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「マティアスに!?」
唸るような声を漏らすと、オロフは硬く唇を結んだ。後ろに立った騎士たちが、代わりに驚きの声を上げる。リュエルは続けた。
「それに、私も初めは信じていませんでしたが、彼の身にはマティアスの守護術がかかっています。彼の全身の表皮近くには、確かに奴の魔術の痕跡を感じました。現象としても確かなのですが、術によっても詳しく調べましたから間違いありません」
「あれ、なんか気持ちいいもんじゃなかったよ」
「すみません。そうとしか方法がないものですから」
シアンが口を尖らかしたのもそのはずだった。ここに辿り着くまでの宿場で、リュエルはシアンの全身に自身の魔力を小一時間ほど這い回らせるという方法でマティアスとの繋がりを調べていた。これは術の行使者を探る一般的な探査術だが、その感触は蟲に似るというからだ。
再び、騎士たちには動揺が走る。もちろん被術時の不快感に関してではない。
「……! ということは、こいつはマティアスの手の者か!?」
「よりによってレグリス様のお姿を模すとは無礼千万! その行為、死に値するぞ!」
「うわっ!」
前ぶれなく、数名のいきりたった騎士たちに、わっと一斉に剣を突きつけられてシアンがのけぞった。喉元に届いたその一本は、狂いなく急所にあてがわれている。
リュエルは慌てて割って入り、刃の側面をむき出しの腕で押しのけた。騎士の剣も負けじとそれを押し返す。鋭利に光る砥がれた刃が両者の間で揺れた。
「どうかお納めください。敵……ではないと思うのです」
真剣な眼差しでそう言うと、騎士の剣の圧力がやや弱まった。その隙に以前シアンから聞いた話を、リュエルは少し早口に騎士やオロフたちにも話した。シアンにはマティアスがそうした理由も目的も分からないのだと。それを知る為、マティアスへの手がかりを求めて、ここへやって来たのだと。
「それに探査術で調べられることですが、その術は確かにかけられましたが、奴との繋がりは、完全に切れています。ですから操ることも居場所を知られることもありません」
リュエルの声が聞こえなくなると、しぶしぶとだが、騎士たちはゆっくりと剣を鞘に収めた。しかし、沈黙が訪れるのを阻止することはできなかった。塔の上部では、例のあの音が鳴り響き、湖畔で遊んでいた黒い渡り鳥が飛び立つ。
この男、どうしたものか……。いつぞやのリュエルのように、騎士やオロフがそんな思惑を含んだ視線をシアンにぶつける。すると、その当人が「こほん」というわざとらしい咳払いをひとつして喋り始めた。
「えー。俺、シアン。旅のハンター。自分で言うのもなんだけど、『紋弓のシアン』って呼ばれてる腕利きの有名人。リュエルとは東のサハタの町の近くで会ったんだ。年は二十四、恋人募集中。得意なことは料理、あと掃除に洗濯。武器の手入れも慣れてるし、畑仕事もなんだったらやるし、あ、そうそう繕い物なんかも任せてよ。雑用でどんどん使っちゃって! よろしく!」
頼まれてもいない自己紹介を終え口を閉じると、シアンはこの場に似つかわしくない満面の笑みを浮かべた。代わりに騎士たちの口が揃ってぽかんと開いた。先ほどマティアスの名が出た時の殺気を含んだ剣呑もどこへやら、瞬きも忘れて棒のようになっている。それも、どこかいつぞやのリュエルのようだった。
「あ、ああ……」
「その顔でそんなことを言われると……なんだか腹が立つな」
やっとのこと、そうこぼした騎士の腕を、リュエルが「まあまあ」とでも言うように軽く押えた。腕に触れたのは、また剣を抜かれかねない、と思ったせいでもある。
騎士たちの率直な感想は、実はリュエルも道中、密かに何度も脳裏に過ぎらせてきた。じんわりと隠しきれずに苦笑が浮かぶ。それは、こんな状況でまだこの仲間の内に入ろうとするシアンが、なんだか逆に頼もしい気がしたせいでもあったが。
「君の事情は大方理解した」
戸惑いのざわめきの中、はっきりとそう言ったのはオロフだった。シアンを見つめるその口元は、どこか面白げに引き上げられている。こういう変わった人間は嫌いではないらしい。しかし、「だが」と言って続ける。
「しかし、君の方はどうだろう。リュエルはあまり説明しなかったようだから聞くが、ここがどういう場所か、今は分かって貰えているのだろうか?」
「うん。逆に騎士たちがいて納得した。主君、故国の名にかけて、命を賭して逆賊マティアスを討つ決意を固めた忠臣たちの隠れ里。だよね?」
シアンがオロフの方に顔を向けて、雑談でもするような緊張感の無い口調で答えた。オロフが頷く。
「よろしい。では、それを知って尚この場に留まりたいと願うということは、君にもその決意があるということで構わないのかな?」
「うーん。俺はマティアスに会いたいだけなんだ。だから、会った後、どうするかは正直わからない」
「な、なんだと……!?」
騎士たちが再び身を乗り出そうとするのを、振り返りもせずにオロフは手の動きで制した。
「そうは言っても、君も行動を共にする以上巻き込まれるだろう。騎士たちが危険に晒されることもあるだろう。その時君はどうするかね?」
「そりゃあ、もちろん戦うでしょ。俺だって死にたくないし、仲間になったんなら助けたい。ただ、俺は、大陸を腐沼だらけにした理由も聞かずに、即、マティアスを殺そうとは思わないってだけ」
オロフが一息入れる間も無いほど、急いた騎士の声が横から割り込んでくる。
「やはりこの男は、ここにはふさわしくありません!」
オロフは落ち着いた雰囲気を崩さなかった。
「彼の立場ではそれも一理ある。彼は別にラクィーズの騎士でも、民でもないのだから」
「この大陸を救いたい、なんて正義感がないと駄目かなあ?」
ぽつりと呟くように零れたシアンのその問いは、意外にもオロフにまっすぐ突き刺さっていったらしい。目を見開かせ、微動だにさせないほど、その場に縫いとめる。オロフはそのまま、その黒っぽい瞳でしばらくシアンをじっと観察していた。騎士の数名が誰に見せるという風でもなく、拒絶の意を込めて首を横に振る。
ふっとオロフの右手が上がった。
「わかった。私が許可しよう。シアン。君も今日からこの古木の塔の一員だ」
「えっ……」
耳を疑ったのはリュエルだけではなかった。騎士たちもどよめく。他方、シアンは当たり前とばかりの笑顔で、自らの拳を何度も勢いよく掌に打ち当てていた。
「さっすがリュエルの師匠。話が分かる!」
「ただし、仲間の命を盾にとられようともマティアスに傅くことだけはしてくれるな。それがここの一員となる条件だ」
「りょーかいっ!」
騎士の一人がつんのめるようにしてオロフの傍に駆け寄ってきた。
「オ、オロフ様、よろしいのですか!? こんな……素性の知れない者を……」
こんな、と言ってシアンを見た騎士の顔が一瞬ひるんだ。それもそうだろう。そこにあるのは忠誠を誓った王の面影を濃く受け継いだ正当な王位継承者、レグリス王子そっくりの顔なのだから。縁もゆかりも無い他人だとはいえ、扱いに戸惑いが生まれる。それは何も、この男に限ってではなかった。他の騎士たちも揃って、どうしてよいのか分からない複雑な表情をして僅かに身じろいていた。
オロフは柔和に目を細めた。
「私もずいぶん長く生きた。これでも沢山の人間を見てきたつもりだ。シアンは信用して良い、私はそう判断したよ」
それでも消えない困惑の視線に囲まれて、オロフが自嘲に似た微笑を浮かべる。
「……それに、正義。確かに。我々もそんなもののために戦っているのではないしな」
その答えに、騎士たちは戸惑いながら互いに互いを見回して、誰の声も上がらないのを見ると、今度こそおとなしくうなだれた。リュエルもその一人だった。
「はぁ……最悪の展開です……」
幾拍かの後、意を決したような騎士たちが互いに顔を見合わせ、中では一番年長らしい髭の生えた騎士が、皆の無言の意向を汲みオロフの前に一歩進み出た。ここでは騎士長を務める男だった。
「……わかりました。オロフ様は亡き王の信頼厚いお方。そして今は王国の生き残りを集め、マティアス討伐を率いるお方。あなた様のお言葉は、今となっては主君の命にも近い。私どももそれに従いましょう」
長がオロフに頭を垂れると、騎士たちもそれに倣った。




