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リュエルは先ほどのオロフとの会話を思い出しながらシアンを睨んだ。オロフには言えなかったことを、シアンには遠慮なくぶつける。
「一人旅で私は十分です。今からでもシアンの方からオロフ様にそう言ってください!」
リュエルは苦い顔をして、シアンを睨みつける。
「確かに、あなたがいると色々……」
言いかけてリュエルは口篭った。
オロフも言っていた通り、シアンは戦闘でも主戦力とはならないけれども適切にリュエルを補佐してきてくれたし、道選びや店選び、旅の様々な場面でも、その存在は助けになった。旅の負担を間違いなく軽くした。この最終目的地不明の旅でも、きっと同じだろう。不服ではあったが認めざるを得ない。シアンとここに来るまでの旅程が証明している。それでリュエルはもう論理は捨てた。
「とにかく、困るんです! あなたが一緒だと!」
一方的に責められてもシアンは腕を組んでのんびりしていた。
「うーん。そうは言われても……。あ、オロフ言ってたよ。リュエルは娘みたいなもんだから、いくら腕が立っても一人で旅させるのはもう心配でたまらないって」
態度はあからさまにそうでも、オロフは言葉で直接そう言うことは少なかった。リュエルは少し嬉しくなったのだが、問題は今はそこではないことを思い出す。
「私はあなたに言っているんです!」
「まあまあ、年頃の男女が一緒に旅なんて、照れるのも分かるけど、ここはひとつ」
「断じて照れてなんかいません!!」
完全にリュエルを怒らせきってシアンがたじろいていると、予期せず助け舟が入る。
「おい、シアン。剣の稽古付き合えよ」
塔から再び出てきた騎士たちにシアンは背中を叩かれる。今のリュエルに何を話しても、多分無駄だ。シアンはそう踏んだのだろう。逃げるように騎士たちを追った。
「ちょっ……シアン!」
シアンの外套をリュエルは咄嗟に掴んだせいで、引っ張られてシアンがよろける。
「おっととと……」
「話はまだ終わってませ……」
言いかけたリュエルの言葉はシアンの変な言動で断ち切られる。シアンは姿勢を正して向き直ると、まるで騎士たちのように背筋を伸ばし、礼儀正しくお辞儀をしたのだ。
「急ぎますので失礼、リュエル殿」
姿勢どころか、口調までもがわざとらしさでいっぱいだったが、塔の騎士たちの振る舞いに嫌と言うほど似ていた。男内で、こんなごっこ遊びのような冗談を言うこともあるのかもしれない。
すっかりと肩透かしを食らわせられて、ぽかんとしているとシアンにしてやられる。
「遺跡のことは旅に出たら、ゆっくり話すからさー」
そう言いながら土手を下っていくシアンにはいつもの庶民染みた風合いが戻っていた。下まで駆け降りると先ほど狩を共にしていた騎士たちに出迎えられ、談笑しながら模擬戦用の剣を受け取ると、今度は真剣な顔になって構えをとった。
四年前より増え続けるエヴィア相手には、騎士たちの古来よりの剣技はだいぶん邪道なものも受け付けるようになったがそれでも、シアンのような何でもありの戦い方はまだ簡単には慣れるものではないらしく、意識して受け入れていくべき分野なのだろう。シアンの周りでやんややんやと騎士たちが盛り上がっている。
以前から、リュエルにはどうにも不思議だったのだ。気位の高い騎士たちが案外あっさりシアンを受け入れたことが。いや、今ではむしろシアンを慕っているようにすら見えた。仕えた主そっくりの顔を、あれほど憤慨してなじったというのに。それはきっかけは料理だったかもしれないし、こういう戦いのことだったのかもしれない。どちらにせよ、シアンが各所で形成してきたような濃い人間関係がここでもできあがりつつあった。
こうしてシアンがラクィーズの騎士たちに囲まれていると尚更、さきほどの騎士のまねごとのお辞儀も手伝って、リュエルにはどうしても『あの人』のことが思い出される。
「……でも、彼は別人です……」
リュエルは呟き、納得のいかない不機嫌な瞳でその様子をしばらく眺める。
この塔に来るまで、リュエルは「できたら」と願っていた。「できたら、どうかシアンをオロフ様が認めず、記憶を消して塔から追放しますように」と。
この北西の探索でまた、どうにか撒けないだろうか。そんなことが頭を過ぎっていたが、すっかり馴染んでしまっているシアンを今さら失うなど、リュエルがどう思おうと、この塔の人々が許さないように見えた。




