迷惑な客
超人気企業VTuber、ノワール・シャーロックが炎上して、早2ヶ月が経過した。
「あの…」
メラメラと燃え盛っていた炎は、時間が経つにつれ小さくなっていき、ボヤ騒ぎ程度の火力まで落ち着いたらしい。
「ホットスナックって…こんなにも美味いのか」
そろそろノワールさんも表に顔を出してくる頃合いだと思っているのだが、私の読みは当たりそうにない。
揚げたてのホットスナックを、子供のように無邪気な瞳を輝かせながら食べていた。
「すみません、私仕事中です」
「…」
「そして貴方は客です」
「…」
「なんで従業員以外立ち入り禁止のバックルームにいらっしゃるんでしょうか」
「…食べ物がある」
それが答えになってると思っているなら、炎上で頭がおかしくなってしまったんだろうなぁ!
苛立ちを抑えなければと、額で手を押さえた。
常連客が店内で倒れた日。
私はあの常連客に、事実上の絶縁を言い渡したつもりだった。
だが、どうだろう。
ある日を境に、常連客はよく私に声をかけるようになった。
話題はこちらの気に障るものばかり。
例えばこんな話だ。
「次の配信は明日の夜?」
「何の話でしょうかさっぱり分かりません。お帰りください」
「あのゲームの続き、海月さんのしか観てないから、先が気になる…」
「そうですか。それは大変ですね」
「…待ってるよ、くらリスは」
海月 のひめのファンネーム“くらリス”という言葉に、カッと顔が熱くなった。
一体何なの!?どういうつもり!?
彼は顔色ひとつ変えず会話ができる人のようで、感情が全く読み取れない。
何を考えているのかも分からないし、いつも見るコンビニ店員が、VTuberの海月のひめだと知ったから、面白半分で冷やかしに来ている可能性だって大いにある。
私が「何のつもりだ」と問い質しても、彼はひょうきんな顔をして「くらリスだから」と、ふざけた回答しかしないのだ。
「あとっ、気安くVTuberとか、そういう話するのやめてくださいよ」
「…?この部屋以外ではしてない…」
「いや、この部屋にいるのもおかしいから!」
先輩と休憩時間の交代をすると同時に、バックルームから不法侵入者を追い出した。
天変地異が起きないと理解ができない程度の出来事が、毎回このコンビニエンスストアで行われているのだ。
同じシフトに入っているバイトたちは、幸か不幸かVTuberの世界とは無縁の方々で、変な勘繰りをされてしまい、彼と二人きりにされることが増えた。
お陰で大変な迷惑を被っている。
「…店員さんって、家に帰ったらすぐ寝てる?」
「はい、すっごく疲れてしまうので」
嫌味ったらしい私の抵抗も効力はなく、変わらず無表情で続ける。
「それで、何時に起きる…?」
「何時………十四時とか…。その質問、何か意味あります?」
「…十四時か」
スマホを華麗な手捌きで弄り、少し悩んだ素振りを見せ、自分の中であることが解決したのか頷き出し、私の方に目を向けた。
「………」
「………」
共通言語を交えなければ意思疎通の出来ない関係性の二人だが、お互いに口を開く気配はない。
初めは無垢な瞳で訴えかけていた彼も、針の進まない私たちに痺れを切らしたのか、スマホを私に突き出した。
「え、エニコード…」
「…“エニコード”?」
コクリと彼は首を縦に振る。
『エニコード』とは、チャットや音声通話など、誰でも無料で利用できるコミュニケーションツールの名前だ。
「交換、しよう」
「は?」
聞き間違えたのだと理解し、もう一度聞き直しても、言葉は変わらない。
困惑する私を手の平でころころと転がしながら、彼は唇の両端を上げて、トドメを刺す。
「…寝て、起きたら、俺とゲームしませんか」




