神照島
フェリーはトカラ列島の島ごとに概ね15分程度停泊していく。そのため乗客は少しづつ減っていく。
あまり食欲は無かったが、昨夜購入した菓子パンを腹にねじ込む。
そしていよいよ船内放送が神照島への到着を知らせた。
降りる準備をして、荷物を持ってデッキに向かう。
昼の太陽がまぶしい。やはりここは南国地方だ。東京とは日差しの強さが違う。
デッキに上がると舞蘭と江南は先ほどからここにいたようだ。彼女たちは景色を眺めていた。
はるか遠くに島が見えていた。
神照島。
海の色は沖縄地方の真っ青なものとは違っている。どんよりとした鈍い鉛色だ。島の中央に大きな黒い山が見えていた。神照島は思ったよりも大きな島だ。
その光景を見ていると言いようのない不安が増してくる。それがどこから来ているのかはわからないが、俺は思わずのどを鳴らした。
舞蘭が振り返る。夢で見たような少し邪悪な顔をしてつぶやく。
「死ぬな……」
俺は思わず、えっと聞き返すが、舞蘭はそのまま島を見ていた。
ああ、確かに誰かが死ぬかもしれない、そう思わせる何かが島から伝わる。あの島唄のせいなのか。それとも他の何かが伝播しているのか。
そして徐々にその島が迫ってくる。
江南が俺に話す。
「昨日は眠れましたか?」
「いえ、あまり船に強くないのでよく眠れませんでした」
こっちは雑魚寝の2等船室ですから……。
「そうですか」
舞蘭は相変わらずじっと島を観察している。
「何か気になるの?」
舞蘭は俺の顔を見て、笑みを浮かべる。
「さあ、どうかな」
どこか不思議な子供だ。ひょっとして中に中年のおばさんが入っているのではないか、そう思わせる。
フェリーが港に入って行く。思ったよりも大きな港だ。白い桟橋が迫ってきた。
フェリーは桟橋に合わせてゆっくりと停泊し、いよいよ下船が始まる。
桟橋はコンクリート製で幅は10mはあるだろう、しっかりとした作りになっている。桟橋を歩いて行くと、島の入り口付近に幅10mぐらいの大きな看板が立っていた。埋蔵金探しで有名になり、観光効果もあったのか、宝さがしを思わせる看板だ。島の絵とその中に光り輝く黄金の宝箱が描かれている。ペンキを使ったカラフルな看板だ。
『ようこそ 宝の島 神照島へ』と書いてあった。
ここで降りたのは20名ほどで観光客が半分以上、残りは島民だろう。大きな荷物を抱えているので、本土でたくさん買い物をしてきたのだろう。
江南が地図を確認する。
「まずは宿に行きましょう。昼食もそこで取る予定です」
飯という言葉に反応したのか、舞蘭が目を輝かせる。こういうところは子供だ。
その舞蘭が偉そうに言う。
「長谷川、荷物を頼めるか?」
江南が二つスーツケースを持っていた。海外旅行にでも出かけそうな大型のスーツケースだ。
「いいですよ」
「じゃあ、長谷川さん舞蘭ちゃんの荷物をお願いします」
俺は自分のリュックを背負っているだけなので、荷物運びは問題ない。
ガラガラと車輪を回転させながら運んでいく。子供でもそれなりに荷物はあるようだ。ただ、妙に重い気がする。いったい何が入っているのやら。
島の居住区はこの周辺に限られる様だ。後は自然がいっぱいというわけだろう。特に宿泊先はこの前頭港付近に限定される。4軒の民宿があるそうだ。これから向かう『黄金荘』はその中でも一番いい宿だという触れ込みだった。宿代はそれほど大差ない様だが。
「ああ、あそこです」
江南が指さす先に宿が見えた。宿を囲む白壁に看板がかかっており、手書きの大きな文字で黄金荘とあった。とくにそこに黄金があるわけではない。2階建ての普通の民宿だ。
入口に入って声を掛ける。
中からおかみさんが顔を出す。
「いらっしゃい」
小柄な中年女性だ。50歳ぐらいだろうか、どこか南国風の顔立ちをしている。
「江南さんご一行ですよね」
「そうです。東京から来ました」
「はいはい、お疲れでしょう。まずはお部屋に案内しますね」
部屋に案内される。江南達の8畳間と俺用の6畳間があった。
「男性はこちらですね」
その6畳間に通される。ちゃんとした扉があり、鍵もかかるようだ。室内は畳の和室だった。
「今、お茶をお持ちします。お客さんも江南さんの部屋で一緒でいいですか?」
「はい、そうしてください」
俺は自分の荷物を置いて、舞蘭たちがいる部屋に顔を出す。
「今、お茶を持ってきてくれるそうです」
舞蘭はさっそくノートパソコンを出して何やら作業している。
「ここはWi-Fiがあるんですか?」
「ええ、そのようです」
「海底ケーブルが施設されている」舞蘭はキーボードを猛烈な勢いで叩きながら解説する。
今は離島でも通信できるとはなかなかすごい。
おかみがコップに入った冷えたお茶を持ってきた。お茶菓子もあるようだ。
「麦茶をどうぞ」
皿にはビワだろうか、果物がある。
「地元のビワです。トカラびわと呼ばれています」
舞蘭はフォークを持って、それを頬張る。実に満足そうな顔だ。
おかみが持ってきた宿帳に記帳しながら、江南が言う。
「おかみさん、予約していた昼食をお願いします」
「はい、わかりました。今、用意しますので、少ししたら下の食堂に来てください」
自分の分を食べ終わった舞蘭が、お預けを食らった犬のように俺のビワをずっと見ていた。
「俺はいいよ。舞蘭が食べたら」
「いいのか?」
「どうぞ」
ワンとは言わなかったが、勢いよく食べていく。もちろん、最初から江南の分も食べていた。食い意地が張っているのか、脳を使うためには糖分が必要なのかはわからないが、甘いものは好きなようだ。
「じゃあ、下にいきましょうか」
三人で食堂に顔を出すと、おかみさんが厨房から声を掛ける。
「今出しますから、適当に座ってて下さい」
食堂には4個のテーブルと椅子がある。そこの4人掛けに座って待つ。
しばらくしてほっかほかの揚げ物が出てきた。
「お子さんがいるから、揚げ物にしました。捕れたばかりの地魚のフライです」
舞蘭の目が輝く。この娘は単に食い意地が張ってるだけだな。
舞蘭だけでなく、俺もそれなりにお腹が空いていた。出してくれた地魚のフライは馬鹿にうまい。新鮮さがよくわかるうまさだ。
俺はおかみさんに聞いてみる。
「金塊探しは落ち着いたようですか?」
おかみは椅子に座ってくつろいでいた。
「ええ、もう本格的な宝探しは終わったみたいですよ。今は観光客がスキューバがてら遊びで楽しむぐらいです」
江南が聞く。
「海岸沿いにはサンゴ礁がたくさんあるんですよね」
「そうです。港は工事でサンゴ礁は無くなってますが、それ以外はサンゴ礁が島全体を覆っていますよ」
「沈没船はどこにあるのですか?」フライを頬張りながら舞蘭が聞く。
「島の南東側に岬があるんです。灯台が立っているんですぐわかります。その近くの海に沈んでいました」
「島民は気付かなかったんですか?」
「そうですね。何かあるとは思っていたようです。釣りもしますからね。ただ、難破船だとしても、それがどうしたということでしょうかね」
「そういうもんですかね」
「おかみさん、神照島の島唄をご存じですか?」
「はい、わかりますよ。金塊探しのヒントじゃないかって結構騒がれましたからね」
「歌えますか?」
「ええ、歌いますか?」
「はい、是非お願いします」
おかみは、はにかみながら歌いだす。
黄金など 見つくるな
這ひ出るな 剥ぎとるな
聖の下知は そのままに
銀の刃の 光る時
赤き血潮は 金ならず
変はらぬぞ 変はらぬぞ
這ひ出るな
幸を 刈り取れ
なるほど歌にして聞くとその不思議な旋律が際立つ。どこか沖縄民謡のように聞こえるのは、この地方独特の音階なのだろう。
「おかみ、この唄は昔からあるのか?」時代劇かと思うようなしゃべり方で舞蘭が聞く。
「そうです。何でも江戸時代からあったようですよ」
「100年以上も前だな。歌詞も昔と変わらずですかね」
「さあ、そこまでは……」
「意味はわかりますか?」
「なんとなくですよ。子供の頃に覚えて歌ってるだけなんで。もっとも最近の若い子はわからないみたいですよ。我々ぐらいが最後の世代じゃないかな」
「復讐の唄みたいですね」
「ええ、でも子供ってこういった怖い唄が好きじゃないですか、怖いもの見たさっていうのか、ここまで歌い継がれてきたのはそのせいもあると思いますよ」
「この唄の謂れを知ってる人間はいないのですか?」
「謂れですか?」おかみは少し考える。
「そうですね。和尚さんならわかるかもしれません。古い古文書なんかも寺にあったように思います」
「和尚さん?」
「島の西側に至宝山という小高い山があります。そこに雷雲寺という寺があるんです。そこの和尚さんは物知りだから知っていると思いますよ。そうだ。その近くに鍾乳洞もありますよ」
なんとなく日本の古典的な探偵小説のノリになってきている。もじゃもじゃ頭をかきむしる探偵が出てきそうではないか。
舞蘭が頭をかきむしることもなく。ソースで汚れた顔で言う。
「よし、そこに行ってみよう」




