スキューバダイビング
警察はそれから精力的に捜査を続けていく。
最初のメンバーだけでなく、県警から追加で続々と警察官が島に来た。総勢で50名近くになったようだ。捜査本部は学校の体育館に設けられた。
亡くなった中村湯治氏は思った通り元やくざのようで、若い頃は本土で色々な犯罪行為を行っていたそうだ。服役履歴もあった。島には30年ほど前に戻ったらしい。それからは、やくざとは一線を引いて生きてきたそうだ。足を洗ったということらしい。
ただ、島でのもめごとや争いごとを収める立場でもあり、それなりの顔だったらしい。
警察もその線で捜査を進めていくが、如何せん、密室殺人の謎が解明できないことに頭を悩ませていた。結局、家に抜け穴などは無かったのである。
県警の島田警部と部下数人は黄金壮に宿泊する。宿の数も限られるため、ここに泊まるのは当然なのだが、俺はどうも落ち着かない。あの強面に睨まれると何もできなくなる。蛇に睨まれたカエル状態なのだ。
ただ、舞蘭は我関せずといった感じで、若い警察官にそれとなく捜査状況などを聞いているようだった。もちろん、島田は舞蘭にもまったく動じない。捜査内容は教えられないの一点張りだった。
一方、我々は限られた時間の中で、埋蔵金の謎を解明する必要があった。本来の目的はそれで記事を書くことなのだ。その期間は1週間である。そのため、事件の翌日から早くもスキューバダイビングをすることになった。
場所は難破船のある黄金港である。
江南と舞蘭は経験者なので現地の案内人と潜っていく。俺はインストラクターとマンツーマンでのスキューバ指導である。舞蘭の指示で2日間でライセンスが取れるようにとのきついお達しがあった。
ルポライターだからダイビングは必要ないだろうと言ったのだが、舞蘭からはルポを書くのに海中の様子をしらないでどうするんだと、編集者並みに指摘され、仕方なく従った。ああ、困った。
インストラクターは鵜飼と言う人物で、本業は地元の漁師だそうだ。35歳のどっちかというとヤンキー系の男だった。陸上での機材の使い方やスキューバ講習のあと、早速海に入る。
黄金港沖は難破船があるように浅瀬ではない。黒い岩がごつごつとある磯である。
俺はゴム製のウェットスーツなど初めて着るし、泳ぎもうまくない。それよりもどうも海というやつが苦手である。どこか水の底から何か出てくるような恐ろしさを感じるし、暗い海の中には何かがいるような気がしてくる。
鵜飼も最初は、スキューバは泳げなくてもなんとかなります。呼吸と耳抜きさえできればなどと言っていたが、俺の泳ぎや対応を見て段々と厳しい顔になる。
「長谷川さん、どっちかというと運動苦手ですね」
もっとはっきり言っていいんだよ。はいウンチです。
波のない静かな浅瀬で、まずは顔を水につけて、レギュレーター(呼吸器)で息をするのだが、どうにも上手くいかない。息が出来なくなることを恐れてしまうのだ。息をし過ぎると何度も指摘される。いや、だって怖いんだよ。マスクに入った水を抜く方法などでもパニック寸前である。鵜飼は天を仰ぎだした。俺は八甲田山に登るんじゃないぞ。
それでも2時間もそんなことをやってると、ようやく少しづつは慣れてきた。
浅瀬から徐々に海の中に移行していく。
慣れもあって段々と海への恐怖心が薄れてきた。なるほど海中はきれいだ。水族館などとは比較にならない。自然の海とはこんなにきれいなのか。海中から見る海面の日の光がきらきらと輝いて、下にはサンゴ礁が広がっている。ここは海の宝石箱のようだ。浅瀬だけど……。
しばらくそんなことをしていると、海中から何かが近づいて来る。あれは何だ。カバか、いや、海だからアザラシか、いや、よく見ると舞蘭だった。ウェットスーツでより丸々として見える。その舞蘭が浮き上がってこちらにくる。
そして何か指示しているようだ。何を言いたいんだろう。目をこらすと上の方を指さしている。
俺は海面を見る。おお、あれは何だ。なにか寒天のようなふわふわしたものが浮いている。
舞蘭がジェスチャーで、それをよく見るように言っているのか。多分、そういったことだと思った。
俺は近づいてそれを見る。
ぶよぶよしたゼリー状の身体にひものようなものがつながっている。なんだこれは?
舞蘭はそれを掴むように言っているのか。紐を掴んでよく見ようとする。ひものようなものが顔に当った。
瞬間、感電したような衝撃を受ける。
ぎゃあああああ。
海面に上がった舞蘭が何か叫んでいる。
「クラゲだ。あぶないよ」
ばかやろう、もう遅いんだよ。俺はあまりの激痛に悶絶する。
江南も上がってきたようだが、俺は痛みで何もできない。顔が腫れあがった気がする。
二人に引っ張られるようにして沖に上がっていく。インスタラクターの鵜飼氏は磯で煙草をふかしていた。
騒ぎに気が付いて近寄って来た。
「何かありましたか?」
江南が言う。
「くらげに刺されたみたいです。多分アンドンクラゲだと思います」
「わ、マジですか。電気クラゲだよ」
「診療所に行きましょう」
俺は強烈な痛みとともに、どんどん腫れあがる顔に恐怖しか感じない。
「し、死にますか?」
それを見た舞蘭が笑みを浮かべる。
「ふむ、アナフェラキーショックで死ぬかもしれないな」
「た、助けて!」
江南が同じく笑いながら言う。
「舞蘭ちゃん、ダメですよ。長谷川さん、死ぬことはないです。とにかく診療所に行きましょう」
顔の痛みで何も言えないが、舞蘭に殺意を覚えた。




