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「リュエルは『硬質なる翼』という名を知っているか?」
それは知らないが、似たような言葉づらを名乗る者なら知っている。オロフの問いに、リュエルの表情が硬くなる。
「お前の想像の通りだ。北西地域にはそう名乗るセレヴィアが存在するらしいのだ。現われても何かをするというわけでもないようなのだが、時折、そのような強力なものが空より飛来するという」
「それが調査隊を……?」
オロフがうやむやに首を捻る。
「分からない。恐らくはそうだと考えているが」
「そのセレヴィアに纏わりついていたエヴィアが悪さをするということは多々あるようですがね」
騎士長が継ぎ足した言葉に同意し、オロフは腕を組んでうつむいた。
「質問がなければ、私からは以上であります」
騎士団長はそう言って、反応がないのを確認して、さっとまた椅子に着いた。皆の視線がそこから自然とまたオロフに注がれる。オロフはあのまま目を閉じて何事か思案していたようだが、開くとまた微笑んだ。
「さて、それを踏まえてだ。昨日のうちにリュエルから話を聞いた者もいるだろうが、我らが怨敵、マティアスの居場所は北西なのかもしれぬということなのだそうだ」
その話を聞いた後では騎士たちの顔が固かった。帰らなかった調査隊のことがよぎっただろう。オロフは続ける。
「リュエルが最東の町で情報屋から聞いたのは、マティアスのような特徴を持つ人のような人でないような者が、エヴィアと共にラクィーズ王都から北西の地で見かけられた、というものだ。その情報源の信頼性は極めて低いという話ではあるが、私もこれは、あながち見間違いでもないと思うのだ」
騎士の数人が頷く。すでにリュエルの話を聞いていた者たちだ。賛同しているらしい。
「リュエルは旅の間、その他にはマティアスらしい情報は得られなかったと言うし、我々の調査でもそれは同様だ。奴は上手く人目を逃れて、もしくは欺いているらしい。それに、我々が調べきれていない地域はあと一箇所しかない。それが、北西だ。実際、シアンがそのあたりでマティアスと接触している」
騎士たちはまた頷いたが、この話の初めからだが、あまりいい顔色をしていなかった。空気を無視して、シアンが勢いよく手を上げる。
「ねぇねぇ、なんで北西だけあんまり調査してこなかったの?」
質問はさっきのうちに私にするべきだった、とでもいうような険しい騎士団長の視線が飛んできたが、シアンは肩をすくめて舌を出し、無理矢理にかわした。騎士たちの数人がシアンを呆れたような目で見つめたが、オロフは丁寧に対応した。
「さっき報告してもらったが、なぜだか大陸の西側は、エヴィアを生む腐沼の発生が少ないからだ。だからマティアスはいないのだろうと調査は後回しにしてきた。しかし、そう。先程も話したが、セレヴィアだ」
考え込むように、オロフは顔の前で両の指を絡める。
「その〈硬質なる翼〉と名乗るセレヴィアのことは、半年ほど前にようやく我々の耳にも入ったのだ。……リュエルが旅の間中付き纏われていたと言う〈獰猛なる爪〉とは違って、あまり徘徊しないらしい。それで発見が遅れたのだと思う」
リュエルがオロフの言葉の先を察して足す。
「ですが、腐沼が少ないとしても、セレヴィアがいるとなれば……それも徘徊しない、もしかすると、どこかに留まっている……と、なれば……」
「うむ。そこにマティアスがいる、もしくは立ち寄る可能性は大いにあるのではないかと思うのだ」
オロフのややはっきりした物言いに、場の空気が一瞬でぴんと張る。
「ふーん……なんか色々、臭いよね」
シアンのだらしない喋り方に、騎士たちの数人がぴりぴりとしていた。初対面の時よりはずっと緩和されているが、まだ大半の騎士たちの態度はシアンに厳しい。だが、王子そっくりの顔には戸惑いや遠慮もあって、それは水面下の方で静かに行われているといった風に、一日経った今日ではなっていた。オロフはそれを特に注意もせずに、また皆の注意を自分に戻させる。
「だから、こう私は提案する。腕に信頼の置ける者に、まず、拠点があるのかどうか調べてもらい、あるなら、そこを突き止め、偵察してきてもらおう、と。注意してもらいたいのは、あくまで『偵察』だということだ」
「賛成です」
「そこにマティアスがいるかどうかもわかりませんし、隊をなして向かう意味はありませんね。それに敵状を視察する。大いに意味があります。これは、奴の意図を知る、またとない機会になるやもしれませんしね」
騎士たちは即答だ。
「そうか。では人選だが――」
オロフがそれを言い切らないうちにリュエルが手を上げた。
「私が発ちます」
しかし、和やかに騎士たちがそれを止める。
「いや、リュエルは旅から戻ったばかりじゃないか。少し体を休めるといい」
「そうだ、そうだ。我々に今度は任せてくれ。こう見えて俺は、ラクィーズでは大隊を率いていたんだぞ?」
騎士たちからは笑顔さえこぼれる。
「でも……」
リュエルが反論しきらないうちに今度はシアンが手を上げた。
「じゃー、俺が行く」
すると途端に空気が冷める。
「……新参者には任せられんしなあ」
「なにせ危険な任務だ」
騎士たちが顔を見合わせるまでもなく、うんうんと示し合わせた様に頷く。そしてリュエルやシアンのように、自分が、自分が、という立候補が続いた。シアンは口を尖らす。
「……なんか対応違いすぎじゃない?」
仕方ない。と言うのも残酷な気がして、リュエルはただ苦笑を返した。多分騎士たちも、王子とシアンを比べてしまっているのだろう。
止めどないざわめきが続いていたが、抑えたのはやはりオロフだった。
「諸君。意気込みはよく分かった。しかし、どうだろう。どうか人選は私に任せてはもらえないだろうか」
会議場が一瞬しんと静まり返る。そしてやおらあってから、ぽつりぽつりと騎士たちの声が聞こえてくる。
「オロフ様がそうおっしゃるなら……」
「誰が選ばれようと異存はありません」
オロフは頷く。
「ありがとう。ではその者には後で個別に声をかけるとしよう」
そう言って、オロフは解散を宣言した。




