第14話 教え子と酔っぱらう
暖かさと、幸せと、ほんの少しのぎこちなさと一緒に、小さな同窓会は続いてく。
ちーちゃんも、あーちゃんも、最初のやり取りから後は、私が今どういう状態なのかは触れてこない。そっと触れないようしてくれている。
それが、優しくて、嬉しくて……少しだけやるせなかった。
本当はきっと、あれからも教師は続けてるよ、今でもあの学校で国語を皆に教えてるのって……言えてればよかったのだけれど。
綻ぶ頬に嘘はない。上げる笑い声に虚飾はない。
でも胸の奥が、時折少し、針が刺されたみたいにチリッと傷む。
こんな不出来な私には、勿体ないほどに優しい教え子たち。
そんな彼女たちに、気を遣わせてしまっているこんな現実が、少し、ほんの少しだけ私のちっぽけな胸を苛んでいく。
そうやって、少しだけ声が途切れた、そんな一瞬。
「せんせい、どうかした?」
あーちゃんは、ふと何気なく、隣から顔を覗き込んできた。
不思議そうに首を傾げて、目線で「何かあった?」って尋ねてくる。
そんなあーちゃんを見て、メニューを開いていたちーちゃんも心配そうに、くりっとした目をこちらに向けてくる。
………………はあ、何やってるだろね、我ながら。
折角の楽しい同窓会の最中に、要らないことばかり考えて。
「ううん―――なんでもないよ」
そう言って笑ったら、どうしてか、二人とも眉根がそろってへの字に曲がる。あらあら、心配性な教え子たちだね、それとも私が要らぬ心配ばかりかけてきたせいだろうか。
あの頃から君たちは、拙い導き手だった私の隣を、寄り添うように歩いてくれた。
でも、だからこそ、そんな優しいあなたたちだからこそ、あまり心配をかけてもいられない。
「さあ、飲もう! 再会を祝して飲みまくろう!!」
そう言って、私が諸手を上げると、あーちゃんはふぅっと息を吐いて、ちーちゃんはちょっと戸惑った後、おーって一緒に手を上げてくれた。
ふふ、空元気だって、バレているかな。
それでも、せめて、形だけでも。
今だけは何の憂いもなく、大人になったあなたたちの成長を、ただ喜んでいたかった。
そうして、夜は更けていく。
夏の盛り、都会の隅っこ、少しお洒落なピザを焼くお店の中で。
唄うように、教え子たちと杯を、交わしながら。
※
拝啓、どこにいるともしれない神様へ、飲み過ぎました。
「わにゃわにゃ…………」「ぐにゅぐにゅ………………」
あれから、お店を出てすぐの路地に蹲って、私はちーちゃんと肩を寄せてスクラムを組んでいた。
視界がぐわんぐわんとする、頭がぽーっとして、意味もなく踊り出しそうだけど、足が覚束ないので踊れない。
「二人とも大丈夫……? お水だけ買ってきたけど」
「おういえー…………」「わっとはっぷーん…………」
「…………ダメそうだね、こりゃ」
お水を買いに言ってくれたあーちゃんが、少し呆れ顔で私たちを見下ろしている。
「なんだとう、あーちゃん、わたしよってないよ、ほんとうだよ!」「はい! せんせーはよっていません!! 私もよってません!!」
なめてかかられては、大和撫子の名が廃る。というわけで、ちーちゃんと二人で、拳で抵抗の意思を示しながら、お水を受け取った。当たり前だけど、大和撫子なんて人に言われたこと一度もありません。
「はいはい、ちゃんとお水は飲んでね…………しゃーないタクシーでも呼ぶか」
「たくしー……? あーちゃんたくしーよべるの?! おとなだ!!」
「せんせー!! わたしもよべます!! わたしもおとなですか!!??」
「すごい! ちーちゃんもおとなだよ!」
大人の証にちーちゃんを一杯なでなでしておく。すると、ちーちゃんは満面の笑みで、うへへーと頬を緩めていた。可愛い!! 大人なのに可愛い!!
「大人のハードル低すぎるでしょ…………はい、すいません、配車一台お願いします…………」
なんて、ちーちゃんを一杯よしよししていたら、あーちゃんが少しため息をつきながら、スマホで何やら連絡していた。いや、あれはタクシーを呼んでいます。私は先生なので、わかるのです。
「あーちゃんもえらいよ! すっごくえらいよ! 私がよしよししてあげる!」
なのでばっと跳びあがって、その首元に抱き着いた。そして、そのまま背伸びして、お電話中の頭をよしよしする。さらさらの髪が指を流れていくのがとても気持ちいい。なによりえっち!!
「せんせー!! わたしもよしよししたいです!!」
「おいでちーちゃん! 三人でよしよししよう!!」
「はい、はい、お願いしまーす。あ、背景音は気にしないでください」
そうして、あーちゃんに抱き着く私の後ろにちーちゃんが抱き着いてきたので、そのまま右手であーちゃんを、左手でちーちゃんをよしよしします。
このよしよしテクニックが、元教師たる所以ですね。教師たるもの教え子の数だけ同時によしよしすることは、朝飯前なのです。ちーちゃんの髪は相変わらずふわふわで、羽毛布団に包み込まるように心地がよく、頭皮の匂いも甘くふんわりしています。ふにゅふにゅふにゅ。
「せ、せんせー!? あわ、あわわわわわ…………」
「ああ、教え子は、いつもいい匂い…………ちーちゃんも、あーちゃんも二人ともいい匂い」
「…………せんせい、ちづるには、それちょっと刺激が強いよ?」
え? と思わず腕の中にちーちゃんに目を向けると、なんと顔が真っ赤かになっていました。目元も涙目で、唇も震えてる。ああ、教師失格、セクハラ重罪、懲戒免職。
「ど、どうせ死刑なら…………かぐか」
最後の晩餐は、教え子の使用済みタオルがいいです。
「こら、法の矛盾を言い訳にして続行しない」
なんて最後の一嗅ぎを堪能しようとしたところで、あーちゃんに首元を引っ張り上げられた。まるで猫を運ぶときのように。どうして?! あーちゃんほうが、猫っぽいのに!!
「やだー! かがせろー! ちーちゃんを、くんかくんかさせろー!」
「え、えと……えと…………」
「せんせい、ちづるさすがに困ってる」
「ごめんなさい!! はらをきります!!」
即座に手を引いて、そのまま謝罪に頭を下げた。教え子は困らせるとは、言語道断。これはもはやいい訳の余地もない。
「介錯は……あーちゃんがしてね!」
「別にいいけど、私、普通に後追いするよ」
「それはダメ!! やっぱり、はらきりません!!」
武士に二言はないけれど。私には二言があります。なんなら三言くらいあります。
「…………あや、もしかして、せんせーは酔うといつもこんな感じですか?」
「うーん……、私も二回目だから何とも言えないけど、割とそうかもしんない」
あーちゃんとちーちゃんが、ちょっと困ったように目を合わせてる。かなしい、ちにたい。ひぃんと泣いたら、あーちゃんによしよしされました。うれちい、ちなない。
「せんせーは、やっぱり昔から、色々溜め込んでたんですかね……」
「そうかなあ…………まあ、そうかも…………」
ああ、あーちゃんとちーちゃんの目が優しい。でも私知ってる、これは可哀そうなものを見るタイプの優しさ。わかってます、三十路目前のいい大人が、こんなに酔っぱらっている罪深さ、わかっているけど止められないの。
「ごめんね、二人とも、こんな教師で…………うう、嫌いにならないで…………」
「だ、大丈夫ですよ!! 私も酔っぱらってますし!! せんせーは立派なお方ですから!!」
「ていうか今更、酒癖ちょっと悪いくらいで嫌いにならないよ」
そうして、お迎えのタクシーがやってくる頃には、私は膝を抱えたままあーちゃんとちーちゃんにひたすらよしよしされていました。
ああ、情けない。こんなのが元教師の姿なのかと涙があふれて止まらないけど。
「でも、よしよしされると嬉しいの…………」
これが悲しい人の性!!
「じゃあ、私、いっぱいせんせーを、よしよしします!!」
「もー、せんせい、そんなことで泣かないで」
そうやって、帰りのタクシーの中で、教え子二人に優しく挟まれて。
温かい手で撫でられながら、私の意識はゆっくりと溶けていったのでした。
しあわせ!!
※
「ねえ、あや、最後に一つだけ聞いていいですか?」




