締まる喉から風の音
俺たちが出張所に着くと、黄金壮から来た江南と鉢合わせした。
江南は午後5時頃スキューバダイビングを終えて、こちらに戻ってきたそうだ。
出張所は表通りにガラスの開き戸を大きく開けていた。これはいつでも島民を受け入れますと言った姿勢のようだ。
3人で出張所の入り口に顔を出すと、奥の席でお茶をすすりながら職員と話している磯川自治会長がいた。
「こんにちは」
江南のあいさつに会長が笑顔で迎える。
「はい、こんにちは、どうしました?」
「はい、所長さんに鍾乳洞探索の許可をもらいに来ました」
「ああ、例の……」
二人いる職員の男性のほうが答える。
「所長は調べ物があるとかで2階にいます。もうすぐ戻ってくるはずですが……」
そう言って2階へ続く階段を見る。
出張所の2階は吉川所長の自宅スペースになっている。
「私も所長に用があって待っているんだ」
俺の後ろにいた舞蘭が自治会長に質問する。
「自治会長はどんな御用なんですか?」
「いや、大した用じゃないんだ」
男性職員が笑顔でコップを飲むポーズをする。
「これから飲み会ですか?」
いやあ、と自治会長が笑う。
すると突然2階から何かの音が聞こえだす。何だろうと聞き耳を立てるとひぃーひぃーと言ううめき声のようだ。磯川自治会長の顔色が変わる。そして急いで2階に向かう。
2階からの悲鳴は続いている。職員二人も顔を見合わせ、彼らも2階に向かった。
「長谷川、行くぞ!」
舞蘭の掛け声で俺たちも急な階段を登る。2階に上がると廊下が続いており、その右が居間になっている。
そこに仰向けに倒れている吉川所長を発見した。
「吉川!」
磯川会長が吉川所長に呼びかけるが、口から泡を出し白目をむいていた。さらに首には太い革のベルトが掛かっており、はっきりと絞められた跡が付いていた。
「息はありますか?」
舞蘭の呼びかけに会長は息を確認するが、首を振った。
2階の廊下は行き止まりになっており、隣には居間と同じような和室がもう一つあった。俺はそこも見たが誰もいなかった。さらに廊下の窓から乗り出すようにして外を見た。
裏は空き地でその先に学校が見えた。出張所の南北には道があり、それが学校まで続いている。そこにも人はいなかった。乗り出すようにして今度は右側を見るが、川が流れているようで、落下防止用なのか柵があった。そしてそこにも人はいなかった。
「長谷川、表側の窓から逃げたのなら、1階の我々が見逃すはずはない」
じゃあ、どこに犯人はいるんだ。さらに窓から乗り出して屋根を見た。
「長谷川、スパイダーマンでもなければ屋根へ逃げるのは無理だぞ。ましてやどうやって降りるんだ」
確かにそうだ。出張所の屋根伝いに逃げられるような家は隣にないのだ。
舞蘭が吉川所長を観察している。
「何かわかるのか?」
「首に吉川線がある。抵抗した跡だ。後ろからベルトを巻かれて絞殺されたといったところか」
淡々と死因を分析する。
居間を見るとタンスと本棚、小机があり、その上にはパソコンがあった。殺風景な部屋だ。男の一人暮らしならこんなもんだろう。
「首のベルトは所長のものですか?」
舞蘭がベルトを指さすと職員が答える。
「そうです。そのタンスに入っているものです」
俺が観音開きのタンスに手を掛けようとすると、舞蘭が叫ぶ。
「触らないほうがいい。警察が指紋を取るだろうから」
俺ははっとして手を引っ込めた。舞蘭が俺の近くに寄って、タンスの取っ手の当たりを見ていた。まさか舞蘭は指紋が見えるのか?
女性職員が警察に連絡をしていた。
すぐに警察が駆け付け、吉川の蘇生措置を講じたが、結局、死亡が確認された。
絞殺の跡とベルトの太さが一致しており、やはりそれが凶器とみられている。ベルトは幅4㎝と太目のもので、吉川の所持品だった。
さらに舞蘭が言ったように首には吉川線があった。
吉川線とは警視庁の鑑識だった吉川氏が提唱したもので、被害者が絞殺された際に、防御目的で首に巻き付いたものを防ごうとするひっかき傷を指す。それがあったということはこれが殺人であることの立証となる。
俺たちは例によって島田警部の執拗な質問攻めにあうが、今日は磯川会長も同席していて助かった。さすがは島の重鎮だ。俺たちの疑いはすぐに晴れた。
警察は非常線を張ると、事件の解明と犯人の行方を追う。
解放された俺は外から出張所を見る。出張所は十字路の角に建っている。南北の道は学校に向かう道と南は港に行く。東西の道は住宅街を横切るものだが、主張所の入り口は引き戸を大きく開放しており、職員からは丸見えとなる。磯川自治会長や俺たちもいて見逃すはずはないのだ。つまりここから逃げたとは到底思えない。
俺は江南に質問する。
「2階へは階段で上がるしか方法はないですよね」
「そうですね。それと階段は一つだけです」
俺は2階を見る。通りに向かって窓がある。
「窓は通りに向かってと、後は裏側だけですよね」
「ええ、階段を上がってすぐに廊下があって、廊下側にも窓がありましたね」
殺害された居間の窓は表通りに向かってあるが、もしそこから逃げたとすれば、事務所から丸見えで、下にいた人間が気付かないはずはない。となると犯人が逃げたのは反対側の窓しかないのだが……。
舞蘭はそろそろと出張所の裏側に回っていく。彼女も犯人が逃げた方向を探っているのだろう。
裏に回った舞蘭が俺を見て、手招きしている。はて、何事かと近寄っていく。
出張所の裏は空き地だ。横には3m幅の道が学校側まで続いており、学校から空き地越しに出張所は丸見えだ。
「廊下側の窓から逃げたら、学校から丸見えですね」
「そうだな。そして学校には生徒がいる。それだけじゃなく。いまや体育館には捜査本部もあって警察官がうろうろしている。とにかく学校側からは、はっきりわかるだろうな。犯人がいたとすれば……」
「いたでしょ」舞蘭は何を言っているのだ。
「でも、どこに逃げたのかな。学校に向かう道に来ても誰かの目に触れるだろうし、出張所事務所からも丸見えだ」
「学校側だともっと丸見えですね。となるとその反対側ですか……」
俺たちは反対側にある川を見た。川幅は3mぐらいと大したことないのだが、川自体が深く、下の方で流れている。その深さは3mはありそうで、危険防止で両側に柵がこしらえてある。学生も通る道なのでそういった配慮がなされているようだ。柵の高さは1m半ぐらいか。
「ここを渡ったのか?」
「まず無理だな。この深さだぞ。柵もあって向こう岸に素早く上がることはまず不可能だ。よしんばできたとしても、誰にも見られないとは考えにくい」
仮に川を渡れたとしても、ずぶぬれになって誰かに見られることは間違いない。
「長谷川、この状況をどう見る?」
犯人はどうやって2階から逃げたのだろう。俺は思わず空を見上げた。
「おいおい、空だって言うのか?ヘリコプターなんか、無理だぞ。誰でも気づく。怪人二十面相じゃあるまいし」
確かにそうだ。どうやっても無理だ。
「え、まさか……」
「そのまさかだよ」
「み、密室殺人……」
ここでも舞蘭はまた、歌を歌いだす。
休めよや 積むことぞ
赦せよや 畳めよや
罪の重さを 首にかけ
明日の仕置き 思ひ知れ
絞まる喉から 風の音
染まるなや 染まるなや
明日巻く
絶えぬ業問ふ
ああ、なるほど、またもや島唄と同じだ。今度は首を絞められていた。ジョン助の怨霊は本当にいるのかもしれない。




