島田警部
島田警部はいまや鬼のような顔で俺を見ている。普通にしていても鬼瓦のような顔なのだが、俺を見る時はさらに恐ろし気に見える。
どうもこの男は苦手だ。俺は昔から押しの強い人間には歯向かえないのだ。貧乏人の性なのだろうか、強い物には巻かれろが身体に染みついている。押しの固まりと言ったこの男には、いいなりになるしかない。
「長谷川さん、これからはどこに出かけるかは、我々に言ってから出かけてください」
どすの効いた声が響く。
「はい、すいません」
黄金壮の島田の部屋で、テーブルをはさんだ形で事情聴取されている。警察の取調室でないだけましかもしれないが、8畳の和室には島田と俺だけだ。聴取という形ではなく、世間話をしたいとのことで呼ばれているのだが、とてもそんな風には思えない。
「雷雲寺に行っていたというんですね。古文書を見に……」
「ええ、そうです」
島田は俺をじっと見る。それだけで自白しそうになる。いやいや俺は犯人じゃない。
「古文書を見る目的は、埋蔵金についての記載がないかの確認ですか……」
「はい」
「ところであなたは古文書を読めるんですか?」
「ああ、いえ、俺ではなく舞蘭が読めるようです」
「あの子供がですか?」
「あの守須舞蘭さんはギフテッドという天才児なんです。古文書も解読できるそうです。事実、理解していました」
島田は露骨に疑り深い顔をする。その顔怖いんですけど……。
「それで何かわかりましたか?」
「いえ、まだです」
「埋蔵金についての手掛かりは無しということですね」
「はい、前途多難です」
ふん、とつぶやくとテーブルの上のメモを見る。
「確認ですが、あなたは17時には寺にいた?」
「間違いないです。鬼頭和尚に聞いてもらえればわかると思います」
いいタイミングだとばかりに、思い切ってこちらからも質問してみる。
「吉川所長は絞殺と聞きましたが、何かわかりましたか?」
「ああ、捜査状況についてはお答えできないんですよ」
うすら笑いを浮かべて、これはお決まりのパターンだな。
「お連れの方とは鹿児島から一緒と聞きました。間違いないですか?」
「ええ、そうです。空港で待ち合わせてそこから一緒です」
「彼女たちとはどういった関係ですか?」
「ああ、守須舞蘭さんが今回の取材の中心人物です。ギフテッドですから、埋蔵金の謎を解くのに最適な人材だそうです。江南さんは舞蘭のマネージャーで、俺は取材の内容を記事にする係、いわゆるルポライターです」
「週刊誌の取材でしたね。週間ジャーナルでしたか」
「はい、そうです」
鬼瓦がいたずら小僧のような顔をする。
「ところで前任者の件はお聞きになりましたか?」
「前任者?」
島田は何を言っているんだろう。
「御存じないですか?」
「ええ……」
「1カ月前に神照島で取材をしていた、週刊ジャーナルの記者が行方不明になっています」
「え、まじですか?」
「我々、嘘は言いませんよ。知らなかったんですね」
「はい、何という方ですか?」
「森崎さんという方です。面識はありますか?」
「いえ、ありません」
初耳で驚く。我々より前に週刊ジャーナルが記者を送り込んでいたのか、副編集長はそんな話をしていなかった、なぜだろう。
「そうですか……、どうも引っ掛かるんですよね」
「何がですか?」
「その森崎という記者が、行方不明の直前に亡くなった中村さんや所長さんたちと揉めていたという話が出ています」
「そうなんですか?」
「厳密に言えば、自治会長の磯川さんともね」
つまりは週刊ジャーナルの記者が島の重鎮たちと揉めていたのか、いったいどうしてなんだろう。
「行方不明というということは捜索しているんですか?」
「ああ、それですがね、捜索願が出ていないんですよ。一応、週刊ジャーナルに問い合わせましたが、彼はフリーの記者らしくて、出版社はノータッチだと言うんです。そうなるとこちらは何もできません」
うわ、聞きたくない話だ。明日は我が身ということか。
「まあ、何か情報がありましたら、私までお願いしますね」
「わかりました」
舞蘭の部屋に行ってこの話をする。
舞蘭はいつものようにパソコンで作業をしていた。
「我々の前に週刊ジャーナルの記者がいたことは知っていたよ。まあ、そんなもんだよ」
「そんなもんって……、行方不明のことも?」
「それは知らないな」
舞蘭は話をしながらも忙しく手を動かしている。やはりマルチに頭脳を使っている。
部屋の隅で自分が撮った画像をチェックしていた江南が話す。
「副編から、この埋蔵金の記事が上手くいってないことは聞いていました。ですから、前任者がいたとしても驚かないですね。それがあっての舞蘭さんだと思いますから」
「でも行方不明って気になりませんか?」
「そうですね。でもフリーの記者ですよね。記事をあきらめたのかもしれません。それこそ彼らは生活がかかってますから、他にいけそうな記事があれば乗り換えることもあるでしょう」
そう言われるとそういう気もしてくる。舞蘭が言う。
「それよりも長谷川、もっと殺人事件について思うことは無いのか?仮にもミステリー作家だろう」
痛いところを付いて来る。そうなのだが、実際よくわからないのだ。犯人は煙のように消えていく特殊能力者のように見える。
「舞蘭は何か気付いたのか?」
舞蘭はいつもの悪魔の笑みを浮かべる。
「それは秘密だ。ミステリー作家としての長谷川の意見を聞きたいんだよ」
ミステリー作家と来たか、そうならば少し知識をひけらかしてやるか。これでもそれなりに探偵小説は読んでいる。
「そうだな。密室殺人ってやつは、機械的なものと心情的なものがあると思うんだよ。器具を使って、密室なのにそうでないようにするやつと、後はああ勘違いかってやつ。後者はインチキじゃねえかって、怒りたくなるものもあるよね」
「なるほどな」
「厳密にはそういったものをまぜこぜにした小説も多いな。それぐらい密室殺人って作家にとってはそそられるテーマなんだ」
「最初の密室小説はエドガーアランポーだったか」
「そうだね。モルグ街の殺人。俺が好きなのは横溝正史の本陣殺人事件だな。あれは傑作だ」
「なるほど、横溝の作品は前者だったかな。クリスティのアクロイド殺しは、後者ってわけか。で、今回はどっちなんだ?」
「どっちなのかな」それがわかれば苦労は無い。
「まだ、そんなところか」
そんなところって、舞蘭は何かわかっているんだろうか。
「それと今回は見立て殺人だよな」
「見立て殺人。ああ、たしかにそうだね。島唄だよね。歌の通りに殺人が行われている」
その通りだ。島唄は埋蔵金の謎を秘めた歌のはずだったのだが、完全に見立てに利用されている。そして歌詞は4番まである。
「あ、もしかしてこれからも起きるってことなのか……」
舞蘭はパソコンをいじる手を止めた。
「名探偵長谷川真治に情報をあげよう」
「情報?」
「刑事たちがうろうろしてただろ、それとなく探りを入れたり、色仕掛けで聞きだしたことがある」
最後のは聞かなかったことにしよう。
「まずは最初の中村のおやっさんの事件だ。
警察は密室殺人とは思っていない。窓を壊した時点であの家は密室じゃないから、犯人は逃げ出したと思っている」
「それはないよ」
「あいつらは現場を見ていないしな。状況証拠からはそうなる。そしてあの事件が起きた時に現場にいた人間を疑っているんだ。我々も含め、あそこにいた人間はすべて容疑者というわけだ」
それについては仕方が無いとも思うが、鬼瓦警部が俺を執拗に敵視しているのはそういう理由もあるのか。
「凶器はあのナイフで間違いないそうだ。遺体の傷とナイフの形状が一致したそうだ。さらに指紋は検出されなかった。拭きとられたようだ」
「犯人はそれを意図的にやったということか、計画的な犯行だな」
「そういうことだ。犯行現場は居間で間違いない。刺した後、ナイフはそこで抜かれた。そのために血がまき散らされ、窓にも付着した。中村のおっさんはその後、奥の部屋まで行って息絶えたことになる」
「なぜ、すぐに救助を呼ばなかったんだろう。少し息はあったよな」
「それはわかっていない。それが出来る体力が残ってなかったのかもしれないし、あえてそれをしなかったのかもしれない」
「なるほど……」つまりは犯人をかばった可能性があるということか。
「警察は屋根裏や家周辺の足跡などを綿密に調べたそうだが、何も見つからなかったそうだ」
犯人があの家に隠れていたということもないし、抜け穴などもなかったということか。
「そして今日の事件だ。吉川所長はベルトを使って絞殺された。ベルトは2階の犯行現場のタンスの中にあったもので、タンスを含め、指紋は被害者のものしか検出されていない。犯人の指紋はないことから、手袋かなにかで対策したと考えているらしい。他殺については吉川線もあるから、それで間違いないとのことだ。さらに磯川会長が殺害に関与したのではないかという意見については、それはありえないという結論が出ている。時間的に無理なのと、磯川が事務所にいる時に、苦しむ声が聞こえだしたことから、そう判断している。そして警察は犯人は窓から逃走したものとみている」
「どこから逃げたと考えてるんだろ?」
「それを探している。どこかに証拠がないかとね」
「まだ、俺を疑ってるのかな」
「どうかな。犯人が見つからない以上、容疑者候補から外してはいないだろうな」
まったく迷惑な話だ。
「長谷川、明日はスキューバダイビングの練習だからな。もう腫れも引いてるしな」
「わかったよ」
「ライセンスを絶対取るんだ」
俺は渋々うなずく。
「それと午後からは鍾乳洞にも行く」
「え、鍾乳洞って、でも許可は出たのか?」
「所長が亡くなったからな。仕方ないだろ」
「仕方ないって。許可がないとダメなんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。危なかったらやめればいいんだから」
「江南さん、いいんですか?」
「そうですね。黙っときましょ。日程も詰まってますから」
ああ、黙っときましょって……、この人たちと付き合うと、とんでもない目に合いそうだ。
部屋に戻ると、気になったので副編集長に電話をする。
『長谷川君、どうだい。順調か?』
ここまでの事情を説明する。副編は興味深そうに話を聞いていた。
『埋蔵金に加えて殺人事件だろ、いよいよ長谷川君の本領発揮じゃないか。いいね』
「いや、もう大変なんですよ。そんなことより俺の前に前任者がいたんですか?」
『……、ああその件か』妙な間があった。『森崎君はフリーなんだよ。他にいいネタがあればそっちに移るみたいな奴でね。これまでも同じようなことはあったんだ』
「連絡は無かったんですか?」
『うん、無かった。まあ、どっか違うところで書いてるのかもしれないな』
そんなものなのだろうか、しかしどこか気になる。明日も強行日程なのでこの辺で電話を終了した。




