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鍾乳洞

 黄金港で朝早くからスキューバダイビングの特訓を受ける。天候も良く潮風が吹いているのだが、俺にはそれを心地よく感じる余裕がない。

 とにかく今日中にライセンスを取得するのだと言う、舞蘭の厳命を受けての訓練だった。

 インストラクターの鵜飼も必死で指導する。まだ、顔が痛いと言う俺の弱音をまるっきり無視して、軍隊並みの特訓だ。昼飯抜きで死に物狂いで潜り続け、なんとかライセンスをもらえた。それも渋々、仕方ないなという顔であった。

 ゼイゼイ言いながら黄金港の桟橋で待機していると、鼻歌交じりでウェットスーツを着た舞蘭たちが来た。江南と舞蘭は難破船のダイビング捜索を終えたようだ。

 舞蘭が鵜飼に俺のライセンスの件を確認している。それを聞いた舞蘭が嬉しそうに俺のところに来た。

「長谷川、ライセンスが取れたのか?」

 俺は返事をするのもやっとの状態だ。がっくりとうなずく。

「よし、じゃあこれで潜れるな」

「いや、舞蘭、でも難破船の捜索はもう終わったんだよな。だったら俺のライセンスなんか必要ないだろ」

「いや必要なんだよ」

 舞蘭がにやりと笑う。いったい何を考えているのやら。

 濡れた髪を顔に付けた妙に色っぽい江南が言う。

「船長室の床下に鍵付きの格納庫がありました。鍵はすでに壊されて開けられた跡もあったので、おそらくそこに金貨があったはずです」

「そうなんですか?」

「そういうことだ。それがどこかに運ばれたのは間違いない」

 俺はそれが本当に金貨なのか、疑わしいと思う。

「難破船は沖合150mに沈没していたんですよね。サンゴ礁の岩陰にあって発見が遅れたと聞きました」

「そうだぞ。それがどうした?」

「そんな場所から、多量の金貨をどこに運んだんでしょうか?重量的にも相当な重さですよね。いや、その床下跡って本当に金貨ですか?」

 ウェットスーツでパンパンの舞蘭が俺を指さす。

「いいか、当時は船長室に大事なものを隠すのは一般的だった。史実によれば金貨などは船長室の床下や寝台内、隔壁などに収納していた。実際、床下の格納庫には鍵が掛かっていたんだ。当時の文献からも金貨を所持していたのは間違いないから、あそこにあったんだ!」

「はあ……」ため息とも返事とも言えない声が出た。「じゃあ、その金貨はどこに行ったんですかね」

「それを探すためのライセンスだ」

「え、じゃあ海の中だって言うんですか?無理ですよ。沖に出たらすぐに深くなってるそうじゃないですか。俺は深度100mなんて潜れませんよ」

 舞蘭は再び悪魔の笑みを浮かべる。

「それについては考えがある。それよりもまずは鍾乳洞だ」

「鍾乳洞って何ですか?ああ、ちょっと待って、俺、昼飯も食ってないです」

「昼飯?我々は食べたぞ」

「いや、飯なんか食ってたら間に合わないって、鵜飼インストラクターに言われたんですよ。お腹が空き過ぎて活動できません」

「まったくしょうがないな。じゃあ3時のおやつにするか」

 食い意地が張った子供で助かった。

 港の近くの食堂で遅めの昼飯を食べる。ここはインストラクターの鵜飼の知り合いだそうだ。舞蘭はしっかりとおやつとは名ばかりの昼飯を食べていた。


 その後、我々3名で鍾乳洞に向かう。

 鍾乳洞は黄金港から行くと、島の南西側をぐるっと回るルートになる。港を出てすぐに灯台が見えた。灯台は小高い丘の上に立っていた。島の灯台はここにしかないそうだ。

「江戸時代に灯台があったら、英国船も難破しなかったのかな」

「あの時代にも灯台はあったらしいぞ。ここには無かったがな。それよりも当時は鎖国中だからな」

「ああ、そうでした」

 しばらく走ると鍾乳洞という古びた看板が見えた。観光用のものではないから、場所を示すための看板なんだろう。

「ここだな」

 鍾乳洞に向かう道を曲がって山側に向かう。すると空き地兼駐車場とも言えそうなスペースがあった。そこに車を停める。

 車を降りて歩くと、周囲には南国特有の白い根のような樹木が、山肌からたくさん垂れ下がっていた。それがあたかも生き物のように曲がりくねって、少し不気味に映る。

「不思議な木ですね。根っこみたいだ」

「ガジュマルの木ですね」江南が言う。

 ガジュマルの木というのか。まるで大蛇のように縦横無尽に延びていて、ジャングルにでも来た気分になる。そこから山の方に道が続いていた。3人でゆっくりと登っていく。

 しばらく行くと鍾乳洞の入り口が見えてきた。

「あれですね」

 ふと気付くと後ろには江南しかいない。さらに後ろを見ると舞蘭が遅れて登ってきていた。汗だくで見るからに苦しそうな顔をしている。たったあれだけの距離で、まったく子供の体力じゃないな。

 洞窟の入り口で舞蘭を待つ。

「なんて険しい山道だ……」

 ハアハア言いながら来た舞蘭は肩で息をしていた。

 いや、どう考えてもハイキングコースだろ。

 舞蘭の息が落ち着くのを待って、3人で洞窟に入って行く。入口は人一人が入れるぐらいの大きさだったが、中はそこそこ広い。ただ観光地にあるような鍾乳洞とは違って、鍾乳石はごつごつと単なる岩のようだった。鍾乳石は上から下に延びてきているものと下から生えているものがあり、洞窟内を縦横無尽に占拠していた。

 ここは外とは明らかに気温が違う。肌寒い。15℃ぐらいだろうか。照明設備もないため、洞窟内は暗闇で、各自ライトを持って注意しながらゆっくりと進む。

 最初は広めだったが洞窟は徐々に狭くなってくる。人一人が進めるぐらいの広さになる。さらにところどころでは通るのがやっとの場所も出てきた。舞蘭がつっかえないかと心配になるぐらいの幅しかない。なるほど、これでは観光には向かない。所長が言っていたのもうなずける。

 江南とその後を俺が付いて最後に舞蘭が続いていく。俺は舞蘭が遅れないかの監視係も務めていた。遅れだしたら、そこでいったん待つ。

 はたしてこの穴はどこまで続くのだろうか、適当な所で無くなって欲しいものだと思ったところで突然、水面が見えた。

「地底湖だ」

 急に鍾乳洞が大きく開けて、幅10mぐらいの広さの池のような地底湖があった。

 江南がライトでそれを照らす。水は透明度が高いのだが、周囲の暗さもあり底が全く見えない。

「これ、けっこう深いですね」

 俺は舞蘭を見る。すると彼女は何故か湖とは違う方角を見ていた。

「舞蘭、そこに何かあるのか?」

 俺は舞蘭が照らしている部分を見た。よくよく見るとそこに何かが落ちていた。

 舞蘭が近くに行くので俺たちも続く。

 そこは鍾乳石が台のようになって、岩棚のようなものを形作っていた。見ようによっては祭壇のようにも見える。そしてその台の上に枯草が置いてあった。

「何ですかね?」

「献花かな……」

 江南がそれを見て言う。

「多分、百合だと思いますよ。もう枯れていますね」

「誰かがここに置いたんだな」

 俺はその百合だった枯草をじっと見る。こんなところに置く意味は何なんだろう。

 すると舞蘭が突然言いだした。

「よし、潜ってみよう」

「えー潜るって、この湖にですか、マジですか?」

「マジだ。そのためにスキューバの器具を車に乗せてあっただろ」

 これで先ほど鵜飼に、機材はこっちで持っていきますと言った理由がはっきりした。ショップ側に気を使ったと思ったのだが、まさか最初から潜るつもりだったのか。

「長谷川はまだビギナーだから、ここで待機だな」

 俺はそれを聞いてほっとした。助かった。

「じゃあ私の機材を持ってきてくれ」

 なるほど、そういうわけか。舞蘭はここで待つということだ。江南と俺は車に戻り、ダイビングの機材を取りに行く。そして再び鍾乳洞に入っていく。

「舞蘭は地底湖があることをわかっていたんですかね?」

「多分、そうだと思います」

「どうしてわかったんだろう……」

 江南が両手を上に向ける。

「ギフテッドですから」

 なるほど、こういったことは日常茶飯事なのだろう。江南も大変だな。

 その後、俺たちは四苦八苦しながら、地底湖までダイビングの器材を運んだ。

 舞蘭は湖のほとりにたたずんでいた。

「この水は海水じゃないな」

「そうですか、じゃあ海とつながってないんですね」

「どうかな。それをこれから確認する。奥で海水が混じっている場合もあるからな」

「それはどうやって分かるんですか?」

「混じる境界線がある。もし海水があればハロックラインといって、うねうねとしたもやのようなものが見えるはずだ」

 さすがはギフテッドだ。細かいところまでよく知っている。

 ウェットスーツに着替えた江南と舞蘭が水に入って行く。

 いってらっしゃーいとばかり、俺は一人湖岸で待つ。舞蘭の世話がないので気が楽だ。それにしても舞蘭は、ここに地底湖があるとわかっていたのだろうか、いや、おそらくそうだろう。そうでなければダイビングの機材を持ってきたりはしない。つまり金貨はこの湖の底にでも隠されているのだ。いよいよお宝発見か。

 早朝からのダイビングの疲れが出たのか、眠気に襲われる。俺はうとうとし出した。そして夢の世界にいざなわれる。そういえば事件が続いて、落ち着いて眠れてないなあ。早く家に戻ってゆっくりしたいものだ。などと半分夢心地になる。

 そしていきなり後ろから強い力が加わった。

 ぎゃあああああ、殺される!俺の叫び声が洞窟内にこだまする。

「何だ、どうした?」

 襲ったほうの人間が驚いている。振り返って押した人間をよくよく見ると、後ろにいたのは鬼瓦こと島田警部だった。さらにもう一人の若い刑事も一緒だった。

「長谷川君、ここで何をしてるんだ?」

 俺は鼓動が収まるのを待って話し出す。

「ああ、湖の探索ですよ」

 島田が懐中電灯の光を湖底に向ける。

「女性二人が潜ってるのか……」

「ええ、それよりも島田さんは何故、ここに?」

「君たちの行動が気になってな。まっすぐに帰らずに、こんなところまで来ているからな」

「つけてたんですか?」

 島田はそれには答えず、周囲を見る。

「今回の事件は不可解な点が多い。殺害方法自体はありふれたものなんだがね。犯人像が見えてこないし、君たちの行動も宝さがしの域を越えているしな」

「それは舞蘭が色々考えているからですよ」

 島田は例の鋭い眼光を俺に向ける。思わず自白しそうになる。いやいや、言うことなんかないし。

 しばらくして湖から舞蘭たちが戻ってきた。

 彼女たちは島田の出現に若干、驚いていた。

 ライトを舞蘭に当てて島田が聞く。

「何か、見つかりましたか?」

「いや、何もなかったよ」

「ここは深いんですか?」

「概ね30から40mぐらいだな。それ以降も細いのが続いているが、あそこには誰も入れないだろう」

「そうですか」

「島田警部、何か御用ですか?」江南が聞く。

「いえ、特にはないですよ。鍾乳洞の中がどうなってるか、見たかっただけです」

 用事は済んだとばかり、島田は若い刑事に合図すると、そこから立ち去っていく。

 舞蘭が俺に言う。

「何か疑われている感じだな」

「そうみたいです。ところで何か見つかりましたか?」

「いや、ただ、海とつながっていないのがわかったよ」

 それを確認するために地底湖に潜ったのだろうか、俺には舞蘭が何をやりたいのかが、全く見えてこない。

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