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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
第2章 教え子のあなたと笑ってる

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第10話 教え子の匂いを嗅ぐ

 ぼんやりとした頭を、のっそり上げる。


 思考も視界も、どことなくあやふやで、なのにぼんやりとした感情の残響だけが、頭の隅に残ってる。


 泣いていたような気がする、抗っていたような気がする、守ろうとしていた気がする。


 誰かを慈しんでいた―――ような気がする。


 窓から差し込む、夏の朝陽にかすかに眼を細めながら、私は欠伸に口を開いた。


 そして、ふっと手元を見ると、まだ眠りの中にいるあーちゃんの横顔がすぐ隣にあった。


 そんな顔を見ていると、どうしてか、安心する。


 胸の奥につっかえていた何かが解けて、身体の栓がどこかに抜けてしまうような。


 そんな眠気と脱力感に誘われるまま、彼女の方に頭を傾けて、ぼふっとその温もりに顔をうずめる。


 甘く、しょっぱく、少し湿気と布団の香りが混じってる。


 そんな匂いをすぅっと吸い込むと、胸の中がぽやぽやして、漏れ出る息もほんの少し温かくなる。


 何度も何度も嗅いできた香りですもの、自然と私の身体も、安心するものだと覚えてしまってる。


 ふがふがと鼻と口を動かしながら、より鮮明にその香りが探索できそうな場所へと顔を潜らせていく。


 やっぱり、首元、そしてあーちゃんは嗅がせたがらないけど、脇のあたりがとても心地いい匂いがする。頭の奥がぽやっとして、これだけで、幸せを感じることができるよう。


 教師時代は、眠るあーちゃんに気付かれないよう、こっそり嗅いでいたっけなんて記憶も懐かしい。よく見つかって、変態扱いされてたもんだ。なんで懲戒免職になってないんだ、私。


 そうやって、ふぅーっと息を吐いていたら、どうしてか不意に視線を感じた。ちらっと脇から顔を離しながら、目線だけあげてみる。すると、寝ぼけ眼のあーちゃんが、こっちを藪にらみ気味に睨んでた。


 「おはよー、あーちゃん」


 朝の挨拶は大事と存じます。珍しく私の方が先に起きたのは、夢で眠りが浅かったのと、今日がお休みだからですかね。


 そうして、ふがふがとあーちゃん吸いを続行している私の頭が、がしっとつかまれる。そしてあーちゃんはどこか怪訝そうに眉を細めてた。若干、頬を染めながら。


 「ねえ、せんせい…………人(・)の(・)胸(・)で(・)何(・)し(・)て(・)る(・)の(・)?」


 そうして、いただいたおはよう代わりの言葉は、寝起きの頭にはちょっと処理が重い。数世代前のパソコンの如く、うぃーんとしばらく時間をかけて分析を行い、私はようやく現状にふと気づく。


 私のやっていたこと:首と脇に顔をうずめて、匂いをふがふとしてました。


 客観的に見ると:首と脇の間ってことは、ほぼお胸なわけですね。そこに顔をうずめてふがふがと。


 社会的に見ると:元教師、教え子の胸に顔をうずめて匂いを嗅ぐ、死刑。


 つつーっと、冷たい汗が額を落ちていく。


 待て、考えろ、言い訳を。


 いや、決してこれはおっぱいをふがふがしていわけではなく、首元と脇をふがふがしていたのであって、性的な意味は含まれていないと説明したところで、一体誰が信じてくれるというのか。


 「………………えっと自首します」


 というわけで、潔く豚箱に入ることにした。そっと両手を出して、手錠をかけてもらうのをただ待つことにする。


 「逮捕、無期懲役」


 カチャっと音はしないけど、あーちゃんの手で手首がそっと抑え込まれる。


 ていうか、凄く罪が重い…………。いや教え子にこんなセクハラかましてる時点で、当然か。死刑になってないだけ温情かもしれない。


 「反省の言葉もありません…………相変わらず、あーちゃんはとてもいい香りがしました」


 「このエロせんせい…………」


 容赦の無い罵倒に心が折れそうになったけど、ほぼ事実なので何も言い返せない。


 「大人になったことで、脇の匂いがより芳醇になった気がします……」


 「淫乱変態エロせんせい…………」


 おかしい、喋れば喋るほど、私の株が下がっていく。あーちゃんの目も段々と、どうしようもない汚物を見るかの如く細まっていく。そして、そんな視線に晒されると、背筋がぞくぞくするのはなんでだろう…………。


 「違うんです、裁判長、これは教え子の成長を確認していただけで、けっしていやらしい意味ではないんです。ただ…………あまりにいい香りだったから堪能してしまっただけで…………」


 「そっか、死刑」


 そして、言い訳をするたびに、罪が重くなるのはなんでだろうか。


 「せんせいが、匂いフェチの変態だからだよ」


 事実を言うのは止めて欲しい、だって何も言い返せないから。


 そうして、その日家を出るまでの数時間、私の呼び名がエロせんせいになったのは別のお話。


 「エロせんせい、ご飯何食べる?」


 そんなあーちゃんの冷たい言葉に、ちょっとぞくぞくした私がいたのも、また別のお話。









 そして、そんなやり取りに紛れて、あーちゃんのスマホが実は小さく通知を鳴らしていたわけだけど。


 私たちがそれに気づくのは、もう少しだけ後のことだった。








 千歳 ちづる『あやー! 今夜空いてますか? 凄く美味しいピザのお店を見つけました! 返信待ってます!』

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