舞蘭の謎解き
体育館の男子トイレから出ると、舞蘭が女子トイレから出てきた。小声で話しかける。
「ちょっと話が変わってるだろ、いいのか、どうするんだ?」
「大丈夫だよ。老婆とのオンライン会議の録画は編集済だ。だからあれを見ても誰も気づかない」
「編集したのか……」
「馬鹿ばっかりだから大丈夫だ」
すると男子トイレから、その馬鹿代表が顔を出した。
「なんだ。どうかしたか?」
手をぶらぶらさせている。どうやらハンカチを持ってないようだ。自然乾燥しようとしている。
「いえ、これから舞蘭が事件の真相を話すそうです」
島田警部は疑いに満ちた顔で不敵に笑う。
「まあ、お手並み拝見といこうか」
ふてぶてしい顔で会議室に戻っていく。
そんな島田の様子なのだが、舞蘭はまるで気にしていない。
「じゃあ、もどるか。お菓子はまだあるよな」
この子はお菓子の方が気になるようだ。俺たちも会議室に戻る。
ただ、俺もあの殺人事件の謎はわかっていない。今回舞蘭が真相を話すということで参加しているだけだ。そういう意味では島田と同じ立場になる。
はたして本当に舞蘭はすべてがわかったのだろうか。
一同が席に着いて、再び舞蘭が話を始める。
「さて、いよいよ今回の殺人事件の全貌です。私は事件すべてのデータをロジカルに組み立てて推理していきました」
馬鹿代表の島田の眉間にしわが寄る。ああ、これは理解不能だな。英語が出て来ると途端に拒否反応を示す輩だ。かくいう俺も同じなのだが……。
「論理的に物事を整理すると見えてくるのですよ。じゃあ、順番に行きます。まずは週刊ジャーナルのフリーの記者森崎の話からです。
彼は我々の前に神照島の金塊探しでここに来ていました。数週間、取材を続けていたようです。ただ金塊探しは早々に諦め、どこかで繁り夜の話を聞きつけます。確かに興味を引く内容です。記者の勘とでも言うのでしょうか、美味しそうなネタだと食いつきます。これは宝荘のおかみの証言からも、森崎が関心を持ったことがわかりました。そうして我々と同じ様についに宝荘の曾祖母にたどりつきます。施設までおもむき話を聞きだすことに成功しました。その内容はとんでもない特ダネでした。そうです。それは現代に起きた繁り夜の再現秘話でした。
彼はフリーの記者ですから、それを記事にするよりも、もっと金になる方法を選びました。あの4人を強請ったのです。結果、森崎は行方不明になっています。これが何を意味するか、わかりますよね」
島田がうなずく。
「そうです。おそらく森崎は殺されたと思います。ただ4人はこれで解決したとは思っていません。なぜなら、宝荘の老婆は認知症がひどく、いつだれに話をするかわかりません。事実、我々にも何の躊躇もなく、話をしたからです。おそらく過去には老婆に口止めの約束があったはずです。ところがあの状態ではその密約は反故になってしまいます。この連続殺人事件の背景にあったのがこれです」
島田はわからないようだ。頭の上にハテナマークが見える。俺の頭の上にもあるんだろうな。
「4人はついに観念したのですよ。彼らは60代後半でもう先の希望もない。さらに森崎の殺人まで犯している。それで今回の事件を計画したのです」
島田が血相を変える。
「いや、それはおかしくないか。それでどうして殺人事件が起きるんだ」
「では真相を話しましょう。これは殺人事件に見せかけた集団自殺なんです」
一同から驚きの声が上がる。かくいう俺もおおーと唸ってしまった。なんということだ。集団自殺だって、でもどこかおかしい気がする。どうしてわざわざ自殺を殺人に見せかけたのだ。
俺と同程度の頭の島田警部が、つばを飛ばしながら言う。
「だったら最初から自殺で良いだろ」
舞蘭は例の悪魔の笑みを浮かべる。
「よく考えてみてください。もし自殺だったら警察や周囲の連中はどうしますか?」
「どうって、まあ自殺の理由を調べるな。あっ」
「そうです。彼らは自殺の理由は知られたくないのですよ。繁り夜の暴挙を暴かれてはなりません。だからこそ殺人事件にする必要があった」
俺もその理由に合点がいく。
「殺人事件であれば、殺害方法や犯人についての捜査が中心になる。そしてそうなると、この事件は解明できないまま迷宮入りになったでしょう。私がいなければね」
確かにそうかもしれない。舞蘭の言うことは筋が通っている。
「それでは殺人事件のトリックについて説明します。この事件は4人が集まって綿密に脚本を作り、その通りに進めたものだと思います。すべてが理詰めに考えられています。さらに殺害方法はあの島唄に則った形にしています。あの唄は復讐に満ちた唄です。自殺というものからは程遠いとは思いませんか。それとお誂えむきに4人が殺されることになっています。
では順番に説明します。最初は中村湯治の事件です。
あの日、中村は夜中になって普段は鍵を掛けない自宅の鍵を全てかけます。そうして完全な密室状態を作りだしました。普段、鍵を掛けない中村にしてはありえない行為でした。
次にあらかじめ持っていたサバイバルナイフで自分の腹を刺します。まあ、普通の人間には無理ですが、中村は元侠客です。こういった刃傷沙汰には慣れています。自分の腹を指すのにもさほど苦労はしなかったと思います。そうして刺したナイフを抜くと、あらかじめ指定した場所に隠します。これは私の勘ですが、おそらくトイレの洗浄タンク内あたりではないですかね。もちろんビニール袋か何か保護するものの中に入れてです。そうして中村は朝を待ちます。出血しながらもなんとか耐えたのでしょう。
朝になり、黄金壮のおかみさんが騒ぎ出します。中村はほっとしたことでしょう。これで死ねるとね。そうして密室状態は我々により解除されました。さらに室内に入った人間たちは、それぞれが勝手に武器や犯人を捜していきます。
ここで仲間4人の中の一人である吉川所長が働きます。彼はナイフの場所を知っていますから、人目につかないように黙ってそれを持ち出します。庭まで行くと、それを発見する演技をしました。それで犯人が捨てたナイフの発見となりました。島唄で言うと聖の下知はそのままに銀の刃の光る時の再現です。ナイフによる殺人です。これが第一の殺人事件の謎解きです」
確かにそうだった。全員が密室殺人と言う謎にとらわれて、部屋中を勝手に探し回っていた。まさか事件に協力者がいるとは思わなかった。島田も俺と同じ思いのようで、悔しそうな顔をしている。おそらく警察はこれから室内を再調査するのだろう。舞蘭の言うようにどこかに痕跡が残っているかもしれない。
島田が立ち上がって俺を指さす。
「本当に誰も所長の行動に気が付かなかったのか?結構な人数がいたんだろ?」
「どうですかね。あの場にいたのは黄金壮の夫婦と俺と江南と舞蘭、所長と槇原先生でした。それぞれが手分けをして家の中を探していましたから、他人の様子など気にもしませんでした。だって密室殺人ですよ。そっちのことで頭がいっぱいでした」
まったく、と言って席に座る。いやいや、あんたがいたって同じ行動を取ったはずだよ。
舞蘭が話を続ける。
「次に吉川所長の事件です。
まず吉川は用事があると出張所の2階に上がりました。そして吉川は自殺にベルトを使います。あのベルトはいかにも絞殺に適したものでしたね。太さも十分だし、しっかりとした作りで、首を絞めるには絶好です。そして、あれも自殺となります。首つりですね」
再び島田が立ち上がる。
「それはない。だって首にベルトが掛かっていて、両端は何もつながっていない状態だったぞ。自殺にしたって自分から両手で引っ張ることは不可能だろ。ありえない」
「確かにベルトを使って自分の首を絞めることは難しいでしょう。縊首の場合は、何かに引っ掛けて首を絞めます。よくあるのが、家の桟だとか、扉のノブとか、少しでも首を引っ掛けることができれば、縊首の状態を作り出せます。ええ、島田警部の言ったように、現場にみんなが来た時は、ベルトは何にも掛かっていなかった。吉川所長の首周りにそのままあったのです」
島田が満足げにうなずく。あの現場は自治会長だけでなく、職員2人と俺たちも見ていたのだ。ベルトには何も掛かっていなかった。ベルトの端はぶらぶらと解放されていたのだ。
「ただ、自治会長が現場に行ってから、職員が来るまで数秒のタイムラグがありましたね。ここがみそなんです。
あの部屋には大きなタンスがありました。古いもので実にしっかりとしたコの字型の取っ手が付いていました。あれにベルトを引っ掛けたんですよ。ちょうど縊首にいい位置に取っ手がありました。ベルトの両端を何かの金具で輪っかにすればいいだけです。そうして自治会長がすばやくその金具を外せばいいだけなんです。金具を外すには1秒もあれば十分でしょう。後はそれをポケットなどに隠すだけです。いかに年寄りだとしても2、3秒もあればできたでしょう。後はそのままにすれば、あたかも誰かがベルトで首を絞めたように見えますね」
島田が反論する。
「じゃあ所長は死ぬ間際に吉川線を付けたり、うめき声をあげたって言うのか?」
「ええ、その通りです。それがそれほど大変なことでしょうかね。吉川線はあらかじめ付けたっていいんですよ。うめき声は普通の縊死だって苦しめばあり得る話です」
「その金具って言うのはどんなものなんだ?」
「別に複雑なものは要りませんよ。ベルトの金具と穴を繋げるクリップ状のもので十分です。それなりにしっかりしたものでしょうから、自治会長は隠すのには気を使ったとは思いますが、それも探せば出てくるでしょうね。ああ、それとあのタンスの取っ手に跡が付いてましたよ。しっかり調査してみてください」
「いや、しかしあなたにどうしてそれがわかるんだ?」
舞蘭は例の悪魔の笑みを浮かべる。
「先ほども言ったようにすべてのデータを論理的に解析すれば、今の解しか出てこないんですよ。ロジックで考えるんです。これで2番の歌詞、絞まる喉から風の音、染まるなや染まるなやが実行されました」
苦虫をかみつぶした顔で島田が席に着く。
舞蘭は素早くお菓子を口に入れると、ジュースをごくごくと飲む。そして糖分補充とつぶやいた。取りすぎだと思うぞ。
「次は雷雲寺の鬼頭和尚の番です。あれは簡単です。?(きん)を頭に落とせばいいんですからね」
凝りもせずに島田が立ち上がる。
「おいおい、あの老人があんな重いものを、自分の頭に投げたっていうのか?それは無理だ」
舞蘭は右手の人差し指を振りながら、ちっちっちっと言った。完全に挑発している。
「あれにもトリックがあります。あの本堂には高さが50㎝もある高い燭台がありました。あれに?を載せて和尚の真後ろに置きます。和尚は絡子、首から下げる紐のようなものを持っていました。あれを燭台に掛けて、手前に引っ張ればいいだけなんです。当然、あらかじめ位置だとか、引っ張るタイミングは確認したでしょうがね。そうやって、ちょうど和尚の後頭部に当るようにします。絡子はその辺に落ちていても誰も不審には思わないし、燭台も元からあそこにあったものですから、和尚が倒れた時に一緒に動いたものと思うでしょう。和尚が叫び声をあげたことから、あたかも?で殴られたように思ったのです」
「そんなタイミングよくうまく行くものか?」
島田が疑いに満ちた顔をする。
「試しにやってみましたか?私はシュミレーションしてみましたが、実に簡単に実現できましたよ。警察の方で実地検証すればいいでしょう」
島田は何も言えずに座り込む。
確かにそう考えると辻褄は合う。いや、よくよく考えると、舞蘭の言う通り、それしかないのかもしれない。舞蘭はすごい。
「これで3番目の歌詞、祈りの頭打ち据えよ、冠となれ冠となれが実行されました」
舞蘭はまたもや素早くお菓子を頬張ると、残ったジュースを一気飲みする。
「それでは最後の事件です」
ここで島田が息を吹き返した。
「おお、そうだ。あれは無理だろ。だってもう仲間がいなくなってるぞ」
なるほど、そうだと俺も思って舞蘭を見ると、なんといつもの笑みを振りまいている。
「まあ、普通そう考えますよね。ただ、これも論理的にデータを積み重ねると真実が見えてくるのです。
まずはあの日、私と長谷川、江南で自治会長宅を訪れました。これは推測ですが、私たちが来るのを自治会長は予測していたと思われます」
島田が噛みつく。
「おかしなことを言うな。なぜ、わかったんだ?」
「それはこれから話します」舞蘭はいらん事言うなというきつい顔をする。
「私たちは自治会長宅の玄関のところで、槇原医師とすれ違います。そして事件が起きたのです。叫び声と銃声でした。
全員で2階の寝室に行きます。そしてやはり鍵が掛かっていました。密室ですね。槇原医師は持っていた器具を使って、その鍵を壊して中に入ります。
寝室は修羅場と化していました。自治会長の頭が半分吹っ飛んで、あたりは血まみれでしたから。槇原医師は私と江南を室内に入れませんでした。遺体の状況が子供に見せるべきものではないと考えたからです。
さらにはここも密室でした。またもや密室殺人です。長谷川と槇原医師とで犯人の有無と拳銃を探そうとします。しかし、結局、どちらも見つからず、その後、拳銃は寝室の外の庭から発見されました」
そのとおりだ。どうして庭に拳銃を持って行ったのか。その後、警察が寝室内を探したが、抜け穴や排出装置なども見つからなかったのだ。
「これも論理的に考えるとわかります。自治会長にもう仲間はいなかった。しかし協力者はいたのです」
俺ははっとする。まさか。
「協力したのは槇原医師です。ここからは推測です。あとで槇原医師に確認してください。本来であれば協力者は鬼頭和尚のはずでした。ところが和尚は先に死んでしまった。それで自治会長はやむを得ず、槇原医師にお願いしたのです。槇原医師は医者でもあり、秘匿事項を守る人間です。自治会長は事情をすべて話して協力を願い出たはずです。これまでの関係もあって槇原医師はそれを了承したのでしょう。優しい方です。老人の最後の望みを叶えてやろうとね」
再び、じれてきたのか島田が声を上げる。
「そうだとしても現場で拳銃が見つからないのはおかしいだろ」そういってはっとする。「もしかして長谷川が協力者か?」
俺の方を鬼の形相で見る。それだけでちびりそうになる。
「ち、違いますよ。知りませんって」
「じゃあ、見落としたんじゃないか?」
そう言われると自信がない。あの時はあまりに無残な死体に仰天していたのは事実だ。
「まあ、長谷川が抜けているのは否めませんが、それだけではないのです。自治会長はトリックを使っています。拳銃に自動巻き取り器を付けたはずです。釣りなどでリールが勝手に巻き取られる装置ですね。市販品で小型のものがあります。撃った後、手を放せば拳銃がそれに巻き取られ、大型の書棚の上に飛んで行ったはずです。あの位置だと書棚の上は室内にいた人間からは見えませんから。そうして自治会長は何もせずに拳銃を隠すことができます」
うそー、まじか。確かにそう考えると、槇原医師は書棚の上あたりを調べていた気がする。
「巻き取り器と言っても小型ですから、槇原医師は器具ごと拳銃を鞄に入れることは可能だったはずです。医者は往診で大きなカバンを持っていますからね。槇原医師はリュックでしたか。そして後になって庭に出て拳銃だけを捨てればいいのです」
島田は無い頭で考えている。そして気づく。俺をきっと見る。
「長谷川がいただろう。槇原が隠したところを見てなかったのか?」
まったくこいつは痛いところを付いて来る。
「俺も動転していたんです。ベッドの下やクローゼットの中を探していましたから、槇原さんがどういった動きをしていたかまでは、見ていないです」
「まったく困ったやつだ。それで最初に言った、お前たちが自治会長宅に行く話はどうなった?どうしてそれがわかったんだ」
「鬼頭和尚から連絡が入ったんでしょう。事件について私たちが調べている、島唄の謎にも気づいたようだとね。間違いなく繁り夜について自治会長に聞きに行くだろうと、すべてが暴露されたのかもしれない。俺は身動きが取れないから先に死ぬとね。お前は最後の殺人を槇原先生にお願いしろ、舞蘭たちがお前のところに行くはずだからとね。それで槇原医師と会長宅で待っていたのですよ」
確かにそれもその通りだ。槇原医師が何故、自治会長宅にいたのかもこれで納得できる。俺たちが行くことを知っていたのだ。
「それと槇原医師が鍵を壊す器具を持っていたのも不自然です。自治会長の健康状態の確認と言っていましたが、あそこまでの器具が必要だったでしょうか。ですから予期していたと思います。こういったデータをもとに組み立てると真実が見えてきます。これで4番目の歌詞。館が燃ゆる射抜かれる、曇り目の鬼、面を撃て、が実行されました」
すべてが理詰めで説明され、島田警部は何も言えなくなった。
俺はギフテッドとしての舞蘭の謎解きの素晴らしさに言葉が無かった。隣でお菓子と追加のジュースをがぶ飲みしている点をのぞけば……。
その後、警察の追加捜査により、舞蘭の仮説すべてが立証された。槇原医師も協力したことを認め、厳重注意扱いで事件は解決を迎えた。




