雷雲寺
島にはレンタサイクルもあったのだが、それには江南が難色を示す。舞蘭が自転車で移動できないらしい。乗れないわけではないが色々と厳しいのだろう。あれだけ無駄に太っていては無理だろうなとは思う。それにどう見ても運動神経がいいとは思えない。素早く動くところを見たことがない。島とはいえ、けっこうな山道があるようだった。
島にレンタカーはないので、宿から車を借りることにした。当然費用は取られるがおかみは快く応じてくれた。黄金荘とロゴの入った軽のワンボックスカーで、幸いなことに江南が運転できた。俺はペーパードライバーだ。
さっそく島の周回道路を進む。
島は1周しても14㎞程度で、お寺がある至宝山までは5㎞もないぐらいだ。ただ、若干坂道でもあり、やはり舞蘭には無理だと思った。
前の席には俺と江南が座り、後ろに舞蘭がどっかと腰を下ろしている。舞蘭は先ほどから例の島唄を歌っていた。いい声とは言えないが、確かに正確な旋律で歌を再現していた。それにしても一回聞いただけで歌えるとは、さすがはギフテッドだ。
俺は振り返って舞蘭に聞いてみる。
「何か気付きますか?」
舞蘭は歌を止めてじっと俺を見る。にやりとするが何も言わない。
「舞蘭ちゃんは歌を一度聴いたら覚えるんです。日本の歌でも外国の歌でもすぐに記憶します」
「すごいな。俺なんか10回聞いても覚えないし、絶対に歌えない」
江南が笑う。それだけでいい匂いがする。そんな気がするだけかもしれないが、美人は得だ。
「江南さん、歌はどうですか?」
江南は目を見開く。
「歌えるかって言うんですか?全然です。俗にいう音痴ですかね」
「歌や踊りや演技ができれば、タレントにでもなれただろうにな。いいもの持ってるのに惜しいな」
おばさんの皮をかぶった子供が言う。確かにそうだろう、これだけのルックスなら芸能人になろうと思えば十分なれると思う。
「私にそんな才能はないです。精々、カメラ撮影ぐらいです」
「カメラはどうやって習得したんですか?」
「専門学校です。高校時代にクラブ活動で写真をやっていて、好きが高じて仕事にすることができました」
「そうですか」
「事務所の社長は別の下心があったようだがな」
後ろのおばさんが辛辣なことを言う。江南は苦笑いだ。
車は鬱蒼と茂る木々の間を進む。南国ならではのヤシ科の樹々やガジュマルの巨木も見受けられる。道も細く、走りやすいとは言えないが、そんな中で江南は器用に運転していく。さすがはマネージャーだ。車の操縦には慣れている様だ。
しばらく走ると寺の入り口が見えてきた。
南国情緒が漂う中に日本古来のお寺が異質に映る。
平屋で大きなお寺だ。境内も十分に広く。周囲の南国風情とは一線を画す。寺の後ろに小高い山が見えた。寺はその山を利用するように建てられている。山に寺がくっついているみたいだ。
「なんか不思議な感じですね」
「和洋折衷ですか、確かに少し違和感がありますね」
江南を先頭に寺を訪れる。
開き戸をがらがらと横に開け、声を掛ける。
「ごめんください」
少し待つと中から男が出てきた。禿げ頭で歳は60を越えているだろう。痩せている。
「どなたかな」
「鬼頭和尚さんですか?」
老人が目を見張る。江南の美貌に驚いたようだ。まあ、これほどの美人はこの島では珍しいのかもしれない。
「はい、そうですが……」
「私たちは東京からこの島に取材で来ている者です」
そういって名刺を差し出す。
鬼頭和尚は名刺を確認する。
「カメラマンさんですか?」
「ええ、私は写真家です。ただ、今回は付き添いです。後ろの女の子は今回の取材を行う守須舞蘭さんと作家の長谷川さんです。舞蘭さんはギフテッドで、いわゆる天才児です」
鬼頭は舞蘭を見て、ほおーと感嘆する。舞蘭は特に何の反応も見せない。泰然自若とはこのことだ。
「黄金荘のおかみさんから島唄を聞かせてもらいました。大変興味深い唄でこちらの和尚様に聞けば、もっと詳しいことがわかるのではというお話でした」
「島唄ですか……」
「ええ、実は我々はこの島に伝わる金塊の謎を解きたいと思ってやってきています」
初めて鬼頭和尚が笑みを見せる。
「金塊騒ぎは収まったと思っていましたがね」
「私たちは週刊誌の取材になりますが、けっしてキワモノではないとお考えください。いわばこの島にあるロマンの提供です。島の観光事業にとっても十分なメリットのある内容だと思っています」
「そうですか、わかりました。まあ、おあがりください」
和尚の勧めで寺に上がる。
20畳はあろうかという大広間に通される。縁側がありその先の広い境内が見渡せる。
漆塗りの大きな樹で出来た座卓があり、三人でそこに座る。舞蘭は立膝を付いて座り、我々は正座する。外国生活が長い舞蘭に正座は無理だろう。
和尚がお茶を持ってきた。宿と同じく冷たい麦茶のようだ。
「何もお構いできませんが、お茶をどうぞ」
江南が周囲を見ながら和尚に聞く。
「こちらは和尚様、お一人なんですか?」
「そうです。特に寺を継ぐ者もおりませんので、このままになるのかもしれませんね」
「ご不便じゃないですか?」
「まあ、なんとかなるものです。島の皆さんが援助してくれますからね」
うなずくしかない。この島のコミュニティはしっかりしているのだろう。
舞蘭が質問を始める。
「島唄の謂れを知っていますか?」
和尚には敬語を使うのか、俺にはため口なのにしっかりと使い分けも出来ている。
「そうですね。あの歌の原型は元々古くから島にあったもののようです。祝い事などで歌われたようですね。それの亜流と言う形であの歌が始まったというところですか。それでも古いものですよ。おそらく江戸末期から明治初期の頃に作られたと思われます」
「亜流ですか」
「いつの時代も子供たちが面白半分に、歌詞を変えて歌うことはありますよね。そういったものと同じようです。それがいつのまにか島民に広まっていって、みんなが歌うようになったというわけです」
舞蘭がうなずく。
「和尚様は唄の意味をどうお考えですか?」
舞蘭の問いに和尚は少し考える。
「昔から金塊があるような噂はあったようです。そのことを歌っているのは間違いないでしょう」
「では何故、復讐の意味が入っているのでしょうか?」
「さて、どうですかね。黄金を取られたくないといった思いから、盗人を懲らしめる意図でもあったのかな。まあ、子供が作ったのでしょうから、多少は恐ろしい内容を盛り込んで、怖がらせようとしたのかもしれませんね」
「イギリスの船がこの島付近で難破しました。そういった記録はあるのですか?」
心なしか鬼頭和尚の顔が曇った。
「ないですね」
「では、島の歴史などを記録したものは無いですか?」
「記録と言われましてもね」
「そうですか……、ではこの島に古文書はありますか?」
和尚は小学生が随分と難しい言葉を使うので驚いたようだ。
「ええ、古文書はありますよ。歴代の和尚の中には、そういった古文書を収集するのが趣味だったような方もおられたようです。それと過去の住職がしたためた日記のようなものがあります。まあ寺にあるのは仏教関係の古文書がほとんどですが……」
「それらを拝見させてもらえませんか?」
再び和尚が驚く。
「読めるのかな?」
江南が助け舟を出す。
「この娘はそういった古文書も読むことは出来ます」
「そうですか、しばらくこちらにおられるのですか?」
「少なくとも1週間は滞在する予定です」
「わかりました。寺の蔵にありますので、少し整理します。またおいでください」
「ありがとうございます」
俺も質問してみる。
「和尚様は金塊についてはどう思われますか。そんなものはないという見解でしょうか?」
「そうですね。難破船が見つかったのは事実ですから、無いとは言い切れませんが、この島は小さいです。もしあればとうに見つかっていいと思いますよ。実際、そういった話は聞いたこともないし、記録も無いですから、それを考えると無いのかもしれません」
なるほどまともな答えだ。
「あなたたちはこれからどうされますか?」
「島を代表する方々と会う予定です。今日は出張所の所長さんと自治会長さんを計画しています」
「そうですか、自治会長は古い人間ですから、島の話はよくわかるでしょう」
しばらくは世間話をして、礼を言って寺を辞する。
舞蘭はじっと何かを考えているようだった。それからは歌も歌わず何かに集中していた。




