第13話 せんせいと同窓会
「え!? せんせい、今、あやの部屋に住んでるんですか?」
あの後、ちづるの案内でピザ屋に辿り着いた私たちは、メニューを開きながら、軽い現況の報告を交わしてた。
っていっても、せんせいは、報告を若干躊躇ってたから、半分私の方から伝えたけれど。
話の流れ的に、今、何処で何をしているかはいずれ絶対に話題に上がる。それなら、先にばらしといたほうがいいって、ちづると合流する前に相談してはいたのだけれど。
「う、うん…………そうなんだ。私がその…………」
せんせいは、少し顔を伏せながら、気まずそうに声をすぼめていた。なんて説明したものか、悩んでいるのかもしれない。実際、精神的に色々患っている結果なのだから、言い難いのも自然ではあるのだろう。
相手がちづるだから、別に言っても悪いようにはならないと思うけど、負い目があるのも確かなんだろうね。せんせい、変なとこで見栄っ張りだから。
「私が無理矢理誘ったの。行くとこないんならうちに来たらって」
隣でせんせいの少し申し訳なさそうな視線が、こちらを見上げてくる。ひらひらと手を振って、気にしないとだけ、手で示しておく。
「…………丁度、色々あって部屋を引き払わなくちゃいけなくて。あーちゃんがそれならって、言ってくれたから。少しの間……お邪魔してるの」
『少しの間』と、せんせいが口を開いた時、胸の奥をちりっと何かが走った。だけど、それを今は顔に出さないようにしながら、ふぅっと軽く息を吐く。
そんな私たちの説明を聞きながら、ちづるはどこかぽかんと口を開いてた。まあ、さすがにちょっと突拍子もない話だからね。全部、ここ一週間くらいの出来事だし。
そして、そんなちづるの視線がちらっと私の方に向けられる。どう反応したらいい? と尋ねられているような気がしたから、私はそっと首を横に振る。
別に、構わないで、いつも通りに。
そう伝えたのがどこまで伝わったかはわからないけど、やがてちづるはむんっと何やら気合を入れ直す。そして、丁度先に注文した飲み物がやってきたので、受け取ったジョッキをぐっと持ち上げた。
「なるほど…………わからないけど、わかりました! 何はともあれ、せんせーと再びお会いできて、私すっごく嬉しいです!!」
そうやって、ちづるはまだ目尻に残っていた涙をむんっと拭って、私達に向かってジョッキを突き出す。
「ふふ、ありがとう……ちーちゃん」
そういって、せんせいがそっとグラスを持ち上げたのに合わせて、私達はカチンとグラスを合わせた。
「では、せんせーの無事と再会を祝って、かんぱーい!!」
「「かんぱーい」」
そうして、ちづるの勢いのいい号令と共に、こぢんまりとした同窓会は幕を開けたのだった。
がやがやと人の声が騒めくレストランの中で、ささやかな大人の愉しみを酌み交わしながら。
※
「ええ?! ちーちゃん、今ラーメン屋さんで働いてるの?!」
「はい! 大学時代に入ったアルバイトが居心地よくて! そこで声をかけて頂いて、今もそこで働いてるんです!!」
「そのせいで、ちづる、声の大きさに磨きがかかったよね」
「おお…………え? あの頃から、さらに……?」
「はい!! 毎日いっぱい『千歳さんは声が大きいね』っ言われてます!!」
「私も何回か食べに行ったけど、半分看板娘みたいになってたよ」
「おお…………ちーちゃん、頑張ってるんだね……私も見に行きたいなあ」
「はい! よろこんで!! せんせーがいらっしゃったら、ヤサイとニンニクたっぷり乗せますね!!」
「え、野菜? にんにく? …………えと、ありがとう?」
「ちづる、多分、それしたら、せんせいの胃が死ぬから」
なんて言っても、せんせいは「野菜でしょ? 食べれるよ?」と不思議そうに首を傾げてる。多分、せんせいの想像しているラーメン屋じゃないんだけど、説明が難しい。
ちづるの方もようやく気づいたらしく、手と口をわたわたさせて、なんとか説明を試みようとしてたけどいまいち伝わってなかった。多分、後で写真見せた方が早そう。こう、山のように盛ってるやつを。
なんて、やり取りをしながら、私達は久しぶりの歓談に花を咲かせてた。最初は、せんせいが変に負い目を感じてないか心配だったけど、幸い杞憂に終わりそうだ。ちづるの雰囲気が明るいから、多分そっちに引っ張られているんだろうね。
熱く溶けるようなピザと、香りの強いワインに舌鼓を打ちながら、そんな二人を私はそっと微笑んで見つめてた。
幸い、せんせいの表情は、目まぐるしく飛び出るちづるの言葉に翻弄されながらも、ちゃんと楽しそうだ。今は二人揃って、どのお酒が美味しいかなと首を捻ってる。
私と一緒だと、どうしてもせんせいを困らせてしまうことの方が多いから、こんな時間が少しでも息抜きになればいい。それを気にするなら、そもそも困らせるんじゃないって話だけどさ。
「あーちゃん、ここのピザ…………凄く美味しくない? なんかこうふわっとしてて、チーズもあちあちでさ…………」
「ちづるが見つけてきたとこは、大体いつも、ちゃんと美味しいよ」
「え、えへへ、美味しいの大好きで、休日は色々食べ歩いてるんです。食べたいものがあったら、リクエストしてくださいね! いっぱい美味しいお店紹介します!!」
そうして、話題は最近のちづるが出会ったお店、私の仕事での先輩のエピソード、大学時代のあれこれとか、楽しくも傷に触れない話題へと移行していく。
せんせいの近況、今の仕事、教師を辞めたこと、そういった傷跡には誰もがそっと触れないようにしながら。でもそれが気にならないくらいに、ちづるの口からは楽しい話が尽きることはなかった。
段々とせんせいも落ち着いてきて、お酒も回ってきたのか、少しだけ身体がゆらゆらと揺れ出している。うん、これならまあ、大丈夫かな。
なんて、楽しい雰囲気になってきたから、少しだけ油断していたのだと思う。
「でねー、あーちゃんがね、ワイン飲んでたけど、私、全然飲めなくてねー」
「それなら、私が紹介しますよ、せんせー! 甘口のワインなら、ここ美味しいのがあってですね…………」
「ほんと? でも、飲めるかなあ。私、日本酒とかも全然だめで…………」
「飲みやすいのは、本当にジュースみたいですから、するするいっちゃいますよ! せっかくだから、一緒に試してみましょう!」
前回の居酒屋で、せんせいが死ぬほどお酒に弱いことはわかっていたわけだけど。
「よおし……じゃあ、これにしよう! ちーちゃん、ついてきてくれる?!」
そういや、ちづるも死ぬほど弱かったのだと。
「はい! ちづる、お供します! すいませーん! これのボトル一本!!」
そのくせ、やたらと飲みたがるのだと。
「「かんぱーい!!」」
気づいた頃には、もう遅くって。
私がお手洗いに行って、奈月さんから来てたメールに目を通している、そのわずかな間に。
「う、うひひ、おいしー、あーちゃん、これおいしーよー…………」
「ふへへへ、せんせー、私しあわせですー。…………あれ、なんであやが二人いるんですかー?」
ワイン片手に真っ赤になった酔っぱらいが、見事に二人出来上がっていたのだった。
…………しまったなあ、いつもはちづる一人だからどうとでもなってただけだった。さすがに私独りで、二人担いで帰ることは出来ないんだけれど。
さて、どうしたもんかなあって悩みながら、私は机に突っ伏す下戸コンビの頬をつんつんとつついて遊んでた。
どっちも真っ赤なイチゴ大福みたいなほっぺで、とてもつっつき甲斐があったのだった。教師と教え子は、ほっぺの柔らかさまで似るもんなのかな。
「むにに、あーちゃんがいじめるー」
「あにゃ、あにゃにゃにゃ…………」
がやがやと喧騒と喜色に満ちたレストランの空気の中。軽く息を一つ吐きながら、ふっと思わず微笑んだ。
最後に膨らんだせんせいのほっぺをつついたら、ぽひゅっと間の抜けた音と一緒にそこから空気が抜けていった。




