侠客
今日の仕事を終えて、宿に戻った俺たちは何事もなく夕食を食べた。
やはり舞蘭は食い意地が張っているだけだった。地産の料理を前にして満面の笑みで、はでに舌包みを打っていた。さすが伊達に太ってはいない。
食後、江南は仕事があるとかで一人で部屋に戻った。
舞蘭がこの周辺を見たいと言うので、俺が付き添うことになる。
桟橋を歩くと都会と違う。夜の明るさが心地よい。周囲が暗いせいか、明かりがそれほどなくても十分に明るいのだ。そしてやはり都会の夜景とは異なる。空には満天の星が輝いている。まるで天然のプラネタリュームだ。心地よい風も吹いて、本当に心が現れるようだ。
舞蘭と民宿の裏手にある学校に行く。
彼女は金網越しに学校をじっと見つめる。
「やっぱり舞蘭は小学校に行ったほうがいいんじゃないか?」
「なんでだ?」
「学校は学問をするところだけじゃないだろ。友達と遊んだり、喧嘩したり、クラブ活動とか色々あるだろ」
「必要か?」
「俺は必要だと思うな。それこそ世の中に出たら色々な人間がいるからな。そういう対応力が付くと思うぞ」
「長谷川は適応しているのか?」
あちゃー、実に痛いところを付く餓鬼だ。
「まあ、それなりにな」
舞蘭はフェンスに手を掛けて中を見ている。
「ここは小学校と中学校が一緒になってるんだな」
「生徒数が少ないからな」
「子どもに限らず、人間は人を選別する」
舞蘭が真顔で何か言いだした。
「選別?」
「そうだ。自分と違うとか、考え方が違うとかで分けようとする。さらには排除もするな」
子供のくせにずいぶんと難しいことを言う。
「アメリカでもそういうことがあった。小さい頃は人との接し方や自分の振舞い方がよくわからなかっただろ、そういうへんてこな人間は排除されるんだ。だからどうも学校にいい思い出は無い」
「いじめられたのか?」
「まあ、そんなところだ。いじめて何が面白いのかわからないが、そういう人間特有の感情があるということを学んだな」
なんか俺の上を行く。
「長谷川はそんなことなかったのか?」
「ああ、あったな。確かにそういうことはある。でもそれ以上にいい友達に会えた気もする」
「そうか……」
舞蘭がフェンスから離れて歩き出した。
「今の世の中、人との接触が必要とは思えない。そういう仕組みが出来上がってる」
実に現代を象徴する考え方だ。
「そういう考え方もあるとは思う」
「人と接するのは面倒だ」
これについては何も言えない。確かにそういった風潮があるのは確かだ。俺はそうじゃないと思うが、舞蘭の考え方を変える術をしらない。
舞蘭が少し歩いて振り返る。どこかぬいぐるみのような愛らしさもある。
「長谷川はどう思った?」
「どうって何を?」
「この島の人間についてだよ。何か感じなかったか?」
俺は思い出してみる。どこか不自然なところはあっただろうか。
「いや、特には感じなかったな」
「そうか……」
舞蘭は何かを感じたのだろうか。
するとどこか離れた場所から、怒声のようなものが聞こえだした。
「何だろ?」
声は黄金壮の方から聞こえるようだ。
いそいで舞蘭と民宿に戻る。
宿の入り口では、血相を変えたヤンキー風の若者がおかみさんと話をしている。
「じゃあ、頼んだよ」
「わかった」
若者はそのままどこかに走っていく。
俺はおかみさんに聞いてみる。
「何かありましたか?」
「ああ、たまにあるんだよ。実はうちの知り合いが近所でスナックをやってるんだけど、客同士が揉めることがあるんだよね。観光客と地元の人間とかがね」
先ほど所長も言っていたが、そういう、いざこざはありそうだ。
「そういう仲裁をうちのお父さんがやってくれるんだ」
「お父さんですか」
「ええ……」
何故か少し躊躇する。何故だろう。
おかみさんがどこかに電話をしている。
俺は関係ないなと部屋に戻ろうとする。ところが舞蘭が俺の袖を引っ張っているではないか。
「どうした?」
「ちょっと待ってろ」と小声で言う。
そういうと宿から少し離れていく。
何をするのかと思ったら、宿の様子を隠れて見たいらしい。
「何がしたいんだ?」
「そのお父さんに興味がある」
「宿で見ればいいだろ」
舞蘭はあの悪魔の笑みを浮かべる。
「ここで見るんだよ」
何がしたいのかわからないが、お付きの身としては仕方が無い。そのまま隠れるようにして待つ。
するとどこからか、男が走って来た。
男は黄金壮に入っておかみさんと話をしているようだ。どう見ても堅気ではない雰囲気がある。どこか侠客めいた、早い話ヤクザの匂いがする。白髪頭の角刈りでがっちりとした体格をしており、彼がおかみさんの親父さんだと70歳ぐらいなのだろうか、しかしそんな歳には見えない。もっと若く見える。
話を聞いたのか、宿を出て親父さんが走っていく。
「追いかけるぞ」
舞蘭に言われて親父さんを追いかける。
ところが親父のくせに走るのが早い。あっという間に離されていく。俺は舞蘭に合わせるが、それにしても早い。まあ、舞蘭が遅いのもあるが、どんどん見えなくなった。
おそらくこの辺だと思って路地を抜けると、ネオンがきらめく場末のスナックがあった。店の入り口の看板には『GOLD』とある。また黄金か。
いきなり店の扉が開いたと思ったら、興奮したヤンキーと親父さんが出てきた。
どちらかというと親父さんが若者を抑え込んでいる感じだ。
「ヤス、落ち着け。ここはお前がひくしかないだろ」
「でもおやっさん」顔に血の跡がある。けがをしているようだ。
「いいか、島は観光客で持ってるんだ。ここは押さえろ」
有無を言わせぬ迫力がある。さすがは侠客だ。
渋々若者は納得し、店から去ろうとする。
すると店からアロハシャツを着た、これまたヤンキー風の客が出てきた。こっちが観光客だろう。
「こら、てめえ、逃げるのかよ」
何をという感じで出ようとするのを親父が止める。そして観光客に話す。
「すみませんね。無礼があったようで勘弁してください」
「ざけんな。こら!」
再び殴りかかろうとする。ところがそれを親父が交わすようにして手首をひねると、あっと言う感じで、男は前のめりに倒れこむ。親父は手首をひねったままだ。すると男はまったく動けない。
「てめえ、何しやがる」
「この辺にしときましょうよ。酒の席が台無しですよ」
そういうと男の耳元で何事かささやく。男はぎょっとしてそのまま意気消沈したようだ。
親父は島のヤンキーに目くばせすると、ヤンキーはそのまま去って行った。
観光客はおもむろに起き上がると、親父を上目遣いに見るが、そのまま何も言わずに店に戻って行った。
その様子を舞蘭はじっと観察していた。
「長谷川、あれは何の技かな」
「どうかな。合気道か、柔術じゃないか」
「ふーん、面白いな」
仕事を終えた親父が俺たちの脇を素通りしていく。やはりその立ち振る舞いは素人じゃない気がする。
「舞蘭はあれを見たかったのか?」
「そうだな。そんなところだ」
「もう帰った方が良いぞ。夜も遅いから江南さんが心配してるぞ」
舞蘭はうなずく。
二人で黄金壮に戻る。
親父が俺たちの前を歩いて行く。その先に心配したのか江南がこちらに歩いてきている。そして親父が江南とすれ違う。すると親父は明らかに動揺したようだ。後ろ姿なのではっきりしないが、びくっと痙攣したようにも見えた。またか、この島の連中はよっぽど美人を見なれてないんだな。
俺たちに気付いた江南が走ってくる。
「舞蘭ちゃん、遅いから心配したよ」
「ちょっとこのあたりを見学しただけだよ」
親父さんはこちらを振り返って見ていた。そして再びとぼとぼと歩き出していく。
江南が優しい笑顔で舞蘭の手を引いて戻っていく。
しかし、舞蘭は何を見たかったのだろう。何を考えているかわからないのもあるが、ギフテッドというのは変わった生き物だ。
黄金荘に戻るとおかみさんが深刻そうな顔をしている。
「どうかしました」
江南が聞くと少しだけ躊躇した。
「いや、何でもないのよ」
俺も質問する。
「親父さんはこちらには住んでいないんですか?」
「ええ、この近くに一人で住んでるの。じゃあおやすみなさい」
そう言うとそそくさと部屋に戻っていく。
「じゃあ、私たちも部屋に戻りましょう」
舞蘭と江南が戻っていく。
俺はどこか違和感を感じながら、部屋に戻っていった。




