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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
第1章 教え子のあなたと暮らしてる

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第2話 せんせいと一緒に暮らす

 「…………ねえ、あーちゃん、本当にいいの?」


 そんな言葉を、せんせいが口にした時、躊躇いがなかったかと言えば嘘になる。


 まだ私も社会に出て二年目のぺーぺーだけど、誰かの人生を背負うということが、口で言うほど簡単じゃないのはわかってる。


 お金も、時間も、感情も、きっと文字通り、その誰かに私の人生を半分をあげないときっと背負いきれない。


 独りで気ままな時間は無くなるし、お金も適当に使うわけにはいかなくなる。生活のことで喧嘩する話もよく聞くし、万が一私が倒れたら、今度こそせんせいは路頭に迷う。そんなプレッシャーが多かれ少なかれ、これから私の肩に乗ることになる。


 じゃあ、止めるか―――って問われたら、すぐに首は横に振ってしまうのだけど。


 お腹の奥は不安と恐れで、びくびくと震えてる。この決断が、本当にせんせいのためになるのかもわからない。


 ただ、それでも、もし今、手を離してしまって。


 それで、今度こそ二度と会えなくなったら――――。


 きっと、私は死ぬまで後悔し続ける、そんな気がするから。


 だから、怖くても、不安でも、私はもうこの人を手放さない。


 たとえそれが、どれほど独り善がりだったとしても。


 今だけは、迷わないと決めたから。


 「あーちゃん?」


 少しぼーっとあなたのことを見ていたら、せんせいは不思議そうに首を傾げた。


 なんでもないよと首を横に振って、私はそっと立ち上がる。


 「今日は早めにお風呂入って、寝ちゃおっか。せんせいも、疲れたでしょ?」


 一昨日の残りのカレーを二人で食べてから、私がそういって伸びをすると、せんせいはおずおずと頷いた。


 なんだか、そうしていると、せんせいの方が子どもみたいだ。高校生の頃には、あんなに大人びて見えていたのが、ちょっと不思議に想えてくる。


 「せんせい、お先どーぞ?」


 私がそう言って、首をかしげると、せんせいは少し顔を赤らめながら、こくこくと首を上下に振っていた。また、妙に緊張してるなあ…………なんか変な勘違いしてそう。


 ただまあ、あえてそこには突っ込まずに、私はそのまませんせいにお風呂場の使い方だけを教えた。そして、リビングに戻ってから、ソファに顔から勢いよく突っ伏した。


 ドアの向こうで、ザーとシャワーが流れだす音を聞きながら、ちょっとだけ目を閉じる。


 これで、本当に良かったのかな?


 そんな答えはきっと、誰に聞いてもわかりはしないけど。


 「これで―――よかったんだよ」


 そうやって呟く言葉は、まるで何かに祈るみたいで。


 クッションに顔をうずめたまま、私はただ流れるお湯の音だけに耳を澄ましてた。


 そして、ふっと目を閉じると、遠く向こうで蝉の音が響いているような気がした。


 あの夏の国語準備室で、青空を見上げながら、ずっと聞いていた、あの音みたいな。


 ただ、しばらくしてから、それがシャワーの音の淡い残響だと気付いてしまう。


 だって、ここは都会のど真ん中、アパートのそこそこ上の階。


 こんな真夜中に、蝉の音が聞こえるわけがない。


 そんな事実に、どうしてか、少しだけ可笑しくなった。


 眼を閉じると、またせんせいがシャワーを浴びる音が聞こえてくる。





 ※





 「あーちゃん」


 せんせいが、鍵の場所を教えてくれてたから、私は昼休みになるといつも国語準備室にこっそり顔を出していた。


 当時の私は、クラスに居場所がなかったから、せんせいが気を利かせて隠れ家として使わせてくれてたんだ。


 売店で買ったお昼ご飯を食べて、クーラーの音を聞きながら、湧いてくる眠気に目元を擦る。


 そうして、そのまま古い机に突っ伏して、本と木の匂いを嗅ぎながら、少しだけ眠ってしまう。


 どうせ、お昼休みが終わる前には、あなたが起こしてくれるから。


 そんな、半分甘えを含んだあのお昼寝の時間が、当時は何より心地が良かった。


 「あーちゃん、起きて」


 そうして、決まって、そんなあなたの優しい声で起こされる。


 肩にそっと優しく触れて、揺りかごをあやすみたいに、そよそよと揺らされながら。


 瞼を擦って、ふっと目を開けると、少し濡れた髪のせんせいが私を覗き込んでいた。


 なんで、せんせいがここに居るんだろう…………って、違う、私が連れてきたんだ。


 一瞬、いつもの夢だと勘違いして、危うく変なことするとこだった。


 「あれ……私、寝てた?」


 ぼんやりと鈍る頭を上げながら、クッションからゆっくりと身を起こす。


 せんせいは少し火照った頬のまま、きょとんと首をかしげると、少し可笑しそうに笑った。


 「ちょっと眼を離すと、すぐ眠っちゃうの変わってないね。…………私がお風呂入ってる間だから、そんな長く寝てないと思うよ?」


 ちらりと時計を見てみると、確かにせんせいの言う通り、ほとんど時間は経ってなかった。逆に眠いやつだね、これは。


 なんて、欠伸を噛み殺しながら、私は顔を上げる。そこらへんでようやく、せんせいの姿を、脳がちゃんと処理し始めてた。


 こっちにせんせいを連れてくるとき、かさばるから衣服は最低限しか持ってこなかった。どうせ後で宅配で送ればいいし。


 だから、今日の分の下着はくらいはあったろうけど、パジャマは私のを貸す約束だった。でもまあ、私とせんせいでは、結構背丈が違う。


 なので、目の前にいるせんせいが着た長袖のパジャマは、指の先を隠すくらいにでろんと伸びていた。ズボンも丈が余ってて、胸元もちゃんと締めきれてなくて、鎖骨がちらりと覗いてる。


 小さな体躯で、身の丈に余る服を着ていると、ますます幼さ際立つというか、控えめに言って、無理に大人の服を着た子どもに見えてくる。


 ただ、それがみっともないわけじゃなくて、なんとも言えない可愛さと、庇護欲を醸し出していて。お風呂上がりで火照った頬と、少し眠そうにとろんとした瞳が、余計にあどけなさに拍車をかけてる。


 「………………そういう需要があるのもわかるな」


 なんて独りで頷く私に、せんせいは不思議そうに首を傾げてた。


 「……? えと、とりあえず、お風呂、先貰ったよ?」


 そうやって報告するあなたに頷きながら、私はそっと腰を上げる。


 「うん、私もシャワー浴びてくる。眠かったら先にベッド行ってて? ドライヤーとか、置いてあるの適当に使っていいから」


 言いながらあなたの少し濡れた頭をぽんぽんと撫でておく、するとあなたは少し顔を紅くして、ううっと撫でられた部分に手を当てていた。


 どうしたんだろ、子ども扱いされて元教師のプライドに傷がついたかな。


 なんて思いはしたけど、まだ眠気に鈍る頭では、上手い慰めが思いつかなかった。


 ただ、せんせいは、しばらく呻いた後、いそいそとドライヤーを探しだしたので、まあ大丈夫かと息を吐く。


 しかし、こうしていると、まるで私が保護者でせんせいが子どものようだ。まあ実際、経済的には、今は私の方が保護者なのだけど。なんか背徳的だなあ。


 なんてことを考えながら、脱衣所に行って無造作に服を脱ぎ始める。


 ただ、途中で、ふっと脱衣籠の中に、私のとは違う小さな白い下着が見えて。


 それで、思わず少し固まってしまったのは、内緒ということにしておこう。


 私、本当に、せんせいと一緒に暮らすんだなって。


 今更ながら、実感したりしたけれど。


 それも、内緒にしておこう。

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