真相
事件の報告会を行った翌日の夕方になって、舞蘭は槇原医師に会いに行くと言う。
俺も事件については、まだいくつか疑問点があったので、それを舞蘭に聞いたところ、槇原のところに行けばわかると言う。会うと何がわかるというのだろうか。
そして今回、いまだに謎の一つだった、江南も参加するという。
俺は舞蘭から頼まれ、槇原医師に電話をすると、少しだけ躊躇したのち了承を得た。ただ槇原が俺たちが行く理由を聞かなかったのが不思議だった。
そして今回の訪問で一番、緊張しているのは江南だろう。あのオンライン会議以降、彼女はふさぎ込んでしまっていた。その本当の理由は俺にはよくわからないのだが、舞蘭は何か知っている様だ。そして江南は舞蘭に促されるようにして、槇原医師に会いに行くことになった。
診療所に着くと、看護士はいないようで槇原医師だけがいた。
「いらっしゃい」
いつもの笑顔で出迎えてくれた。今回は診察室ではなく、診療所の裏にある自宅に通される。
診察室とは地続きで扉一つで行ける自宅は、昔ながらの6畳間の和室に質素な木のテーブルが置いてあった。俺たちはテーブルの3面にそれぞれ座る。当然、肥満児は真ん中で、槇原医師と対峙する形だ。
槇原がこの島ではおなじみの冷たい麦茶を出してきた。
「さて、どういった御用件ですか?」
すると舞蘭がいきなり結論を言った。
「あのシナリオを作ったのは先生ですね」
俺と江南は言葉を失う。ただ、槇原は動じない。じっと舞蘭を見つめている。
しばらく沈黙が続いた後、槇原が言う。
「シナリオとは何ですか?」
「もちろん連続殺人事件のです」
槇原は真意を確認するかのように舞蘭をじっと見た。
「そうですか。じゃあ、あなたはわかっていて、警察にあえてああいう話をしたと言うんですか?」
「そうです」
俺には何のことだか、さっぱりわからない。舞蘭が言うように今回の事件は槇原医師が考えたのか。いったいどういうことだ。
「ちょっと舞蘭、俺にもわかるように説明してくれ」
「ああ、そうか。じゃあこれから私が真相を話しますので、先生の方で間違っている部分がありましたら、遠慮なく指摘してください」
槇原がうなずく。
「昔の話なので私の調査にも限界がありました。ただ、当時の活動履歴やSNS、戸籍などは今でも見ることができますからね。まず槇原医師は繁り夜の犠牲者で鍾乳洞で亡くなった女性とは知り合いでしたね。それどころかもっと深い関係があったのではないですか?」
槇原の表情が一層こわばる。
「どうしてそれがわかるんですか?」
「2005年当時に流行した巨大掲示板に書き込みがありました。今のSNSのはしりのような掲示板でした。その人物のハンドル名はブルーアイです。その人が神照島の金塊探しについて書き込みをしていました」
俺はたまらず質問する。
「そんな古い掲示板、よく見れたな」
舞蘭は余計なことを言うなと睨む。
「ウェイバックマシンという過去のウェブを記録したものがあるんだ。それから検索したよ。特にあの巨大掲示板は有名だったからな」
俺はほーと言うしかない。さすがは舞蘭。
「その女性は同じハンドル名で違う掲示板にも、恋人のことを匂わせていました。彼とは遠距離恋愛になってしまったとか、彼は医師で国境のない医師団に参加する等々がわかりました。さらに彼女の顔写真も入手できました」
舞蘭が自分のノートパソコンの画面を槇原に見せる。俺もそれを見てあっとなった。
その女性は江南そっくりだった。どこかエキゾチックで日本人と言うよりもハーフのような顔立ちで、目が青みがかっていた。なるほどこれでブルーアイなのか。
「そして先日、宝荘の曾祖母とオンラインで話をした時に、繁り夜の犠牲となった女性と江南が重なったのです。これを見てください」
そうなのだ。オンラインで老婆が言った言葉が衝撃的だった。
舞蘭はその時の録画を見せる。
認知症の老婆がぼんやりとした顔で映っている。
『おばあさん、その鍾乳洞で亡くなった女性について覚えていることはありますか?』
『……』
老婆は心ここにあらずと言った顔である。
『ひょっとしてこんな女性では無かったですか?』
舞蘭は唐突に江南をパソコンの前に座らせた。
老婆は少し当惑していたが、しばらく江南を見ると、目を大きく開けて言ったのだ。
『ああ、そうそう、あんた生きてたのかい』
当惑する江南をよそに再び舞蘭がオンラインに参加する。
『お婆さん、今の女性ですよね』
『そうそう』
『今の人が繁り夜の人ですね』舞蘭は念を押す。
『そうだよ。かわいそうにね』
『子供が生まれて貴方が取り上げた?』
『そうだよ』
『それで生まれた子供はどうなりました?』
『子供……』
しばらく待つ。しびれを切らして舞蘭が言う。
『どこかに預けたんじゃないですか?』
老婆がはっとする。
『そうじゃった、そうじゃった。娘に頼まれたんじゃ。この子を救ってくれって』
『どこかに預けたんですね』
『そうそう』
舞蘭は動画を止める。
「そうなんです。そしてその時の子供が江南です。彼女はこのことを知らなかった。両親に死に別れた天涯孤独の身の上だと思っていたんです」
俺も先日のオンライン会議で驚いたのだ。似ているとは思ったが、まさか江南が繁り夜の犠牲者の娘だったとは。俺以上に当の江南がもっと驚いていた。自分の出生の秘密にそんな繁り夜などという、忌まわしい過去があったとは思いたくもないだろう。ただ、江南はどこかでそのことを恐れていたように思う。そのせいで彼女は寝込んでしまったのだ。
「槇原さんは江南がこの島に来るのを知っていましたね」
槇原は観念したようだ。
「ええ、そうです。森崎という記者から聞きました。自分の後から来るのが本命だと、自分はその露払いみたいなものだとも言っていました」
俺はまたもや初めて聞く話で驚く。最初から舞蘭たちが行くはずだったって。
「舞蘭、今の話は本当なのか?」
「ああ、そうだよ。この金塊探しは元々江南の企画なんだ。彼女が面白そうなネタがありますって出版社に売り込んだ」
江南が静かに話し出す。
「すみません。いまさらですが、お話します。実は私は施設出身でした。物心つく前に今の里親に引き取られたんです。だから施設での記憶もありません。それでも唯一、あの島唄のメモだけを持っていたそうです」
「島唄って例の唄ですね」
「そうです。ですから私もずっと気になっていました。あの唄は何なのかって。それで調べていくうちに、神照島に伝わる歌だとわかったんです。それと最近世間では金塊の話も話題になっていて、これは一石二鳥だと出版社に売り込んだんです」
「自分の出生の秘密がわかるかもしれないと思ったんだな。さらに私と言うギフテッドもいたしな」
江南がうなずく。舞蘭は槇原に向き直る。
「それで森崎記者から江南の写真を見せてもらったんですね」
「ええ、見ました。本当に驚きました。ここまで似た人がいるのかって、それで気になって色々調べていく内に、彼女は涼美の子供じゃないかと気づいたんです」
「生きていたのかということですね」
槇原がうなずく。
「話を戻していきましょう。まずは当時、槇原先生は江南の母親、ハンドル名がブルーアイさん、本名阿川涼美さんとお付き合いをしていました」
観念したのか、槇原が続ける。
「ええ、ただ付き合いだしたときには、もう国境なき医師団への参加が決まっていました。もう少し早く彼女と出会っていれば、こんなことにはならなかった、何とかなったんです。それが悔しくて……。当時、ムシの良い話ですが日本に戻ってきて、もしまだ彼女にその気があればという話もしていました。ただ、現地に行って少しすると彼女からの便りが無くなりました。気にはなっていたんですが、おそらく良い人が出来たものとあきらめていました。それもあって現地での医療活動に邁進したんです」
舞蘭がパソコン内の履歴を見ている。
「10年間アフリカで医療活動に従事されたんですね」
「そうです。そうして10年経って日本に戻ってきました。どこかで涼美のことは気になっていました。それで帰って来てからその後の彼女のことを調べました。すると奇妙な事が分かりました。メールが来なくなった時期にはすでに行方不明になっていたんです」
そういうことか、阿川さんは神照島で囚われの身になっていた。
「彼女は最後のメールで神照島に行ってみるとありました。そうです。彼女も金塊の謎を解こうとしていたんです」
舞蘭が思い出したように言う。
「はっきりとは言えませんが、阿川涼美さんはジョン助の子孫だと思います。つまりは江南も同じく子孫になります。家系図があるわけではないですが、おそらく阿川さんで4代目ですかね」
それで納得がいく。彼女たちがハーフのような顔立ちなのは、ジョン助の血を引いているからなのか。
「ですから、ジョン助が残したとされる金塊の正式な相続人とも言える人たちです。それで阿川さんも神照島に行こうと思ったはずです」
「そうだったのか……、涼美もどこか当てがあるような話しぶりでした。金塊の謎について何か知っていたんですね」
「そうだと思います。親から何か聞いていたのかもしれません。そして島唄の謎にも思い当たることがあったのでしょう。ジョン助の子孫には代々謎について伝授があった。事実、江南にも島唄のメモを渡したようですから」
槇原が話す。
「それで私も神照島に行ってみました。しばらく滞在していく内に涼美の痕跡が見つかりだしたんです。いよいよ気になって調べました。そうしてついに繁り夜と彼女がその犠牲者になってしまったということがわかったんです」
「槇原先生はその時には診療所で仕事を始めていましたね」
「ええ、この島や周囲の島にも医師が少なく、当時、神照島にいた医師は高齢でした。私に後釜になって欲しいと頼まれました。私は涼美の調査もあってこちらに厄介になっていましたから」
「繁り夜の事実がわかってどうされたんですか?」
槇原は唇をかみしめる。あれから二十年以上たつが、いまだにその無念さは晴れないのだろう。
「もちろん、あの四人をとっちめましたよ。それこそ殺しても飽き足らなかった……、ただ、彼らも泣いて謝るんです。出来心だった。許してくれとね……、出来心では済まされない話ですが、この島にはそういった古い因習が残っているようです。それが島民の血の中に延々と残っている。さらには外国人に対する偏見に近い感情も根強くあります。内地の人間ですら色眼鏡で見るような人たちです。外国人などもっと偏見に満ちた見方をしていました。涼美は見ようによっては外人ですから……」
槇原が再び苦渋に満ちた顔になる。
「許したわけではありませんが、私には復讐などということは出来ませんでした」
俺にはわかる。こういう聖人のような人間には、人を殺めることなんかできないのだ。ましてや国境なき医師団に参加するような人ならなおさらだ。
舞蘭が言う。
「ところが状況が変わった。江南が島に来るということと、あの4人が森崎を殺してしまったことです」
「そうです。彼らが言うには森崎記者については不可抗力もあったようです。金銭を要求され、挙句には週刊誌に載せると脅されて、口論になり勢いで殺してしまったそうです。ただ、彼らももうこの辺でおしまいにしたいと言いだしました。繁り夜の犠牲者の娘も生きていたし、もう、このまま生きていくのがつらいとね」
犯罪に犯罪を重ねていき、ついに観念したということか。
「彼らが言うには、神照島の将来についても悲観するようなこともない。今や観光が島の柱になっています。彼らの役目は終わったようでした。それで今回の話を持ちかけられました」
槇原はここで舞蘭をじっと見る。
「あなたはどこで私の仕業だと気付いたんですか?」
「ああ、それは最初からです」
舞蘭以外の全員が驚く。
「最初の中村の事件で気が付きました。共犯者がいるはずだとね。それも医学的知識のある人間でしかありえない。シナリオでは中村が自分で腹を刺して、朝まで生き延びねばならないんです。どこを何時に刺せばいいかなんて、医師にしかわかりませんよ。それと中村という人間の健康状態も把握しないとなりません。そうなると先生しかいないんです」
槇原があっとつぶやく。
「所長の事件もそうです。あのトリックを老人たちが考え付くわけがありません。もしできたとしても必ずぼろが出ます。完璧なシナリオでした」
「でも一部、失敗したんですよ」
「わかりますよ。鬼頭和尚の事件ですね。あれは最後になるはずだった」
槇原が再び驚く。
「ええ、そうです。どうしてわかったんですか」
「4つの殺人事件であれだけは協力者が要らなかった。一人で実行できるものです。最後にやるしかないんです。本当は次に自治会長の事件が起きて、和尚が協力するはずでした。ところが、シナリオに変更を余儀なくされた、私が警察に次は和尚の番だと言ったからです。島唄の順番からしてそうでしたから。それで和尚の身動きが取れなくなった」
「そうです。そこまでわかっていたんですね。それで急遽、シナリオを書き直しました。最後の協力者を和尚から私に変更したんです。それしかなかったですから。私が事件に関与するのは避けたかったんですが、致し方なかった。それであんな見苦しい形になりました」
「でもこの殺人事件を島唄に見立てた点は見事です。密室殺人にする理由は、犯人はジョン助や繁り夜の犠牲になった女性たちの怨念にしたかったんですよね。人間ではない怨念が人を殺す。密室殺人にする理由です。あんなこと人ならざる者しかできませんからね。島唄は復讐の唄ですから」
槇原の目から涙が流れる。そして何度もうなずく。
「そうです。今回の事件はジョン助や虐げられてきた女性たちの怨念が生み出した事件なんですよ」
舞蘭がにこりとする。これまでの悪魔の笑みではない。
「それともう一つ気付いたことがあります」
舞蘭がちょっといいですか、と言って槇原医師の耳穴をいじる。
「な、なんですか」
舞蘭が耳垢を確認している。
「私の見立てです。正式には検査をした方が良いですが、先生の耳垢は湿式です。これは日本人には特に少ないものです。そしてえくぼがありますね。二重瞼で鼻の形も似ています」
槇原医師がえっと驚く。
「そうです。私の推定ですが、あなたと江南の親子関係は90%以上と言えるでしょう。正確にはDNA鑑定をしてください」
江南と槇原が顔を見合わせる。
「阿川涼美は妊娠していたんですよ。この島に来る前に、江南は貴方の子供です」
さて、ここまでわかった読者はいましたかね。よくあるパターンだと言えばそうなのですが……




