羽織ります。帰り支度を始めてしまいました。
もっとお話ししたかったのに。もっと美味しいお菓子を教えてもらいたかったな。
「いいさ。ちぃ〜と時間が空いたから来たまでさぁ。又,来るよ」
「忙しいのに、来てもらってありがとう」
「トゥーリィのたっての頼みじゃ、断れんよ。でも、まあ久しぶりに顔を見れて良かったさね」
「本当にありがとう」
「じゃ、また」
ニーナは扉を開けて,出て行こうとします。お見送りする間もなかったんです。
「おっと」
「きゃん」
するとニーナと出会い頭に赤毛の小さい子とぶつかってしまいます。その子は尻餅をついていました。円な瞳を開いて、呆然としています。
「う、うん……、あっ?」
「トゥーリィ。このモフモフの可愛い子は誰さぁ?」
ニーナは座り込んでいるシュリンちゃんを抱き上げてくれました。
「シュリンって言います。ウチに新しく入信した子だよ」
シュリンちゃんは獣人狼族の女の子。縁があって,ここのパラス教会にシスター見習いとして来たんです。お姉さんがいて二人ともなんですよ。
「で,どうしたのシュリンちゃん。転んだけど大丈夫? 痛いとこない?」
「うっ、うん」
「どうしたの。慌ててたみたいだけど」
シュリンちゃんはニーナに抱かれたまま、鼻をひくつかせて周りをキョロキョロと見ています。
「えぇとね。良い匂いがするの。あまぁ〜い香り」
「それさぁ。トゥーリィがケーキを作っているさね。もう、焼きあがったかな。その香りだな」
ニーナが胸に抱き上げているシュリンちゃんに答えてくれた。
「ケーキ!」
「そう。ホスティア用に焼いたんだよ」
私はシュリンちゃんの顔を覗き込みながら話します。
「私も食べられるの?」
期待に目を輝かせているのですが………、
「ごめんね。ホスティア用だから,ミサに参拝に来られた方にお分けしないといけないの。残ると良いんだけど………」
「そうなんだ………、残念だなぁ………、ケーキだから甘いんだよね………、美味しいんだろうね…………」
折角のケーキです。食べられると期待が大きかったんでしょう。シュリンちゃんはしょんぼりとなってしまいました。
私とニーナはお互い見合って短息。彼女が顎をしゃくりました。
まあ、仕方ありませんね。
「シュリンちゃん。焼きあがったローフ・ケーキを味見してくれない」
「え、良いの」
現金なものでシュリンちゃんの顔が一瞬にして綻びます。
「トゥーリィお姉ちゃんがするんじゃないの? 味見」
「私より、シュリンちゃんの舌の方が信頼できると思うの。お願いできるかな」
「うん、うん、もちろん」
「良かったさぁ。シュリン。今度会った時に教えてくれさぁ。感想」
「お姉さん………、え〜と………」
「アタイはニーナっていうさぁ」
「ニーナお姉さんは食べないの。もう、帰っちゃうの?」
「そうさ、ウチで仕事が待ってるからさ。だから教えてくれない?」
「分かった。絶対、教えてあげる」
「じゃあ、次に来る時はご褒美にクッキーを焼いて来るさね」
「本当?」
「楽しみにしててな」
「うん。待ってる。で、いつ来るの。明日? 明後日かな」
「もえ、ちぃーと後になるかもね」
「そうかぁ。うん。でも待ってる」
「トゥーリィの言うことちゃんと聞いて待ってるさね」
「はぁい」
ニーナはマントのフードを頭から被り、外へと出ます。
「じゃ!」
私に向かって手を上げて挨拶をすると,スタスタとお城に向かって歩いてしまいました。
「又、来てくださいね」
私の問いには背中越しに手を上げで答えてくれます。そして通りの人並みの中に消えて行きました。
「ニーナお姉さん。早く来るといいな」
一緒に見送ったシュリンちゃんがボソッと、口に出します。
「そうだね」
「…………」
ははぁ〜ん、
「シュリンちゃんはクッキーが早く食べたいんでしよ」
「うん」
「ニーナと作るクッキーって美味しいんだよ。前に食べたけどほっぺが落ちるかと思ったんだから」
「本当⁈ 楽しみ。ニーナお姉さん,早く来てくれるといいな」
「ニーナが言ってたでしょ。私の言うこと聞いて,しっかりとお勤めしてれば来てくれるって」
「うん」
「じゃあ。シュリンちゃん。これから、明日のミサの準備を始めるから手伝ってもらえるかな?」
「いいとも!」
では、始めますか。私はシュリンちゃんを連れて教会の中へ入ります。実をいうとパラス教会は、以前会った災害での修理の真っ最中なんです。仕方なく、玄関先を使ってミサを行うようにしたんですけど。
いきなり、王妹のウリエル様も家族揃って,こんな場末の教会の祭事に参加されることになってしまい、大事になってしまいました。
どうなることやらです。兎に角,準備しないといけませんね。
頑張らなきゃ。




