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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
七章 ウラグァ
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 額から冷たい汗が流れ落ちる。マティアスとシアンの話、まだ理解不能な箇所も多いが、欠片が少しずつ繋がり始めて、予感がしていた。それに、さっき会った紺碧色の美しい鳥、あの生き物が何だったのかが、その言葉で今更分かったからだ。


(ああ……)


 この手で、何もかも捨ててきた。そう思ってきた。けれどまだ、捨てられるものがあったことに気が付いた。――自分だ。


「つまり……私もエヴィアだと言いたいんですね?」

「ご名答。それはお前たち側の呼び方ではあるがな」


 リュエルの腕がわなわなと震え始める。


「ふふっ……。納得がいきました。何故あなたと私の魔力に親和性があるのか、何故エヴィアが私を追うように行動するのか……」


 リュエルの口元には綺麗だが歪んだ笑みが浮かぶ。


「同胞だったのですね」


 リュエルはあの紺碧の鳥と出会った時、その姿に見惚れ、敵意を向けなかった。だがあれは、たまたま美しい姿をしていたが、エヴィアだったのだ。生き物がいない山を登ってきたのに、山頂に飛べない鳥が一匹だけいるのは不自然なことだ。この、目の前の岩皿のどれかの中で産まれた鳥なのだろう。


 同じ群れでも仲間に牙を剥く者は、同じように牙を剥かれる。リュエルのしてきたことはエヴィアにしてみれば、単に、そういうことだったのだ。そこに関しては、マティアスの差し金でもなんでもなかったのだ。


「さあ、私を服従でもなんでもさせればいい」


 信じていた自分すら失って、まるで修道女が神の前にそうするように、リュエルはそこに静かに両膝をつく。

 ところがマティアスは怪訝に眉を捻った。


「まだ分かっていないようだな……。そうではない。それに重要なのはそこではない」


 岩場の上で一歩を踏み出し、マティアスが陽炎のように揺らめいた。


「お前、私が『彼』の記憶を知りすぎているとは思わないか? あの遺跡で、私が失われた文明の事を知りすぎているとは思わなかったか? もう一度よく考えてみろ。語ることはたやすい。しかしできれば、私はお前自身で思い出して欲しいのだ」

「何故……」


 マティアスは首を振った。それも語る気は無いらしい。

 

 これまでセレヴィアたちを差し向けてリュエルの力を高めてきたマティアスは、まだ何かを目論んでいるのかもしれない。だが、もうリュエルにはそこに抵抗する気力が無くなっていたし、それに、その答えを知る事を望んでいた。リュエルは言われた通りに、必至に遺跡での事を思い出す。


「……あなたは……あの遺跡を破壊した。文明の痕跡を消し去ろうとしていた……?」


 そうだ、確かに言っていた。『マグァの記憶はこの世にはもう必要無い』と。そして、不思議な哀しみを見せていた。突如、まるで暗闇に火が灯ったようになる。


「マグァの記憶……あれはマティアス、まさか、あなたのものですか……?」

「さよう」


 頭を打たれたような衝撃がリュエルを襲っていた。

 それならば説明がつく。シアンよりも誰よりも精細にマグァを知る事や、シアンの記憶が時折あやふやなこと。架空の記憶を作り上げ、事実だったかのように摩り替えることは難しいが、それが実際の記憶であれば難度は格段に下がる。マティアスほどの術者ならなおさら。匂い、明るさ、触れた感覚、全てが鮮やかだ。ただ、自身の記憶を他人の中に摩り替える意味も価値も無いというだけで。


 リュエルはそれで分かった。シアンが過去を話す様子が、どこか芝居を見たかのようだった理由が。そこに「感情」だけが入っていなかったからなのだと。


 マティアスはリュエルの思考を読んだかのように話を繋げる。


「マグァでの記憶は苦い。そんな感情までは必要が無いものだ」


 だが、まだ疑問は残る。


「ま、待ってください! 私のことはともかく、シアンのことです。こればかりはあなたに聞かないと分かりません。なぜあなた自身の記憶をシアンに入れたのですか!? それにあなたは、どうやって千年も……」

「……彼に関しては……、彼に過去を忘れてもらう為だった。彼も彼の人生の中で深い悲しみを経験したのでな。だがすっぽり忘れてしまったなら、この世界で生き抜くことが難しい。だからだ。彼は、ずいぶんと弓が巧みだっただろう?」

「あれは……あの技量はあなたの記憶がそうさせていたのですか?」

「彼のそれまでの経験と修練が土台とはなっているがな」


 そういえばシアンは言っていた。ウラグァは弓が巧みだったと。


「あなたが……本当のウラグァ……?」

「そのウラグァが生涯愛した者は、誰だったかな?」

「……エンラータ?」


 マティアスは頷く。そうして手を上げた。洞窟が微細に揺れ始めた気がした。何かの術を使おうとしているのかもしれない。リュエルはそれを止める。


「いいえ、まだです! まだ全部聞いてません! あなたはどうやって千年も生き続けているのですか!? あのオロフ様でさえ、生き物の命の法則には踏み込めなかった!」

「……思い出せばいい」

「え?」

「思い出そうとしてみれば、それも思い出せるはずだ。誰もお前の記憶を封じてはいない。……お前が頻繁に白昼夢の中に埋没してしまうのは、お前が実体を感じずに生きていた時間が長いからだ。さあ、そのしまわれたままの記憶を、取り出してみろ」

「どうして私がそうなることを知って……それに、実体? 記憶?」


 マティアスの声が洞窟に反響するせいなのか、その強い声に暗示効果があったのか。分からないが、納得しないうちにも、リュエルはまるで落ちていくような上っていくような、強い眩暈にも似た不思議な感覚に襲われた。

 そしてラクィーズの最期の夜を思い出すといつもそうなるように、イメージの世界がリュエルの視界を全て覆った。




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