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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
第2章 教え子のあなたと笑ってる

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第16話 教え子に寄り添う隣

 『あやは、私の恩人ですから!!』


 まだ二人が学生だった頃、ちーちゃんはそう大きな声で宣言しては、あーちゃんに呆れた顔で口を塞がれていた。


 なーんて、ぱっと見嫌がっていても、そんな明るいちーちゃんの姿に、あーちゃんも確かに救われていたんだと思う。


 あの誰しもが、失ってばかりだった冤罪事件の中で、それでも救われたものが確かにあったのだという、証明でもあったから。


 そして、そんなちーちゃんがあーちゃんを見つめる目が、時折、酷く―――淡く―――滲んでいたのを。


 その奥に、とても真っすぐで、煌めいた―――特別な色が潜んでいたことを。


 私はあの頃から、ずっと気づいてた。


 二人きりの時に、『ちーちゃんは、本当にあーちゃんのことが大好きだね』って言うと、彼女は顔を真っ赤にして、大慌てで誤魔化していたっけね。


 そんな、彼女をみるたびに、ああ、きっとあーちゃんは大丈夫だと、そうこっそり安心していたのを覚えてる。


 こんな真っすぐで素敵な子が隣に居るなら、きっとあーちゃんは大丈夫。


 たとえ失ったものが多くても、いくら転んでつまずいたとしても。


 きっと、これからも、二人で一緒に歩いていける。


 きっと―――――私がいなくても。


 そう想って、そう願ったことが、あの頃、一体どれくらいあっただろうか。


 願うたび、温かくて、優しくて、心地よい、安心にも似た情動が湧いてきたことが。


 なのに、ぎゅっと、胸の奥が、どうしようもなく震えた瞬間が。


 一体、何度、あったのだろう。



 「ねえ、あや」



 「最後に一つだけ聞いていいですか?」



 それでよかった。



 「ま(・)だ(・)、(・)せ(・)ん(・)せ(・)ー(・)の(・)こ(・)と(・)、(・)好(・)き(・)で(・)す(・)か(・)?(・)」



 私は、それでよかったの。



 「うん―――好(・)き(・)だ(・)よ(・)」



 それでよかった―――はずなのに。














 酔いと眠気で、靄がかかったような意識の中で。


 指先に触れて、そっと絡まる感触を。


 私は、手放すことも出来ないで。


 君との縁(よすが)に、ただ縋ってた。


 こんなこと、許されていいはずがない。


 社会が、倫理が、規範が、世間の声が。


 そして、何より――――あーちゃんの幸せを願うなら。


 こんな想いは、決して――――。


 決して――――抱いていいはずがないのに。


 「起きて―――せんせい」


 暗い海の中にいるような、曖昧な意識の狭間で君の声がした。


 「ねえ―――帰ってきたよ」


 誘われるまま、そっと目を開けてみると。


 君が、少し寂しそうな微笑みを浮かべたまま、私のことを覗いてて。


 差し出された手に引かれるまま、ゆっくり足を伸ばしたら。


 身体はタクシーからすっと降りて、やがて地面に着地する。


 見上げた先にあるのは、君の帰るべきところ。


 そして、今は私が間借りさせてもらっているところ。


 背後でタクシーが去り行く音を聞きながら、どこか覚束ない足取りのまま、君と寄り添って歩いてく。


 真っ暗な深夜のアパートの中、カツンカツンと、無機質に足音が響く中。


 君と二人で、手を繋いだまま。


 わからない、本当に私は、ここにいていいんだろうか。


 彼女の隣に居る価値が、それだけの理由が、本当に私にあるんだろうか。


 カツン、カツンと音が響いてく。


 クーラーの効いた、真夜中のアパートのエントランスは、どことなく肌寒くって。


 だけど、君と繋いだ手が重なる場所だけは、どうしようもないほどに温かい。


 だから、だろうか。


 この手を離すことができないのは。


 それとも、ぎゅっとその手を、強く握ったら。


 そっと優しく、握り返されるからなのかな。


 わからないよ、私には何も。


 ねえ、あーちゃん、わからないの。


 私、どうしたらいいのかな。


 















 ※


 「せんせい、起きてる? お風呂入れる? …………って、さすがに無理そうか」


 「………………ん」


 「まあ、いいや、明日はいれば。せんせいは先に眠ってて?」


 「…………あーちゃんは?」


 「…………ん-、私はそんなに酔ってないから、シャワーでも浴びてこよっかな」


 「………………私も」


 「ん? せんせいも入る? じゃあ、先に――――」


 「私も…………一(・)緒(・)に(・)、入っていい?」


 「……………………」


 「………………その、あーちゃんが……いやじゃなかったら」


 明かりもついてない、暗い寝室の中、君の表情は見えないまま。


 それが少し怖かったわけじゃないけど、思わずぎゅっと君の指先を握ったら。


 「ねえ、せんせい―――」


 ふっと、あーちゃんの声が、耳のすぐそばで囁きかけるように響いてきた。


 「いつか――――」


 そんな鈴みたいに透き通った彼女の声が。


 「いつか、本当に襲われても――――知らないよ」


 その時は、酷く恐ろしい響きを伴っていたはずなのだけど。


 私の胸は、どうしてか、ドクドクと脈拍を鳴らしながら。


 同時に、酷く、熱くなっていくような、そんな気がした。


 「―――うん」


 そうして頷いた、私の声が、その時は。


 深い暗闇へ呑まれていくように。


 やけに遠くに聞こえた気がする。

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