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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
第2章 教え子のあなたと笑ってる

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第18話 教え子の胸で泣く

 わからない。


 どうしたら、あーちゃんは幸せになれるかな。


 どうしたら、ちーちゃんの想いが叶うかな。


 短絡的な結論を探したら、私がいなくなることこそが、一番簡単な答えのように思えてしまうのだけど。


 『…………だからね、せんせいが笑ってくれないと、私この先、心からちゃんと幸せになれないの、わかった?』


 でもそれは、きっとあーちゃんのくれた想いを裏切ってしまうことになる。


 『せんせいは、どうしたいの?』


 私は、どうしたいのだろう。どうすればいいのだろう。


 何かを得るということは、それが欲しかった誰かから奪うことにほからならない。


 椅子取りゲームと同じだ。座れる人の数は、初めから決まってる。


 でも、私にそんな価値があるのだろうか。


 それに私以外が座った方が、隣に居るあーちゃんは、もっと幸せなのかもしれない。


 わからない、選んでも、選ばなくても、誰かを不幸せにしてしまっているような、そんな罪悪感が消えて無くならない。


 じゃあ、手放せばいいじゃん、って誰かが言った。


 あーちゃんの言葉なんて無視してさ、あなたのためっていって手を離したら。


 それで、全部解決じゃん。


 わかってる、それが答えの一つなのも。


 社会的に見れば、今がどれだけ間違っているのかも。


 わかっているけれど。


 シャワーの音を聞きながら、君の胸でただ泣きじゃくる。


 どうして泣いてるのかも、何が言いたのかも、わからないまま。


 ただ、大人に縋る子どものように。


 雫と嗚咽だけを、零し続けた。


 どうしたらいいのだろう、私はただ、あなたたちに幸せになって欲しいだけなのに。


 なのに、どうして。



 私は―――この場所を離れることができないのかな。



 「大丈夫」


 君はそう言って、私の首元を優しく撫でていた。


 流れるお湯と、滑るような指の感触が、ほんの少しだけ私の胸の強張りを解いていく。


 「大丈夫だよ、せんせい」


 こうやって、絆されることそのものが、酷い間違いのような気もするけれど。


 それでも、君の身体に縋りつくことを止められなくて。


 「私は―――どこにも―――いかないからさ」


 そんな君の優しい言葉で。


 苛むような胸の痛みが、溶けだしてしまいにそうになるのは、なんでだろう。


 どうしたらいいのかな。


 そんな答えを、私は未だに見つけられないまま。


 君との間に流れるお湯の、その中に。


 眼元から零れた雫を、ただ溶かしてた。


 胸の奥で開いた痛みが消えるまで、ずっと、ずっと。














 ※


 「落ち着いた? せんせい」


 言いながら、あーちゃんはぽんぽんと、私の背中を撫でてくる。そうされていると、本当に赤ん坊か何かになったよう。


 「…………う゛ん」


 ずびっと鼻をすすりながら返事をしたら、顔にばしゃっとお湯が降ってきた。何事かと目を閉じていたら、あーちゃんにそのままシャワーでごしごし顔を洗われる。


 「ほら、ちーんして」


 ぐにゅにゅと唸りながら、自分の目と鼻をごしごし擦る。何の液かもわからないものがいっぱいついてて、非常に汚いわけだけど、あーちゃんはさして気にした風もなくシャワーをこちらに向けてくる。


 結局根負けして、ふんっと思い切り鼻息を吹き出したら、そのままタオルとシャワーでごしごしと拭われてしまった。


 「あーちゃん、いいよぉ…………汚いよぉ…………」


 そう抗議はしてみるのだけれど。


 「いーから、言われた通りにしてて」


 結局、抵抗も虚しく、数分後には眼元も鼻もすっきさせられてしまった。うう、年上としての尊厳が、と嘆きはするけど、大泣きした時点で威厳もくそもないのだろうか。


 「どう…………スッキリした?」


 そう言ってあーちゃんは、穏やかな笑みを向けてくるのが、余計にこう私の不甲斐なさを浮き彫りにする。くそう、これでも元教師のはずなのに…………。


 「…………うん」


 なんとなく目を合わせづらくて、顔をそっと逸らした。そしたら、浴室の鏡がそこにはあって、湯気で曇った中に、眼元を紅くしたアラサー女の姿があった。なんだこれ、凄く死にたい。


 ていうか……今更だけど、私達凄い恰好なのでは?


 ふっと下の方に目を向けると、私の足の下には、あーちゃんのすらっとしたおみ足がそこにはあって。泣きながら私が抱き着いた後、さすがに立ってられなくなったから、二人して床にへたり込んでいたのだけれど…………。


 これ、見方によっては、私が馬乗りになって襲おうとしているようにも見える……。


 ていうか…………下を見たから当たり前なのだけど、あーちゃんの大事な部分が足の隙間からちゃんと見えているわけで。……当然、あーちゃんのお胸も無修正で見えているわけで…………。あとついでに、私のちんちくりんボディが晒されているのは…………いいか、どうせ二度目だし。


 「どうしたの、せんせい」


 あーちゃんが不思議そうに首を傾げてくるけど、上手くその眼が見られない。かといって目線を逸らせば、あーちゃんのスタイリッシュえっちボディが目に入ってしまうので、目も開けられない。


 結局、目を閉じたまま、私はぶんぶんと首を横に振る。


 「な、なんでもないでしゅ…………」


 …………いや、無理があるか、この反応は。


 「……………………」


 案の定、訝し気な沈黙が降り注いでくるけど、残念ながら目を閉じているので、あーちゃんの表情を窺うことは出来ない。


 「………………」


 しかし、黙秘以外に出来ることはなく。嵐が過ぎ去るのを、私はただ待つことしか出来なかった。くそう、誰だ、お風呂一緒に入ろうなんて言い出した奴は、私か。


 「………………もしかして、今更、照れたりしてないよね?」


 そんな胡乱なあーちゃんの声に、思わず肩がビクンと揺れた。我が体ながら、反応が正直すぎて泣きたくなる。


 「…………」


 「ふーん…………」


 そして、数秒の沈黙ののち。


 「てりゃ」


 そんなあーちゃんの小さな声と同時に、私の顔にシャワーのお湯がぶわっと吹きかけられた。


 「ぶみゅみゅみゅ…………」


 数瞬後、ぶるぶると頭を振って、恐る恐る目を開くと、とっても楽しそうに目線を細めるあーちゃんがそこに居た。


 「ふふ、せんせいも照れるんだ、いいこと知った」


 そうやって笑う姿はまるでいつかの学生時代の彼女のようで。可憐さとあどけなさが混じった華のような笑みをしていた。


 ………………ああ、その顔を見てると、どうにも弱い。


 頭の奥に熱がこもって、そのまま頬から蒸気が吹き出してしまいそうになる。いやあ、まあお風呂場で照れているのだから、そりゃそうなのだけど。


 「うう、アラサーを弄ぶなあ…………」


 そうやって、涙目になりながら抗議をすれども、君は楽しそうに私の紅くなった鼻をつんつんとつついて遊んでる。くそう、悔しいのになんだか背筋がぞくぞくする。


 「…………ふふ、ごめん、ごめん。……で、なんで泣いてたの?」


 そうして、あーちゃんがそう曖昧な表情で尋ねてきたから、私は思わずぴたっと止まってしまう。


 なんてい言えばいいのだろう、あーちゃんのこと、ちーちゃんのこと、自分の想い、上手く言葉にしたいけれど、どれから形にすればいいのかが掴めない。


 結局、しばらく言葉を探して、口をパクパクさせてから、私はふっと肩を落とした。ちゃんと伝えることすらできない自分が、情けなくて仕方がなかった。


 ただ、そうやってふっと俯いた瞬間に。


 「…………聞いといてなんだけど、言えないなら別にいいよ」


 あーちゃんは、そう言って軽く笑ってた。


 「また、元気な時にでも聞かせて? 一緒にカフェオレでも飲みながらね」


 なんてことはないように。


 「どうせ、時間はたっぷりあるんだからさ」


 そう言って、私の頬をそっと優しく撫でていた。


 ちょっだけ、意地悪そうな微笑みを浮かべたまま。


 どうしてだろう、どうして君はそんなに優しくしてくれるのかな。


 私にそんな価値はないはずなのに、そんなに気遣ってもらえる資格もないはずなのに。


 結局、私は何も言えないまま。


 また君に泣きながら抱き着いてしまってた。


 そうして、同窓会を終えた夜は更けていく。


 抱えた想いも、噤んだ言葉も、紡げないまま。


 そんな弱ささえ、許されながら。


 ただ君と触れ合う、濡れた肌の柔らかさと、重なる吐息の温かさだけを感じてた。


 答えは、まだ出せないけれど。


 いつか、ちゃんと向き合える日が来るのだろうか。


 今はそれすら、わからぬまま。


 私は、ただ君の胸の中で、泣いていた。
















 ※



 「………………せんせいさ、どうして何にも聞かないの?」


 「……ん? だって言いたくないんでしょ? 顔にそう書いてあるよ?」


 「………………」


 「言いたくないなら別にいいよ、また元気な時にでも聞かせて? コーヒーでも飲みながら」


 「…………………………」


 「…………でも、いつか聞かせてね。私、ずっと待ってるから」


 「………………ふうん」


 





 「………………やっぱせんせい、ちょっと変だよ」

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