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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
七章 ウラグァ
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 今は遠い、過ぎ去りし時の向う。まじないを行う女の血肉を分けて、二人の赤子が産まれた。

 一人は男子、一人は女子。双子は揃って、先祖よりの呪詛の才を受け継いだ。

 男子は長じて弓役となり、国の呪的儀式を支えた。

 女子は長じて贄となり、国の呪的儀式にその身を捧げた。

 その身に色を持たないゆえだった。髪は白金、肌は血流すら透かした。よって忌まれ怖れられたが、その類稀な術士の才は、呪術士であるのと同等に、贄役としてかなっていた。

 ……国を守護する百を越える呪術の代償とされて、女子の体には無数の術の痕跡が残った。





「……?」


 マティアスの物話はシアンの話と重なった。片割れが色を持たない双子なんて、そう聞く話ではない。それに今は失われた古代の術、呪術やその贄、だ。本当は、なんとかこの嫌な感覚を抜け出して氷の矢を放とうとしていたリュエルだったのだが、腹立たしくも続きが気になって、それをしばし収めざるを得なくなる。


 マティアスはそんなリュエルにはもう目もくれなかった。まるで、リュエルがそうすることを確信していたかのように。





 男子は女子が呪術に使われる様をずっと見ていた。贄となった初めに、国の四方を護る呪の代償に、その背に四つの目が焼き付いた時も。

 男子もまた国に仕えた呪術士だったからだ。〈弓役〉という、呪のこもった音によって術儀式の進行を促し、また外部の力を遮蔽する結界を作り出す役を、王より仰せつかっていたからだ。

 けれど、男子はいつか女子を救おうと、その時には自らも共にこの国から逃れようと、心に決めていた。

 同じように呪術士であった両親も、すでに術に犯されこの世にいなかった。男子もいずれはそうなる定めだったからだ。呪術士というものが、そういうものだからだ。贄を差し出して力を得るが、代償の大きさを見誤る事も、必要以上の術を発動させてしまうこともあったからだ。つねに、死は隣にあった。

 だからどんな惨い儀式もずっと見ていた。目を逸らさずに見ていた。期を見計らって。女子が数えて十九の年を迎えるまで、ずっと。





 まるでシアンの話そのままだ。リュエルの眉は怪訝に寄せられる。

 もし本当にこの話がシアンのマグァでの話に間違い無いのだとしたら、その男子とはシアン、当時の名でいうとウラグァのことで、女子とはエンラータのことなのではないだろうか。どうだろう。リュエルは、もう一度よく思い出してみる。確かシアンは、エンラータとは『四つの目』という意味だと言っていた。それはマティアスが言っていることと、やはり一致するのではないだろうか。


 であれば、女子、つまりエンラータはきっと、十九の年に起きた戦争がきっかけで、ついに呪術によって命を失うのだろう。シアンはエンラータの最期をそう言っていた。思い出すリュエルの速度と同じ速さで、マティアスもその通りに語る。





 だが、男子の願いは叶わなかった。女子は隣国との戦争に打ち勝つ為、この大陸に巨大な地の震えを生み出す目的で、最期の呪術にかけられた。他、およそ百人を数える同じ贄たちと共に。

 大陸中でいくつかの火山が噴火した。風の流れが変わるほど、大地は隆起し沈下し、歪んで裂けた。

 それで脆い高台の上にあった隣国はあっけなく滅んだ。女子らの命と引き換えに。

 けれど、これは予期せぬことだったが、双子の国も無事では済まなかった。以後、産まれた赤子が剣を持って戦うようになるまでの時間、大陸の空はいつも暗く、冷たくなった。花が枯れ、獣が倒れ、野が死んだ。




「……それで?」


 

 低い、割れかけた弓の音色が長く揺れて広がっていた。それが耳の奥からも消えた頃、リュエルはマティアスに問いかけた。シアンもその先は語らなかった。憶えていないのだと。


 が、そのうつむいた姿に一瞬、心臓を跳ね上げさせられる。まるで泣いているように見えた。だが顔を上げたその表情には、いつものように感情は乗せられていなかった。


「……それで、男子は……泣いたのだ」


 リュエルは首を捻った。そんなことを聞きたいのではなかった。その国がどうなったとか、その先、男子はどうしたのだとか。そういう答えを求めていた。なぜなら、この物語はシアンの、ウラグァの話に違いが無いのだから。


「はぐらかさないで下さい。それはシアンの話なのでしょう? それをわざわざ今、私に語ると言う事は……。あなたは一体何を言いたいんですか? 何を知っているんですか? よもや彼が、本当に千年も前のマグァで生きた人間だと言うんですか?」


 マティアスは薄く笑っただけで応えなかった。リュエルは業を煮やす。


「シアンは……あなたの何なのですか? あなたと彼の間に一体何があるというんですか!?」


 その問いには、意外にもマティアスの口は軽妙に動いた。


「彼には恩がある。だから私は、彼を均一化した理想郷へ喜んで招待することにした。ただし、準備が必要だった。だから少しだけ、待ってもらうことになった。少々、始まりの段取りが、私の予期せぬように起きたのでな」

「ラクィーズを滅ぼしたのが事故だったとも?」

「そうだな。事故と言えば事故だ。王宮にあった私の研究室にたゆたたせていた、この『原初の水』が地震によって溢れてしまった。あの古く硬い地層の上に成った土地が、まさかあれほど揺れるとは思わなんだのだ」


 マティアスはそう言って、足元の岩皿の中の水を見つめた。


「原初の水……?」


 リュエルも同じように水を見つめた。先ほど、この中からエヴィアが生まれたのかもしれなかったことを思い出す。この水が、王国を滅ぼした原因のようなことをマティアスも言う。ではこれはやはりエヴィアの誕生と関係があるのだろうか。


 しかしこの『原初の水』とやら、水とは言ったが、よく見れば水のような水ではないような、奇妙なゆらめきを持っていた。霧が湧いているかのようなこともそうだが、内部は、色や透明度は同じでも、比重の違う何かがいくつもまざっているようでもあり、表面は気化と液化を繰り返しているかのように境界が不鮮明だ。気味が悪かった。


 ふとマティアスが静かに弓を置き、立ち上がる。もう物語る気は無いらしい。


「リュエル。だが、彼についてひとつ、勘違いをしているようだから、これだけは先に言っておこう。私が彼に変形術をかけたのだと、お前は思っているようだが、私がかけたのは忘却術と守護術、このふたつきりだと」

「……え?」


 ということは、シアンのあの容姿は生来のものだということだろうか。しかも恩があるということはマティアスもよく知っている……? 


 もう答えが出そうなその先を明確に思考するより先に、マティアスが急かした。


「さあ、そろそろお前についても真実を思い出すべきだ」

「真実?」


 訳が分からない。マティアスの一言一言を聞くたびに疑問は逆に増え続ける。リュエルはそのもどかしさへのせめてもの抵抗にマティアスを睨むが、相手は涼しい顔をぴくりとも動かさない。


「オロフに聞いているだろうし、私もそう言ってきた。ラクィーズ辺境の小さな村に、お前は捨てられていた、と。だが、本当に? そんな場所にオロフに認められ、この私といずれ肩を並べるだろうと囁かれた赤子が偶然に落ちていたとでも?」

「……」


 マティアスの言葉は魔力を含まない只の言葉だったのだが、リュエルの全身を痺れたように動かなくさせた。

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