古文書
舞蘭はいわゆる灰色の脳細胞というやつを持っているらしい。午後になっても古文書を読むペースはまったく落ちない。むしろ速度が上がっている気がする。あのへんてこな文字を即座に理解して、判断しているとは恐れ入る。俺は単なる片付け要員である。俺が格闘しているのは早い話、眠気だけだ。
何度か寝落ちしそうになるが、舞蘭は絶妙なタイミングで古文書を俺に渡してくる。おそらく俺の動きを把握しているのだろう。落ちる、落ちる、パスっといった感じだ。舞蘭が言うマルチに脳を使っているというのは、あながち嘘でもないようだ。寝落ち寸前の計ったようなタイミングで、文書が送られてくる。そのたび、俺は現実に引き戻された。
17時ちょうどに舞蘭の作業が一段落した。おそらくこれも終了時間を考慮しての行動だったのだろう。
「今日はここまでだな」
「了解。どのくらい読んだ?」
「どうかな。三分の二といったところかな」
「そりゃ、すごいな」
ただ、舞蘭の表情が冴えない。
「どうかしたのか?」
「詳細はこれから詰めるけど、どうもおかしい気がする」
「おかしいとは?」
「核心をついた文書が出てこない」
「まだ読んでいない残りにあるんじゃないのかな?」
「どうだろうな。残りの資料は置き場所から言って、ここ最近のものになる。つまりは昭和から現在までぐらいだ。そこに埋蔵金に該当する文書があるとは思えない」
「そうか……」
すると蔵に和尚がやってきた。
「どうですか?」
「どうもお疲れ様です。はい、今日はここまでにします」
俺の話に笑顔で答える。
「そうですか、無理を言ってすみません」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「それでどのくらい進みましたか?」
「おおよそ、三分の二ぐらいでしょうか」
和尚は目を丸くする。「そんなにですか?」
「ええ」
俺は舞蘭が言っていた。足りない文書について質問してみる。
「それで、舞蘭が言うには一部、欠落した文書があるのではないか、と言うんですが……」
「欠落ですか……、何せ古いものですから、修復できないものは廃棄したのかもしれませんね」
「そうですか……」
「ともかくそこにあるのがすべてです。残りも閲覧なさいますか?」
俺は舞蘭を見る。舞蘭が言う。
「いえ、とりあえず読ませてもらったものを検討してから、再度連絡します」
「わかりました」
和尚に見送られ、寺を後にする。
さて、ここからは、とにかく運転に集中しないとならない。事故でも起こして、天才児にもしものことがあっては、こちらの責任が問われる。ただ、先ほどの古文書の話が気になる。
「長谷川、これから出張所に行こう。江南にも行くように言ってある」
「出張所、何しに行くんだ?」
「鍾乳洞の探索許可をもらいにだ」
「ああ、そうだったな」
俺は古文書の内容について聞いてみる。
「それで埋蔵金について、わかったことはないのか?」
「当然、あるよ。よし、長谷川に少し教えてやろう。意見も聞きたい」
「了解」
舞蘭が話した内容は次のようなものだ。
文政7年8月、これは旧暦なので西暦1824年9月上旬、神照島は巨大な台風に襲われた。
風雨も強く、さらにその台風は島周辺に停滞した。三日三晩、暴風雨にさらされ、神照島の被害は甚大で、家屋は倒壊し死者数も20名を超えた。
台風一過、島に外国人が打ち上げられているのが発見された。現在の黄金港の磯に現れたのは金髪、青い目をした島民にとって初めての異人だった。
救出当初は息も絶え絶えだったが、島民らの介護により徐々に回復していった。異人は身の丈6尺もあろうかという毛むくじゃらの大男で、島民は恐れをなしていた。怪物といったものもいた。ただ舞蘭によると6尺はありえないのではないかという。180㎝にもなるので、おそらくこれは誇張表現で、当時の外国人の平均身長を考慮しても、せいぜい170㎝程度だろう。
その異人の話によれば、彼はサンライズ号という英国船の乗組員で、鯨を捕獲していたという。捕鯨の後、清国へ行ってお茶を買うために、神照島の近海を航行して台風に遭遇した。船は難破し、乗っていた仲間は全滅したとのことだった。
舞蘭はここで話をやめる。
「それでどうなったんだ?」
「うん、はっきりしないところが多い。文書が欠落してるんだ。それが人為的なものか、元から無いのかがはっきりしない。だからこっちで断片的に推測するしかない」
ジョン助と呼ばれた異人は島で生活を始める。本来であれば島津藩経由で本国(英国)に戻ることになるはずだが、彼はそれをしなかった。むしろそれを拒んだようだ。
ジョン助は鍛冶屋としての技術を持っていた。よって島の農具の作成や、最も重宝されたのは火起こしの技術だった。火打ち金というものを作って島民に渡した。島にある火打ち石とは比較にならないほどの火花が出たそうだ。舞蘭によると鉄が違ったのではないかという。難破船の鉄を拝借したと思われる。当時の英国の鉄の方がはるかに優れていたはずだと言う。
そうしてジョン助は存在価値を認められだす。島での生活も慣れてきて島民との接触も増えてくる。
ジョン助は二十歳そこそこだったと思われる。当時の捕鯨船の船員の平均年齢は20歳前半なのでそれぐらいだ。若い男と若い女がいれば色恋に発展するものだ。ジョン助は島の娘と交際したようだ。
「長谷川もそうだろ、若い男は当然、恋をする」
「俺の場合は大概失恋だけどな」
「まあ、そうだろうな」
舞蘭は容赦ない。
「ただ、ジョン助の恋の行方がよくわからないんだ」
「記述がないのか?」
「古文書は当時の住職が記載したようなんだが、その部分がごっそり抜け落ちている」
「ふーん」
「断片的にその後に起きた事象から推測すると、ジョン助とその女性は結婚に近い状態になった可能性が高い。よって子供が生まれたかもしれない」
「そういう記載があるのか?」
「うーん、それなんだ。和尚に聞いただろ、その辺に繁り夜が出てくるんだ」
「和尚はそれはお祭りだと言ってたな」
「お祭りか……」
「それでジョン助はどうなったんだ?末永く幸せに暮らしましたとさって、具合になったのか?」
「それがないんだよ。ジョン助のその後は何もない。ただ、例の島唄はそれ以降から出てきているみたいなんだ」
「じゃあ、ジョン助が作ったのか?」
「いや、英国人にあの唄は作れないだろ」
「じゃあ関係者かもしれないな。となるとやっぱり埋蔵金の唄じゃないのか」
「関係はあるかもしれないな」
舞蘭はいつもの悪魔の笑みを浮かべた。




