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出張所所長

 雷雲寺を出て、そのまま出張所を訪ねる。

 次に会うのは出張所の所長だ。

 神照島に村長はいない。実はトカラ列島を代表する村長は、鹿児島本土に滞在している。何かあれば島を訪ねるが普段は島にはいない。そのため島民の生活をつかさどる役割として出張所が存在する。早い話が村役場のようなものだ。神照島では所長を含めた3名がその職を担っていた。つまり出張所所長とは島における村長代行のような役割となる。昔から島を代表者する人間が、その職をになっているとのことだ。

 出張所は前頭港からほど近い、集落の中心部にあった。

 2階建ての普通の民家が出張所になっている。

 看板に『神照島出張所』とあり、入り口のガラス戸が左右に大きく開放されており、まるで店舗の様だった。

 入るといきなり事務所になっていた。6畳程度のスペースに向かい合わせで二人の職員が作業をしており、その奥に入口に向かって年配の男性が座っていた。彼が所長だろう。

「すみません。先ほど連絡しました江南と申します」

 江南の挨拶に対し、所長は他の島民と同じ反応だった。江南を見て目をむいていた。まあ、美人に対する露骨な反応である。さすがにここまでの美女は見たことがないのだろう。俺もその反応は仕方ないとも思う。

 少し呆けた後に、気を取り直すようにその所長が話す。

「ああ、はい、では奥の部屋にどうぞ」

 職員二人も呆然と江南を見ている。舞蘭や俺には目もくれない。

 奥の部屋は6畳間の和室だった。テーブルがあり、そこに3人で並んで座る。

 所長は和尚と同年代なのだろうか、60歳は越えたと思える白髪頭で、やはりコップに入れた麦茶を出してくる。この島には麦茶文化でもあるのだろうか。

 名刺交換とお互いの紹介を行った。名刺には吉川新次郎とあった。

 お茶の礼を言ってから江南が口火を切る。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「いえいえ、わざわざ東京から来てもらって、こちらこそ申しわけない」

 頭をかきながら所長が笑顔で答える。観光振興の一環だという、こちらの触れ込みが効いたのか、歓迎ムードでいっぱいだ。

「先ほど、雷雲寺の鬼頭和尚様とも面会しました」

「ああ、鬼頭和尚と会われたのですか」

「はい、島唄についてのお話を聞きました」

「島唄ですか。なるほど、一時期あの唄に金塊の謎を解くカギがあるとかで話題になりましたからね」

「そうみたいですね」

「和尚と話して、何かわかりましたか?」

「いえ、ただ古文書を見せてもらえるようにお願いはしました」

「古文書、そうですか……」

「それで所長さんには現在の神照島の状況を教えてください」

「そうですね。現状ですね……」そういって資料を見ながら話す。「今現在、この島の人口は132名です。平均年齢は48.5歳。意外に若いですよね。年寄りも多いのですが、子供たちの数もそれなりにいるんですよ。それで日本の平均年齢と変わらない年齢に落ち着いています。まあ、年頃になると若者は内地に向かいますがね。

 島の産業としては観光と漁業、あとは農業ですか、主要産業は観光になりますね。金塊騒ぎの時には、島民よりも観光客の方が多くなっていました」

 所長はうれしそうに笑う。

「こちらの出張所では、どういったお仕事をされているのですか?」

「色々です。通常の役場の仕事以外にも島民の生活全般のお手伝いもやってます。島には電気店もないですから、電球の交換からテレビが映らないだとか、内地じゃ考えられないような仕事もありますよ」

 俺も質問してみる。

「所長さんはこちらにお住まいですか?」

「はい、そうです。母屋を貸していることになります。実は先代から同じような仕事をしています」

「2階に住まわれているんですよね」

「ええ、そうです」

「島に病院はあるのですか?」

「診療所があります。ですから大病でなければなんとかなります。もし緊急事態になれば本土からドクターヘリを飛ばすこともできます」

「ドクターヘリですか……」

「滅多にないですよ。何か大きな事故が起きた時とかですね。最近はないです」

「警察はありますか?」

「それはないですね。何かあれば内地から来るか、中之島に駐在がおります。まあ、滅多に事件など起きませんがね。島でのトラブル解決はうちらでやることが多いです。大事にはなりません」

「トラブルが起きることがあるんですか?」

 所長は少しだけ困った顔になる。

「そうですね。たまに観光客と島民とで小競り合いが起きたりします。でも滅多にないですよ」

「スキューバダイビングが出来ると聞いています」唐突に舞蘭が聞く。

「器具のことを言ってますか?それとも教室かな?」

「両方です」

「それは大丈夫です。桟橋近くにダイビングショップがあります。器具の貸し出しもやりますし、教室も定期的にやってますよ」

 はて、舞蘭は何故そんなことを聞いたのだろう。

「舞蘭は出来るの?」

「ジュニア・ダイバー認定のライセンスは持っている。江南は上級者だからもっと深くまで潜れるな」

 江南が笑顔で答える。

「私は水中撮影もやりますから、30mぐらいなら余裕です」

「長谷川は出来るのか?」

 俺は両手を思い切り振る。

「無理です。やったことないです」

 舞蘭はいつもの悪魔の笑みを浮かべる。

「え、ひょっとして潜るんですか?」

「それはそうだろ、難破船を確認しないとならないしな」

 俺は脇の下にジワリと汗をかく。泳げない上に運動自体が得意ではない。

「江南が手取り足取り教えてくれるぞ」

くそーこの悪魔め、その笑顔をやめろ。悪魔がさらに所長に質問する。

「島には鍾乳洞もあるんですよね。そこに入れますか?」

「入れますが、一般には解放されていません。整備されていないので、危険性が高いのと観光目的には適さないものでね」

「観光目的に適さないとは?」

「秋芳洞や観光地にある鍾乳洞ほど見どころがないのと、洞窟としては入り組んでまして危険性もあるからです」

「許可をもらえれば入れますか?」

 所長は眉間にしわを寄せる。

「実際、宝探しの際には、中に入りたいと言う方も多かったんですよ。そういう話はすべてお断りしました。それと鍾乳洞に金塊は無かったですよ。我々は何度か中に入っていますから……」

「でも島を紹介するという観光目的には必要かと思いますよ」

 所長は考える。

「なるほどそうですね。それについては少し時間をください。本部とも相談してみます」

「ありがとうございます」

 スキューバに鍾乳洞だと、どんどん危険性が増す気がする。

 江南が聞く。

「所長さんは金塊についてどうお考えですか?」

「和尚は何と言ってましたか?」

「おそらく無いのではというお話でした」

「そうですね。島の人間は皆そう思ってますよ。あればとうに見つかっている。元々、金塊は江戸時代の話です。200年前ですよ。つまり言い換えれば200年も見つかっていないことになる。だから無いと考えます。ここは小さい島ですからね」

 江南がうなずくが、舞蘭はじっと所長を観察している。何かあるのだろうか。

「これから、どうされますか?」

「自治会長さんと会う約束があります」

「そうですか、会長さんはこの島の生き字引のような方ですから、彼ならなんでもわかると思いますよ」

「はい」

「それでは鍾乳洞の件がわかりましたら、こちらから連絡いたします」

 よろしくお願いしますと礼を言って、出張所を後にした。

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