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哀の千年闇士  作者: ふぇんねる
三章 古木(こぼく)の塔
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 色白の顔は繊細で柔和、声と同じような穏やかさで満ちている。紫色の長いローブを羽織ったオロフは、いかにも術士という男で、三十代半ば、といった風貌だ。しかしその話し口調の印象は、見た目ほど若くは無かった。


「時々、伝書鳩を飛ばしてくれていたから無事でいることは知っていたが……、こうして一年ぶりに会えて安心したよ」


 そう言うため一度は離した愛弟子を、再び優しく抱き締め直し、また白金の髪を撫でた。リュエルも甘んじてそれを受ける。

 シアンが立ち尽くしている。あまり師弟には見えなかったからだ。その驚いた顔に気づいたのだろう。オロフはリュエルを離した。


「あちらの方は?」


 その声は先ほどと変わらない穏やかなものだったが、表情はほんの僅かにだけ強張った。シアンの存在に、というより、シアンの顔立ちに注意が向けられている。敵意ではない。オロフもリュエルの師であるのだから、当然レグリス王子を知っている。そういう顔だ。


 オロフの周りに立つ出迎えに出てきた者たち――全て屈強な男だったが、も、リュエルがシアンに言ったように、同様に王子の顔立ちを知っているらしかった。だがオロフのようには動揺を隠さず、ざわざわとさざめき立ち始めていた。


「まさか……レグリス王子……?」

「いや王子は四年も前にお亡くなりになられたはず……」


 困惑と、どこかに高揚を隠せない男たちの囁き声がシアンの耳にも届いていただろう。男たちと似たような困惑顔を浮かべて返している。


 シアンの顔をよく見ようとしたのだろうか、中の一人が近づこうとする。それを見てようやく、リュエルは慌てて身振りで抑えた。


「あっ……すみません。違うんです。レグリス王子ではないんです」


 面白いほど予想通りに、驚く皆の顔が一斉にリュエルに集まり、また、少し離れたところで立ち尽くしたままのシアンに向けられた。困惑に染まったリュエルの顔も自然と同じように動いた。


「ええ、確かに似ています……初め、私も見間違ってしまったほどです」


 眉根をきつく寄せ、視線を落とす。そのリュエルの言葉で、本当に王子の面影を宿す男が別人なのだと悟った男たちは、倣うように、同じく視線を落とした。


 どことなく気まずい空気が漂う中、さきほどのオロフがリュエルの肩を叩いた。


「リュエル。あんなところで待たせてはお客人に失礼だ。早くこちらへ案内しなさい。ここへわざわざ連れてくるからには、似ているからという訳ではないんだろう?」


 オロフの顔には最初通りの優しく穏やかな笑みが浮かんでいる。


「え、ええ……はい……」


 その笑みに押されて、困り顔のままでだがリュエルはシアンを促し、ようやく皆の前に立たせた。

いつもは物怖じなどしないシアンも、さすがにこの状況では完全に黙りこくってしまっていた。怯えてこそいないが、口は奇妙な形に捻じ曲げられている。


 それもそうだろう。ここは今は異様な空気だ。オロフ以外の、囲む男たちの容赦の無い視線がシアンを探っている。それは針というほど痛いものではなさそうだが、粗末な麻布のむしろにくるまれているような感覚以上のものではあるに違いない。


 本当に王子ではないのだろうか。王子本人だったらどんなに嬉しいだろうか。隠そうとしているらしいが、全ての男たちの顔には、そんなような期待や落胆、それに戸惑いが滲んでいる。

 そんな男たちのシアンへの対応にリュエルも困って、両者の間を視線を何度も行ったり来たりさせていた。その膠着の中、さっそうとその間に足を踏み出したのは誰あろうオロフで、にこやかに笑みを浮かべた顔をシアンに向けたあと、僅かに下げた。


「ようこそ古木の塔へ。私はここの主、オロフ。魔術を研鑽する者だ。オロフと呼び捨ててくれて構わない。そして、この男たちは元ラクィーズ王国の騎士たち……」


 オロフという名になのか、少し引っ掛かるような顔をしたシアンだったが、その後に出た王国の名で、何もかも消し飛んだらしい。声を大きくした。


「ラクィーズの騎士!? なんだってそんなのがこんなとこに……!?」


 シアンでなくても、同じような反応をしただろう。王都は一夜にして落ち、市民はもちろん、王族もろとも家臣も潰えたと噂されているからだ。それが隊を構える事ができるほどの人数が、こんなラクィーズ領ですらない森の湖畔に集まっているのだから。そこにリュエルが関係があるというのだから、ますますだ。


 オロフはかえって驚いた、という様子で、半歩後ろのリュエルを振り返った。


「彼には何も話していないのか?」

「……はい。すみません。本当はこの森に着くまでに、話しておくべきだったのですが、彼を本当に連れてきても良いものかどうか、最後まで私一人では決めきれなかったので……」


 オロフはシアンの顔をちらりと横目で眺めた。リュエルも一緒にそうした。


「一旦どこかで撒いて来るべきだったのですが……」

「できなかったのか。リュエルほどの者ができなかったとはな」


 言いくぐもって消えた弟子の言葉を悟って、オロフは面白そうに肩を揺らした。リュエルは渋い顔をして二度謝る。


「すみません。でも、オロフ様なら何かあっても、なんとかしてくださると思って……」

「ああ、そうだな」


 万一の場合は師匠が。リュエルは前にも匂わせていた。それでシアンが不思議そうに口を挟みたがったが、オロフの方が早かった。


「それで何がリュエルを決心させかねたのかな? きっと、顔立ちのせいだけではないんだろう?」

「それは……」


 リュエルはうつむき、唇を噛んだ。これから口に出す名前には反吐が出る。そして、シアンを連れてきた理由を言う事は、ここではどんな衝撃になるのか、よく知っていたからだ。シアンが王子に瓜二つだという事よりももっと、この場に緊張を走らせる。深呼吸をしたあとで、低い声になって言う。


「彼はラクィーズが滅びたあと、北の地でマティアスに会ったことがあるというのです」




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