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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
プロローグ 再会

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2/9

プロローグ せんせい―②

 彼女の名前は、綾辻 (あや)。だから、あーちゃん。


 私がクラスを受け持ったのは、彼女が高校2年と3年の頃。


 当時の私は、まだ大学を出たばかり。


 我ながら、若く、青く、今にして思えば、とても誰かに物を教えられるような人間じゃなかったのだろう。


 そんなんだから、私のクラスはお世辞にも、まとまっていたとは言えないのだけど。


 幸い、彼女をはじめ、数人の子達は、とても親しく接してくれた。


 あれから、7年、時が経つのは早いもので。


 「あーちゃん、今は…………就活?」


 「ううん、もう、就職してる。せんせい、ちゃんと計算して? 私、もう24だよ?」


 あの後、しばらく再会の喜びを分かち合った私たちは、そのまま近くの居酒屋に入っていた。


 教え子とお酒の店に入るのを、本能的に脳が拒否していたのだけど、結局、あーちゃんに押し切られてしまった。まだ夕方あたりだから、店内はそこまで混んでなくて、幸い話しやすいけど。


 ただ、そんな成人用の店内にいる、すっかり大人びた彼女を見ていると、湧き上がる嬉しさはもちろんある。ただ、同時に違和感でちぐはぐにもなってしまう。


 どうしても、私の中のあーちゃんは未だに17歳なんだよねえ……。なにせ、彼女がお酒を頼んだのを見て、反射的に止めそうになってしまった。いや、別にもうちゃんと合法なのですけど。


 「24………あーちゃんが24ということは…………」


 「せんせいは…………あの時23だったから、今年、30歳?」


 かはっとメニュー表を持った私の口から、何かが零れた。三十路という名の刃が、私の胸に突き刺さった音がした。


 「そう……だよ。あと…………1か月くらいで……さんじゅっちゃい」


 「30歳がするとは思えない、発音してるけど……」


 「人は時に厳しい現実に突き当たると、幼児になってしまうのだよ、あーちゃん…………」


 人はこれを現実逃避とも言う。


 あーちゃんは、そんな私をちょっと呆れたように眺めながら、じーっと見ている。そういえば、昔からこうやって、人をよく観察してたなあ。


 そのせいか、彼女は本当に細かいところによく気が付く子だった。私が小指にタンスをぶつけた日は、当然のように察知されたっけ。


 「ふーん、まあでも、元気そうでよかった。学校に顔出したら、せんせい辞めたって聞いてたから、心配だったよ」


 お通しで出てきた、ちょっとお洒落なカルパッチョを口に運びながら、彼女は何気なくそう言った。


 対して、私の息は、思わず一瞬詰まった。


 「うん………そうだね、ごめんね」


 教師は辞めたのは、もうそこそこ前のことになる。あまり褒められた辞め方ではなかったから、その後、誰かに伝えることもしてこなかった。


 本当は今こうして、彼女と席をともにすることも、褒められたことではないのかもしれない。懐かしさと嬉しさに、つい負けてしまったのかな。


 なんてこっそり息を吐いていると、あーちゃんは、じっと眼を細めながらこっちを見ていた。猫が獲物を見定めるみたいに、静かに注意深く観察されてる。


 うう………、この子にこういう見られ方をされると、思わず少し居心地が悪くなる。大体、隠しておきたいこととかに、すぐぴんと来てしまうんだよね、あーちゃんって。


 「ねー、せんせい、今、何してるの?」


 案の定、胡乱な瞳で、そんなことを尋ねられてしまった。


 「えーっと………最近は図書館に行くのにハマってるよ?」


 震える声で、安い誤魔化しをはかってみることにする。


 「…………聞き方変える、普段、昼間は何してんの?」


 ぎゅっと、心臓を掴まれたような感触がする。うう、相変わらず痛い所を、ずばずばと突いてくる。こんな感覚も懐かしいねと、思わず涙が零れそう。


 「そ…………その」


 「その?」


 ………………なんて言って、誤魔化せばいいのだろう。


 まさか、絶賛独り暮らし定職なしで、半分ニートをやっていますとも言い難い。


 考えろ、考えろ、私の脳細胞。嘘を言っても、どうせバレるから。ぎりぎり真実で教え子に心配を掛けない、現状報告を…………。


 そうして、数瞬、ここ数年で最高潮に働いた私の脳細胞が導き出した答えは――――。


 「い、いつもは、人と話したり、面談したりしてるかな…………」


 嘘ではない。


 「ふーん、なんかの相談員とか?」


 「そ……そんな感じかな」


 嘘…………ではないけど、限りなくアウトに近い。


 「まー、せんせい、人の話聞くのは得意だったしね」


 「そ、そーでしょ? あ、あははは………」


 ちらっとあーちゃんの方を見ると、視線がふっと横に切られて、ふぅっと一息吐いている。…………とりあえず、誤魔化せたかな。人の相談を聞くどころか、基本、相談を聞いてもらう側だとは言い辛い。


 くそう、久しぶりの再会で、教え子に嘘を吐く罪悪感に、涙がちょちょ切れそうになる。しかし、どうにか泣くのを我慢して、私は店員さんが置いてくれたお通しのサラダを無心で頬張っていた。気のせいか、しょっぱいぜ。


 「ねー、せんせい」


 そんな私に、あーちゃんは少し首を傾げながら、静かな瞳を向けてくる。


 「…………なに? あーちゃん」


 私は出来るだけ、いつも通りに答えを返す。まるで、7年前のあの頃のように。


 「最近、ご飯ちゃんと食べてる?」


 「…………食べてるよ」


 なんだか、親戚の人みたいな質問だ。


 「夜は? 眠れてる?」


 「まあ、程々に。たまーに眠れない日もあるけれど……」


 そういえば、こういう質問をよく私はこの子にしていたんじゃなかったっけ。なんだか立場が逆転してしまったようだ。


 「なんか、最近、楽しいことあった?」


 「楽しいこと? あ、今日、あーちゃんに会えたことかな」


 そう言って、そっと笑みを浮かべると、何故だか軽くため息をつかれてしまった。なぜだろうか、わからない。あーちゃんの心は、いつだって、猫のように気まぐれで複雑だ。


 きっと、私にはあずかり知らない、深遠な理由があるのだろう。


 「「………………」」


 そうして話が途切れたころに、店員さんが、私の前に梅酒のソーダを、あーちゃんの前に紅いワインを持ってきた。大人だなあ、私、未だにワインなんて飲めないけれど。


 そうして、まだちょっと難しい顔を続ける彼女に、私はあえてふふんと笑って、そっとグラスを持ち上げた。


 だって、再会できて嬉しいのは、偽りない本音なのだから。それに小説とかではこういうの、結構夢のある展開だよね。


 かつての教え子が大人になって、二人でお酒を飲みかわす、そんなシチュエーション。


 あなたの成長を、時間の流れを、あの頃は飲めなかった、お酒という大人の証明で一緒に味わうの。


 そっと彼女のワイングラスが、私の方へと向けられたから、そこに自分のグラスをチンと合わせた。


 少しの間を置いてから、二人でお酒をそっと身体に流し込む。


 しゅわしゅわとした甘酸っぱさが口に広がる。曖昧で、淡く、何もかも滲んでいくような、そんなアルコールの酩酊感が、あっという間に私の身体を満たしてく。


 そんな私を、あーちゃんは何かを見定めるような表情で見つめてた。


 「ねえ、せんせい」


 「なーに? あーちゃん」


 自分の声が、酷く上機嫌に聞こえる。いやいやまだ酔ってませんけど? ただ意味もなく、揺れながら楽しくなってきただけで。


 そうやって、独りでふふふと笑う私に。


 「――――あの時の約束、まだ憶えてる?」


 そっと、彼女が告げた言葉が。


 お酒によって、まだ微睡んでいない。


 その日、最後の、はっきりとした記憶だった。















 ※



 目を開ける。


 頭が痛い。


 見上げた天井は、よく見知ったもの。


 ワンルーム、家賃の安さだけが取り柄の、我が家の天井。


 上手く回らない視界と思考の中で、もぞもぞと身体を動かす。


 頭痛い、なんで、こんな頭痛いんだっけ。


 ………………って昨日、いっぱい飲んでたからか。


 そう、昨日はあーちゃんと、そのままお酒を飲んで。


 なんだか楽しくなっちゃって、結局、うちに帰ってからも二人で色々飲み続けて。


 それで、えーっと…………。なんか、色々と粗相をした気もするけど、上手く想いだせない…………。


 ぼんやりと回らぬ思考をなぞりながら、私はスマホを探そうと、ベッドの脇に手を伸ばす。





 ふにっ、という感触がした。





 とても柔らかい、しっとりと湿っているのに、さらっと流れるようで。心地のいい、どこか懐かしくなる感触。


 「……………………?」


 目線を下げる、そこにあったのはあーちゃんの寝顔。どうにも、ほっぺをタッチしてしまったようです。


 ベッドが狭いから隣で寝ていたようだ。


 おねむな所ごめんねと、そっと触れた手を退けかけて。



 ふと、気づく。



 あれ、あーちゃん、なんか肩から肌色が覗いているけど。



 ………………?



 まるで、何もその肌に纏っていないかのような。



 ………………………………。


 だらだらと、何かが身体から溢れ出す。


 というか、なんか、布団の中で肌が触れあう感触があるような。


 恐る恐る、自分の身体に目を向けた。


 あ、なんか肩に何もついてない。


 ちらりと下を見ると、胸を覆うという役割を放棄したブラが、ぎりぎり脇のあたりにぶら下がっている。


 そして、布団の中、大して色気もない私のショーツがそこにありはするのだけれど。なんか………………微妙にずれているような。


 ふっと周りを見回すと、床に散乱している衣服の数々。


 ………………………………?


 額から嫌な汗が、だらだらと零れ落ちてく。


 恐る恐る、布団をそっと持ち上げて、二人の身体を検分してみる。


 私が普段寝るときはちゃんとパジャマを着ているので、こんなあれもない恰好は、当たり前に異常事態。そして、なんでか下着が着崩されているのでしょうか、胸にいたってはほぼ丸見えだし。


 そしてそんな私の隣に、ちらっとあーちゃんの、綺麗なおみ足が覗いて見えた。


 こちらに向けられている、お腹とお尻は、非常にぷりてぃーで、こっちもしっかり下着姿。私ほど崩れてないけど、それでもあーちゃんのスタイルのいい肌色が、視界の全面に押し出されている。


 ……………………………………???


 それ以上の何かが見える前に、そっと私を布団を元に戻した。そしてあーちゃんの身体をゆさゆさと揺すってみる。


 いや、まだ、まだだ。


 私が吐いて、服がないから、そのまま寝たとか。そういうぎりぎりセーフ系のオチもまだあるから。


 数秒身体を揺らし続けると、あーちゃんが少しむずがゆそうに眼を擦る。お昼休みの終わりに起こしていた時も、こういう表情だったなあなんて郷愁が不意に湧いてくる。だけど、今はそんなことに浸ってる場合ではない。


 「あーちゃん……あーちゃん!?」


 指先が覚束なくて、背筋はぷるぷると、みっともなく震えだす。


 必死に昨日の記憶を探ろうとするけれども、浮かび上がるのは、画像と音声がぐにゃぐにゃになったポンコツな映像ばかり。うう、わかってました! 酔った私の記憶があてにならないことは!


 だから、最後の望みをかけて、あーちゃんの身体を必死に揺らして、涙目になりながら彼女を起こそうと試みる。


 「あーちゃん、あーちゃん、あの私たち……昨日………!」


 脳裏に映るのは新聞記事にでかでかと乗る、私の眼線を隠した証明写真。


 『現在無職の元教師、教え子に対して淫行を働く!!』


 そして、それより、何より。折角再会できた教え子に、無理矢理迫って傷物にしたなんてことがあったら――――。


 それはもはや、死んでも詫びきれない。私なんかでは、一体、どうやって償ったらいいのかすらわからない。


 そんな嫌な妄想を、どうにかぶんぶんと振り払いながら、あーちゃんを起こそうとすることおよそ数分。ようやくむずがるように、彼女の眼がうっすらと開き始めた。


 そのまま、あーちゃんが、身体を無造作に起こそうとしたから、思わずばっと布団を肩から掛けて、その身体を私の視界から防護する。


 そのせいで、私の三十路ちんちくりん下着ボディは、露れもなく白日の下に晒されるけれども、背に腹は代えられない。いや、胸はしまおう、せめて。


 「んー…………おはよ、せんせい」


 ひーひーと、涙と息を漏らしながら、下着を慌てて戻す私をよそに。あーちゃんはいつも通りマイペースなご起床だった。そして、私のことをぼんやりと見つめると、不思議そうに首を傾げた。


 ………………ショックを受けた感じはない……てことは、せ、セーフ?


 「どーしたの、そんなに焦って……」


 そうして、彼女はぼんやりとしたまま、私のことをじっと見て、ああと軽く頷いた。


 「せんせい、昨日の記憶は?」


 くぅぅ……なんて察しのいい教え子じゃ。


 「……………………家に帰ったあたりから……よくわかんなくて」


 そして、なんて情けのない元教師じゃ。


 そんな私に、あーちゃんは軽く考え込むように首を傾げる。


 そうして、私をその鋭い瞳でじっと見つめた後、ちっちと指で私に近寄るように示してくる。


 お布団の中から、指が覗くだけで、彼女の肌が露になりそうになるわけだけど。そこから必死に眼を逸らしつつ、私は恐る恐るあーちゃんに近づいた。


 すると、彼女は私の耳元に、息が吹きかかりそうなくらいに頬を寄せてくる。


 彼女の息が、微かに耳元に触れるだけで、お腹の奥から背中にかけて、何かがじわじわと広がっていくような感覚がして、そのまま飛び上がりそうなくらい身体が震える。


 そんな私の様子に、あーちゃんはくすっと笑って。



 「多分―――せんせいの思ってる通りだよ?」



 そう――――告げた。



 あ――――終わった。



 ぽとんと手が、ベッドに堕ちる音がした。



 「あと、念のために、証拠は残してあるから」



 そうして、そんな私を追い込むように。



 「なかったことにしようとか――――想わないでね?」



 耳元であーちゃんの、怪しくも蠱惑的な囁きが響いてた。



 だけど、そんな言葉が示す意味に、この時の私は思い至ることすらできず。



 ただ、現状の取り返しのつかなさに、呆然とすることしか出来ないでいたのでしたとさ。



 こうして、私は元教師の身でありながら、かつての教え子を抱いてしまったのです。



 「あー、一応言っとくと、せんせいの泣き声、ちゃんと可愛かったよ?」



 訂正――――私が抱かれた側でした。



 なら大丈夫…………とはならないんだけれど。



 そうして、そのまま呆然としているばかりの私の首元に。



 あーちゃんはそっと顔をうずめると、小さな水音を立てて。



 微かな熱と共に、そこに跡を残していました。



 ただ、そんな官能的な状況でも、打ちひしがれたままの私は。



 土下座をしながら、涙を流すことしか出来なかったわけですけど…………。















 ※



 「ねー、せんせい」


 「なあに、あーちゃん」


 「いつか、私が卒業して、大人になって、ちゃんと独り立ち出来たらさ」


 「………………」


 「―――――もう一回、好きって言っていい?」


 「…………あーちゃんが、憶えてたらね」


 「…………おっけー、言質とったから」


 「えー、こわーい。あーちゃん、本当に憶えてそう……」


 「そーだよ、私、執念深いから」


 「どうだろねえ、それまでに、恋人とかできてるんじゃないかなあ」


 「………………せんせいが?」


 「あーちゃんが」


 「………………絶対ない」


 「どーだろうね、人生わかんないもんだよ」


 「―――――――わかってないのは、せんせいのほうだよ」


 「そうかなあ………じゃあ、それまでは楽しみにしとくよ」


 「うん…………だから、忘れないでね」


 「……………………」


 「約束………………だからね」


 「……………………そうだね」

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