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「で、……この森の奥? リュエルの仲間が隠れ住んでる場所って」
「はい」
僅かに地を覆う草葉がまばらになっただけの今にも途切れそうな細い獣道を、リュエルはシアンの前に立って辿る。目の前に張り出していた枝葉を手で退け、後ろのシアンに跳ね返さないよう、そっとそれを渡して、ついでに返事をする。
あの墓沼と言われた大腐沼を抜けてしばらくは、苦い薬でも飲まされたように、二人ともあまり上手く口を利けなかった。
あれから一週間が過ぎ、二人と一匹はようやく、大陸最西部に広がる森の中を彷徨っている。なぜか大陸の南西部と北西部には腐沼が少ない、という話だ。この辺りも例外なく、原生の森がうっそうとしたまま、どこまでも続いている。南西部の中でもここは特に、『魚の喉』と呼ばれる地域で、リュエルがずっと目指していた、師の待つ、帰るべき場所だ。
今頃はちょうど天頂で眩しく輝いているだろう陽の光は、生い茂る木々の葉に遮られて、かろうじて行く手の視界を確保できるほどにしか差し込んでこない。幹の間に垣間見れる森の奥は木々を渡る霞によってかほの暗く、様子を伺うことなどできない。
不気味な森だ。腐沼のような異臭こそ漂ってはいないが、ひんやりとした空気は、それとは別の警戒心を踏み込む者に与える。
道を知っていることを伺わせる確かな足取りのリュエルだが、その進む場所は時々獣道すら外れた。あっちに折れ曲がり、こっちに折れ曲がりする。何を目印に歩いているのか、迷い無く細い木立ちの間をすり抜け、また別の獣道へ。その度にきのこが覆う朽ちかけた倒木や、棘の生えたつるが伴う薮を無理矢理抜けることになる。
「ねぇ、リュエル、道しるべも何にも無いけど、大丈夫なの?」
先を行くリュエルの背中にシアンが問いかける。どこかその表情は硬く険しい。
その時だった。突然、笛のような、おかしな高い音が森中に響き渡った。
「うわああっ!?」
シアンが両腕を抱いて、飛び上がる。笛のような音が止むと、引きつった顔でゆっくりと、音の鳴り所を探すように首をきょろきょろと回した。
「……エヴィア?」
辺りにはいびつに伸びきった枝の張る樹木があるばかりだ。リュエルは首を傾げる。
「珍しいですね。あなたがあの寄木細工たちを怖がるなんて」
「いや、エヴィアならいいのにな、と思って」
亀のように首を縮こまらせたシアンは、まだ不安げに辺りを伺う。エヴィアを恐れていないのであれば、何を恐れているというのだろうか。リュエルはつい声に出して笑った。
「ふふ。残念ですね。多分エヴィアはいませんよ。ここらは腐沼が少ないですから」
「じゃあ、今の音は?」
「今のは……ただの風の音ですよ」
リュエルは困ったように微笑みながら、小さく首を傾げた。
それでもシアンの不安は解消されなかったようで、背中を丸めて歩を進める。音を聞く前とは動きがすっかり変わってしまって、今にもつんのめってしまいそうだ。
「大丈夫ですってば。野の獣ならたくさんいますけどね。安全ですよ」
「いや、それだって結構危ないけどね……」
リュエルがきょとんとシアンを見つめた。獣くらいはリュエルにとっては脅威でもなんでもないらしい。
「いや、今はそんな事どうだっていい。それより……」
「一体どうしたって言うんですか? そういえば森に入ったあたりから少しあなたの様子が変だとは思っていましたが……」
「リュエルは気にならないの!?」
「え?」
まるで分からないという表情を見せると、シアンは眉間に深い皺を寄せて、リュエルに詰め寄った。
「この森、近くの村人たちには、なんて言われてるか知ってる?」
リュエルの家とも呼べる場所だが、森に入るまではシアンのほうが土地に明るかった。リュエルも知らない抜け道を教えてくれて、ぐんと旅程を短縮できたくらいだ。少し前までシアンは、ここらの町や村を拠点にハンター活動をしていたという。基本漂流しているようだが、サハタの町でもずいぶん土地の者と親しくしていた。きっとここいらにいる時もそうだったのだろう。色々な風土の話を聞かせてくれた、だがそれを話してくれた時の元気が、今は嘘のように無い。
「いえ? 知りません」
リュエルは憎たらしいくらいにいつもと何ら変わりがない顔を見せる。対照的に、シアンの顔が見たことも無いほど険しく強張った。低く、溜め込んだ声を絞り出す。
「ここ、呪いの森、って言われてるんだけど」
一瞬の間をおいて、聞いたリュエルは笑った。
「ふふっ。まさか」
リュエルは全く相手にしようとしない。シアンは大真面目な顔で詰め寄った。
「いや、ホントだってば! 何度も同じ場所に出るし、変な音もするって恐れられている。それってさっきの音だろ!? 誰もいない場所から大勢の話し声が聞こえてきたり……。お化けでもいるんだよ、きっと!!」
それを聞いて、ついにリュエルが吹き出してしまった。
「シアンはお化けが怖いんですか?」
「怖いに決まってる! お化けだよ? お化け!」
いくら真剣になっても、リュエルは相手にせず、最初と同じように笑うばかりだ。
シアンは震えながら両手できつく自分の腕を抱いて、辺りを伺った。似合わない。完全に怯えている。
「こんなところにリュエルってば本当に住んでたの? 一年も帰ってないんでしょ? どっか別のところと間違ってるんじゃない? ……あっ!」
「どうかしましたか?」
その声が尋常ではなかったので、リュエルは心配して足を止める。だが……。
「ま、まさか、こんなところに誘い込んで、リュエルってば、俺を襲おうとしてるんじゃあ!? いやん! やめて! いやっ、やめないで!」
シアンはふざけていた。
「そんな冗談言えるんだったら平気ですね。先に行きますね」
呆れ顔すら見せずにリュエルはそう即答して、先程までよりもっと速い足取りで、するすると先へ進んでいった。
「うわっ、ちょっと待って!! 今の、渾身の冗談!! 痩せ我慢だってばー!! 置いて行かないでぇー!!」




