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雷雲寺

 舞蘭はもう一度雷雲寺に行くと言う。

 確信に満ちた顔なのだが、俺は確認してみる。

「本当に警察が何か掴んだのか?」

「寺を捜索したはずだからな。何か出たはずだよ」

「どうしてわかるんだ?」

 舞蘭はにやりとする。

「まあ、そうなるだろうというロジックだよ」

 俺はこれ以上聞いても無駄だと判断する。ロジックなどと言われても俺の頭では所詮わかるはずもない。元々、これは舞蘭のルポなのだ。俺はライターとして彼女の行動を記するのが仕事だと割り切ることにする。

 しかし、こういうことは慣れっこなのだろうか、江南は何も言わずに舞蘭の指示で雷雲寺まで車で向かっている。

 雷雲寺はさすがに野次馬はいなくなり、一見平穏を取り戻したかに見える。ただ、非常線は張られたままで、境内や寺の中では警察官が捜査を続けているようだった。

 舞蘭は周囲を警戒すると、するすると非常線を越えて入っていく。

「おいおい、いいのか?」

 舞蘭は答えない。

 やはり俺たちに気付いた警察官が寄ってくる。

「ああ、関係者以外は立ち入り禁止です」

 舞蘭が言う。

「島田警部に呼ばれました。今、どちらにおられますか?」

「島田警部に?」怪訝そうな顔をする。

「島田警部が事件について我々に聞きたいことがあるそうです」

 いやいや、口から出まかせもいいところだ。ただ、子供が言うので疑わないのか警察官は奥を指さす。

「島田警部は奥の方にいますが……」

「新しく発見された、例のものについて意見を聞きたいそうです」

「ああ」

 警察官はそれを聞いて何故か納得する。

 舞蘭は当然と言う顔でどんどん寺に入って行く。

 俺は下手に騒ぐと逆効果だと黙ってついていく。しかし警察官に会うたび、同じ返答を平気な顔で繰り返す舞蘭の糞度胸には呆れるしかない。舞蘭が言う新しい発見とは何なのだろうか。

 殺害現場の本堂に来た。

 鑑識の作業はひと段落したようで、そこに警察官はいなかった。

 そして思った通り、舞蘭は本堂に入って行く。

 本堂は20畳はある大きな部屋で、真ん中に台座のようなものがあり、和尚はここで経を上げていたと思われる。上座には一段高くなった台があり、仏像や掛け軸が飾ってあった。いたって普通の本堂だ。

 現場は事件が起きたままになっているようだ。色々なものが周辺にちらばっていた。畳の上にはテーピングの跡もある。

 和尚が座っていた台座の脇には座布団のようなものがあり、そこに凹みがあった。舞蘭がそれを注意深く観察する。

「ここに?(きん)があったんだろうな。このへこみから推定すると直径は30㎝ぐらいか。1尺サイズというところかな」

「ずいぶん大きいな」

「重さは8㎏ぐらいだろうな」

 俺はその重さのものが、頭に落下した時の衝撃を思って背筋が寒くなる。

「前のめりに倒れたと言ってたな。経典を置いていた台が壊れている」

 和尚が経を読んでいた場所の前方にある木製の台が破壊されていた。ここに経典が置いてあったはずだ。その経典は床に落ちていた。さらに高さが50㎝ぐらいある燭台も倒れていた。犯人が倒したのだろうか、燭台は和尚の真後ろに左右に2基あり、もう一基はそのまま立っていた。倒れた燭台は左側なので、犯人はその方角から迫ったのだろうか。

 和尚が座っていた座布団に絡子らくす、首から下げる紐のようなものが掛けられていた。これは和尚が身につけていたものだろう。そのままそこに置かれていた。

 舞蘭がその絡子を手に取る。

「舞蘭、触っていいのか?」

 舞蘭はそれをぶらぶらさせている。

「もう検査済だろ、問題ない。長さは1尺2寸というところだな」

 舞蘭は絡子を戻すと、周辺をうろうろと歩き回りながら、灰色の脳細胞を働かせていた。あたかも何かを計算しているようだった。

「舞蘭、そこの燭台が一基、倒れてるな。和尚は左側後ろから襲われたということかな」

「燭台を倒して?を持って振りあげたというのか?」

 ああ、そういえばおかしいか、普通、気が付くか。

「それと燭台なのに蝋燭は立ってなかったのか」

「後から外したのかな……」

「なるほどな」

 舞蘭はにやりとする。

 すると廊下の先から、若い荒木刑事が顔を出す。

「ああ、守須さん。だめですよ。勝手に入ったら」

 荒木は舞蘭とは仲良しだ。まったく強く怒らない。笑顔交じりで注意している。

「島田警部に呼ばれました」

 荒木は胡散臭そうな顔になる。

「いやいや、それはないでしょ」

かんぬきが掛かった扉の先にあった奥の座敷について、意見を聞きたいらしい」

 荒木はそれを聞いてはっとする。

「ああ、そうでしたか。いや、そうなんです。いったい何なんですかね。あれは?」

 俺の方が驚く。先ほどのことといい、舞蘭は何を言っているんだろうか。

「それと荒木刑事教えてください。和尚はどんな風に倒れていましたか?」

「和尚ですか……、そこに前のめりに倒れてましたよ」

 お経が置いてあった台座を指さす。

「台座に顔を埋める形ですね」

「そうです。死因は脳挫傷でした」

「頭を割られてた」

「そうです。やはり後頭部でしたよ。後ろからドンって感じですか」

「でも後ろから誰か近づいて来たら気付くはずですよね。それも?は真横にあったはずだし……、あと和尚は悲鳴をあげたんですよね」

「そうです」

「どういった悲鳴でしたか?」

「えーと、単純にギャーみたいな悲鳴でした」

「おかしくないですか?近くに来たのにそのまま殺されるなんて」

「ええ、そうなんですが、そういう意味では、犯人は知り合いではないかと考えています。近くまで来ても気にならない関係で、和尚は経を上げるのに集中していた。その人がいきなり?を振り上げた、ということではないかと推察してるんです」

 確かにそれであれば辻褄は合う。でも犯人はどこに逃げたのだろう。俺も質問してみる。

「本堂に抜け穴は無かったんですか?」

「そうですね。今のところは見つかっていませんが……」

「じゃあ、犯人はどうやって逃げたんですかね」

 荒木は両手を上げてお手上げのポーズを取る。警察もその辺はよくわかっていないようだ。

「わかりました。ありがとうございます。それでは島田さんのところに行きます」

 そういうと舞蘭は本堂を出ると、奥に向かっていく。

 舞蘭に小声で聞いてみる。

「何だ。奥の部屋って?」

「行けばわかるよ」

 舞蘭はそれ以上は答えようとはせず黙って進んで行く。いったい、何があるというのだろうか。俺は後ろの江南を見る。彼女も首を振った。江南は寺に来てからずっと固い顔で黙っていた。何か思うところでもあるのだろうか。

 舞蘭が言っているのは、蔵の古文書を確認するときにも気になった、閂のかかった扉のことを言っているのだろう、可能性とすればあそこだと思う。しかしそこに何があると言うのだろうか。

 長い廊下を歩いて例の扉のところまで来る。

 今やその扉は閂を外され、しっかりと固定されていた金具も取り外されていた。

 そしてその扉の先には長い渡り廊下があった。

 廊下は幅1m半、高さは2m弱の回廊で、それがあたかもトンネルのように一本道になっていた。そこから外に出られるような出口はない。

「何ですか、これは」

 舞蘭はどんどん奥に歩いて行く。

 3人でその不思議な回廊を進んで行く。おそらくここは相当に古いものだと思われる。木自体は朽ちてはいないが年代を感じさせる。100年、いやもっと古いものだろう。

 回廊の上のほうにはほんの小さな小窓があり、少しだけ空が見える。それでかすかに外の気配がうかがえる。一定間隔に燭台があり、蝋燭でも灯したのだろうか。ただ今は明かりもなく全体に薄暗い。

 木製の回廊が終わると地続きで洞窟が始まった。

「洞窟になりましたね」

「寺の裏側に山があったから、そこにこんなものがあるってことだな」

 その洞窟は妙に湿っぽく、壁面はぬらぬらと濡れているようだ。その辛気臭さに俺は閉口する。そして洞窟の終わりにまた扉があった。

 観音開きの大きな扉は元は朱色だったのだろうが、長い年月のせいか、どす黒く見える。

 今や、その扉は大きく開いており、警察が明かりを用意したのか、中は煌々と照らされていた。

 そこには10畳ぐらいの板の間が広がっており、その先にあるものを見て息が止まった。その先には格子状になった座敷牢があった。太い角材状の木製の格子が人の顔ほどの間隔で構成されていたのだ。

 俺たちはその、ある種異様な光景にその場にたたずんでいた。

 部屋の中には数名の警察官たちが調査をしており、そこには鬼瓦もいた。

 島田が俺たちに気付く。やはり脱兎のごとく駆け寄ってくる。

「おい、何してる。部外者は立ち入り禁止だ!」

「これは何ですか?」

「知るか!こっちもこれから検証するんだ。とにかくここから出ていけ」

 島田が俺たちを押し返そうとする。めげずに舞蘭が質問する。

「古文書もありましたか?」

 島田が板の間の方を顧みる。板の間の隅にたくさんのつづらがあった。なるほど、あそこにあったのか。

「いいから出ていけ。部外者に荒らされたら困るんだ。まったくどうやって入ったんだ」

 島田に有無を言わせずそこから出されることになった。

 

 結局、警察には俺たちが不法侵入だと言うことがばれてしまった。

「舞蘭、あれは何なんだ?」

「さあな」

 そう言って少し考えている。

 江南は心なしか青ざめていた。

「とりあえず、自治会長をつつくか。彼なら何か知っているはずだ」

「知ってるって?あれを知っているのか?」

「おそらくな」

 舞蘭が悪魔の笑みを見せた。

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