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警察

 前頭港のヘリポートに、警察のヘリコプター『はやぶさ』が到着した。ヘリポート周辺には大勢の島民たちが心配そうな顔で集まっていた。

 爆音の中、髪が舞い上がった舞蘭がヘリを見ている。

「アグスタウェストランドAW139だな」

 舞蘭が言った機種なのかどうかはよくわからないが、中型のヘリコプターだ。警察官が続々と降りてくる。

 先頭に降りてくる男は妙にいかつい感じで、あれは刑事なんだろうな。鹿児島県警捜査一課というところか。

 ヘリが巻き上げる風で、残り少ない髪の毛が逆立っている所長が出迎える。

「お疲れ様です」

「県警捜査一課の島田です。よろしくお願いします」

 鑑識が大きな荷物を持って、刑事たちに続いて降りていく。総勢10名近い。

 島田は現場の責任者なのだろう、貫禄がある。歳は40代後半に見える。

 島田が集まった人たちに声を掛けた。

「事件の関係者については後程、事情聴取をさせてもらいます。出張所で待機してください」

 所長の案内で警察官たちが現場に向かっていく。

 舞蘭が当たり前のように言う。

「黄金壮に戻るぞ」

「え、だって出張所で待つように言ってたぞ」

「いいんだよ。用があれば呼ぶはずだ」

 舞蘭は振り返りもしないでそのままどんどん進んで行く。はたして江南はどうするかと思ったら、彼女も追従していく。まあ、そういう子供なのだろうな、江南もそれに慣れているのか、と俺もそのまま付いていくことにする。

 黄金壮にはおかみさんがいた。とりあえず宿泊客の対応はしないとならないようだ。

 舞蘭が当然のようにおかみさんに言う。

「お昼ご飯をお願いします」

 なんとこの状況でお昼を要求するとは。

 おかみさんは少しだけ驚くが、しっかりと対応する。

「はい、少しお待ちください」

 朝ごはんはこんな状況だったので、おにぎりを出してもらったのだが、お昼はちゃんと食べようと言うのか、この娘の食い意地は半端ない。

 そんな俺の顔に気が付いたのか、「いいか、脳は糖分を要求する。特に私のような天才の場合、通常以上に必要なのだ」と俺を指さしながら熱弁する。

 俺はそうなのかなといったあいまいな相槌を打つ。それが気に入らなかったのか、さらに付け加えた。

「私の脳はマルチに動いている。通常の人間は一つのことしか考えられないが、私の場合、5つぐらいは並列で処理している」

 江南もそうだとばかり、うなずいている。

 まあ、そういうことにしておこう。俺なんかひとつも処理できないこともある。

 炒め物をしているのか、いい匂いが漂いだす。おかみさんが厨房で料理を始めていた。

 舞蘭が食堂の椅子にどっかとすわる。江南も隣に座るので俺は向かいに座った。

「長谷川、どう思った?」

「親父さんの事件ですか?」

「ああ、密室殺人事件だ」

 俺も気にはなっていた。密室殺人、まさに探偵小説の定番中の定番である。さらに今回はそれに島ミスも付いている。その上、見立て殺人という、いわば探偵小説のてんこ盛り状態なのだ。

「不思議だとは思いますが、どこかに抜け穴があったんじゃないですかね。天井裏とか、壁とか、詳しく調べれば何か出てくる気がします」

「警察がそれを見つけるということだな」

「ええ、今や警察の科学捜査はすごいものがあります。すでに凶器も見つかっていますし、何らかの手掛かりは見つかると思いますよ」

「なるほどな。それがミステリー作家の見立てというわけか」

 それほどのミステリー作家じゃないんだが、これまでも自分で謎を解いたこともないし、すべて人任せのワトソン役だった。ここではっとする。俺はまた、ワトソン役に甘んじているのか。

「舞蘭は何か気付いたのか?」

 舞蘭はいつもの悪魔の笑みを浮かべる。

「それはまだだな……」

 いや、何か掴んでいる顔だ。名探偵なら最初から何かわかっているのだ。わかっているのにもったいぶって最終章まで取っておくパターンだ。

「江南さんは何か気が付きましたか?」

「そうですね。どこかおかしい気はします」

「おかしい?」

「所長さんや島の人の話だと、親父さんは家には鍵を掛けないと言っていましたよね。それが当たり前だと。それなのに鍵だけじゃない、チェーンロックまでしていました。窓にもしっかりと鍵が掛かっていたし、まるで密室であることを誇示するみたいです」

 確かにその通りだ。島は犯罪も少ないので鍵をしないのが当たり前だと言っていた。ましてや侠客のような親父さんが戸締りをするのは変だ。江南の見立ては、まさにそのとおりだと言わざるを得ない。

 舞蘭が悪魔の笑みを浮かべたまま江南に聞く。

「鍵を掛けない人間が、あそこまで鍵を掛ける理由は何だろうな?」

 江南は考える。舞蘭が付け加える。

「江南が鍵を掛けるのはどんな理由だ?」

「私は危険防止です。まさか本当に泥棒が入るとは思ってはいませんが、その防止の意味があります」

「なるほどな」

「私の鍵を掛ける目的はそれです」

「つまり親父さんもそう思ったのかな」

 あの侠客とも言える男性がそこまで恐れたものがあったということか。江南が話す。

「親父さんが何を恐れていたのかはわかりませんが、そこまで恐ろしいものがあったのかもしれませんね。私は島という環境は初めてですが、確かに通常とは違う気もします。非常に限られたコミュニティの中で物事が進んでいる。そんな気はします」

 なかなか鋭い。俺なんかよりも数倍洞察力がある。舞蘭が俺を見ていた。俺と江南を見比べている気がする。まずい、何か言わないと馬鹿にされそうだ。

「島唄は復讐の唄ですよね。今回、親父さんは唄の通りに殺されました。そういったものを恐れていたんじゃないですか?」

「島唄にあるように復讐されそうだと思っていたと言うんですね。それで鍵を掛けたと……」

 江南は同意しているように見える。

 舞蘭もうなずいた。おお、ひょっとして当たったのか。


 おかみさんが作ってくれた野菜炒めを食べ終えた舞蘭が、デザートのアイスを口に入れた時に、民宿の扉を勢いよく開けて警察官が顔を出した。先ほどヘリから先頭で降りてきた島田だ。若い刑事と一緒に入ってきた。その後ろに宿の御主人も続いている。

 島田は食堂にいる俺たちをじろりと一瞥する。

「皆さんは今朝がた現場にいた方々ですね」

「はい、そうです」代表して江南が答える。

「少し話を伺いたい」そう言っておかみさんを見る。「奥さんも現場におられたんですよね」

「はい、そうです」

「では、あなたもこちらに来てください」

 エプロンを外して、おかみさんも神妙な顔で食堂の椅子に座る。

 ちょうど6人が座れるテーブルに、刑事二人と我々が座っている。すでに聴取が終わった旦那さんは離れたテーブルに座った。

 島田は近くで見ても40歳後半に見える。長年の刑事生活のせいか、顔は浅黒く、しわが多い。その分、凄みは増している。押しが強そうで、見るからに俺の苦手なタイプだ。

「まずは事件の確認です。時系列で話を伺いたい。まずは朝一番でおかみさんが被害者宅を訪ねたということですね」

「そうです。義父は一人暮らしなものですから、朝ごはんは私が届けることになっていました。いつものように6時過ぎに家に行ったら鍵が掛かっていました」

 島田がメモを見ながらうなずく。相棒の若い刑事がノートパソコンで会話を記録している。

「こんなことは初めてでした。それで中に声を掛けたんですが、返事がありません。家にいる気配はあるものですから、心配になりました」

「家にいると判断した理由は何ですか?」

「ええ、昨晩、家に帰るところを見ました。あの時間からどこかに出かけることはまずありません」

「昨晩のお父様の御帰宅は何時ごろでしたか?」

「確か10時ごろです」

「なるほど、それで気になってご主人を呼びに行った」

「そうです。主人とこちらの方々も一緒に来られました」

 島田が鋭い視線を俺たちに向ける。

「あなた方は?」

 江南が代表して答える。

「はい、週刊誌の企画でこちらに来ています。彼女は守須舞蘭で取材担当、私は彼女のマネージャーで江南明と申します。こちらの男性がそれを記事になさる長谷川真治さんです」

 島田が週刊誌という言葉にあからさまに嫌そうな反応をしている。面倒な連中だとでも言うのだろうか。

「名刺をいただけますか?」

 江南が名刺を出す。それを受け取ると島田が俺を見て催促している。

「ああ、すみません。名刺は持ってないです」

 露骨に不審な顔をする。え、いいだろ、使う必要ないんだから、と言いたいのを我慢する。

 江南が話を続ける。

「被害者宅に一緒に行ってから、家の周囲を探ろうということになりました」

「裏に回ったんですね」

「そうです」

「5人そろってですか?」

「いえ、まずは我々3人が回りました。ご主人たちは玄関で呼びかけを続けていました」

「では3人揃って裏に回って行った。続けてください」

「はい、そこで庭に面した居間の窓に血が付いているのを発見しました」

 島田がうなずく。

「窓が開かないのを確かめてから、ガラスを割りました」

「それはどなたが?」

「はい、俺です」

 島田がぎろりと睨む。わお、股間が縮む。それを察した江南が助け舟を出す。

「家の中の様子がわからないものですから、もし緊急事態だったら助けないとなりません」

「そ、そうです」俺も追従する。

「えーと割った方法はどういったものですか?」

「ブロックで割りました」

「なるほどね。だからガラスが粉々だったのか……」島田が俺をにらむように見る。いや、だから舞蘭がブロックを渡したんだ。

「最初に俺が中に入りました。居間は血だらけで奥の部屋に親父さんが倒れていました」

「土足で上がられましたか?」

「ああ、はい」

「後で足型をとります。それでその時には被害者に息はあったんですね」

「そうです。微かに息をしていました。それでおかみさんが医者を呼びました」

 島田はメモを見ながらうなずく。そして確認する。

「その後、ご主人が裏に回って来たんですね」

「そうです」

「おかみさんはどの時点で裏に回りました?」

「窓ガラスを割った後です。大きな音でびっくりしました。主人が所長さんを呼んでくるといって戻って来たので、私も裏に回りました」

「それまで家から出て行った人間はいなかったで、いいですね」

「ええ、間違いないです。誰も見なかったです」

「そして所長さんが来た?」

「そうです。ただ、その時点で父は息をしていませんでした」

「その後、医者が来るまでにどのくらい待ちましたか?」

「ほんの数分でした。先生は近くにいるものですから、バイクですぐに来てくれました」

「具体的には何分ぐらいでしたか?」

 それに舞蘭が答える。

「3分30秒だな」

 島田がぎょっとする。初めて子供がしゃべったのに驚いたのだろうか、それともその内容だろうか。

「ずいぶん正確に言えるね」

「私は体内時計を持っている。医者を呼ぶと言ってから、バイクが到着するのに3分30秒だった」

 俺も答える。

「それぐらいだと思います」

 江南がフォローする。

「舞蘭さんはギフテッドです。そういった才能があるのは間違いないです」

「ギフテッド?」

 若い刑事がフォローする。

「警部、天才児ってことです。彼女テレビにも出てますよ。ほんとにすごいです」

 島田が胡散臭そうに舞蘭を見る。わかりますよ。あなたの心の声が、この肥満児が何だってと言いたいんでしょ。

 気を取り直した島田が聴取を進める。

「その間、何か変わったことは無かったですか?」

 俺たちは顔を見合わせ、江南が話す。

「みんな親父さんのところにいました」

 俺はそうだったかと思い出そうとする。いや、一人いなかったぞ。その一人が話す。

「私は家の中を探索してた」

「家の中を?」

「犯人、もしくは凶器が無いのかと確認した」

「それで?」

「犯人はおろか、凶器すら見つからなかった。それと家の窓には鍵がかかっていた。もちろん玄関にも、つまりは完全な閉鎖空間だった」

 島田がにらむように見る。普通の子供なら泣き出す勢いだ。

「君が鍵を掛けたわけではないのかな?」

「そんなことしない。疑うなら指紋でもなんでも調べればいい」

「まあ、これから皆さんの指紋も採取させてもらいますがね。その後、槇原医師が来たんですね」

 そうですと江南が答える。

「蘇生処置を施したが、うまくいかなかった」

「ええ」

「その後の皆さんの行動を教えてください」

 顔を見合わせながらまずは俺が話す。

「俺は舞蘭が言ったことを確かめるために、家の中を探索しました。たしか舞蘭も一緒に見て回ったと思います」

「二人は家の中を動き回ったということですか」

「ええ」

「その後は?」

 みんなが顔を見合わせる。江南が答える。

「どうでしたかね。所長さんは警察を呼んでましたね。後はみんな様々です。私は玄関を見てチェーンロックを確認しました」

「俺と舞蘭は家の探索を続けてました」

「その後、所長さんが庭でナイフを発見したんですね?」

「ええ、そうです。警察に電話をして戻ってきたところで、庭にあるナイフを見つけたようです」

「誰かがナイフを家から持ち出すようなことはしていないですか?」

 俺が話す。

「いや、その前に家の中にナイフは無かったですよ。あんな血まみれのナイフがあれば探索の時に気が付くはずです」

 舞蘭が島田に聞く。

「ナイフから何かわかったのか?」

 島田は平然と答える。

「事件の内容はお答えできません」

 舞蘭はその答えを予期していたようだ。ただ島田を注意深く観察していた。

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