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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
四章 マグァの遺跡
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 古木こぼくの塔の立つ湖畔から北の地域は、すでに『風の織機』とよばれる山岳地帯の南端が始まる場所だった。


 小さな丘から順々に、見上げるほどの山並みへといつしか姿を変えていく。魚の形にも似た大陸はそのまま魚大陸とも呼ばれて、その各部になぞらえて地方が呼ばれることがある。『風の織機』は魚大陸の『顎』と呼ばれる場所に位置し、『顎山』と呼ばれることは特によくあることだ。


 険しい山々が連なる『風の織機』は基本的には火山帯だ。そのため噴煙があがる場所や、沸騰する寸前の湯が吹き出る間欠泉や有毒ガスが立ち込める危険地帯も存在し、人の立ち入りを多くは許さない。


 魚大陸の喉の辺りにいる今、大陸の北西、まなこの辺りを目指すならば、地図上では風の織機を突っ切るのが最も距離が短いが、実際には険しい山をいくつも越える道を選ぶのは無謀で無駄というものだ。山岳地帯内部に通じる山道もむろん存在するが、集落の無い地帯だ、北西に抜けられるようなものは無いと言い切ってよかった。


 それでリュエルとシアンの二人は山脈地帯の東側をぐっと大陸中央に近づきながら半円状に回り、織機を迂回して北西を目指していた。もちろんトゥキも一緒だ。賑やかな東西街道に比べると申し訳ないほど閑散としているが、南北を繋げる街道があるのだ。人がまばらなのは、集落すらほとんどない大陸の北側に用がある者などそうそういないからだ。エヴィアが闊歩するようになってからはますますだ。湖畔を出てすぐの村では馬を調達することができた。


 リュエルは思っていた。そう困難な旅にはならないだろう、と。

 現に遺跡のそばまでは、何の苦も無く辿り着いた。







「風が強いなあ」


 時折舞う砂埃が、鼻や口の中に入り込み、シアンがぺっと唾と一緒に砂を吐いた。いっそう頭巾を深く被り、襟巻きを何重にもして口元を隠す。


「それに、ほんっとーに、この辺って腐沼が無いんだね」


 シアンが肩をすくめ笑った。


「まあ、でも。とにかく、俺たちには好都合なことだよね。お陰で楽できるからさ」


 腐沼が無いということは、エヴィアもいないということだ。足止めするものが無い分、二人のペースは自然と、普段よりもずっと速くなった。


 ここらは大陸の北西部に入りかける場所だ。乾いた荒地が広がる風の冷たい土地で、街道の周辺には気持ちばかりの集落をちりばめながら、時折黒緑色の木立を点々とさせ、希薄な色の景色を延々遠くまで広げている。ここでも十分辺境なのだが、オロフから貰った地図はさらに奥地へと案内していた。風の織機の外縁部に入り込め、と。


 最後にまともにベッドの上で眠ったのは三日も前のことだ。それが最後の宿だったのだという。地図と土地の人の話を頼りに、常に登りの道を延々と進んだ。緩い斜面の繋がる丘のような山々だ。乾いた土地で風も強いためか、背の高い植物が少ない。


 しかし案内の者を雇わなくても、困ることはなかった。石をよけただけだが道らしいものもあったし、土地の者に聞いた通りに民家にもいくつか出会えた。そこでは物々交換で、食料や水などを分けてもらえた。見晴らしが良いお陰で、これから進む道も、進んできた道も一目瞭然に見渡せた。


 夜になればそこらにいくつもころがる大岩の影で風を避けながら火を焚いて眠り、分かれ道に出会えば、目印に術で黒く焼き色をつけた石を置いて進む。

 

 それに、なにより助かったのは、オロフの友人の学者の置き土産だろう、時折転がる大きな岩に遺跡へのルートが描かれていたことだった。ここらの人々は遺跡には全く興味が無いようだから、自分のために彫ったのだろうか。数年前に亡くなるまでの数十年間、何度も通ったのかもしれない。

 

 その日も日の出る前に歩き始めて、最後の宿を出て五日目の夕闇近い頃だった。二人はようやく遺跡に辿り着いたらしかった。

 らしかった、というのは、それらしいものが目に入ってこなかったからだ。先ほどと同じように乾いた土地が広がっている。違うのは斜面ではなく平らな場所が多いと言う事だけだ。だがそれは人為的なものなのだろうから、何も目には映らなくても、多分ここは、すでに遺跡の中なのだろう、ということだ。


「今夜はここで野宿かな?」


 シアンの外套を風が掠めて舞い上げていった。道は常になだらかだったが、常に登りの斜面でもあった。それに最後に泊まった、あの宿のある村でもすでに高地に入りかけていたから、ここは平地からなら見上げるほどの高さにあるに違いない。現に風が少し強く、冷たい。リュエルも外套をはためかせられてよろけて、すぐに裾を掴んで体に巻きつけた。


「冷えますね」

「寒かったらくっついてきていいからね」

「大丈夫です。知ってますか? 砂漠の夜はここより冷えるんですよ」

「あ、そ……」


 シアンを黙らせるとリュエルはまた、辺りをぐるりと見回す。茜色の景色に、二つの長い黒い影が伸びていた。


「間もなく日が落ちますが、見られるだけ見て回ってみましょう」


 残り僅かな夕日を頼りに、二人は地面を注意深く観察しながら歩を進める。そうすることで、しばらくのちに、ようやく考古学には凡人の二人にも少し違いがわかってきた。腐ってぼろぼろになった木の欠片が散らばっている。


「何かあったのかもしれませんが……大方が朽ちていますね」


 縁をいくらか石で整備した道くらいは確認できたが、あとは建物がここにあったのか、柱の跡かも知れない規則的な窪みを土の上に発見できただけだった。もうあたりからも伸びてきた長い影が、地表を黒く染めて何も見えなくさせつつある。


 いつの間にかリュエルの肩から降りていたトゥキがそこらを探索していたが、いつもなら役立つ飼い獣も、こんな人の寄り付かない場所では、何の臭いも感じられなかったのだろうか。キッと高く鳴いたあと、ちょっとした大きさの岩の上に飛び乗り、眠りこけてしまう。ここに来たかったというシアンでも、溜め息をついて立ち止まった。


 わざわざやって来た場所だというのに驚くようなものには出会えず、リュエルは塔を出た日、街道で馬を走らせながらシアンに聞いた話をぼんやりと思い出し始めていた。





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