自治会長
自治会長の自宅だけが島の南東側にあると言う。
実は神照島には二つ港がある。
フェリーが到着した港は北東の前頭港で、南東側にある港を黄金港と言う。こちらはいかにもと言った名前だが、この島には単に金と名のつくものが多いだけかもしれない。ただ、実際、難破船はこの黄金港付近に沈んでいた。
車で行くと5分で着く距離だ。現地に近づくと桟橋があり港が見えた。
江南が運転しながら解説する。
「こちらの港は漁業で使うのが主だそうです。この先に灯台があります。難破船はその沖合に沈んでいるそうです」
車は周回道路から山に向かう道へ曲がる。
すると山間にひときわ大きな屋敷が見えてきた。この大きさはこの地にあって異質な感じがする。全体が白いコンクリートで覆われた、どちらかというと西洋の城のように見える。2階建てだがまさに豪邸だ。
周囲は高い塀で覆われ、5m幅もある金属製の大きな黒い門があった。
江南は門の前でいったん車を停めると、門脇のインターフォンを鳴らす。
少しして中から男の声がする。『週刊誌の方ですか?』
「はい、お電話しました江南と申します」
『今、開けます』
少し待つと家の中から女性が顔を出す。入口から門までは30mはありそうだ。坂道をゆっくりと降りてきた。門まで来ると会釈をして扉を開ける。品のある年配の女性だ。
「よくいらっしゃいました。お車はこのままこちらにお止めになってください」
女性について3人で邸宅まで登っていく。
庭には手入れの行き届いた南国風の樹木が生えており、地面には芝生が敷き詰めてある。なるほど、これほどの庭園となると自治会長はこの地の有力者なのだろう。
女性はお手伝いさんのようだ。歳は70歳近いだろう、和服がよく似合っている。
10畳はありそうな洋間に通された。
「今、旦那様がおいでになります」
そう言って下がって行く。
ここは専用の応接室なのだろう。大きめのローテーブルとふかふかのソファがある。ソファは3人が並んで座ってもまだ余裕がある。
舞蘭が俺を見てにやりとする。
「この屋敷は昭和の探偵小説そのものだな」
俺は思わずうなずくが、よく考えると、お前はそんなもの知ってるのかと思う。
そしてその通りの人物が顔を出した。
白髪頭で恰幅の良い、やはり60歳ぐらいの紳士だった。なみなみと口の周りに白いひげを蓄えている。
「お待たせしました。磯川治五郎と申します」
慇懃にお辞儀をする。俺も思わず追従してしまう。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
磯川は江南をじっと見た。さすがにこれまでの色物を見るような視線ではない。
「いえ、神照島の紹介記事を書いて下さると聞いています。こちらも協力しない訳にはいきませんね」
紹介記事というか、金塊探しの記事なんだが、あえて言うことでもないな。
「大きなお屋敷でびっくりしました」
「ああ、そうですか。まあ、昔からこの地に住んでいる者ですから、そのままと言ったほうがいいですかな。この屋敷は先代が建てたものです」
「そうですか」
先ほどのお手伝いさんが飲み物を持ってきた。どうやらコーヒーのようだ。これまでとは飲み物も違う。
お手伝いさんが舞蘭を気遣う。
「お嬢ちゃんはジュースが良かったかしら?」
「うん、ジュースがいい」
舞蘭がかわい子ぶりっ子で言う。俺は呆気に取られる。このガキは子供の振りもするのか。
「ちょっと待っててね」
そういっていったん引っ込む。
江南が話を進めていく。
「自己紹介からさせてください」
そう言いながら、我々についての紹介説明を続ける。磯川は舞蘭がギフテッドだということに驚いていた。まあ、普通に見たら単なる肥満児だからな。
お手伝いさんがジュースとケーキを持ってきた。
「どうもありがとう」舞蘭はこれまで見せなかった笑顔を見せる。頭がいいと言うか、ずるがしこいだけかもしれない。
「自治会長さんは島ではどういった活動をなさっているんですか?」
「私はこの周辺の島々の漁協で組合長をやらせてもらっています。漁業のとりまとめですね。それもあってこの島の産業全体を見させてもらってるといったところですか。まあ、みんなが動いてくれますから、特に何もしていないのかな」
実力者特有の余裕のある笑顔を見せる。早い話が島の実力者ということだ。ここだけでなくトカラの島々を取り仕切っていることになる。
「観光産業についても活動なさってるということですね」
「そうです。島の貴重な収入源ですから支援させてもらっています」
「ということは、今回の金塊騒動は観光の意味では効果があったのですね」
「まさにその通りです。昨年度の観光収入は例年の3倍強となりました」
「それはすごいですね。先ほど鬼頭和尚と所長さんにも話を聞きました。お二人とも金塊の存在については否定的でしたが、逆に無いとなると困りませんか?」
磯川は少し黙るが、口角が上がっていた。
「さて、どうですかね。出ないとなると増々興味がわくとは思いませんか?人間の心理から言えば、自分が行けば見つけられるのではないか、運がよければ見つかるのではないか、といった欲望のようなものが出るのではと思っていますよ」
「なるほど人間の性ともいうべきものですね」
「そういうことです。人間の欲望は尽きるところがない。宝くじなんかもそうですよね。統計的に言えば当たる確率は相当に低い。ただ、それにも関わらず自分は当たるのではと思うものです。だからこそああいったビジネスが成り立つんです」
ケーキのクリームが口の周りを覆っている舞蘭が聞く。
「会長さんは本当はどう思ってますか?やはりないものだと言うお考えですか?」
「そうですね。私はあるのではと思っていますよ」
「島唄ですか?」
磯川の笑顔がさらに不気味に映る。
「そうですね。あの唄には何かあると思いませんか?」
「確かにそう思います」
「さすがはギフテッドのお嬢さんだ」
いやいやギフテッドが顔中クリームだらけにしないだろ。
「まあ、そうでなくとも島に来れば、美味しい物も食べられますよね。地魚だけじゃなくマグロも取れます。さらに島バナナやサタ、黒糖ですね。他にも土地の上手い物がたくさんあります」
舞蘭の口からよだれが垂れてきた。ああ、やはりこのガキは食い意地が張ってるだけだ。
江南が磯川を伺う。
「先ほど所長に鍾乳洞の見学をお願いしました。鍾乳洞については色々問題もあるようですが何とかなりませんか?」
「吉川所長ですか……、鍾乳洞ですね。ええ、わかりました。私の方からも依頼をかけましょう」
「ありがとうございます」
自治会長の方が力が上と見たか、江南もこういうところは目ざとい。だてに芸能プロで働いているわけではない。
「難破船周辺のダイビングもやりたいのですが、インストラクターを紹介していただけませんか?」
「なるほど、それも必要でしょうな。大丈夫です。前頭港にショップがあります。鵜飼というものがやっていますので、あらかじめ彼に話をしておきましょう」
「ありがとうございます」
舞蘭が質問する。
「スキューバダイビングはまったくの初心者で運動音痴でも大丈夫ですか?」
「お嬢さんがそうなのかな?」
これは確実に俺のことだ。自分で手を上げる。
「いえ、俺です」
「ああ、君かね。ええ、大丈夫だよ。鵜飼が親切に教えてくれるし、運動神経とダイビングはあまり関係しないらしい。指導をしっかりとこなせば潜れますよ」
はあ、と気のない返事をしてしまう。あんなボンベを背負って潜ることが簡単とは思えない。
「他に何か質問はありますか?」
「イギリスの難破船についての記録は残っているんですか?」
ここで初めて磯川の眉間にしわが寄った。
「いえ、特には残っていないはずです」
「では、それ以降に島で起きたことの記録もないのですか?」
「鬼頭和尚は何か言っていましたか?」
「いえ、特に話は無かったです」
「記録は無いと思いますよ。島民にその意識は無かったと思います」
鬼頭和尚は探してみると言ったはずだが、舞蘭はどういう意図で聞いたのだろう。
それからしばらくは世間話をして、その場を後にした。
帰りの車では舞蘭は黙りこむ。彼女の脳内コンピュータが高回転で動いているのだろうか。
「晩飯は何かな……」
違った……。




