↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
回想 雨過

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/36

雨過—Ⅱ

 小さい頃から、テレビに映る魔法少女やヒーローが好きでした。


 カッコよくて、明るくて、優しくて、真っすぐで。


 困ってる人がいたら、たとえどこでも飛んで行って、泣いてる誰かを笑顔にしちゃう。


 そんな誰かに、私はずっと憧れていたのです。


 だけどもそれは、子どもが抱く夢の中でも、随分幼いものなのだと。


 気づいたのは、一体いつの頃だったでしょう。


 小学校に入ってしばらくしたら、みんなはそんなアニメの話をしなくなりました。


 おうちに遊びに来た友達に、魔法のステッキを見せたら、少し困ったような笑みを浮かべていました。


 集団下校の途中で、膝をすりむいて涙を堪えている子がいても、大半の子は眼を向けることもなく通り過ぎていきます。


 不登校の子にプリントを届ける係は、最初はみんなで持ち回りでやっていたのに、今では私しかやっていません。


 カッコよさより、お洒落の方が大事だから。


 明るさよりも、成績の方が重要で。


 優しさは、人に付けこまれるためのものでしかなく。


 真っすぐだからって、もう誰も褒めてはくれません。


 わかっています。きっと、私がとびっきり幼いだけなのです。


 小学校低学年で卒業するような、アニメの中にしかない正しさを。


 私だけが、捨てられないで。


 空気を読めないと、よく言われます。


 委員会で私が手を上げると、みんなの顔がどこかしかめるように歪みます。


 遠く向こうで聞こえる陰口も、見えないところから響く嗤い声も。


 きっと、きっと、私がおかしいからなのでしょう。


 私がプリントを届けに行っている不登校の子は、もう半年も家から出てないそうです。


 委員会でのその子の代わりは、最初はみんなで持ち回りだったけど、いつのまにか私の担当になっていました。


 友達は、ほとんどいません。


 体育で二人一組になる時は、いつも独りで準備体操をしています。


 クラスのライングループがあるそうですが、誰にも誘われたことがありません。


 魔法少女もヒーローも、学校では、きっとお呼びじゃないのです。


 だって、空気が読めないから。


 でも、それでも何か意味があるのだと思っていました。


 折れなければ、負けなければ、きっとアニメの中の大逆転劇みたいに、いつか報われる日が来ると。


 そう想っていた気がするけれど――――。


 本当は、そんないつかなんて、どこまで待っても来やしないって。


 諦めていたのは、いったい何時からだったでしょう。


 だけど―――。


 「だからさあ――――もうあれか、痛い目見ないとわかんないかな」


 指が震えて。


 眼元が滲んで。


 声の一つすら出せなくなった、あの瞬間。


 「―――ねえ、いい加減、五月蠅いんだけど」


 ずっと真っ黒に覆われていたみたいな、私の世界に。


 ピシッとひびが入ったような。


 何かが、暗闇を切り裂いていくような。


 そんな感覚だけが、私の視界を揺らしていました。














 ※


 「―――――というわけなんです!! だから、あ、綾辻さんは冤罪なんです!! 私のせいで!! あの、い、委員長たちに恨まれちゃって!! だから! えっと! うんと!」


 …………とりあえず、状況を整理しようか。


 あの後、とりあえず国語準備室に移動してきた私と、隣のクラスの少女…………千歳 ちづるさんは、彼女の『大事なお話』について話し合っていた。


 内容を整理すると、千歳さんは前から委員会で、例の委員長の子に大分詰められていて、それを綾辻さんが助けた。そして、その件で委員長の恨みを買い、今回の冤罪事件に発展した…………と。


 「なるほど………………」


 未だに若干痛むわき腹をさすりながら、窓の外で降りしきる雨を見て、私はふぅっと一息つく。


 話の裏側としては辻褄が合う。この前見た、委員長の彼女の印象とも、おおよそ違和感は感じない。


 何より、涙目になりながら、必死に訴えかける千歳さんの言葉は真に迫るものがあった。これで嘘だったら、多分、世紀の大女優間違いなしだ。


 「なので! なので! 綾辻さんの件は絶対冤罪なんです!! 噂がいっぱい流れてるけど、あんなの全部全部嘘なんです! だから! えっと…………うう…………」


 そんな千歳さんをどうにか宥めながら、私はどうしようかと思考する。


 「えーと、千歳さん、一つ確認なんだけど…………その委員長からの嫌がらせっていうのは……その後あった?」


 とりあえず、時系列と現状の確認からかな。


 「え……? えっと…………、あれからは、そういえば起こってないような…………? あ、でも、そんなに時間が経ってないからかも……?」


 少し戸惑ったような彼女の返事を聞きながら、私はだよねえと、思わず考え込んでしまう。


 これが、今も起きている問題なら話は早かった。どうにかこっそり証拠を撮るなりに、現場を抑えるなりすれば、いずれ解決は出来たはず。


 でも、多分そんなわかりやすい尻尾を出してくるほど、あの委員長は甘くない。千歳さんに詰め寄ることが、リスクだとわかってしまった以上、しばらくは何もないふりを続けられてしまうかもしれない。


 もちろん、千歳さんのいじめが収まっていると考えればいいことなのだけど、綾辻さんの冤罪の証明は結局出来ないままだ。というか、仮にこの件の証拠があったとして、今更あの冤罪事件をひっくり返せるのだろうか…………。


 「あ、あの古戸月先生…………?」


 なんて、しばらく難しい顔をしていたからだろうか、千歳さんは心配そうに首を傾げて、私のことを覗きこんでいた。


 「ううん、大丈夫。…………聞かせてくれてありがとう、千歳さん」


 いかんいかん、隣のクラスとはいえ、生徒の前だぞしっかりしろ。軽く頬を叩いて、私は背筋をしゃんっと伸ばす。


 それから、まだ少し首をかしげている千歳さんの眼を真っすぐ見つめ返すと、出来るだけ穏やかに映るように微笑んだ。


 「それより…………千歳さんごめんね、大人が誰も気付いてあげられなくて、独りでずっと、頑張ってきたんだよね」


 話の複雑さに飲まれかけたけど、今の話は、千歳さんがずっといじめを受けてきたという告白でもあったのだ。綾辻さんの冤罪を晴らすということが、主目的で話してくれたけど、それで千歳さんの辛さが消えるわけじゃない。


 机に置かれた手を優しく握って、私と同じくらいの背丈の少女の瞳をじっと見る。


 「え…………あ……いえ、私のことはいいんです。く…………空気を読めてない私が悪いんです。だから……えっと、あ、綾辻さんの件だけは、絶対冤罪だって伝えたくて…………」


 「…………うん、わかってる。あなたが凄く優しくて真っすぐなことは。本当に話してくれてありがとう、私が……絶対なんとかするから、安心して?」


 そうやって、根拠も確証もない言葉を、私は彼女に投げかける。


 手段も、証拠も、何一つ、私はまだ持ち合わせていないけど。


 「先生に―――任せなさい」


 それでも、この言葉は、決して嘘にしてはいけないのだと。


 そんなちっぽけな決意だけを、震えた胸の奥に刻み込む。


 「…………はい!」


 そうして、涙目になりながら、千歳さんはしっかりと頷いていた。


 話を終えて、彼女が国語準備室を去る際に、もしまたいじめがあったら、必ず声をかけてねと伝えて手を振った。


 そうして、大きく手を振り返す彼女を見送った後、そっと静かに準備室の扉を閉める。後に残るのは、窓の外でさーっと響く梅雨の音だけ。


 これでいいのだろうか…………わからない。


 だって私はまだ、教師になって数か月のひよっこで、いじめやその冤罪なんて、今まで経験したことすらなくて。


 何が正しくて、どう振舞えばいいのかなんて、誰に教えてもらったこともない。


 でも、それでも、やるしかない。


 私の初めての教え子たちが、ただ理不尽に踏みにじられていくことを。


 それを大人が黙って見てるしか出来ない……なんて姿は見せるわけにはいかないのだから。


 ふぅっと独り、国語準備室の扉の裏で息を吐く。


 戦え、守れ。


 たとえこの身が非才でも、たとえこの心が脆弱でも。


 大人は―――子どもを―――守るものでしょう?


 ぐっと拳を握りしめてから、私はゆっくりと項垂れていた身体を起こす。


 まだ何も、終わってなどいないのだから。


 そうして、扉を開けて、廊下へと足を踏み出した、その直後。


 「どぎゃわっ?!!」


 眼の前に、靡くような黒髪と、透き通るような茶色の瞳が突如現れた。


 …………っていっても、扉を開けたその場所に、綾辻さんが立っていただけなのだけど。


 「…………なにしてんの、せんせい」


 あまりの唐突さに、私が思いっきりすっ転んで腰を打ち、しばらく悶えていたのは、なかったことにしておきたい。


 そんな私を、綾辻さんは、どこか冷ややかに…………少し目を細めながら見つめてた。


 まるで何かを語り掛けようとするみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。