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繁り夜

 老婆の話はあまりに驚愕だったので、その夜、俺はまんじりともできなかった。

 これで事件の謎が解明されたことになる。ただ、まだまだよくわからないことが満載で、俺の頭はこんがらがっていた。

 舞蘭に教えてくれと頼んだが、明日、警察を呼んで話をするということだった。ただ、まだそのことは島田警部に話をしていないという。事件の謎がわかったと言えば大騒ぎになるからだ。舞蘭の理由は、夜は寝たいとのことだった。さすが11歳児だ。ただそれには俺も賛成だ。

 それにしてもいったい、どういうことなのだろうか、はたして、これですべての事件は明らかになるのだろうか。


 そうして翌朝、血相を変えた島田警部が朝一番で舞蘭の部屋に来た。警察に事件の全貌を話すと言ったからだ。もちろん、昨晩から舞蘭はすべてを把握していたのだが、昨日の時点では、まだもう少し時間がかかると嘘を言っていた。舞蘭は警察関係者全員を集めるようにと指示を出した。あの島田もその提案をしぶしぶ了承する。まあ、それしか警察も手がないようだ。


 事件の関係者が捜査会議場となっている学校の会議室に集まっていた。

 体育館および準備室すべてを警察が借りており、捜査会議用にはその準備室が使われていた。広さは12畳ぐらいはある。真ん中に長テーブルが置かれ、周囲を警察関係者が埋めていた。俺と舞蘭は上座に座り、斜め前に鼻息の荒い島田警部が座っていた。

 鬼瓦こと島田は血管が切れそうな顔で俺たちをにらんでいる。今朝になって事件の真相がわかったと言われたことが、よっぽど頭に来たのだろう。考えようによっては警察の面目丸つぶれである。

 それとは対照的に欠伸をしながら舞蘭が席に着く。

 島田がどすの効いた声を出す。

「守須さん、事件の全貌がわかったそうだな。話を聞こうか」

 子供相手にいきっても仕方がないと思うが、舞蘭は持ってきたジュースを一口飲みながら、話を始める。

「長い話になります。まずは古文書から得た情報から話をしないとなりません」

「いいだろう、やってくれ」

 島田がふんぞり返る。俺は舞蘭から長くなるとは聞いていて、舞蘭用に追加のジュースと口直しのお菓子を用意させられていた。完璧にお付きの者扱いである。

「この神照島には『繁り夜』という風習がありました。その時代背景ははっきりしないのですが、おそらく室町時代にはすでにあったようです。この『繁り夜』が今回の事件の背景にあります」

 あらかじめ島田には話の腰を折るなと言ってあるので、いらいらしながらも、じっと黙って聞いている。ただ、質問したくてうずうずしている顔だ。

「御承知のように神照島は、本土からも他の島からも距離があります。さらに昔から台風や地震などの災害で、島民が被害を受けることが多かったようです。そうしていったん被害を受けると島の人口は激減します。そうなると島で行う産業自体が立ち行かなくなります。それ故、島では一定の人口を確保するために、子供を増やす事を一番に考えていました。将来の島の存亡を考えるとそれしかなかったのです。しかしながら限られた島民が漫然と子供を増やすだけでは、増えるものでもありません。むしろ先細りしかなかった。今の日本を見るようですね。

 それで考え出したのが、さきほどの繁り夜というシステムでした。これは多夫一婦制とでもいうべき考え方で、女性は色々な男性と性行為を行い、子供を増やしていくのです。血の偏りを避けると言う意味もありました。そうでもしないと人口減少に歯止めがかかりませんでした。

 さらに、とにかく人を増やすと言う考えから、島民だけでは足りないと考えたのか、血の偏りを防ぐということなのか、島の外から繁り夜用に女性までもさらってきたそうです」

 ついに我慢できなくなったのか島田が話す。

「おい、まさか、あの座敷牢が……」

 舞蘭が口に指を当てる。黙れと言うことのようだ。子供に諭されて島田は苦虫をかみつぶす。

「そのとおりです。あの寺にあった座敷牢はその名残です。昔は島には似たような施設が数多く存在していたようです。他の地域から略奪してきた女性を座敷牢に閉じ込め、次々に子供を産ませる。それを島民の子供として育てる。こういった行為を繰り返してきたようです。古文書には神の御業と書いてありましたから、罪悪感など無かったのでしょう。子孫を残すためには当然の行為だと思っていたのです」

 俺も初めて聞く話で手が震える。

「そういった風習は江戸時代までは続いていたようです。

 それで次に出てくるのが、イギリスの難破船の話になります。

 文政7年、西暦で1824年の9月上旬、神照島は巨大な台風に襲われました。風雨も強く、三日三晩、島周辺に居続け、島の被害も甚大となりました。家屋は倒壊し死者数も20名を超えたそうです。

 台風一過で島に外国人が打ち上げられていました。現在の黄金港の磯に現れたのは金髪、青い目をした、島民にとって初めての異人だったそうです。その異人は島民の介護により徐々に回復していきました。彼は身の丈6尺もあろうかという毛むくじゃらの大男でした。

 その異人の話によれば、サンライズ号という英国船の乗組員で、鯨を捕獲していたそうです。当時の捕鯨船は捕鯨だけでなく、清国へ行ってお茶を買うことも目的にしていました。その時は清国に行こうとして、島周辺を航行していたそうです」

 しびれを切らしたのか島田が質問する。

「捕鯨って言うが、その当時は冷凍技術もないだろ、腐っちゃうんじゃないか?」

「ああ、なるほど、そう考えるのも無理はないですね。実は当時の捕鯨は鯨の油を取ることだけを目的にしていたんです。油は貴重でしたから、鯨の肉とかはすぐに廃棄して油だけを輸送するんです」

「そうなのか」

「そうです。もったいない気はしますがそうでした」

 舞蘭は何でも知っているな。俺も驚く。

「その異人は島民からはジョン助と呼ばれていました。おそらく本来はジョンという名前だったと思います。ジョン助は鍛冶の技術を持っていたようで、彼が作る火打石は島のものよりも数倍、火の付きが良かったそうです。他にも金属加工で色々な貢献をしたそうで、徐々に島民と馴染んでいきます。そしてジョン助は島の娘と恋をします。彼の年齢ははっきりしませんが、20歳前半の若者だと思います。当時の船乗りは概ねそのぐらいの年頃でしたから、まあそうなってもおかしくはないですね。若者は恋するものです。そして案の定娘は妊娠し、子供が生まれたそうです。

 さて、ここで問題が起きます。さきほどの繁り夜です。その娘も繁り夜になるべく育てられていたのです。つまりジョン助だけのものでは無いのです。

 娘は泣く泣くジョン助と引き裂かれます。そして彼女には繁り夜としての生活が始まるのです」

「それは座敷牢と言うことか?」

「さあ、それについてはわかりませんが、可能性はありますね。ジョン助は島民に娘を返してくれと懇願したようですから……」

 俺もたまらず質問する。

「ああ、じゃあジョン助が島唄の内容を実行したのか?」

 今度は島田の方が眉間にしわを寄せる。

「ああ、何のことだ?」

「島唄ですよ。首を絞めたり、ナイフで刺したり、鈍器で殴ったり、拳銃で殺したんですか?」

 ここで島田も気づく。

「ああ、あの唄か、え、そうなのか?」

 舞蘭はあきれ顔だ。

「最初に言ったように話の腰を折らないでください。順番に話をしていきますから。

 えーとどこまで話したかな。ああ、そうそう、それでジョン助は繁り夜になった娘への恋慕を自分の子供に伝えます。その子も女の子だったそうです。娘も母親を恋しがったでしょうから、その時にジョン助が娘に語った話をその娘が唄にしたそうです。つまり島唄はジョン助の妄想ともいうべき話です。口惜しさを紛らわすために殺してやる、と島民と島の風習を呪ったんです。

 そして悲劇は続きます。わかりますよね。ジョン助の子供は女の子でした。年頃になると島民から彼女も繁り夜になると告げられます。それをジョン助が承諾するわけがありません。頑として拒否します。それだけは認められないと、それこそ島民を殺してでも阻止する勢いだったそうです。

 そして結局、反対にジョン助が殺されたのです。島の風習が勝ったことになります。古文書には深夜になって島民たちがジョン助の家を襲って彼を始末し、娘をさらったとありました」

 舞蘭は11歳だが、この話を理解して話をしているのだろうか、あまりのことに俺自身も言葉がない。

 舞蘭はジュースを飲むと黒糖のお菓子を頬張る。もぐもぐしながら話を続ける。

「娘は島民と島の風習への怒りで、あの唄をうたったのです。あの唄が復讐に満ちているのはそのせいです。先ほど話したように、繁り夜は江戸時代末期まで続きます。明治を迎える頃になって、ようやくこの風習はなくなったようです。そして現在のところこの繁り夜については、ほとんどの島民は知らないようです。私が聞いても誰もわからなかった。知っているのは老人だけでしょう。ただ、これもあまり口にできることではないですからね……。

 ただ、どうですか。男性にすれば繁り夜自体は魅力的に見えるのではないですか。性的な欲求はいつの時代も変わりません」

 うーーん、舞蘭は本当に理解して話しているのだろうか、実に恐ろしい話をしているのだ。島田ののどが鳴っている。

「そしていよいよ今回の事件についての話です。これについては宝荘のおかみさんの曾祖母が事情を知っていました。彼女は現在鹿児島の施設にいます。95歳で相当に痴呆気味でしたが、昔の話はよく覚えていました」

 舞蘭がノートパソコンの画面を見せる。昨晩、老婆とオンラインで話した録画だ。

 冒頭のやり取りだけ見せる。

「時間の関係上、以降は私がかいつまんで話します。こちらの録画は証拠として警察に提出します。

 曾祖母の話によると、ちょうど25年前になります。2000年頃ですね。島に女性が現れました。彼女は観光で来たと言い、当時の黄金壮に泊まったそうです。

 その時は亡くなった中村湯治さんが相手をしたそうです。その辺の事情ははっきりしませんが、どうも彼女は例のジョン助の子孫だったようなのです。それ故、彼女は外国人のような美女だったそうです。彼女は島に眠る金塊に興味があるようでした。さらには天涯孤独な身の上で家族もいないということを話していました。ただ、残念ながら彼女のことを覚えている島民はいません。なぜならばその時に中村湯治にしか会っていないからです。それが中村の欲望に輪をかけたのです」

 島田が目をむく。

「おい、ま、まさか……」

 再び舞蘭が口に指を当てる。

「そうです。中村は繁り夜を再現しようとしました。

 今でもそうですが、亡くなった4名は竹馬の友の関係でした。昔からそういった悪さをした仲だったのでしょう。そう言う者たちが飲んで戯言を話すのはよくあることなのでしょう。和尚は寺にある封印された座敷牢の話と繁り夜の話をしました。酒も入って半ば冗談のようにその話をしたのでしょう。さらにその4名は、中村は妻に先立たれ、残り3名は独身でした。子孫を残すという意味では、繁り夜というシステムは理想的に映ったのでしょう。機会があればやってみたいな、などと戯言を話したと思います。

 そしてその中村のところに素性のわからない、若い外国人美女が現れました。魔が差したといえば、そうなのでしょうが、それを実践してしまいます。

 中村は元々ヤクザでそういったやばい仕事もしていたようです。あまり罪の意識も無かったのでしょう。そして雷雲寺には座敷牢が残っています。

 私にはわかりませんが、4名には外国人を卑下する気持ちもあったのかもしれません。さらに島民としてのDNAが、繁り夜への抵抗感を無くしていたのかもしれません。

 ともかく繁り夜を実践したのです。あの座敷牢で……」

 昨日もその話を聞いて愕然としたが、俺には和尚ほどの人間があんなことをしたとは思えなかった。ただ、老婆は淡々とそれが事実だと話していた。彼女もまた、繁り夜に対する抵抗感は薄かったのだろう。

「そうして彼女は妊娠しました。いよいよ出産となり、例の曾祖母が出てきます。元々彼女は産婆をしていたそうです。女性は雷雲寺に囲われていましたから、和尚は知人の女性が妊娠して寺にいるから、出産を手伝ってくれと言ったそうです。

 宝荘の曾祖母は最初はどういうことかよくわからなかったそうです。ただ、出産させた後、和尚の隙を付いて女性から話を聞いて理解できたそうです。これが繁り夜の再現だったことを……。彼女は助けを求め、老婆は女性を助けようとします。寺から逃がしたのです。

 ただ、これが表に出れば4名は大変なことになります。必死で逃げた娘を追いかけます。そうして逃げ場のなくなった娘は、あの鍾乳洞に逃げ込んだのです。残念ながら娘は鍾乳洞の地底湖に身を投げて亡くなりました」

「あ、あの鍾乳洞にあった献花はそういう意味か……」

「ええ、そうです」

 島田は黙っていろと言うのを無視して話し出す。

「そうして、この件はうやむやになったんだな。それで生まれた赤ん坊はどうなった?」

「死産だったそうです」

 島田が天を仰ぐ。何と惨い話だとでもいうように。

 舞蘭がおごそかに話す。

「ここでトイレ休憩を挟ませてください」

 小休止となった。

この段階でほぼすべての情報が提示されています。さて、犯人やトリックに気付きましたか?

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