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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
七章 ウラグァ
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 太い木の梁がいくつも並び、緑の眩しい大きな葉がそこかしこに飾られている。細い木が編んだように結ばれ、繋がれてできた壁が、四角くこの部屋を囲っていた。


 その中心に、青や赤の宝石をいくつもあしらった立派な金の仮面を被った初老の男が床に倒れていた。衣服は白い腰巻のみ。だが腰にも貴金属をちりばめた飾り帯を回している。高貴な身分の男のようだが、顕わにされた、ややたるんだ褐色の腹からは、脈打つほどの間隔で赤いものが溢れ続けていた。そして何か、あたりには汚らしいものが撒き散らされていた。


 リュエルにはそれが誰なのか、奇妙なことだが感覚的にすぐに分かった。マグァの王だ、と。


 それが倒れる傍には、王と同じ褐色肌の男が静かに立っていた。右手には幾つものアザがあった。ずっとずっと若いし、アザも手首周りにしか無い。それに根本的に、何かが物足りない気もしたが、顔立ちはマティアスによく似ていた。どこかそうではない印象をうけるのは瞳の表情のせいだろうか。


 あまりに不思議なことが続いたので、そんな景色がいつも以上に実物さながらに自分の脳裏に広がることには、リュエルはあまり違和感が無かった。麻痺しているのだろう、と冷静に考えられたほどだ。


 それで、自分はどこだろう。多分、いるのだろう。ともかくもリュエルは自分の体があると思って、意識を向けてみた。すると途端に感覚が押し寄せてくる。

 

 重い。息が苦しい。視界がぼやけている。べっとりとした不快なものが、指に絡まっている。なんだろう、とリュエルは意識の目を、自分だと思われる人間の指に集中させてみた。赤かった。血だ。


 気が付いた。イメージの中のリュエルは、王と同じように倒れ、末期のあえぎを上げていたのだ。違うのは、どこか、少しだけ高い上にいることだろうか。多分祭壇だ、とリュエルは思った。たくさんの、香草らしい草花とともに横たわっている。

 暗がりになった自分の後方の床には、おびただしい数の男女が老いも若きも折り重なり、同じように息絶えようとしていた。顔つきから、罪人も含まれているような気がした。


 マティアスそっくりの若者がこちらに顔を向ける。


「なあ、なぜお前は贄にならなければいけなかったのだろう。お前の髪や肌が白いから? 王が権力を誇示したいから? 戦争があるから? 何故? 何故? 何故、人は違うものを特別視して、あがめたり恐れたり、欲しがったりするのだろう」


 若者は涙を落として、リュエルから視線を少しずらし、虚空を見つめる。その手には刃物などは持ち合わせていなかった。ただ、その下げた両手から血が滴っている。イメージの中のリュエルの比では無い。肘まで、手袋をはいたように真っ赤に染まっていた。どうしてなのかはすぐに分かった。王の臓物が、若者の足元に転がっていたからだ。素手で、皮膚を突き破り、腹の中を掻き出したらしい。先程汚らしいと思ったのはこれだったのだ。


 普段なら吐き気がしたのに違いないが、リュエルは今はそうはならなかった。匂いを感じなかったせいかもしれない。それに、息絶えようとしていたからだろう。


 若者は涙をひとつ頬から零すと、この景色にそぐわない、やけに悟り顔になって呟く。


「ああ。皆が同じになればいいんだね。全くに差異無い存在に。君は僕で、僕は君になればいい。そうすれば、愛する者と永遠に共に生き、そして、憎い者すら愛することができる――」


 均一化だ。


 呟き終えて微笑んだ若者の瞳は、すっかりマティアスのものと同じになっていた。深い洞のような、暗い影を宿した瞳に。そして同時にリュエルも悟った。この若者がウラグァで、マティアスであるならば、自分はエンラータなのだと。


 イメージの中の、過去のマティアスは祭壇の脇に灯されていた蝋燭の明かりを床に落とした。木で作られた王宮はよく燃える。そこらに転がった息絶え絶えの人々に燃え移り、ばちばちと嫌な匂いのする黒い煙を上げながら、あっという間に天井にまで火の手が届く。妖艶な女が腰を振るように、炎は揺らめきながら燃え広がっていく。


 その炎に赤く照らされながら若きマティアスはあぐらを掻き、傍にあった弓を拾い上げ、器用に左手と足で弓を固定すると、指で弾き鳴らした。呪術儀式の折に使われる独特のものだ。先ほどマティアスが弾いたものと同じだった。

 リュエルはこの音が懐かしく、そして無力感を伴う理由がよく分かった。


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