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教え子のあなたと暮らしてる  作者: キノハタ
第1章 教え子のあなたと暮らしてる

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第4話 せんせいと一緒に眠る

 「じゃ、電気消すよ」


 そうせんせいに声をかけて、照明のスイッチを押す。


 「う、うん…………」


 ふっと光が途切れて、視界が暗色に染まる。後に残るのは、エアコンの音と、微かに布団が擦れる音だけ。


 手探りで布団の中に潜り込むと、触れてこそいないけど、隣には確かにせんせいの気配がある。


 身じろぐたびに布団が少し揺れて、どことなく落ち着いてない呼吸の音が耳元でする。ほんの少し手を隣に伸ばせば、その指先に触れられるけど、昨日の今日でさすがにそれは怖がらせちゃうかな。


 だから、ふぅっと軽く息を吐くと、私は出来るだけ身体から力を抜く。微かに震える動悸を、そっと抑えるように。


 「おやすみ、せんせい」


 呟くようにそう口を開くと、せんせいの気配が微かに動いた。それだけで、触れ合ってもいないのに、わずかだけどせんせいの体温が伝わってくる。


 その温もりを感じるだけで、反射的に眠くなってくるのは、あの国語準備室での教育の賜物かな。


 そうやって、軽く欠伸を噛み殺していると、隣でせんせいがおずおずと口を開く気配がした。


 「うん…………おやすみ、あーちゃん」


 せんせいの声は、どことなく緊張しているのか、少しか細かった。


 気のせいかなと思って、少し様子を窺うけれど、隣では相変わらず少し、もじもじするような衣擦れの音がする。


 手でも握ってあげたら落ち着くだろうか…………いや、昨日のことを考えたら、むしろ動揺させるだけかもしれない。


 だから少し動きかけた指先をそっと抑えて、なんでもないふりをする。


 ただ、肝心のせんせいは、どことなくもじもじと動く音が鳴りやまない。


 ………………。


 しばらく待っても、なんとなく居心地が悪そうなのは、まあさすがに気のせいじゃないんだろうね。


 「…………どーしたの、せんせい、やっぱ落ち着かない?」


 囁くような声で、そう尋ねると、せんせいが動く気配は静かに止んだ。そうして、少し考えるような、沈黙が僅かに流れる。


 「………………ううん、大丈夫、気にしないで。…………最近、あんまり寝つきがよくないだけだから」


 そう言って呟くせんせいの声は、か細くて弱弱しくて、なんだか少し不思議な感じがする。学生の頃、ずっと私を導いてくれていた時には、聞けなかった声だからだろうか。


 「…………そっか、不眠症……的な?」


 私がそう尋ねると、すっすと布が擦れる音がする。暗闇の中なのに、首を横に振っているんだろう。せんせいは、電話で謝っても、頭を下げちゃうようなタイプだったし。


 「ううん…………そんな大したのじゃないの、お医者さんにお薬は貰ってるけど、そこまでキツイやつでもないし…………」


 話を聞きながら、だけど肝心の私の頭を、少し眠気でぼーっとし始めてる。せんせいの声を聴くと、どうしても、こうなっちゃうんだよなあ。


 軽く頭を振って、意識を会話に留めながら、私はふーんと相槌を打つ。


 「ちなみにせんせいが、『大したことじゃないよ』って言ってる時は、大体そこそこ困ってる時だよ」


 初めて会った時も、確かそうじゃなかったっけ。自分の体重の半分くらいある資料集の山を、独りで必死に台車に乗せようとしてて。あの時も、大したことないって笑ってたけど、せんせいの膝も確か笑ってた。


 「むぐ………………」


 案の定、言い訳に詰まって、せんせいの言葉が止まる。仕方ないなあこの人は、なんて想いながら、私はとんとんと布団を少し指で叩いた。


 「せんせい、手ぇ、出して」


 いい加減、眠気がピークになってきて、意識もだいぶあやふやだ。だから、この判断が、正しいのかは正直あんま自信がないけど。


 「え…………えと」


 「大丈夫、やらしいことはしないから」


 少し逡巡したせんせいに、あらかじめ釘は差しておく。うぐっと呻く声が聞こえるから、案の定、変なこと考えてたのかな。まあ、昨日、変なことしたのは私だから、別に責めはしないけどさ。


 「………………出したよ?」


 そうして、おっかなびっくりと言った感じで、私の丁度目の前のあたりに衣擦れの音がした。私はそこに指を伸ばして、そこにある先生の手のひらを、そっと握った。


 「………………つめた、そりゃ、寝れないよ。せんせい」


 さっきお風呂入ったばっかりで、夏だって言うのに、せんせいの手はまるで凍えているみたいに冷たい。不思議だなあなんて、想いながら、その小さくて柔らかい手を解すように撫でていく。


 「あーちゃん…………?」


 せんせいは、そんな私に不思議そうに声をかけた。暗闇でも首を傾げてるんだろうなって言うのが、よくわかる。


 「ほら、手先が冷たいと、眠れないって言うでしょ。だから、ちょっと温めてあげてるの………………」


 そういう自分の声が、少し覚束なくなってきてる気がする。ああ、だめだ、せんせいの手を触ると余計に気が緩む。


 「……………………」


 「せんせいもさ…………昔、私が寝れない時、手…………握ってくれたでしょ?」


 あれは…………国語準備室だっけ、保健室だっけ。どっちもだっけ。上手く想いだせない。ちづるが一緒に居たような、居なかったような気もするけれど。


 「………………」


 「だから…………おかえし。私もあの時…………これで………………」


 意識が薄いベールを掛けたように、ゆっくりと覆われていく。


 瞼が自然と落ち始めて、せんせいの気配が少し遠くなる。


 だけど、指先の少し冷たくて柔らかい感触は、どうしてか残ったままで。


 頬を、そっと何かになぞられたような気がするのは。


 私が、何度なくその光景を夢に見ていたからかな。


 ほんとのとこは、もう、わからないけど。


 「おやすみ、あーちゃん…………」


 「おやすみ………………せんせい」


 そんな言葉を最後に。


 私の意識は静かに、眠りの底へと落ちていった。


 あなたの手を、ただ握ったまま。














 「………相変わらずだね、あーちゃんは」














 ※



 「ねえ、あーちゃん、最近、クマ酷くない? ちゃんと寝れてる?」


 「別に…………ちょっと夜更かししただけだし…………」


 「ふーん、ちょっとってどのくらい?」


 「………………」


 「こら、あーちゃん」


 「2………………」


 「え、2時に寝たの? うーん、結構夜更かしだね…………」


 「2時間くらいは寝たし…………」


 「………………」


 「なに…………その顔」


 「文字通り絶句してる顔だよ、あーちゃん。…………はあ、どーしたの、眠れなかったの?」


 「………………」


 「………………あーちゃん?」


 「…………別に、よくあるでしょ。考え事したり、変なこと想いだしたり。そういうの、せんせいはないの?」


 「…………なるほど。…………まあ、確かに私もあるかも」


 「………………」


 「ぐるぐる考えちゃってさ、なんであんなことしたんだろとか、嫌な人の言葉ずっと頭に残ったりとか、それに怒ったり悲しんだり……キリなんてないんだけどね」


 「………………」


 「反省会みたいなのを、独りで開いちゃったりとか、どうしても眠れない夜がきちゃったりして。…………確かに、そういうのは私もあるかも」


 「……………………わかるんなら、ほっといてよ。どうしようもないんだし」


 「…………そうだねえ、とりあえず、はいこれ」


 「………………なに? カフェオレ?」


 「お昼寝前に飲んどくと、眠気が残りにくいんだって、後はこれ。私物で申し訳ないけど」


 「…………ブランケット? え、なに、今寝ろって言ってんの?」


 「うん、どうせお昼休み終わるまで、何もすることないでしょ? じゃあ、30分だけでも寝ちゃいなよ。それだけでも、少しは楽になるからさ」


 「…………私、人が見てるとこで寝られないタチなんだけど」


 「はいはい、御託はいいから、眼を閉じてるだけでも楽になるから、ね? あ、そうだ、手、握ってあげよっか?」


 「…………いらなーい、はあ、ほんっと、おせっかい教師」


 「よし、そこまで言うなら、お望み通りせんせいが手を握ってあげよう。仕方ないなー、あーちゃんはツンデレだからなあー」


 「ほんと、いーから、そういうの…………」


 「ついでにおててもマッサージしてあげよっか? せんせいが手をこうにぎにぎしてあげよう」


 「なんか、やらしー………………ていうか、マジで私、人前で寝れないよ?」


 「いいから、いいから。ほら、あーちゃん、目、閉じて?」


 「………………」


 「静かな場所で、じっとしてたらね、人間勝手に眠くなるんだよ。手を握ってたりすると、余計にね」


 「…………………………もうわかったから、静かにしてて」


 「ふふ、はーい、せんせいはお口にチャックしておきまーす」


 「……………………はあ」


 「……………………」


 「……………………ねえ、せんせい」


 「……………………なぁに、あーちゃん」


 「……………………」


 「…………ふふ、おやすみ、あーちゃん」

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