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真昼の白い光が、天窓のようになった斜めの窓からさらさらと流れ落ちている。塔の中ほどにあるその部屋は、ひとつの階層をまるまる使って、広々と作られていた。
真ん中には、大人が両手を広げても足りないほどの、巨大な切り株のようなテーブルがどんと設置されていた。天板に広がった三つの年輪が合わさった模様が美しいが、こんな樹木は自然界には存在しないだろうから、術で作られたものだと、塔の成り立ちを知る者なら想像できるだろう。
この部屋は応接間のようにも見えるが、こんなところに客が来るはずも無い。普段は談話室として使わることもあり瓶や杯が隅のほうに置いてある。そこに今は塔に暮らす者、全員ではないが、代表者が集まって、そこそこで立ち話をしていた。まだ酒が残っているのか頭を押さえている者が僅かにいるが、多くは昨日と変わらない顔を見せていた。
「おはようございます」
そこにリュエルが到着する。それで男ばかりの空間はやや和みかけたが、遅れて入ってきたシアンのおかげでまた妙な空気感となった。しかしそれも、間もなく現われたオロフの存在で、全てが平静になる。
騎士たちが整然とした動きで所定の場所に着く。格上の者たちは中央にある円形のテーブルに設置された椅子に、他の者たちはその周辺に置かれているものに。リュエルはシアンを促し、テーブルの傍に座らせると、自分もその隣に居場所を決めた。
最後に入ってきたオロフは、皆が着席する時間を作ってくれるかのようにゆっくりと進んできて、ようやく最奥までやってくると、当然のように空けられている他より少し大きな椅子にすっと腰を下ろした。手を前に組み、昨日となんら変わらない穏やかな口調で話し始める。
「諸君。おはよう。今日は気持ちの良い朝だな」
そう語りかけると全ての騎士たちが、きびきびと敬礼を返した。
「うわ……」
つい声を漏らしたシアンをリュエルは静かに、という意味を込めて小突く。オロフはふたつ隣のそんなやり取りを一瞬横目でちらりと見て、軽く笑みを浮かべたようにも見えた。
「さて、すでに私の方で新たな議題もあるのだが、まずはリュエルも戻り、新しい仲間も増えたということで、大陸各地の動向を改めて確認しておこう」
「はっ」
オロフの呼びかけで、すぐ隣に座っていた騎士団長が机に大陸の地図を広げた。左向きの魚が身をくねらせたような、と表現される、大陸の長丸い形が現われる。
「では、私の方から簡単に。これまでの調査報告を纏めます」
シアンがまたリュエルの方を見る。
「調査?」
「マティアスを追うなら、森に篭もっているわけにもいかないでしょう?」
塔の人々はオロフの指揮の下、大陸各地に数名規模からなる騎士隊を派遣しているのだ。
騎士団長はちらりとリュエルたちを見て、咳払いをひとつすると、短めの指し棒で地図の場所を示しながら話し始めた。
「初めに、ここら南西一帯から。この地域は元々腐沼の発生数も少なく、基本的には他地域に比べ平穏であると言えます。この地域では有力なカザ王国の内政も安定しており、エヴィア駆除にも精力的であります。よって、腐沼、及びエヴィアによる被害は極めて抑えられていると言えるでしょう」
シアンが小声でリュエルに耳打ちする。
「堅苦しくて何言ってるのかよくわかんないよ」
リュエルは聞き流して騎士団長の指し棒を見た。きびきびとそれが西の方に移る。
「次に南東です。このあたりは荒野、砂漠がその面積のほとんどを占めています。しかし腐沼の発生数は極めて多く、エヴィアの活動が活発な危険な地域です。また乾燥地帯であるにも関わらず、沼が乾いて消滅したと言う報告もありません。エヴィアへの対策ですが、街道や最東の町、ヴァイヤールなどは富めるゆえに間に合っているようですが、それ以外は日々、町や村が消える事も珍しくないありさまだとの報告を受けています」
そこでちらりと騎士長がリュエルを見た。最近までその地方を実際に見てきたのはリュエルだ。何か話すことがあるなら話して欲しい、ということだろう。リュエルも一礼して立ち上がった。
「私が旅していた間も腐沼の発生によって、マムーダという小国がひとつ滅びたところに出くわしました。それにセレヴィアです。旅の初めの方から伝書鳩でお知らせしていた通り、獰猛なる爪と名乗るエヴィアを率いる者と幾度となく相まみえました。奴はしばらく私を追っていたようです。他の地域では見かけられていないようですが……、それにシアンと出会ったサハタの町のあたりからは、存在を疑うような気配すら感じなくなりましたが、奴の行動範囲が南東地方だけであるとは考えない方がいいような気がします」
「それは何故?」
オロフが見つめてくる。
「……エヴィアは比較的動物のように縄張りを作りたがりますが、セレヴィアはそういう行動原理をもっていないような気がするんです。……上手くいえませんが……もっと自由な意思と思考があるというか……」
「ふむ。セレヴィアはなぜ言葉と知能を持つのか、他のエヴィアとはどう違うのか、未だに我々には解明できていないからな。慎重に考える方が良かろう」
オロフは他に話したいことは無いかと尋ね、リュエルが首を振ると再び騎士団長に任せた。
「では続けます。次いで北東でありますが、ここいらの荒廃も南西に劣らず激しいとの報告です。百年、互いに睨みをきかせていた強国三国が昨年、軒並みエヴィアによって崩され、国を文字通り腐沼によって失った民が難民となって、周辺諸国に溢れ出ているという状態だと報告されています。腐沼は小規模のものも含めれば、おそらくは週に一度は新たに発生しているものと思われます」
すっと指し棒で示される場所が北西に移る。
「最後に北西です。ここいらは極北より常時冷たい海流が下りてくる極めて気候の厳しい地域でありますゆえ、元々居住する者がさほど多くはありません。大国も存在せず、自治国家が点在するばかりの土地であります。ですからエヴィアによる被害も、確率的に少なくなっております。また何故なのか、南西同様、そもそも腐沼の発生が少ない事もそれを助けております。ここらの調査は他より遅れておりますゆえ、確かなことは言えないのですが……。ともかく、気候を除けば、この大陸で一番穏やかな地域だというように報告を受けております」
オロフが、だが渋い顔を返す。
「しかし、その穏やかな地域で幾つもの調査隊が消息を絶った……」
「仰るとおりです」
それは、リュエルには初めて聞くことだった。嫌な予感がして顔をしかめていると、オロフがこちらを向いた。




