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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
三章 古木(こぼく)の塔
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「まずはシアン殿を部屋へ案内しよう」


 オロフは長いローブを床すれすれに滑らせながら、すっとリュエルとシアンの先を進んだ。二人はその後ろを追った。


 もうここは古木の塔の内部だ。先ほどまで見上げていた立ち枯れたような木の塔、その壁面は外側同様とても乾いていて、靴音がやけに心地よく響いた。漂う空気は森の香りがした。杉が最も近かったが、それだけでもなかった。数種が混ざったような匂いだ。


 入ってすぐのエントランス――先ほどの騎士たちが全員、綺麗に整列できそうなほどの面積がある、そこを横切り、その両端から始まる階段を登る。二階あたりの高さで二方向からきた階段が合流した後は、時折不規則に斜面を挟みながら、塔の内壁に沿って右回りにぐるりと螺旋状に回りながら上へと続く。その途中には数々の扉があった。その中には騎士たちの部屋もあるに違いない。


 大きな町の時計塔ほどもある。存在が不思議に思えるほどの巨木だ。初めてのシアンは、内部に入ってますますぽかんと辺りを見回していた。螺旋階段をを二周りもする頃、ようやく思い出したように口を開いた。


「あのさ、さっき思ったんだけど、オロフ、もしかしてあんた、正名はペルオロフっていわない?」

「ああ、確かに」

「やっぱり……」


 背中でさっくりと答えるオロフにも聞こえるような大きなため息を、シアンはついた。そして、途中、どこかの文献を朗読するかのように言った。


「俺でも聞いた事あるよ。ラクィーズの魔術長官を六十年に渡って務めた、ペルオロフ・ルーンベリ。〈忘却術〉を生み出した大陸屈指の術士であり知者。現代魔術の創始者と言われる大魔術師、レヴェロの再来とも人々には呼ばれる。……その役をずいぶん昔に辞退して後は、王国領のはずれの森谷に隠れるように弟子たちと住んだっていうけど、それでも歴代の王からの信頼は変わらなかったって。さっき言ってくれたら良かったのに」


 忘却術。オロフはそれまで、魔術では一時的にしか操作できなかった記憶を、永続的に消去、書き換えることができる術に発展させたことで、大陸に名を知られることになった。

 無論、弟子であるリュエルがそうであるように、炎や氷を操るような戦闘術にも長けている。現在は原因不明のエヴィアの闊歩により戦争は下火だが、この大陸では魔術とは本来そのような目的のために発展してきた技、戦闘術は全ての基本となるものだからだ。


 オロフが足を止め、困ったようにシアンを振り返った。


「別に隠すつもりはなかったが……気を悪くしたのならすまなかったな」

「いや、そういう訳じゃないけど。まさか、そんなのがリュエルのお師匠さんだったなんて……色々頷けると思っただけ」


 その言葉は、弟子のリュエルを褒める言葉にもなる。そのせいか、オロフはどことなく嬉しそうな顔をした。


 そんな二人のやりとりをリュエルは不思議な気持ちで聞いていた。出会うはずもなかったシアンとオロフ。欠片も共通する物がないように思えたが、相性は悪くない様子だ。


「ねえねえ。俺さ、大魔術師って呼ばれる人に会ったら聞こうと思ってたことがあるんだ。いいかな?」

「ご自由に」

「オロフくらいの魔術師ともなると、〈若返りの術〉が使えるって本当?」


 シアンの真面目な問いに、オロフは声を立てて笑った。


「残念ながら、そういう術はないよ」

「でもあんた、六十年もラクィーズに仕えてたっていうし、噂じゃもう百二十年は生きてるって話じゃないか。だけどその顔、どう見ても三十代だよ」

「ああ。つまり、変化術と分解術といってな、生体組織のつながりを緩め配列を組み替えることで別の形に変える術と、生物の老化の原因物質を分解する術とを混合するんだ。それから、すでに劣化、損傷してしまった部分を除去、あるいは再生したりもする。見た目には急に変わるから、それで巷では〈若返りの術〉というものがあると思うのだろう」

「それ、どっちにしろ同じことだと思う」


 そうかな、と照れたように笑ったオロフにシアンは肩をすくめて返した。

 上階に行けばいくほど、塔は樹木らしくなっていった。窓からは枝葉が見え始め、鳥が巣を作る。


「この塔……本当に木なの?」


 シアンの疑問ももっともだ。目が合ったリュエルが笑う。


「そうですよ。とりあえず、材質は」

「?」


 それでは分かるはずが無い、オロフがもう少し説明してあげなさい、とでもいうように目配せをした。リュエルは頷き、続けた。


「オロフ様の術法でこの古木の塔は成り立っているんです。ここらの森の木を伐採して集めて、魔術でひとつの塔の形に変化させたんです」


 それでこの塔は数種類の樹木の香りがするのだ。だがシアンの顔色が途端に変わる。


「ちょ、ちょい待って。術でできてるんなら、それが消えたら崩れちまうんじゃ……?」


 言いながら、シアンが身を縮こまらせた。リュエルはあっさり答える。


「その時は生き埋めですね。まあ、オロフ様がいらっしゃる間は、そんな事ありえませんけどね」


 あまり笑えないが、リュエルは「ふふっ」と声を漏らして笑った。シアンはといえば、顔を引きつらせて無理に同じようにした。


「は、ははっ……」





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